1問1答 論文 エンド

「削り切らない」はもう例外ではない——ESEが合意した深在性う蝕と露髄の扱い

1問1答 論文 エンド

深在性う蝕と露髄した歯髄の管理について、欧州歯内療法学会(ESE)の専門委員会が合意としてまとめたポジションステートメント(ESE 2019・Int Endod J)

深いう蝕を前にして、どこで手を止めるか。この判断は長いあいだ、術者ごとの流儀に委ねられてきました。2019年、欧州歯内療法学会の専門委員会が、用語の定義から露髄後の処置、材料、経過観察まで、現時点で合意できるところを一枚の文書にまとめています。読んでいて印象的なのは、推奨の強さより「まだ決着していない」と書いてある箇所の多さでした。

論文
European Society of Endodontology position statement: Management of deep caries and the exposed pulp
著者
European Society of Endodontology(Duncan HF, Galler KM, Tomson PL, Simon S, El-Karim I, Kundzina R, Krastl G, Dammaschke T, Fransson H, Markvart M, Zehnder M, Bjørndal L)
掲載
International Endodontic Journal 2019;52(7):923-934(doi:10.1111/iej.13080)
種類
学会の専門委員会によるポジションステートメント(合意文書)
PMID
30664240

「全部取ってから詰める」を、いつやめたか

深いう蝕を削っていて、そろそろ露髄しそうだと感じる。そこで手を止めるか、もう一段削るか。この判断を、私たちは学生時代に明確な形では教わっていません。

教わったのは「感染象牙質は取り切る」でした。取り残せば内側でう蝕が進む。だから硬い象牙質が出るまで削る。露髄したら覆髄するか、抜髄する。長いあいだ、それが標準でした。

その標準は、もう標準ではありません。欧州歯内療法学会(ESE)は2019年、専門委員会の合意として「深在性う蝕において非選択的除去(全部取る)はもはや第一選択とみなされない」と書いています。過剰治療にあたる、という2016年の合意(Schwendicke ら)を引き継いだ立場です。

この文書は研究論文ではありません。ESEが招集した専門委員会が、現時点で何が言えて何が言えないかを整理した「合意の記録」です。だから読み方も変わります。数字の大小より、どこに線を引いたか、そしてどこに線を引けなかったかを見ていきます。

まず言葉を揃えた——「深い」と「極めて深い」は違う

合意文書がいちばん最初にやったのは、用語の定義でした。会話が噛み合わないのは、たいてい言葉のせいだからです。

ESEが定義した深さ: 深在性う蝕(deep caries)=象牙質の内側1/4に達しているが、う蝕と歯髄のあいだに硬い/堅い象牙質の層が残っているもの。エックス線で確認でき、処置中に露髄する危険がある極めて深いう蝕(extremely deep caries)=象牙質の全層を貫通しているもの。処置中の露髄は避けられない。この2つは、治療の目標そのものが変わる(前者は露髄を避ける、後者は露髄を前提に組み立てる)。
ESEが定義した硬さ: 軟化象牙質(soft)=手用器具でほとんど抵抗なく除去できる。堅い象牙質(firm)=手用器具では除去に抵抗する。硬い象牙質(hard)=健全で、探針で刺さらず引っかからない。選択的除去とは、窩洞の辺縁は硬い象牙質まで削り、歯髄側にだけ軟化象牙質(または堅い象牙質)を残すこと。辺縁まで残すことではない——ここは誤解が多いところです。

もうひとつ、露髄の分類も新しく置かれました。クラスI=健全象牙質を通しての露髄(外傷・医原性)で、下の歯髄は健康だと期待できるもの。クラスII=深在性う蝕があり、細菌汚染された層を通しての露髄で、下の歯髄は炎症していると想定すべきもの。同じ「露髄」でも、この2つは扱いが違うという整理です。

露髄を避ける側——数字は何を示していたか

0 33.3% 66.7% 100% 成功率・生存率(%) 90% 70% 80% 60% 46% 選択的1回法(3年) stepwise(3年) 選択的1回法(5年) stepwise(5年) 非選択的除去(5年) ESEが根拠として引いた臨床試験の数値。3年の2本はMaltz 2012という同一のランダム化試験の2群、5年のstepwise60%と非選択的除去46%もBjørndal 2017という同一のランダム化試験の直接比較。5年の選択的1回法80%だけが別研究(Maltz 2017)の生存率であり、他と直接は比べられない。なおESEは、1回法とstepwiseは「ランダム化試験で適切に比較されたとは言えない」と結論している(Maltz2012ではstepwise群の多くが2回目の来院に来ず、比較が難しかった)
ESEが根拠として引いた臨床試験の成績。選択的除去(ティール)と非選択的除去(オレンジ)

合意の土台になった数字がこれです。3年で、選択的除去1回法が90%、stepwise(2回法)が70%。これはMaltz 2012という同一のランダム化試験の2群です。5年では、stepwiseが60%、非選択的除去が46%——こちらもBjørndal 2017という同一のランダム化試験内の直接比較選択的除去1回法の5年生存率80%(Maltz 2017)だけが別研究の数字で、他と横並びには読めません。

