1問1答 論文 保存修復

フルアーチのスキャン、どの順で回すかで再現性が4倍変わった

1問1答 論文 保存修復

真度に差は出なかったが、精密度は 35μm 対 8μm だった(Müller 2016・Quintessence International)

口腔内スキャナーは、どこから当ててどう戻るかを術者が決めています。メーカーの推奨手順はありますが、実際には自己流になりがちです。上顎フルアーチを3つのルートで5回ずつスキャンし、工業用リファレンススキャナーと重ね合わせて比べた研究があります。

論文
Impact of digital intraoral scan strategies on the impression accuracy using the TRIOS Pod scanner
著者
Müller P, Ender A, Joda T, Katsoulis J(ベルン大学・チューリッヒ大学・スイス)
掲載
Quintessence International 2016;47(4):343–349
種類
in vitro(コバルトクロム製の上顎有歯顎模型1個・3ルート×各5回=計15スキャン・術者1名)
PMID
26824085

スキャナーは同じでも、回し方は人それぞれ

口腔内スキャナーで単冠を撮るぶんには、あまり悩みません。センサーが捉える面積が、必要な範囲に対して大きいからです。問題はフルアーチ。写真を継ぎ足していく(スティッチング)性質上、誤差は端から端へ積み上がっていきます。

ロングスパンの補綴、とくにスクリュー固定のインプラント上部構造ではセメントが誤差を吸収してくれません。文献上、最終補綴物の適合の許容値は100μm未満とされています。スキャンの誤差は、その予算のうちの一部を先に使ってしまう工程です。

メーカーは推奨のスキャン手順を示しています。ただ現場では、術者ごとの慣れとくせで回し方が固まっていく。その違いは、どれだけ結果を変えるのでしょうか。

3つのルートで、同じ模型を5回ずつ撮る

ベルン大学とチューリッヒ大学のグループが、コバルトクロム合金製の上顎有歯顎模型を1つ用意し、TRIOS Pod(3Shape・カラー・粉末不要)で3つのルートを各5回、計15スキャン記録しました。

3つのスキャンルート: A=上顎右側第二大臼歯の遠心頬側から始めてまず頬側面を通し、咬合面・口蓋側から戻る。B=右側第二大臼歯の咬合面・口蓋側から始め、常に2面を含めながら反対側まで進み、頬側から戻るメーカー推奨のルート)。C=1歯ごとに頬側→咬合面→口蓋側の3面を順に撮り、左側第二大臼歯から右側第二大臼歯までS字を描いて一方向に進む(戻らない)。
評価: 模型を工業用のリファレンススキャナー(Infinite Focus Standard/Alicona・測定点の大きさ1.4μm・垂直分解能0.5μm・約2,000万点)で計測し、基準データとした。真度(trueness)=基準スキャンとの一致(各群n=5)精密度(precision)=同じルートで撮った5回どうしの一致(各群n=10通りの組み合わせ)。ベストフィットで重ね合わせ(一致度97%以上)、90/10パーセンタイル内の値で算出した。全スキャンは同一日・同一室(22℃・湿度60%)に、1名の熟練補綴医が実施している。

1スキャンあたりの撮影枚数は350〜400枚、所要時間は2.5〜3分で、ルートによらずおおむね一定でした。

真度は横並び。差が出たのは精密度だった

0 14 28 42 偏差(μm・小さいほど良い) 17.9 35.0 17.1 7.9 26.8 8.5 A頬側から始める B咬合口蓋から始める(メーカー推奨) CS字で一方向 真度(基準スキャンとの差) 精密度(同ルート5回どうしの差) 90/10パーセンタイル内の絶対値の平均。SDは真度が順に16.4/13.7/14.7、精密度が51.1/5.6/6.3。真度には有意差なし(A対B P=1.000、A対C P=.457、C対B P=.363)。精密度はAがBともCとも有意に異なる(いずれもP<0.001)
真度と精密度(μm・90/10パーセンタイル内の絶対値の平均)。値が小さいほど良い。真度に有意差はなく、精密度でルートAだけが大きく劣った
真度(μm、平均±SD): A 17.9±16.4/B 17.1±13.7/C 26.8±14.73ルート間に統計的有意差なし(A対B P=1.000、A対C P=.457、C対B P=.363)。個々のスキャンの範囲は A 11〜25μm、B 14〜21μm、C 11〜45μm
精密度(μm、平均±SD): A 35.0±51.1/B 7.9±5.6/C 8.5±6.3AはBともCとも有意に異なる(いずれもP<.001)。範囲は A 19〜51μm、B 6〜12μm、C 6〜13μm。

ここが読みどころです。「平均としてどれだけ正しいか(真度)」では3ルートに差がつかなかったのに、「同じ手順を繰り返したときにどれだけ同じ結果になるか(精密度)」では4倍以上の開きが出ました

しかもルートAのSDは51.1μm——平均値(35.0μm)より大きい。悪い方向へ一様にずれるのではなく、回によって当たり外れが大きいということです。

0 55 110 165 偏差(μm・小さいほど良い) 57 119 44 20 63 22 A頬側から始める B咬合口蓋から始める(メーカー推奨) CS字で一方向 真度 精密度 原著が併記する第2の算出法=(90パーセンタイル−10パーセンタイル)÷2 の平均(Ender・Mehlの方法)。SDは真度が順に18/17/27、精密度が35/8/9。真度は有意差なし、精密度は有意差あり(結果本文は P<0.05・表1の表記は .05)
原著が併記している、もうひとつの算出法((90パーセンタイル−10パーセンタイル)÷2の平均)での値。同じ構図が再現された

