1問1答 論文 虫歯

痛くない深いう蝕の58%に、歯髄炎があった——無症状のう蝕歯47本を抜いて組織で確かめた研究

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|無症候性歯髄炎・歯髄診断・電気歯髄診・温度診

痛くないから歯髄は大丈夫だろう。深いう蝕を見ながら、そう考えたことはないでしょうか。1970年、ボルチモアとインディアナポリスの2人が、痛みを訴えたことのない深在性う蝕歯47本に打診・温度診・電気診を行い、その直後に抜歯して連続切片を作りました。歯髄炎が見つかったのは27本(58%)。ところが臨床検査の結果は、組織像と常に一致したわけではありませんでした。どの検査も単独では3つの組織群を区別できていません。歯髄炎の無かった20本でも、冷刺激には95%が過敏に反応していたのです。

論文
Painless pulpitis
著者
John F. Hasler(ボルチモア), David F. Mitchell(インディアナポリス)
掲載
Journal of the American Dental Association 1970;81(3):671-677
種類
臨床検査と組織所見の対応を調べた研究(ヒト抜去歯47本の連続切片)
PMID
5271058

「痛くないから歯髄は大丈夫」と考えていませんか

深いう蝕を前にして、患者さんが「痛くありません」と言う。その一言で、こちらの手はいくらか軽くなります。教科書にも、臨床症状から歯髄の状態を推定する詳細な分類が載っている。冷たいものにしみるかどうか、拍動性の痛みがあるかどうか——症状から歯髄診断を組み立てる作法を、私たちは習ってきました。

ところが1970年の時点で、著者らはこう書いています。「歯髄の実際の状態を、ある程度の成功率で判定できるという証拠はほとんど無い」。そして、痛みのある歯髄炎については研究があるのに、痛みのない歯髄炎を本格的に調べた研究は無い、と(散発的な報告は、著者ら自身が緒言で列挙しています)。

そこで彼らは、痛みを訴えたことのないう蝕歯に一通りの検査をして、その直後に抜歯し、連続切片で歯髄を見たのです。

先に結論: 無症状のう蝕歯47本のうち27本(58%)に組織学的な歯髄炎があった。しかし臨床検査は組織像と噛み合わなかった。歯髄炎の無い20本でも、冷刺激には95%が過敏に反応した

この研究のつくり

倫理的にいまは組みにくい研究ですが、だからこそ代わりのデータがありません。

  • 対象:無症状の深在性う蝕歯47本。患者47名(女性30・男性17)、平均28歳(13〜56歳)。多根歯33本・単根歯14本
  • 組入れ条件:その歯に痛みの既往が一切ないこと。痛みが来院の理由だった症例はひとつも含まれていない。協力度に少しでも疑問がある患者は除外
  • 対照:同一患者の健全な隣在歯または対側同名歯。刺激は健全象牙質を覆う健全エナメル質の上に置く
  • 検査:打診(ミラーの柄で水平・垂直)、温熱(アルコールランプで軟化させたストッピングを、患者に見えないところで加熱)、冷(アイススティック5秒以内、一部はエチルクロライド)、電気歯髄診(定電圧単極型)、エックス線
  • 組織:検査の数分後に抜歯し、10%ホルマリン固定。連続切片を7μmで作製しHE染色。露髄近傍の切片にはBrown-Brenn染色と改変グラム染色を行い、細菌とアーチファクトを区別

丁寧なのは、各歯を3回テストしている点です。1回目と3回目は実際に刺激を与え、2回目は刺激を与えずに同じ手順だけを踏んで、偽陽性を除外しています。

無症状でも、58%に歯髄炎があった

0 8歯 16歯 24歯 歯数(全47歯) 20歯 14歯 13歯 非歯髄炎(正常からの逸脱は最小) 歯髄炎(軽度) 歯髄炎(中等度〜重度) 軽度と中等度〜重度を合わせた27歯(58%)に、組織学的な歯髄炎が見つかった。判定に迷った歯は、過大評価を避けるため軽いほうへ寄せている
無症状のう蝕歯47本の組織診断。軽度と中等度〜重度を合わせて27歯(58%)

