睡眠時無呼吸・口腔内装置|いびきや閉塞性睡眠時無呼吸で紹介された成人100人に非調節型の下顎前方移動スプリント(MAS)を装着し、6・12・18・24・30か月のいずれかで側面セファログラムを撮り直して、歯・咬合・骨格の変化とその時間経過を測った縦断的観察研究(Robertson 2003・European Journal of Orthodontics・オタゴ大学)
いびき・睡眠時無呼吸に下顎前方移動スプリント(MAS)を入れる。呼吸は楽になるとして、毎晩、何年も使い続けたら咬み合わせはどうなるのか。オタゴ大学のグループは、MASを装着した成人100人を、初診時に6・12・18・24・30か月の5群へ無作為に割り付け(各20人)、初診時と再評価時の側面セファログラムで変化を測りました。100人をまとめると、オーバーバイトは4.09→3.07 mm、オーバージェットは4.25→3.19 mmとおよそ1 mmずつ減り、下顎第一大臼歯(+0.37 mm)と上顎第一小臼歯(+0.39 mm)が挺出、上顎切歯は舌側へ1.58度、下顎切歯は唇側へ2.71度傾斜していました。時間で見ると、オーバーバイト・オーバージェットの減少と顔面高の増加は6か月ですでに有意、臼歯の挺出と下顎前歯の唇側傾斜は24か月群で初めて有意になります(臼歯の挺出は30か月群では有意ではありません)。さらに装置の前方開大量とオーバーバイトの変化の相関が24か月(r=0.611)と30か月(r=0.573)で有意でした。ただし対照群のない観察研究で、期間ごとの群は20人ずつ、追跡は最長30か月です。紹介された114人のうち14人(1人辞退・13人は装着が1晩5〜6時間未満)が外れており、装置をよく使えた人だけの成績である点も押さえておきたいところです。
①いびきのマウスピース、咬み合わせは変わる?
いびきや軽度〜中等度の閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)に、下顎を前に出すマウスピース(下顎前方移動スプリント=MAS)を入れる。呼吸は楽になった、いびきも減った。ここまでは順調です。
問題はそのあとです。毎晩、何年も入れ続けると咬み合わせはどうなるのか。「前歯が咬まなくなった」という訴えは本当に起きるのか。起きるとしたら、いつから気をつければいいのか。
結論を先に言います。咬合は変わります。ただし平均すると小さく、出方の順番があります。オーバーバイトとオーバージェットの減少は6か月ですでに現れ、臼歯の挺出と下顎前歯の唇側傾斜は2年目になるまで検出されませんでした。
②なぜ「どこが動くか」で揉めていたのか
MASの歯科的な副作用そのものは、以前から報告がありました。オーバーバイト・オーバージェットの減少、下顎大臼歯の前方移動、個々の症例での大きな咬合変化。ただ著者らは、先行研究の測り方に引っかかっています。
・MASを使う人は下顎が前下方に位置づけられた姿勢を取りやすい
・すると模型上の咬合関係は、歯が動かなくても動いたように見えうる
・さらに「どこが動くか」以上に、いつ動き始めるかの情報がほとんどなかった
そこで著者らは、セファログラム(側面頭部X線規格写真)で上顎・下顎・頭蓋底それぞれの中にある解剖学的に安定した基準線を取り、そこからの歯の位置変化を測るという設計を選びました。姿勢の影響を受けにくくするためです。
③今回の一手:100人を5つの期間に無作為に割り付ける
・除外:1人が参加を辞退、13人は問診で装着が1晩5〜6時間未満と分かったため除外
・装置:非調節型(ネジで前方量を変えられない)の硬いスプリント。上下顎の咬合面を覆う型で、最大前方位の75%まで下顎を前進させて製作
・割り付け:初診時に6・12・18・24・30か月のどれで再評価するかを無作為に決め、各群20人(女性は1群3人まで)。装置を渡すのはその1週間後
・評価:初診時と再評価時に、中心咬合位・自然頭位でセファログラムを撮影し、同じ術者が同じ午後の時間帯に撮影
・初診時には装置を入れた状態のセファロももう1枚撮り、実際に得られた前方移動量とバイトの開き量を確かめている
実際に得られた前進量は平均6.83 mm(SD 1.78)、切歯部での開大(バイトの開き)は平均5.64 mm(SD 1.86)、第一大臼歯部では平均2.61 mm(SD 1.36)でした。装置の厚みは前方で平均5.6 mm、後方で平均2.6 mmということになります。
・この「誤差の幅」は、あとで結果を読むときの物差しになる
④結果①:全体で何が起きたか
まず100人をひとまとめにして、初診時と再評価時を比べます。統計的に有意な変化は増加が12項目・減少が5項目でした。前歯の咬み合わせの変化がいちばん分かりやすいので、そこから見ます。
オーバーバイトは1.02 mm、オーバージェットは1.06 mm減りました。おおよそ1 mmずつです。あわせて、主なものでは次の変化が有意でした(+は増加、−は減少)。
・上顎第一小臼歯の挺出 +0.39 mm(P=0.002)