ただしESEは、この3本を足し合わせても結論は出ないと書いています。「選択的1回法とstepwiseは、ランダム化試験で適切に比較されたとは言えない」。Maltz 2012ではstepwise群の多くが2回目の来院に来ず、比較が難しくなっていました。試験が無いのではなく、比較として成立していない、というのがESEの評価です。

数字とは別に、実務的に効いてくる指摘がひとつありました。1面(咬合面)のう蝕は、2面以上のう蝕より予後が良い。辺縁封鎖を作りやすく、患者側も清掃しやすいからだろう、とESEは推測しています。

適応の線引きはこうです。症状が無いか、可逆性歯髄炎の徴候にとどまり、エックス線でう蝕が歯髄側1/4を越えていない歯。逆に、自発痛や持続痛がある歯、温度診で反応が強く長引く歯(不可逆性歯髄炎の疑い)は、露髄を避ける術式の適応から外れます。

露髄した側——「取り切ってから」が復権している

0 33.3% 66.7% 100% 成功率(%) 70% 90% 80% 90% 75% 95% 選択的除去(露髄なし) クラスII直接覆髄 全部断髄 報告レンジの下限 報告レンジの上限 ESEが本文中で示した成功率のレンジ(濃い棒=下限、淡い棒=上限)。選択的除去は1年以上の追跡、クラスII直接覆髄は現代型プロトコル(拡大鏡・消毒・硬化性ケイ酸カルシウム)での値、全部断髄は1年時点の値。追跡期間も成功の定義も揃っておらず、ESEは「これらの介入を比較した質の高い臨床試験が欠けている」と書いている。なお全部断髄した歯は歯髄診断テストに反応しないのが正常だとも注記されている
ESEが本文中で示した成功率のレンジ(濃い棒=下限、淡い棒=上限)

意外だったのはここでした。非選択的除去(全部取る)で露髄させたうえで、現代型のプロトコルで覆髄する——この組み合わせで高い成功率が複数の研究から報告されている、とESEは書いています。

現代型のプロトコルとは、具体的に3つです。①硬化性ケイ酸カルシウムセメント(水酸化カルシウムではない)②拡大鏡・マイクロスコープ ③消毒剤の使用。この3点を揃えた研究群と、揃えていない古典的な覆髄の研究群で、成績が大きく違っている。ESEはそこに違いの説明を求めています。

さらに術者にとっての利点として、こう書かれています。歯髄を扱い慣れた術者にとっては、非選択的除去と露髄は「歯髄のダメージ・髄室内の壊死・出血の様子・う蝕の本当の広がり」を直接目で評価する機会になる。削り残せば、それは見えません。

露髄後の実務(ESEの記述): ラバーダム防湿と歯面消毒を露髄前に済ませる。滅菌したバー・鋭利な器具を使い、歯髄組織の除去は注水下の高速バーで行う。止血と消毒は次亜塩素酸ナトリウム(0.5〜5%)またはクロルヘキシジン(0.2〜2%)を含ませた綿球で。5分で止血できなければ、さらに歯髄を除去する(部分断髄→全部断髄)。全部断髄でも止血できなければ抜髄へ。硫酸第二鉄は止血には効くが歯髄の出血所見を歪めるので推奨されない。最後に硬化性ケイ酸カルシウムセメントを直接置き、その場で最終修復まで行う
露髄後でも歯髄温存に進まない条件: ESEは、歯髄保存を勧めるのは原則として可逆性歯髄炎の歯に限ると書いている。自発痛・持続痛がある歯、修復不能な歯、止血できない出血が続く歯、髄室内に壊死組織がある歯は、覆髄や部分断髄の予測性のある候補ではない。さらに「不可逆性歯髄炎を示す症状があり、ラバーダムを使っておらず、う蝕除去中に器具が汚染された露髄は、無菌的に抜髄すべき」と明記されている。全部断髄はその代替になりうるが、第一選択にするには長期の前向きランダム化データが足りない、というのがESEの立場である。

そして部分断髄(partial pulpotomy)が、単なる直接覆髄より好まれる場面も示されています。露髄後にさらにう蝕除去が必要なとき——感染象牙質の削片を歯髄に押し込む危険があるため、先に表層の歯髄ごと取ってしまう方が安全だ、という理屈です。

いちばん踏み込んだのは全部断髄(full pulpotomy)の扱いでした。不可逆性歯髄炎の徴候がある歯でも、1年成功率75〜95%という報告が複数ある。炎症が冠部歯髄に限局している「部分的不可逆性歯髄炎」なら、抜髄せずに済むかもしれない。ただしESEは、これを第一選択にするには長期の前向きランダム化データが足りないと釘を刺しています。

