口腔顔面痛|健康な成人7人で、眼窩上神経(三叉神経第1枝)の電気刺激による瞬目反射と、随意・自然のまばたきを、眼輪筋の筋電図・両眼の眼球運動・上まぶたの動きの3つで同時に記録した神経生理の実験研究(Bour 2000・J Neurophysiol・アムステルダム大学)
非定型歯痛や顔面のしびれを前にして「他覚的に確かめる手はないか」と思ったことはないでしょうか。数少ない手立てのひとつが瞬目反射です。眉の上(眼窩上神経=三叉神経第1枝)を電気で刺激すると、脳幹を通って顔面神経が眼輪筋を動かし、まばたきが起きる。入力が三叉神経、出力が顔面神経——口腔顔面痛の領域で三叉神経系の他覚的な検査として使われる回路です(この位置づけは論文の外の一般的な臨床知識で、本論文が検証したことではありません)。アムステルダム大学のグループは健康な成人7人で、この反射を起こしながら眼輪筋の筋電図・両眼の眼球運動・上まぶたの動きを同時に記録しました。すると刺激からR2(眼輪筋の後期成分)が30.4 ms → 眼球の後期成分が42.9 ms → まぶたの後期成分が49.4 msという決まった順番で動き、眼球はまぶたより平均8.3 ms 先に動き出し、その差は刺激の強さを変えても一定でした(4人での比較)。まばたきは「まぶただけの開閉」ではなく眼球の回転をともなう協調運動で、脳幹に共通の司令塔があるのではないか——著者らはそう考えています。一方で刺激を閾値の2〜3倍に上げると現れる同側だけの早期成分(ほぼ最大上刺激で約15 ms)は、脳幹で作られた反射ではなく、電気が外眼筋やその運動神経を直接叩いた結果だろう、と著者らは述べています。
①顔の痛みやしびれを、他覚的に確かめる手はあるか
「この歯が痛い」と言われて、う蝕もない、破折もない、根尖病変もない。非定型歯痛や顔面のしびれを前にして、患者さんの訴え以外に頼れるものがないという居心地の悪さを味わったことのある先生は多いと思います。
数少ない手立てのひとつが瞬目反射(blink reflex)です。眉の上のくぼみ(眼窩上孔)に電極を当てて眼窩上神経=三叉神経第1枝を電気で刺激すると、脳幹を経由して顔面神経が眼輪筋を動かし、まばたきが起きる。入力が三叉神経、出力が顔面神経。口腔顔面痛の領域で、三叉神経系の他覚的な検査として使われる回路です(この位置づけは論文の外の一般的な臨床知識で、本論文が検証したことではありません)。
今日の論文は、その瞬目反射を神経生理のものさしとして徹底的に測った基礎研究です。結論を先に言います。まばたきは「まぶたの開閉」だけではありませんでした。眼球も決まったパターンで一緒に回り、R2(眼輪筋)→ 眼球 → まぶた、の順に決まった時間差で動く。そこから著者らは、脳幹に共通の司令塔があって、顔面神経核と動眼神経核へ同時に号令をかけているのではないかと考えています(提案された仮説です)。
②これまでわかっていたこと、わかっていなかったこと
まばたきの筋肉の動きは、以前から知られていました。まばたきの直前に上眼瞼挙筋(まぶたを持ち上げる筋)の活動が止まり、同時に眼輪筋が短い高頻度のバーストを出す。だからまぶたが落ちる。眼輪筋の活動が止まると挙筋が元の緊張に戻り、まぶたが開く。この相反する神経支配が「まばたき」の正体です。
・R1=同側だけ・少数のシナプスを介する早い応答
・R2=両側に出る・多数のシナプスを介する遅い応答
・この R1/R2 が、臨床神経生理で使われている瞬目反射の指標(論文の外の一般的な知識)
一方で、まばたきのときに眼球も動くことは以前から報告されていました。眼球は眼窩の奥へ1〜2 mm引き込まれ(1984年)、水平・垂直(1985・1987年)、さらに回旋(1996年)の方向へも回る。正面を見ているときの回転は鼻側かつ下向きです。ただし、どの外眼筋がどれだけ関わっているのかは、わかっていませんでした。
そして何より、眼輪筋の筋電図・眼球の動き・まぶたの動きを同時に記録した研究は、著者らの知るかぎり存在しませんでした。「まぶたと眼球は、どちらが先に動くのか」という素朴な問いに、答えがなかったわけです。
