ペリオ|Phase1 初期治療
「歯周炎に侵された根面には毒素が染み込んでいる」——だから削り取る。そう教わってきました。ですが、その毒素は本当に根面と強く結びついているのでしょうか。1986年、Mooreらは抜去した罹患歯を「洗う」「軽く磨く」「表層を剥ぐ」の3段階に分け、それぞれで取れた内毒素の量を測りました。
①「染み込んでいる」を、誰が確かめたのか
歯周炎に侵された根面には、細菌由来の内毒素(エンドトキシン、リポ多糖=LPS)が存在する。これは確立した事実です。問題はその結びつきの強さでした。
強く結合しているなら、削り取るしかありません。汚染された層ごと除去する——ルートプレーニングという処置の根拠は、まさにここに置かれていました。
ところが1980年代半ば、この点で意見が割れます。Fine ら(1978)は、根面を覆う物質を「緩く付着した成分」と「強固に付着した成分」に分類し、リムルス試験の結果から「より表層のプラークが低いLPS濃度、より深層でポケット壁に並置する部分が高いLPS濃度」と結論しました。つまり深いところほど濃いと。一方 Nakib ら(1982)は、LPSは根面に弱く結合しているだけで、簡単に払い落とせると報告しています。
どちらが正しいのか。1986年、ロンドンのイーストマン歯科病院のグループが、改良した同定・定量法でこれを決着させようとしました。
②3段階に分けて、集めて、量る
設計はきわめて素直です。根面の物質を、取れやすい順に3つに分けて回収し、それぞれのLPS量を測る。
対象は進行した歯周炎の抜去単根歯9本(2名の男性患者、46歳・54歳)。条件は厳密で、X線上30%以上の骨支持喪失、過去12か月以内にスケーリング・研磨・ルートプレーニングを受けていない、2年以内の歯周外科なし、根面う蝕や修復物なし。抜歯の際は鉗子の嘴が歯肉縁下に入らないよう注意し、直ちにパイロジェンフリーのガラス管へ。対照として未萌出の第三大臼歯9本を使いました。
回収の手順は3段階です。
①洗う——パイロジェンフリーのピンセットで歯冠を保持し、パイロジェンフリー水20ml中で1分間おだやかに撹拌。これで緩く付着した物質が取れます。
②軽く磨く——コントラアングルのハンドピースに柔らかい毛のブラシを付け、ごく軽い圧で1分間ブラッシング。歯冠は保持したままで、抜歯前の歯肉縁より根尖側の部分だけを磨きます。ブラシは1歯ごとに新しいものへ交換。
③剥ぐ——最後に、残った根面の表層物質を剥ぎ取ります。
それぞれをWestphal抽出・超遠心・Polymyxin B/Sepharose 4B アフィニティクロマトグラフィーにかけ、リムルス試験(発色法)でLPSを定量しました。アフィニティクロマトグラフィーを通すことで、LPS以外のリムルス活性物質を除外できる点が、この研究の「改良した方法」の中身です。
③39%は洗うだけ、60%は軽く磨くだけ
罹患根から分離されたLPSの総量は95.63×10³ ng。ただしこのうち4.11×10³ ng はブラシ自体に由来する汚染(対照歯を同じ手順で処理して得られた値から算出)でしたから、正味の含量は10.39×10³ ngとなります。
その内訳が、この論文の核心です。
洗浄で除去できたのが 4.11×10³ ng(39%)。ブラッシングで除去できたのが 6.43×10³ ng(60%)。そして根面に残ったのは 81 ng(1%)。
1歯あたりに直すと、洗って4,110 ng、磨いて6,440 ng、残ったのは81 ngです。参考までに、健康な未萌出歯では1歯あたり2 ngにとどまりました。
④なぜこの1本が重要だったのか
この結果は、同じ時期に発表されたNyman ら(1986)の動物モデルと正確に噛み合いました。そこでは手用器具によるルートプレーニングと、ブラシ+研磨ペーストによる研磨とで、同等の治癒パターンが得られることが示されています。
臨床側で「削らなくても治った」という結果が出て、実験室側で「毒素は削らなくても落ちる」という機序が示された。2つの論文が別々の角度から同じ結論に到達したわけです。
著者らはこう書いています——これは、根面のほぼ完全なデブライドメントが、比較的単純で外傷の少ない方法によって達成されうることを示唆しており、従来の根面処置の方法は問い直されるべきである。
そして具体的な示唆にも踏み込んでいます。開放外科デブライドメントが適応となる場合、研磨ペーストの使用は魅力的な選択肢になりうる。さらに——効果的な非外科的デブライドメントは、超音波装置をスケーリング器具としてではなく、根面を軽く洗い流すように使うことで達成できるかもしれない。
1986年の時点で、現在の「低侵襲な非外科的デブライドメント」という発想の輪郭が、すでに描かれていたことになります。
⑤明日の臨床へ
1つ目。毒素を取るために深く削る必要はない。この論文が示したのは、削らなければ取れない毒素は1%だということです。残りの99%は、汚れを物理的に外せば落ちます。
2つ目。目的は「歯石と沈着物を確実に外すこと」に置く。深さでも滑沢さでもなく、沈着物が残っていないこと。評価軸をここに定めると、器具の選択も、かける時間も、判断しやすくなります。
3つ目。超音波の使い方を「削る」から「洗い流す」へ。著者らが提案した使い方は、当時としては新しいものでした。強く押し当てて削るのではなく、根面に軽く沿わせて洗い流す。現在の低侵襲デブライドメントの考え方そのものです。
今日のひとこと
罹患根から回収された内毒素(LPS)の正味量は10.39×10³ ng。そのうち39%(4.11×10³ ng)は水中で1分間おだやかに揺らすだけで除去でき、さらに60%(6.43×10³ ng)が柔らかい毛のブラシで1分間ごく軽く磨くことで除去されました。根面に残ったのは81 ng——わずか1%です。健康な未萌出歯では1歯あたり2 ngにとどまりました。LPSは根面に強固に結合しているのではなく、緩く乗っているだけだった——著者らはこの結果から「効果的な根面デブライドメントは、従来の手用器具以外の方法でも達成できる可能性がある」と結論しています。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


