エンド|歯髄診断・電気歯髄診(EPT)・電極の位置
電気歯髄診で「反応なし」。でもその一歩手前で、プローブを当てた場所は正しかったでしょうか。前歯は切縁と教わりますが、大臼歯はどこと習ったか思い出せない——その空白を、40歯×7か所×4回=1120回の測定で埋めた臨床研究です。最も低い値で反応が返ってきたのは、上下顎とも近心頬側咬頭の頂でした。
①「反応なし」と書く前に、当てた場所は正しかったか
冷たいものにしみない。打診も曖昧。それなら電気診で確かめよう——そう思ってプローブを大臼歯に当てるとき、頬側面のなんとなく真ん中あたりに置いていないでしょうか。
前歯なら「切縁に当てる」と教わります。では大臼歯は。咬頭の頂か、頬側面の中央か、それとも歯頸部寄りか。思い出せないとしたら、それは記憶の問題ではありません。大臼歯については、比べたデータそのものが長らく無かったのです。
②大臼歯だけ、当てる場所が決まっていなかった
この論文の導入部が並べる先行研究の電極位置は、見事にバラバラです。頬側面の咬合面側1/3、歯肉縁と咬合縁のちょうど中間、頬側面の歯頸側1/3、そして位置が書かれていないもの。著者らはこう整理します——これらの研究はそもそも最適な電極位置を決める目的で設計されておらず、部位ごとの比較データが欠けている、と。
前歯と小臼歯については、最適位置を扱った報告が複数あります(そのうちの一つ、Benderらの前歯の研究は、切縁に置いたときに最も少ない電流で反応が得られたと結論した、と本論文は紹介しています)。今回の研究は、その前歯用の研究デザインを大臼歯に持ち込んだもの。空白を同じ物差しで埋めにいった、という位置づけです。
③健全な第一大臼歯40歯を、1歯7か所×4回
対象はオタゴ大学歯学部の学生ボランティア20名(男性12・女性8、20〜25歳、平均22.3歳)。第一大臼歯はすべて修復物もう蝕もなく、矯正治療や外傷の既往もなし。バイトウィングで疾患のないことを確認し、著しい咬耗のある歯もありませんでした。上下の顎から1歯ずつ無作為に選び、クランプなしのラバーダムで隣在歯と歯肉から隔離しています(従来の研究は綿球とガーゼによる乾燥が主でした)。
測定器はElements Diagnostic Unit(SybronEndo)。目盛は0〜80で、上昇速度は最初の知覚を正確に捉えるため2に設定。電極先端にフッ化物ゲルを薄く塗って当て、被験者自身が親指と人差し指でリップクリップを持って回路を閉じ、温かい・ピリピリする・痛いといった感覚を最初に感じた瞬間に指を離す方式です。
1歯あたり試した部位は7か所。近心頬側咬頭の頂、近心頬側の咬頭寄りの面、近心頬側の歯頸寄りの面、支持咬頭の中央(上顎は口蓋側咬頭、下顎は頬側咬頭)、遠心頬側の咬頭寄りの面、遠心頬側の歯頸寄りの面、誘導咬頭の中央。順番はくじ引きで無作為化しました。各部位4回測定し、そのあいだは歯を乾燥させ、神経の順応を避けるため1分以上あける。40歯×7か所×4回で、合計1120回の測定です。
④結果:上下顎とも、近心頬側咬頭の頂が最も低かった
1120回の測定値は2〜67の範囲に散らばり、部位ごとの平均は22〜46に収まりました。そして最も低かったのは、上顎で22、下顎で23——どちらも近心頬側咬頭の頂です。
その他の6部位
各群の左=上顎(濃い)/右=下顎(淡い)
そこから先の並びが、この図のいちばん面白いところです。近心頬側の咬頭寄り→歯頸寄り→支持咬頭の中央と電極を移すにつれ、値は段階的に上がっていきました(上顎で32→35→36、下顎で30→37→38)。最も高かったのは下顎の遠心頬側・咬頭寄りの46でした。
上顎と下顎の差はどうか。近心頬側咬頭の頂ではP = 0.89、反応の良かった上位4部位をまとめてもP = 0.37で、統計的な差はありませんでした。上でも下でも、狙う場所は同じでよいということです。
