う蝕のない抜去歯30本を、ゲル2種・液体4種(pH 0.8〜4.5)の酸に30分→1時間→24時間→96時間と同じ歯を続けて浸け、写真・色差・DIAGNOdent pen・SEM・デンタルX線で脱灰の進み方を比べたパイロット研究(Kolumban ら 2021・Applied Sciences)
再石灰化材やホワイトスポットの論文を読むと、方法の最初に「人工う蝕を作製した」と一行で書かれています。では、その「酸」は何で、どれくらい浸けたのか。そこで病変の性質が変わるなら、結果の読み方も変わります。ルーマニアのグループが、6種類の酸を抜去歯に当てて確かめました(試験管内の実験)。
①「人工う蝕を作製した」——その酸は何だったか
フッ化物、CPP-ACP、レジン浸潤。ホワイトスポットの再石灰化や治療を比べる論文の多くは、まず抜去歯に人工的な白斑を作るところから始まります。方法の欄では、たいてい一行です。
では、その酸は何で、どれくらい浸けたのか。酸の種類や強さで病変の性質が変わるなら、その上に積まれた「再石灰化した」「改善した」の読み方も変わります。
ルーマニアのグループ(Kolumban ら 2021)は、この点を抜去歯で確かめました。目的は「どの酸と方法が、最も自然なう蝕様病変を作れるか」です。
②6種類の酸に、30分→1時間→24時間→96時間と重ねて
脱灰液は6種類、各5本(1歯2面=各10面)。ゲル2種=15%塩酸ゲル(Icon Etch・pH 1)/35%リン酸ゲル(Vococid・pH 0.8)。液体4種=80%乳酸(pH 2)/37%リン酸液(pH 1.5)/85%ギ酸(pH 2.5)/塩化カルシウム2.2 mM・リン酸二水素ナトリウム2.2 mM・酢酸0.05 Mの溶液(pH 4.5、以下 酢酸液)。
同じ歯を30分→1時間→24時間→96時間の順に続けて浸け、そのたびに流水で洗って写真・分光測色計(VITA Easyshade、ΔE)・DIAGNOdent pen・SEM(1000倍)・デンタルX線を記録した(1時間と24時間の間は生理食塩水で一晩保管、96時間の間は液を毎日交換)。
統計は一元配置分散分析+Tukey法。著者ら自身がパイロット研究と位置づけている。
並べてみると、6つ目だけが性質の違う液です。ほかの5つがpH 0.8〜2.5の強い酸なのに対し、これだけがpH 4.5で、カルシウムとリン酸をあらかじめ含んでいます。
③結果その一——見た目:30分で白斑、24時間で陥凹、96時間で象牙質
30分で、酢酸液以外の歯は「薄くチョークを塗ったような」真っ白な斑になりました。酢酸液の歯は、ほかの酸のようには侵されず、表面は滑らかで比較的つやが残っていました。1時間で、白斑はさらに艶のないチョーク状に進みます(酢酸液を除く)。
24時間で様相が変わります。エナメル質が侵食され始め、処理面が凹みました。酢酸液の歯は白いまま、実質の欠損はありませんでした。続く96時間の浸漬のあとでは、37%リン酸液の歯と乳酸の一部で処理部位のエナメル質が全層失われ、象牙質が完全に見えていました。ほかの強酸でも象牙質が部分的に露出し、酢酸液だけが表層の変化にとどまりました。
デンタルX線では、30分・1時間の歯に目立った透過像は見られませんでした。24時間・96時間では、エナメル質の消失と象牙質の大きな脱灰が写っています(主に37%リン酸液)。SEMでも、37%リン酸液96時間の歯では象牙細管の開口が見え、酢酸液の歯の脱灰はずっと軽く、エナメル質の表層に限られていました。
④結果その二——DIAGNOdent penの平均値は、最初の1時間は低いままだった
初期値は全群2.07〜4.50。30分・1時間でも平均値は2.09〜5.71と低いままでした。見た目にははっきり白斑が出ている時点です。
大きく上がったのは24時間以降です。24時間で37%リン酸液 28.33、35%リン酸ゲル 23.30、15%塩酸ゲル 19.70。96時間では37%リン酸液が32.20で、6群のうち最も高い値でした。一方、酢酸液は96時間でも4.96です。