・上顎切歯の舌側傾斜 −1.58度(P=0.001)
・下顎切歯の唇側傾斜 +2.71度(P=0.001)
・上顎歯列弓長の減少 −0.47 mm(P=0.006)
・前顔面高(N–Me)の増加 +0.76 mm(P=0.0001)。増加分のおよそ86%は下顔面で起きていた
・下顎は頭蓋底に対して下方へ変位(Cd vert +0.81 mm、Fid1 vert +0.99 mm、いずれもP=0.0001)したが、前方への変位は有意でなかった
見落とせないのは、上顎第一大臼歯の位置には有意な変化がなかったことです。つまりこの装置では、動いたのは主に下顎の大臼歯と上顎の小臼歯、そして前歯でした。
⑤結果②:いつから出るのか
ここがこの論文のいちばんの売りです。期間の違う5群を比べると、変化の出る順番が見えてきます。
オーバーバイト・オーバージェットの減少と顔面高の増加は、6か月の群ですでに有意でした。オーバーバイトの減少量は、6か月0.61 mm → 18か月0.90 mm → 24か月1.36 mm → 30か月1.82 mmと、期間が長い群ほど大きくなっています。
一方、臼歯の挺出と下顎前歯の唇側傾斜は、24か月の群で初めて有意になりました。
・30か月群:下顎切歯 +4.30度(P=0.0001)、オーバーバイト −1.82 mm、オーバージェット −1.21 mm
・ただし臼歯の挺出が有意になったのは24か月群だけで、30か月群では有意になっていない。各20人で個人差が大きく、著者らも変化は「小さく、予測できない」と書いている
・全期間に共通して出た変化はただ1つ=下顎オトガイ部(Fid1)が下方に位置すること
・12か月群で有意だったのも、その1項目だけだった
・なお上顎切歯の舌側傾斜と上顎歯列弓長の減少は、100人をまとめたときにだけ検出され、期間別のどの群でも有意にならなかった
もう1つ。装置による前方の開大量と、オーバーバイトの変化量の相関が、24か月(r=0.611、P=0.004)と30か月(r=0.573、P=0.008)で有意になりました。6・12・18か月では相関はありません(r=0.103/−0.036/0.019)。前歯部を大きく開けた装置ほど、2年目以降にオーバーバイトが減っていたということです。なお、開大量とオーバージェットの変化には有意な関連はありませんでした。
⑥なぜ起きるのか——著者らの見立て
著者らは、見かけ上の「骨格の変化」も含めて、その多くは装置が起こした歯の変化で説明できると考えています。
・上顎切歯は装置から直接力を受け、加えて下顎の姿勢が変わることで口唇からの圧も増える → 舌側傾斜
・SNAとANBの増加は「骨格が変わった」ように見えるが、上顎切歯の舌側傾斜に続くA点のリモデリングで説明するほうが自然(頭蓋底に対する上顎の安定基準点には有意な変化がなかった)
そして重要なのが、著者ら自身が書いている数字の読み方の注意です。口蓋長(ANS–PNS)の増加については、ANS・PNSの同定の難しさやA点周辺のリモデリングに加えて、偶然の可能性も捨てるべきでないとしています。36回の検定を行えば、5%水準で1つ以上が偶然有意になる確率は0.84だからです。自分の論文の弱点を本文で数字にして書く、誠実な書き方だと思います。
⑦明日の臨床へ
MASを作る側・経過を見る側として、この論文から持ち帰れるのは3つです。
・2年目から咬合のチェックを意識する。前歯の咬み合わせは早期から少しずつ減るが、臼歯の挺出と下顎前歯の傾斜が検出されたのは2年目の群から。長期使用の患者さんには、定期的に咬合を記録して比べられるようにしておく
・装着前に説明する。この研究では、咬合変化を理由に治療を中止したのは100人中1人だけで、著者らは「患者が気にした咬合変化はごくわずかだった」と述べている。ただし「起こりうること」として先に伝えておくかどうかで、後の受け止め方は変わる
そして、この論文がはっきり書いているできないことも知っておく価値があります。どの患者さんが大きな咬合変化を起こすかを、装着前のセファロから予測する指標は確立されていません。平均値が小さいことと、個人が安全であることは別の話です。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
下顎前方移動スプリントを長く使うと、咬み合わせは確かに変わります。100人の平均ではオーバーバイト・オーバージェットがそれぞれ約1 mm減り、下顎大臼歯と上顎小臼歯がわずかに挺出、下顎前歯が唇側へ傾斜しました。大事なのは時間の地図です。前歯の咬み合わせの変化は6か月から、臼歯の挺出と下顎前歯の傾斜が検出されたのは2年目の群から。そして前歯部を大きく開けた装置ほど、2年目以降のオーバーバイトの減少が大きい傾向がありました。平均は小さく、変化を理由に中止したのは100人中1人だけ。それでも個人差が大きく、装着前に予測する指標はまだありません。持ち帰るのは「バイトの開きは必要最小限に、2年目からは咬合を記録して比べる」という一手です。