性差の比較は、反応の良かった上位4部位(近心頬側咬頭の頂・咬頭寄り・歯頸寄り・支持咬頭の中央)に絞って行われています。結果は有意差なし(P > 0.05)。ただし記述的には、上下顎あわせた8か所のうち、上顎の近心頬側咬頭頂を除く7か所で男性のほうが高い値でした。
⑤なぜ咬頭の頂なのか——歯髄角と神経の密度
著者らの説明はシンプルです。電気診の閾値は、十分な数の神経終末が活性化されて加重(summation)が成立したときに到達します。刺激が強くなるほど動員される神経が増え、感覚も段階的に強くなる。裏を返せば、神経の密度が高い場所ほど、少ない電流で反応が返るということです。
そして永久歯で神経要素の濃度が最も高いのは歯髄角(pulp horn)で、歯頸部・根部へ向かうほど疎になっていく——これは本論文が引く先行研究(Lilja、Byersら)の知見です。解剖学的に言えば、咬頭の頂はその歯髄角に外側から最も近い一点にあたります(この一言は原著の文章ではなく、著者らの論理をつないだ僕の補足です)。
本研究の結果はこの解剖と噛み合いました。著者らの言葉を借りれば、電極を咬頭頂から根尖方向(歯頸部)へ動かすほど、反応閾値は上がった。図の右肩上がりは、歯髄の中の神経の分布を外側からなぞった線でもあるわけです。
⑥明日の臨床へ——まず咬頭頂、それから「反応なし」を疑う
第一に、大臼歯のEPTは近心頬側咬頭の頂から始める。上下顎で当て方を変える必要はありません(近心頬側咬頭の頂で P = 0.89、上位4部位をまとめて P = 0.37)。
第二に、「反応なし」を壊死の根拠にする前に、当てた場所を確認する。同じ歯でも、頬側の歯頸寄りは咬頭頂より高い値を要しました(上顎22→35、下顎23→37)。閾値の高い場所を選ぶほど、生きている歯を「反応なし」と読んでしまう余地は広がります。著者らも、不適切な電極位置は生活歯での偽陰性につながりうると書いています。
第三に、上の数字がどんな条件で出たものかを押さえておくこと。この研究はクランプなしのラバーダムで隣在歯・歯肉からの漏れを断ち、伝導媒体にフッ化物ゲルを使っています。ただしこれは手順の記述であって、著者らが推奨として掲げたものではありません。媒体については「差はない」とする報告と「伝導に差がある」とする報告の両方があり、臨床的な意味はまだ分からない、というのが著者らの立場です。
第四に、咬頭頂が使えない歯もあるという現実。対象は修復物もう蝕もない歯でした。メタルやレジンが咬頭を覆っている大臼歯では、そもそも健全なエナメル質の咬頭頂を選べません。著者ら自身、咬耗した臼歯・修復のある臼歯の評価は今後の課題だと締めくくっています。
20〜25歳(平均22.3歳)の健常な歯学生20名、修復物もう蝕もない第一大臼歯という、いわば理想条件の研究です。象牙質の添加・歯髄腔の縮小・咬耗による感受性のばらつきを避けるためにあえて年齢幅を絞った設計で、そのぶん高齢者・咬耗歯・修復歯、そして肝心の病的な歯髄にそのまま外挿はできません。統計は一元配置分散分析とTukey検定(有意水準.01)で行われていますが、論文に数値として示されたP値は上下顎の比較と性差のみで、7部位どうしの有意差の内訳や標準偏差は載っていません。また、ここでの値はEPT機器の0〜80という目盛であって、µAではない点にも注意です。それでも「咬頭頂から歯頸部へ下ろすほど閾値が上がる」という向きは歯髄角の神経密度という解剖と一致していて、明日プローブを置く一点を決めるには十分な一本だと思います。
今日のひとこと
大臼歯の電気診は、まず近心頬側咬頭の頂に当てる。上顎22・下顎23で最も低く、そこから歯頸側へ下ろすほど必要な電流は上がっていった。解剖学的に言えば、神経がいちばん密な歯髄角に外から最も近いのが咬頭の頂だから。「反応なし」を壊死の根拠にする前に、自分がどこに当てたかを確かめたい。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


