口腔内の温度と湿度を再現する箱を作って測ったら、収縮も咬頭のたわみも増えた(Bicalho 2015・Dental Materials)
レジンの重合収縮のデータは、たいてい室温・湿度50%の実験室で測られています。では体温37℃で、ラバーダムを使わないときの湿度90%だとどうなるのか。専用のチャンバーを自作して、同じ実験を3つの環境で回した研究があります。
①そのデータ、何度・何%で測られたものですか
「このレジンの重合収縮は◯%」という数字を、私たちは製品資料や論文で日々目にしています。ところが従来、咬頭のたわみやポストゲル収縮の研究は室温(23℃前後)・相対湿度50%で行われてきました。
口の中はそうではありません。37℃で、ラバーダムを使わなければ呼気で湿度は90%近くになります。温度が上がればレジンの粘度は下がり、分子の動きやすさが増して重合率が上がる。そして重合率が上がれば、ふつう収縮も増えます。
つまり「実験室で測った収縮の値」は、口の中で起きていることを過小に見積もっている可能性がある。この疑いを、装置ごと作って確かめたのがこの研究です。
②口腔内環境を再現するチャンバーを自作する
ブラジルとアメリカの共同グループが、温度と湿度を制御できるアクリル製のチャンバー(70×50×50cm)を作りました。電気ヒーターとセンサーで温度を、水スプレー装置で湿度を保ちます(精度は±2℃・±4%)。中には歯を固定する台と、ひずみゲージ、光量モニター用のライトセルが組み込まれています。
ここでの「ポストゲル収縮」は、ゲル化したあとに起こる、応力を生む分の収縮です。ゲル化前の収縮は材料が流れて応力を逃がすので、応力の元になるのはこちらだけになります。
③温度と湿度が上がるほど、収縮もたわみも増えた
ポストゲル収縮(体積%)は、環境条件で階段状に増えました。
咬頭のたわみも同じ方向に動きます。頬側は146→251→324μストレイン、舌側は286→354→450μストレイン。いずれも3群間に有意差がありました。
ちなみに舌側咬頭のたわみは、どの条件でも頬側より大きい(まとめた平均で240 vs 363μストレイン)。原著はこれを、第三大臼歯では舌側の歯頸部が頬側より細く、舌側咬頭のほうが剛性が低いためだと説明しています。
④接着強さは、湿度90%で20.5→14.3MPaへ
ここがいちばん臨床に効く結果だと思います。
つまり温度が22℃から37℃へ上がっただけでは接着強さは落ちず、落としたのは湿度でした。37℃/50%(ラバーダムを想定)と37℃/90%(ラバーダムなしを想定)を比べると、20.5→14.3MPa=約30%の低下です。
有限要素解析でも、同じ向きの結果が出ています。象牙質/レジン界面の収縮応力(修正von Mises応力の上位5%の平均)は、37℃/50%から37℃/90%で Charisma Diamond 10.1→12.2MPa、IPS Empress Direct 11.0→15.7MPa。そしてこの応力は実測の接着強さと強い逆相関(r=−0.853、P=.031)を示しました。エナメル質の収縮応力のほうは、実測の咬頭たわみと強い正相関(頬側 r=0.824・P=.043/舌側 r=0.878・P=.020)です。
実測とシミュレーションが互いを裏づけている——これがこの論文の骨格です。
⑤なぜ、湿度が接着を落とすのか
原著が挙げる筋道は2つあります。
ひとつは収縮応力そのものの増加。温度が上がると重合率が上がり、収縮が増え、界面にかかる応力が増える。応力が接着の耐えられる限界に近づけば、界面はその分だけ弱くなります。
もうひとつは水分そのものの悪影響。原著は、呼気に含まれる水分量が約27mg/dm³と報告されていることを引き、高い湿度が1ステップセルフエッチ接着材の接着層で、モノマーの十分な重合を妨げる可能性を指摘しています。可塑剤として働く水分が材料に取り込まれる、という説明も添えられています。ただしこの実験で使われたのは2ステップのクリアフィル SEボンドで、引用されている機序がそのまま当てはまる材料ではありません。