③今回の一手:3つを同時に記録する
・眼球の位置:ダブル磁気誘導法(点眼麻酔のうえ、眼に金メッキのリングを付け、交流磁場の中で水平・垂直の位置を読む)。±15度の範囲で直線性のずれは5%未満、分解能は平均5分角
・まぶたの動き:上まぶたに貼った専用のサーチコイル(10巻・直径0.05 mmのテフロン被覆銅線)。まぶたの動きを妨げない重さ
・眼輪筋の筋電図:下まぶたに置いた表面電極
・刺激:眼窩上孔の上に陰極、その2 cm上外方に陽極。持続0.2 msの定電流を左右いずれかに与える。閾値は約4 mA(被験者M5の例)
・課題:5×5の25か所に出るレーザー光点を順に固視させながら、随意のまばたきと反射性のまばたきを記録
まぶたまで同時に記録できたのは7人中4人です。信号は1 kHzで取り込み、刺激前25 msを含む500 msを1回の掃引としています。
④結果①:動く順番と時間は決まっていた
7人全員で、自然のまばたき・随意のまばたき・反射のまばたきのどれでも、両眼が別々に(左右非対称に)斜め方向へ動きました。正面を見ているときの方向は鼻側かつ下向き。まばたきの種類が変わっても、この形は同じでした。
ほぼ最大上の刺激で測った平均潜時が、次の図です。
並びを言葉にすると、R2(眼輪筋の筋電図)30.4±2.3 ms → 眼球の後期成分 42.9±3.4 ms → まぶたの後期成分 49.4±5.8 ms。筋電図が先に出て、次に眼球が動き、最後にまぶたが下りる。理にかなった順番です。
面白いのはここからです。まぶたも同時に記録した4人で見ると、眼球とまぶたの潜時は強く相関し(r>0.9、p<0.001)、眼球はまぶたより平均8.3±2.0 ms 先に動き出しました。しかもこの差は、刺激の強さを変えても一定でした。刺激を上げれば潜時そのものは約40 msの幅で変わるのに、眼球とまぶたの差だけは8 ms前後から動かない。「別々に動いているのではなく、同じ指令から枝分かれしている」ことを示唆する所見だと著者らは読んでいます。
・R2はいつも、眼球の後期成分にも、まぶたの下降にも先行した
・R2からまぶたが下がり始めるまでの遅れは、最大上刺激で19±8.1 ms(閾値すれすれの弱い刺激では20〜35 ms)
・まばたき中に眼球が動いている時間は全体で100〜200 ms。刺激から150〜200 msで、眼球は元の位置へ1〜2度の精度で戻った
⑤結果②:強く刺激すると、反射ではないものが紛れ込む
刺激を強くしていくと、応答は大きく・速くなります。ある被験者では、刺激を5 mAから20 mAへ上げると、刺激した側の水平成分だけが約1度から約6度へと大きくなりました。他の3つ(反対側の水平成分、両側の垂直成分)は約3度どまりです。
潜時も同じように短くなりました。後期成分の潜時は約80〜90 msから約30〜40 msへ。ところが、刺激が閾値(約4 mA)の2〜3倍を超えたあたりから、眼輪筋にR1が現れると同時に、同側だけに約15 ms(ほぼ最大上刺激での平均。被験者1人では10 mAで約25 ms)という非常に早い眼球運動の成分が出てきます。まぶたにも同じタイミングで早期成分が現れ、しかもまぶたを閉じるのではなく、いったん少し開く方向に動きました。
著者らは、この早期成分は脳幹で作られた反射ではないと考えています。根拠は2つです。
・片側にしか出ない:まぶたを動かす運動ニューロンは両側へ投射することが知られている。脳幹で作られた指令なら両側に出るはずなのに、この早期成分は刺激した側だけ
つまりこれは、電気刺激が外眼筋そのもの、あるいはその運動神経を直接叩いた結果だろう、というのが著者らの見立てです(ミュラー筋の活性化という説明も検討されましたが、ミュラー筋なら両側のまぶたが上がるはずで、観察されたのは片側だけでした)。
⑥なぜ:脳幹の「まばたき発生器」
著者らの主張はシンプルです。まばたきのときの「上眼瞼挙筋の抑制」と「外眼筋の同時収縮」は、共通の源から出ている。サッケード(急速眼球運動)にサッケード発生器があるように、まばたきにも脳幹の前運動ニューロン群からなる「まばたき発生器」があり、そこから動眼神経核の各亜核と顔面神経核へ同時に指令が飛ぶ、という構図です。