著者らはまず、既存の歯髄状態を細かく分ける分類を当てはめようとして失敗しています。炎症が見つからなかった歯を「正常・無傷・萎縮・充血・移行期」に下位分類しようとしたところ、2人の観察者のあいだで再現性が取れなかった。そこで非歯髄炎(正常からの逸脱は最小)/軽度歯髄炎/中等度〜重度歯髄炎という3段階に落としました。

結果は20本・14本・13本27本(58%)に歯髄炎があったことになります。判定に迷った歯は、病態を過大評価しないよう意識的に軽いほうへ寄せているので、これは控えめな数字です。

組織学的な露髄(象牙質の連続性が断たれている)が確認できたのは14本(30%)。内訳は非歯髄炎群0%、軽度群29%(4本)、中等度〜重度群71%(10本)でした。露髄していても痛みが無い歯が、確かに存在するということです。

ここからが本題——検査は組織像を言い当てられなかった

0 33.3% 66.7% 100% 対照歯と比べて異常反応を示した割合 (%) 79% 72% 87% 75% 打診(37/47) 温熱(34/47) (41/47) 電気診の閾値低下(35/47) 対照歯(同一患者の健全な隣在歯または対側同名歯)は、打診・温熱・冷のいずれにも一度も陽性を示さなかった。電気診では全47歯が生活反応を示した
47歯全体で、対照歯と比べて異常反応を示した割合。対照歯は打診・温熱・冷のいずれにも一度も陽性を示さなかった

全体で見れば、検査はよく反応しています。打診79%・温熱72%・冷87%・電気診の閾値低下75%。対照歯は一度も陽性にならなかったので、「この歯は何かある」を拾う力は確かにあるわけです。

問題は、その先です。

0 33.3% 66.7% 100% 検査で陽性となった割合 (%) 95% 85% 75% 79% 71% 86% 85% 54% 77% 非歯髄炎(20歯) 軽度歯髄炎(14歯) 中等度〜重度(13歯) 炎症が重いほど陽性率が上がる、という並びになっていない。冷はむしろ非歯髄炎群で最も高く、温熱は中等度〜重度群で最も低かった
組織診断別に見た検査陽性率。炎症が重いほど陽性率が上がる、という並びになっていない

組織診断ごとに分けると、順番が崩れます。冷刺激は非歯髄炎群で95%と最も高く、軽度79%、中等度〜重度85%。温熱に至っては、中等度〜重度群が54%と最も低い。打診も75%・86%・77%で、炎症の重さと並んでいません。著者らははっきりと「打診への過敏反応と組織診断のあいだに一貫した関係は無かった」と書いています。

さらに、炎症が証明できなかった非歯髄炎群でも、温熱と冷の両方に正常反応を示した歯は1本も無かった。深いう蝕がある時点で、歯髄は既に何かを感じている。ただしその「何か」は、炎症の程度とは対応していない、ということです。

電気診についても、対照歯との差が1.5目盛以上あったのは47本中21本だけでした。数字は出るけれど、そのばらつきは臨床判断に使える幅を超えています。エックス線で根尖病変が疑われたのは6本(13%)にとどまりました。

著者らが目を向けたのは、細菌と歯髄の距離

では歯髄炎の程度は何と関係していたのか。著者らは細菌と歯髄の距離に目を向けています。ただし書き方は慎重で、「関係しているようだ(seems to be related)」という表現にとどめています。統計解析は行われていません。

細菌は歯質のどこかに91%の歯で検出され、象牙細管を1,800μmまで進入していました。しかもその上の歯髄は、炎症を起こしていないこともあった。一方で炎症所見の無い生活歯髄の中に細菌が見つかることは無く、見つかるとしてもたいてい貪食細胞の中でした。露髄が明らかだった14本ですら、歯髄内に細菌が同定できたのは8本だけです。

つまり生活歯髄は、細菌が住み着きにくい環境だったわけです。著者らは、歯髄の破壊が始まるかどうかは残存象牙質の厚みと、細菌がそこをどこまで進んでいるかに「部分的に」依存すると書き、その2つを組織診断ごとに並べた図を示しています。あくまで平均値の図示であって、検定された関係ではありません。

