エンド|側方穿孔をわざと作った抜去大臼歯を、生理食塩水を含ませた花用の吸水スポンジに挿し、充填の過不足が術者から見えない条件で3つの材料を比べた実験。MTA(ロマリンダ大学で開発された当時の新材料)の最初期の報告のひとつ(Lee 1993・Journal of Endodontics)
アクセス形成でバーの向きを誤る、ポストスペースを掘りすぎる、湾曲根の頸部を削りすぎる——側方穿孔はこうして起こります。修復の成否は歯と修復材の間の封鎖で決まりますが、この場面には厄介な前提があります。穿孔部はたいてい血液か組織液で濡れているのに、当時使える修復材は乾燥した術野を前提に設計されていたのです。そこで著者らは、抜去した健全な大臼歯50本の近心根面に歯軸に対しおよそ45度の穿孔を作り(#80 Kファイルの先端が根面から5mm出るまで拡大)、生理食塩水を含ませた「オアシス」(フラワーアレンジメント用の吸水スポンジ)に挿しました。これは保湿ではなく、充填が足りているかはみ出しているかが術者から見えないという臨床の条件を再現するためです。アマルガム15歯・IRM 15歯・MTA 15歯・修復しない陽性対照5歯に分け、4週間後にメチレンブルーへ48時間浸漬して色素の侵入距離を測ると、アマルガム1.52±0.58mm(範囲0.5〜2.5)、IRM 1.30±0.57mm(範囲0〜2.3)に対し、MTAは0.28±0.28mm(範囲0〜0.8)。MTAだけが他の2つより有意に少なく(p<0.05)、アマルガムとIRMの差は有意ではありませんでした。さらにはみ出しはIRMが最多36.7%・アマルガム16.7%・MTA 3.3%、足りなかったのはアマルガムが最多36.7%・MTA 30.0%・IRM 16.7%でしたが、ずれと色素の侵入の間に相関はありませんでした。MTAは親水性で水があると固まる材料であり、周囲の水分は邪魔者ではなく反応のスイッチとして働きます。
①穿孔の修復で、いちばん困るのは「濡れている」こと
アクセス形成でバーの向きを誤った、ポストスペースを掘りすぎた、湾曲根の頸部を削りすぎた——側方穿孔はこうして起こります。修復の成否を決めるのは歯と修復材の間の封鎖で、それは穿孔の位置と大きさ、術者の腕、そして材料の性質で変わります。
ところがこの場面には厄介な前提があります。穿孔部はたいてい血液か組織液で濡れているのに、当時使える修復材は乾燥した術野を前提に設計されていたのです。
結論を先に言います。水があると固まらない材料ではなく、水があるから固まる材料を持ち込むと、色素の侵入距離はアマルガム1.52mm・IRM 1.30mmに対しMTA 0.28mmまで下がりました(p<0.05)。
②従来の選択肢と、その弱点
アマルガムは穿孔修復に最も広く使われてきた材料のひとつです。犬の根分岐部穿孔ではCavitや水酸化カルシウムより優れていたという報告(ElDeeb 1982)があり、臨床報告も同様でした。Cavitも、患者の臨床評価で89.3%が良好な反応と報告されています(Harris 1976)。
強化型酸化亜鉛ユージノール(IRMやsuper EBA)も候補でしたが、十分な封鎖を示した研究とかなりの色素侵入を示した研究が混在していました。これらの材料の封鎖が落ちる理由として著者らは穿孔部に存在する水分ではないかと推測しており、さらにユージノールが周囲組織への刺激になりうる点も指摘しています。
もうひとつの現実的な問題がはみ出しです。穿孔部へ材料を押し込む過程で外へ押し出されると、周囲の歯根膜を傷つけて炎症を起こし、治癒を遅らせます。
③今回の一手:花の吸水スポンジに歯を挿す
この実験の面白いところは、モデルの作り方です。
準備した歯は、生理食塩水を含ませた「オアシス」(フラワーアレンジメント用の吸水スポンジ)に挿しました。これは単なる保湿ではありません。充填が足りているか、はみ出しているかが術者から見えない——という臨床そのものの条件を再現するためです。