興味深いのは、弾性率とヌープ硬さは窩底まで一定で、深さによる差がなかったことです。8回の斜め積層で充填したためで、「深部が固まっていないから弱い」という単純な話ではありません。環境の影響を受けたのはIPS Empress Directの弾性率だけで、それも湿度90%との組み合わせのときだけでした。
⑥明日の臨床へ
第一に、ラバーダムの価値を「術野の清潔」以外の軸でも語れる。この研究が示したのは、防湿が接着強さと収縮応力に効いているという実験室のデータです。原著は考察で「本研究の結果は、ラバーダム防湿下でコンポジット修復を行うという推奨を支持する」と書き、臨床的意義の欄にも「ラバーダム防湿によって修復操作中の高い湿度を避けることは、咬頭のたわみと収縮応力を減らし、臼歯部コンポジット修復の接着強さを改善しうる」と置いています(結論の節にはラバーダムの記載はありません)。
第二に、製品資料の収縮の数字は、実験室条件の値だと知っておく。この研究では、22℃/50%と37℃/90%で収縮が0.45%→0.61%と3割以上増えていました。材料を比べるときの相対的な順位は変わらないとしても、絶対値としては口の中でより大きく縮んでいる可能性があります。
第三に、MOD窩洞では舌側咬頭のたわみが大きいことを念頭に置く。この実験では第三大臼歯の形態に由来する所見でしたが、残存歯質の厚みが薄い側ほどたわむ、という原則自体は一般化できます。
第四に、2つのコンポジットの間に差は出なかった。収縮・咬頭のたわみ・接着強さ・収縮応力のいずれも、材料の違いより環境の違いのほうが大きく効いていたという結果です。材料選びで悩むより、環境を整えるほうが確実、という読み方ができます。
まず、これは抜去歯を使ったin vitro試験と2次元の有限要素解析です。実際の口腔内には唾液・歯肉溝滲出液・咬合力・歯髄内圧があり、湿度だけを取り出した条件とは違います。接着材はクリアフィル SEボンドの1種類だけで、ユニバーサルアドヒーシブや3ステップ系で同じ差が出るかは検証されていません。またμTBSの試験体は各群5歯からの棒であり、歯という単位で見ればn=5です。ひとつ注意しておきたいのは、この論文の抄録には「TBSは高湿度でより高かった(higher with higher humidity)」という記述があり、表4および結果本文の「37℃/90%で有意に低かった」と食い違っていることです。本記事は集計表と結果本文の値を採りました。また環境条件①の温度は、材料と方法および表では22℃、結果本文では23℃と表記が揺れています。抄録と本文の食い違いはもう1か所あります——抄録は弾性率とヌープ硬さについて「深さ方向に一定なのはCHAだけ」「環境の影響を受けたのはIPSだけで、とくに窩洞の深部で」と書きますが、結果本文3.3・3.4は両材料とも深さによらず一定としています。さらに結果本文はIPSの弾性率が22℃/50%と37℃/50%で同等、いずれも37℃/90%より低いと書く一方、考察は高湿度で下がったと書いており、向きが逆です。本記事はこの点については向きを断定していません。それでも、実測の接着強さと、独立に計算した界面の収縮応力が r=−0.853 で逆相関したという内的整合性は強く、「防湿が材料の挙動そのものを変える」という主張を支えるには十分な材料だと思います。
今日のひとこと
重合収縮の実験値は「実験室の温度と湿度」で測られた値であって、口の中の値ではない。体温37℃・湿度90%という「ラバーダムなし」を再現すると、収縮も咬頭のたわみも増え、微小引張接着強さは20.5MPaから14.3MPaへ落ちた。ラバーダムは術野を守るだけでなく、材料の挙動そのものを変えている可能性がある。