いっぽう組織診断といちばんよく並んだ所見は、実は露髄の有無でした(非歯髄炎群0%・軽度群29%・中等度〜重度群71%)。距離の話と露髄の話は、どちらかがどちらかを打ち消すものではありません。

なお、歯髄結石や象牙質の異栄養性石灰化は22本(47%)に見られましたが、組織診断とも検査反応とも年齢・性別とも関係がありませんでした。石灰化の有無を診断根拠に使いにくい理由が、ここにあります。

明日の臨床へ

  • 「無症状=歯髄は健全」と読み替えない。深在性う蝕であれば、痛みが無くても半数以上で歯髄に炎症が起きている可能性がある。しかも露髄していても無症状のことがある
  • 検査結果は「怪しさ」の指標として使い、「歯髄の状態」として読まない。この論文の言い方を借りれば、疑わしい歯の4分の3ほどが、いずれかの検査で異常を示す。スクリーニングには使えるが、そこから炎症の程度を推定するのは無理がある。
  • 術前説明を、検査で確定した診断としてではなく見通しとして伝える。「痛くないので歯髄は大丈夫でしょう」ではなく、「開けてみないと分からない部分がある」と最初に置いておく。これは1970年から変わっていない構図です。
  • 残存象牙質の厚みを、意識して確保する。歯髄炎を分けていたのが細菌と歯髄の距離だったのなら、削り込まないこと自体が歯髄保護の手段になります。
  • 根管内の液体が電気診を偽陽性にする、という懸念は小さそう。著者らは副次的に、失活単根歯14本の根管を電解液(クロラミンT)で満たして電気診を行い、13本が無反応(残り1本も上限付近で疑わしい反応)でした。実際に膿が貯留していたのは、そのうち1本だけですが、その1本も陰性のままでした。著者らの結論も「膿やその他の液体が偽陽性を起こすことは考えにくい」という蓋然性の表現です。

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線:1970年の研究で、47本という規模です。統計解析はほとんど行われておらず、群ごとの陽性率は記述にとどまります(本文の一部には、群の歯数と割合の計算が噛み合わない箇所もあります。たとえば中等度〜重度群13歯の電気診が「8歯・57%」と書かれていますが、8/13は62%で、57%は8/14の値です)。抜歯対象になった歯が集まっている以上、対象は「無症状の深在性う蝕」全体を代表していません。電気歯髄診も温度診も、機器は現在のものとは違います。それでも、臨床検査の結果と、その歯の歯髄の組織像を直接つき合わせたデータは、倫理的にいま作り直せません。「症状が無いこと」と「歯髄が健全であること」は別だという骨格は、半世紀たっても補助線として効きます。

今日のひとこと

痛みを訴えたことのない深在性う蝕歯47本(患者47名・平均28歳)に、同一患者の健全歯を対照として打診・温熱・冷・電気歯髄診を行い、直後に抜歯して連続切片を作製した。組織学的に歯髄炎があったのは27本(58%)——軽度14本・中等度〜重度13本。しかし臨床検査は組織像を言い当てられなかった。歯髄炎の無かった20本でも、冷刺激に95%、温熱に85%、打診に75%が対照歯より過敏に反応した。むしろ温熱では、中等度〜重度群のほうが陽性率が低い(54%)という逆転すら起きている。全体では打診79%・温熱72%・冷87%・電気診の閾値低下75%が「異常」を示したが、対照歯は一度も陽性にならなかった。露髄が組織学的に確認できたのは14本(30%)で、中等度〜重度群では71%、非歯髄炎群では0%。細菌は歯質のどこかに91%で検出され、炎症のない生活歯髄の上でも象牙細管を1,800μmまで進んでいた。著者らは、歯髄炎の程度が細菌と歯髄の距離に関係しているようだ、と述べている(統計解析はされていない)。臨床検査が教えてくれるのは「この歯は怪しい」までで、歯髄の状態そのものではない。

Hasler JF, Mitchell DF. Painless pulpitis. J Am Dent Assoc. 1970;81(3):671-677. PMID: 5271058. DOI: 10.14219/jada.archive.1970.0293
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。