・自然・随意・反射のどのまばたきでも同じ斜め方向のパターンが出たこと
・この2つが「共通の発生器」を支持する
眼球の回転そのものについては、回転は後退に伴う二次的なものではないか、と著者らは考えています。上直筋と下直筋が余分に同時収縮すると、眼球は眼窩の奥へ引き込まれる(後退する)。その二次的・三次的な作用として、水平・垂直・回旋の回転が説明できる。つまり回転は眼球の後退の副産物だろう、という見立てです。まばたきのあと眼球が素早く元の位置へ戻る理由についても、著者らは議論の末に、筋の能動的な収縮ではなく眼球と周囲組織の弾性で説明できるのではないか、としています。
また、注視位置によって動き方が変わる点も測られました。上を見てからまばたきすると下向き成分が大きくなり、外側を見てからだと鼻側向きの成分が大きくなる。逆に10〜20度の下方視かつ10〜20度の内転位では、眼球の動きが最小になります。
⑦明日の臨床へ
これは健康な成人7人を測った基礎研究で、患者さんを診断した研究ではありません。それでも、口腔顔面痛を診る側が持ち帰れるものが3つあります。
・健康な人ではこの時間軸で動いた。R1は同側で約10〜12 ms(1人の例)、R2は両側で約30 ms(4人・ほぼ最大上刺激)。潜時の延長や左右差を異常の手がかりにするのは臨床神経生理の一般的な使い方で、この論文が患者で検証したことではない
・眼球・まぶたの動きの記録には、高い電流で反射ではない成分が混じる。閾値の2〜3倍を超えると同側だけに約15 msの成分(外眼筋やその運動神経の直接刺激)が出る。著者らが直接刺激の産物としたのは眼球・上まぶたの早期成分で、眼輪筋の筋電図のR1とは別物
もうひとつ、これは筆者の見立てですが、「歯の治療のあとから、まばたきがしにくい・目のあたりがぴくつく」という訴えを、まぶたの筋肉だけの話ではなく、三叉神経から脳幹を経て顔面神経に至る回路の話として捉え直すきっかけになります。著者らの見立てでは、まばたきひとつに顔面神経核と動眼神経核が同時に関わっている。その前提を持っておくと、訴えの拾い方が変わるかもしれません。
⑧ここだけ、冷静に補助線
「まばたき発生器」は著者らの提案する仮説で、解剖学的に同定されたわけではありません。著者ら自身、霊長類での解剖・組織学的な検証が今後必要だと書いています。どの外眼筋がどれだけ働いているかも、眼球の動きからは一意に決められず、上直筋・下直筋の同時収縮という説明は過去の動物実験とヒトの筋電図研究の所見を足がかりにした推論です。
ここからは筆者の読みです。歯科にとっての価値は「新しい治療法」ではなく、瞬目反射という検査が何を測っているのかを、時間の軸で具体的に理解できる点にあります。三叉神経の入力から顔面神経の出力まで30 ms、まぶたが実際に下りるまで50 ms。この数字を持っていると、検査の報告書が”読める文書”に変わります。筆者の知るかぎり、瞬目反射は今も口腔顔面痛の神経学的評価で使われている検査で、その土台を押さえておく価値は十分にあると考えます。
今日のひとこと
眼窩上神経(三叉神経第1枝)を刺激して起こした瞬目反射では、R2(30.4±2.3 ms)→ 眼球の後期成分(42.9±3.4 ms)→ まぶたの後期成分(49.4±5.8 ms)の順で動きが出て、眼球はまぶたより平均8.3±2.0 ms 先行し、その差は刺激強度を変えても一定でした(4人での比較)。著者らは、まばたきは眼輪筋だけの運動ではなく、脳幹にある共通の「まばたき発生器」が、動眼神経核の各亜核と顔面神経核へ同時に指令を送る協調運動だと考えています。歯科に持ち帰るのは「瞬目反射は三叉神経→脳幹→顔面神経という回路を見る検査で、健康な7人ではこの時間軸で動いた」という一点。そして高い電流では、眼球・まぶたの動きの記録に反射ではない成分(同側だけの約15 ms・外眼筋の直接刺激によるもの)が混じる、と著者らは述べています。