明日の臨床へ

①「深い」と「極めて深い」を、削る前に言葉にする。エックス線で歯髄側1/4に硬い層が残っていれば深在性う蝕=露髄を避ける術式の適応。全層を貫通していれば極めて深いう蝕=露髄を前提に組み立てる。ここを決めてから器具を持つと、途中で迷わなくなります。

②選択的除去は「辺縁も残す」ではない。窩洞の辺縁は硬い象牙質まで削り切る。残すのは歯髄側だけ。ESEはこれを「最適な接着と封鎖のため」と明記しています。残すべき場所を間違えると、封鎖そのものが甘くなります。

③露髄したら、5分ルールを覚えておく。NaOClかCHXを含ませた綿球で止血を試み、5分で止まらなければ歯髄をもう一段除去する。止血できない歯髄は、そこで見切りをつける材料になります。

④材料はケイ酸カルシウム系に寄せる。露髄面には硬化性ケイ酸カルシウムセメント(水酸化カルシウムではない)。露髄していない深部象牙質には、ケイ酸カルシウム系でもグラスアイオノマーでもよい——この2つの優劣はまだついていないとESEは書いています。レジン系接着材とコンポジットレジンを露髄面に直接使うのは、細胞毒性・創面に象牙質が形成されないこと・臨床成績が悪いことの3つを理由に禁忌とされています。

⑤経過観察の型を決める。ESEの推奨は6か月で問診・臨床診査、1年でデンタルエックス線。以後は必要に応じて、そこからさらに4年間は年1回。冷刺激と電気歯髄診で反応を追う。ただし全部断髄した歯は反応しないのが正常——ここを失敗と読み違えないこと。

⑥無菌操作は、露髄したときだけの話ではない。ESEの主要推奨のひとつが無菌管理で、「歯髄が露出していてもいなくても、深在性う蝕の処置の全過程を通じて」歯面消毒・滅菌操作・ラバーダムを使うべきだと書かれています。削り始める前から始まっている工程です。

⑦CBCTは、歯髄の炎症を見るためには撮らない。ESEは「歯髄の炎症状態の評価にCBCTの日常的使用は正当化されない」と明言しています。判断材料は、詳細な疼痛歴・視診・低温での冷温診+電気歯髄診・質の良いデンタルエックス線です。

ここだけ、冷静に補助線

ここだけ、冷静に補助線。 この文書は研究ではなく専門家委員会の合意です。強みは、散らばった研究を臨床の判断単位に整理したこと。弱みは、合意の各項目の裏づけの強さがまちまちなことです。ESE自身がそれを隠していません——「成熟した永久歯のう蝕に関して、中心的な問いの多くに答える質の高い比較研究は乏しい」「予備的で確かな長期エビデンスに支えられていない治療を第一選択として推奨することには慎重でなければならない」と結語に書いています。具体的に未決着なのは、①選択的1回法とstepwiseのどちらが良いか(ランダム化試験は存在するが、ESEは「適切に比較されたとは言えない」と評価している)②露髄していない深部象牙質にケイ酸カルシウム系とグラスアイオノマーのどちらを置くか(長期では差が出ていない)③不可逆性歯髄炎への全部断髄をどこまで広げてよいか(長期RCT不足)④露髄後に現代型プロトコルで覆髄した研究群の良好な成績が、一次医療の現場で再現できるか(ESEは「これらの介入を比較した質の高い臨床試験が欠けている」と述べたうえで、この限定条件を本文に書いている)の4点。また可逆性/不可逆性という診断名そのものが、臨床的な操作用語であって生物学的な実体ではないとも書かれています。不可逆性歯髄炎が14〜60%のケースで無症状という古い報告も引かれていて、私たちの診断がどれほど粗いかを思い出させます。それでも——削る手を止める場所に、初めて共通の言葉がついたことの意味は大きい。5年以内に改訂すると本人たちが予告している文書です。次の版で、どの線が動くかを見ていくのが面白いところだと思います。

今日のひとこと

ESEは「深在性う蝕では非選択的除去(全部取る)はもはや第一選択ではない」という立場を明確にした。露髄を避けたい歯には選択的除去(1回法またはstepwise)を、露髄したら硬化性ケイ酸カルシウムセメントを直接置くクラスII覆髄か部分断髄を。歯髄の炎症が冠部に限局した「部分的不可逆性歯髄炎」なら全部断髄も選択肢に入る。ただしESE自身が、1回法とstepwiseはランダム化試験で適切に比較されたとは言えないこと、露髄後の有望な成績が一次医療の現場で再現できるかは未解明であること、全部断髄の長期データが不足していることを明記している。合意とは「ここまでは言える」の線引きであって、決着した話の一覧ではない。

European Society of Endodontology (Duncan HF, Galler KM, Tomson PL, Simon S, El-Karim I, Kundzina R, Krastl G, Dammaschke T, Fransson H, Markvart M, Zehnder M, Bjørndal L). European Society of Endodontology position statement: Management of deep caries and the exposed pulp. Int Endod J. 2019;52(7):923-934. doi:10.1111/iej.13080 PMID: 30664240
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。