4週間オアシスに置いたあと、穿孔部周囲1〜2mmを残して全表面をネイルバーニッシュで2度塗りし、メチレンブルーに48時間浸漬。歯軸と平行に削って穿孔部を露出させ、実体顕微鏡(×20)と接眼ミクロメーターで、2人の観察者が独立に歯冠側と根尖側の界面の色素侵入距離を測りました。
④結果:差は5倍近い
修復しない陽性対照では、穿孔部の全長に色素が侵入しました。しかもそれは露出面だけでなく開いた象牙細管の中にも入っていた、と記されています。
アマルガムとIRMの間に有意差はなく、MTAだけが他の2つより有意に少ない(p<0.05)。MTAの最大値0.8mmは、アマルガムの最小値0.5mmとほぼ重なる水準です。
⑤はみ出し・足りなさは、封鎖を左右しなかった
見えない条件で詰めたので、当然ずれます。はみ出しはIRMが最も多く(36.7%)、アマルガム16.7%、MTAは3.3%。逆に足りなかったのはアマルガムが最多(36.7%)で、MTA 30.0%、IRM 16.7%でした。
ここで著者らが確かめたのは「ずれると漏れるのか」です。はみ出しと色素の侵入の間には相関がありませんでした。また足りなかった場合の侵入距離は、それぞれの材料の全体平均よりわずかに大きかったものの、有意差はありませんでした(著者らの総括は「はみ出しや充填不足は封鎖に影響しないように見える」という言い方です)。MTAでははみ出した1例でも色素侵入はゼロでした。
⑥なぜMTAは濡れていても封鎖できるのか
MTAはロマリンダ大学で、歯と外部表面の交通を塞ぐために開発されたセメントです。主成分はケイ酸三カルシウム・アルミン酸三カルシウム・酸化ケイ酸三カルシウムで、そこにいくつかの鉱物酸化物が加わって化学的・物理的性質を決めています。
つまり周囲組織の水分は、この材料にとって邪魔者ではなく反応のスイッチです。著者らは予備実験として、ヒトの血液で汚染した逆根管窩洞にMTAを置いて色素侵入を調べ、象牙質壁との間の侵入はごくわずかだったとも報告しています。MTAのはみ出しが少なかった理由も同じ性質で説明されていて、親水性の粉が水分を吸うため、強く押し込む力がほとんど要らないからだとしています。
⑦明日の臨床へ
・この実験は術者から見えない条件で行われており、それでもMTAの封鎖は保たれた。逆に言えば、アマルガムとIRMは見えない条件では漏れが大きかった。
・ずれても漏れは増えなかったが、はみ出しは組織の傷害という別の問題を生む。押し込む力が要らない材料のほうが、この点でも扱いやすい。
・穿孔の場所も忘れない。根の根尖側3分の2の穿孔は、頸部3分の1の穿孔より予後がよいと複数の報告が示している(本文の引用より)。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:MTAはIRMやアマルガムより有意に色素の侵入が少なく、はみ出しも最も少なかった。色素侵入距離はアマルガム1.52mm・IRM 1.30mmに対しMTA 0.28mm(p<0.05)で、アマルガムとIRMの間には差がありませんでした。仕組みははっきりしています。MTAは親水性の粉末で、水があると固まる材料なので、穿孔部の血液や組織液が反応の妨げではなくスイッチとして働く。著者らは予備実験としてヒトの血液で汚染した逆根管窩洞でも色素の侵入がごくわずかだったことも報告しています。押し込む力がほとんど要らないため、はみ出しが3.3%と最も少なかったのも同じ性質の裏返しです。もうひとつ実務的な発見は、充填のはみ出し・不足と色素の侵入の間に相関がなかったこと。ただし著者らは「はみ出しによる組織の傷害は別に考えるべき」と釘を刺しています。筆者の読みでは、この論文の値打ちは数字そのものより「濡れた術野を前提に材料を選ぶ」という発想を、見えない条件のモデルで検証した点にあります。ただし抜去歯・4週間・メチレンブルーによるin vitro試験であり、著者ら自身が生体内での検証が必要だと明記しています。