ただし、酸ごとに時間の変化を検定すると、35%リン酸ゲルは有意差なし(p = 0.07092)、15%塩酸ゲルは分散分析では有意(p = 0.03822)でも、時点どうしの差は事後検定で示されませんでした。37%リン酸液は分散分析・事後検定とも有意で、乳酸・ギ酸・酢酸液も分散分析で有意でした。平均値が大きく上がって見えても、統計では支持されていない酸がある点は押さえておきたいところです。
著者らによると、読み値は「1〜5」か「30超」かに分かれ、その間の値はわずかでした(原著の記述から考えると、19.70や23.30のような中間の平均値は、低い読み値と高い読み値が混ざった結果とみられ、Table 1の区分にそのまま当てはめることはできません)。高い値は象牙質が露出したときに出ています。理由として著者らは2つの可能性を挙げています。酸が脱灰したエナメル質ごと溶かしてしまい、う蝕様の病変が残らなかったのか、あるいは平滑面ではDIAGNOdent penと組織所見の相関が十分でないという既報のとおりなのか、です。
色差(ΔE)は、段階ごとに見ると30分で中程度、1時間でわずか、24時間で大きく変化し、最も大きかったのは37%リン酸液96時間でした(エナメル質と象牙質の色の違いによる)。有意差は主に脱灰時間の長い段階で出ています。なお著者らは、ΔE 3.3を超えると一般の人にも見分けられるとする報告を引いています。
⑤「液体はゲルより深い」は、どこまで言えるか
著者らの結論は、液体の酸はゲルより深く歯質に浸透して脱灰する、37%リン酸液が最もエナメル質を溶かし、酢酸液はエナメル質の表層にしか作用しなかった、というものです。飲み物や胃酸の逆流のほうが心配だ、とも述べています。
ただ、この研究のゲルと液体は、酸の種類も濃度もpHも群ごとに違います。いちばん条件の近いリン酸同士(35%ゲル・pH 0.8と37%液・pH 1.5)を見ると、pHはむしろゲルのほうが低いのに、24時間のDIAGNOdent値は液のほうが高い(28.33と23.30)。ただし、この2群を直接比べた検定は示されておらず、そもそも35%リン酸ゲルの時間変化自体が有意ではありませんでした。また、酸どうしを比べた色差(24〜96時間の段階のΔE)では、乳酸(液)と15%塩酸ゲルの間に有意差がありませんでした。液とゲルをまとめて比べた検定はありません。「液体だから深い」は、著者らの解釈として読んでおくのが安全です。
⑥明日の臨床へ
②pH 4.5の酢酸液は、最後の96時間の浸漬のあとも表層の変化にとどまった。pH 0.8〜2.5の強い酸と、カルシウム・リン酸を含むpH 4.5の酢酸液は、同じ「脱灰液」でも別物と考える(差がpHによるものか、カルシウム・リン酸によるものかは、この研究では切り分けられていない)。著者らも次は、より弱い酸と再石灰化の工程を入れてやり直すとしている。
③この実験では、白斑が出てもDIAGNOdent penの平均値は低いままだった。見た目に白斑が出ていた30分・1時間の時点で、全群の平均値は5.71以下だった。著者らは、酸が脱灰層ごと溶かした可能性と、平滑面での相関の低さという2つの可能性を挙げるにとどまり、口の中の白斑の診断にそのまま当てはめられる結果ではない。
④白斑は、濡れているときと乾いているときで見え方がはっきり違った。生理食塩水から出して約1分で乾き始めた、と著者らは記している(数値での検討はない)。
⑤これは強い酸への長時間浸漬の実験で、臨床で行う数十秒のエッチングの安全性を評価した研究ではない。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
同じ「人工う蝕の作製」でも、使う酸で起きることはまったく違った。pH 0.8〜2.5の強い酸5種では、30分でチョーク状の白斑が出て、24時間で処理面が凹み始め、続く96時間の浸漬のあとには37%リン酸液の歯で処理部位のエナメル質が全層失われた。pH 4.5の酢酸液だけは、最後まで表層の変化にとどまった(SEM・写真)。DIAGNOdent penの平均値は30分・1時間では全群5.71以下と低いままで、大きく上がったのは24時間以降だった(時間変化が有意でなかった酸もある)。著者らは「液体の酸はゲルより深く脱灰する」と結論したが、この研究の液とゲルは酸の種類・濃度・pHも違う。人工う蝕の論文は、結果より先に「どの酸で、何時間」を確かめて読みたい。