原著は先行研究(Ender・Mehl)に合わせた別の算出法も併記しています。こちらでも真度は A 57±18/B 44±17/C 63±27μmで有意差なし精密度は A 119±35/B 20±8/C 22±9μmで有意差あり(P<.05)。算出法を変えても構図は変わりませんでした。

なぜ「頬側から」は不安定になるのか

原著は、この差の理由を考察でこう述べています。「ルートBはすべての機種で有利かもしれない。最初のスキャンで歯列弓全体の多次元的な骨格を作り上げるため、歯列弓全長のような長い距離を線的にデータ取得するときに誤差が積み上がっていくリスクを取り除けるからである」

つまり「先に骨格を作ってから肉付けする」か「端から線的に積み上げる」かの違いです。Bは咬合面・口蓋側から始めて常に2面を含めながら進み、Cは1歯ごとに3面を撮ります。一方ルートAは、まず頬側面だけを歯列全体にわたって通すため、骨格ができあがるのは戻りの工程になります。

興味深いのはルートCの位置づけです。Cは精密度ではBと遜色ありません(8.5 vs 7.9μm)。ただし真度は26.8±14.7μmと数値上は最も大きく、個々のスキャンでは11〜45μmと幅が広い。一方向に進んで戻らないため、誤差が累積したときに引き戻す機会がない、という読み方ができます(有意差は出ていないので、あくまで傾向です)。

もうひとつ、原著が自ら注意を促している点があります。ベストフィットで重ね合わせる解析法そのものが、「片側からもう片側へ向かって徐々にずれていく」型の誤差を過小評価しうる——歪んだデータでも全体として最もよく合う位置に載せてしまうからです。フルアーチで問題になるのはまさにこの型の誤差なので、ここは覚えておきたいところです。

明日の臨床へ

第一に、スキャンのルートを医院で1つに決めて、それを守る。この研究の主要な結論は「Bが正しくてAが間違っている」ではなく、ルートによって再現性が大きく変わるということです。原著は「推奨ルートBは最も高い真度と精密度を示すため、推奨されうる」と結んでいます。

第二に、咬合面・口蓋側から始める。少なくともこのスキャナーでは、頬側面を先に通すルートだけが不安定でした。メーカー推奨に従うことに、実測の裏づけがついた形です。

第三に、「撮り直したら結果が変わる」を軽く見ない。真度が同じでも精密度が悪ければ、その日の1回がどちら側にどれだけ外れているかは分からないことになります。ルートAでは回ごとのばらつきが35μm前後——真度の値(17.9μm)ではなく、この不確かさのほうが再現性の話です。なお原著が「最終補綴物で100μmを超えないために可能なかぎり高くあるべき」と述べているのは真度のほうで、精密度の値をそのまま誤差の予算として差し引ける性質のものではありません。

第四に、ロングスパンほど、この差が効く。単冠やクアドラント内の短いスパンなら誤差の累積は小さく、原著もそこは低リスクだと述べています。ルートを意識する価値が最も高いのは、フルアーチとスクリュー固定の上部構造です。

つまり: 3ルートの真度に有意差はなかった(17.9/17.1/26.8μm)が、精密度はルートAだけが有意に劣った(35.0±51.1μm 対 B 7.9±5.6・C 8.5±6.3μm、いずれもP<.001)。メーカー推奨の「咬合面・口蓋側から始めて頬側で戻る」ルートが、最も安定していた。
ここだけ、冷静に補助線
規模はかなり小さい試験です。模型は1つ、術者は1名、各ルート5回——スキャナーもTRIOS Podの1機種に限られ、他機種や他の術者で同じ順位になる保証はありません。そして模型スキャンなので、唾液も、ミラーや金属修復物の反射も、患者の動きもありません。原著自身、これらが臨床では制限因子として議論されてきたと認めています。加えて、ベストフィット法が累積誤差を過小評価しうるという注意も原著が自ら書いているとおりです。ですから絶対値(17μmや8μm)を臨床の数字としてそのまま持ち出すのは行きすぎでしょう。それでも、同じ人が同じ模型を同じ日に撮って、ルートを変えただけで再現性が4倍以上ひらいたという事実は明快です。手技を揃えるだけで得られる改善なので、試す側のコストがほぼゼロなのも良いところだと思います。

今日のひとこと

スキャンのルートは、平均的な正確さ(真度)よりも「毎回同じ結果が出るか(精密度)」に効いていた。頬側から始めるルートは、真度こそ他と変わらないのに、精密度が35.0±51.1μmと大きくばらついた。メーカー推奨の「咬合面・口蓋側から始めて頬側で戻る」は7.9±5.6μm。順番を決めて守ることが、そのまま再現性になる。

Müller P, Ender A, Joda T, Katsoulis J. Impact of digital intraoral scan strategies on the impression accuracy using the TRIOS Pod scanner. Quintessence Int. 2016;47(4):343–349. doi:10.3290/j.qi.a35524 PMID: 26824085
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。