1問1答 論文 虫歯

「取り切りました」と言った瞬間、57人中56人が残していた——う蝕検知液が測った、視診・触診の限界

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|う蝕除去の判定・検知液・視診触診の再現性

う蝕を削っていて「もう取り切った」と手を止める瞬間があります。その判断は、どのくらい当たっているのか。マルセイユ大学が、歯学部4年生29名と5年生28名に実際の患者でう蝕除去をさせ、本人が「取り切った」と申告した時点で教師(う蝕検知液で裏取り済み)が確認しました。1回目の申告時点で残存を指摘されたのは、4年生の96.6%、5年生の100%。実数に直せば、学生57名のうち一発で通ったのは1名だけという計算になります。

論文
In vivo diagnostic assessment of dentinal caries by junior and senior students using red acid dye
著者
H. Tassery, J. Déjou, A. Chafaie, J. Camps(地中海大学マルセイユ歯学部 保存修復学・歯科材料学講座)
掲載
European Journal of Dental Education 2001;5(1):38-42
種類
in vivo の診断精度研究(学生57名・のべ285窩洞)
PMID
11168492

「もう取り切った」——その判断、当たっていますか

う蝕を削っていて、探針が引っかからなくなり、色も変わって、手を止める。「取り切った」と思うあの瞬間です。

この論文は、その瞬間を実際の患者で測っています。マルセイユ大学が歯学部4年生29名・5年生28名に、局所麻酔+ラバーダム下で実際のう蝕除去をさせ、本人が「全部取り切った」と申告した時点で教師が確認する。教師の判定はう蝕検知液で裏取りされているので、教師の目も同時に検証されている設計です。のべ285窩洞

先に結論: 1回目の申告時点で残存を指摘されたのは 4年生 96.6%・5年生 100%(原著は割合のみを示しており、実数に直すと28/29・28/28)。57名中56名が外していた。2回目で5年生は全員が到達したが(原著は「2回目には5年生全員が脱灰象牙質を除去できた」と明記)、4年生は79.3%がまだ残していた。取り残しが集中した場所はエナメル象牙境と咬頭直下

なぜ視診・触診では決められないのか

う蝕象牙質は2層に分かれる、という古典的な整理があります(Fusayama)。細菌に感染し不可逆的に脱灰した外層=除去すべき層と、可逆的に脱灰した内層=残すべき層。内層まで削ると露髄のリスクが上がるので、境目を当てにいく必要があります。

ところが臨床でこの境目を判定する材料は、硬さと色という主観的な指標しかありません。しかもその判定は、探針の太さ、かける圧、X線写真の現像状態といった条件で簡単にぶれます。著者らが引用する先行研究では、経験のある臨床家が「健全」と判定した歯の72%が、検知液で染まったと報告されています。

0 200000 400000 600000 象牙質1mgあたりの細菌数 (CFU) 550000 10000 染まった象牙質 染まらなかった象牙質 本論文が引用する先行研究(Anderson 1985・塩基性フクシンを使用。本論文が使ったレッドアシッドとは別の色素)の値。染色部と非染色部で約55倍の差があった
本論文が引用する先行研究(Anderson 1985)における、染色部と非染色部の細菌数の差

なお次の図は本論文のデータではなく、引用されている別の研究(塩基性フクシンを用いたもの)の値です。染まった象牙質と染まらなかった象牙質では、検出される細菌数に約55倍の差(550,000 CFU/mg 対 10,000 CFU/mg)があったという報告もあります。染色が何を見ているのかについては議論がありますが、少なくとも「無関係な色がついているだけ」ではないことは押さえておきたいところです。

今回の一手:学生本人に、先に申告させる

この研究の設計で巧いのは、学生に「もう取り切ったと思うか」を先に言わせてから確認する点です。つまり測っているのは除去の腕ではなく、「自分がどこまで取れているかを見積もる力」です。

  • 使用薬剤:1%レッドアシッド(ローダミンB)のプロピレングリコール溶液=う蝕検知液(クラレ)
  • 手順:10秒塗布 → 10秒水洗 → 10秒乾燥。染まりが残れば、そのまま除去を続行させて再び申告させる
  • 判定:窩底またはエナメル象牙境に脱灰象牙質が残っていれば1、なければ0。教師の判定自体も毎回検知液で照合
  • 完了の定義:10秒塗布で染色がなく、かつ鋭利なエキスカベーターで削れないこと

結果——一発で通ったのは、57人中1人

0 33.3% 66.7% 100% 教師の判定と食い違った学生の割合 (%) 96.6% 100% 79.3% 0% 1回目の自己申告 2回目の自己申告 「取り切った」と学生が申告した時点で、教師(検知液で裏取り済み)が脱灰象牙質の残存を認めた割合。濃い棒が4年生、淡い棒が5年生。原著は2回目について「4年生とは違い、5年生は全員が除去できた」と明記している
学生が「取り切った」と申告した時点で、教師が脱灰象牙質の残存を認めた割合
  • 1回目:4年生 96.6%(P=0.001)/5年生 100%(P=0.0001)/両学年合計 98.25%。実数に直すと57名中56名が「まだ残っています」と言われた計算です(原著が示しているのは割合のみ)
  • 2回目:5年生は統計学的な差が消えた——原著は抄録で「2回目には、4年生とは違い、5年生は全員が脱灰象牙質を除去できた」と明記しています。一方4年生は79.3%がまだ残していた(P=0.0001)
  • 3回目:4年生も差が消えた(5年生は2回で完了しているため3回目はありません)。4年生は3回、5年生は2回のチェックで全員が到達した
  • 取り残しの好発部位エナメル象牙境に沿った部分咬頭直下(別の研究では、明らかな窩洞形成のある部位の63%でエナメル象牙境に沿った側方進展が見られたと報告されている)
そして教師も、無傷ではなかった。教師の判定と検知液が食い違ったのは、表全体でただ一か所——両学年をまとめた2回目のチェックだけで、そこでの食い違いは12.28%だった(P=0.023。割合を実数に直すと57名中7名)。「経験を積めば要らなくなる道具」ではなく、経験のある術者にも物差しとして働いたということである。

ここから何が読めるか(ここは解釈です)

4年生と5年生の差の出方が示唆的です。1回目の申告精度はどちらもほぼ全滅で、数値上はむしろ5年生のほうが悪い(100% 対 96.6%)。差がついたのは2回目——「まだ残っている」と言われたあと、どこを追加で削るべきかを判断する段階でした。この点は原著の考察にも明記されています。

ここから先はぼくの解釈です。学年が伸ばしているのは「取り切ったかどうかを最初から当てる力」ではなく、「指摘されたあとに正しい場所を追う力」ではないか——そう読めます。ただし原著はこの枠組みを提示していませんし、学年間の直接比較も行っていません(検定はいずれも「学生 対 教師」です)。原著が書いているのは「5年生は脱灰象牙質の臨床診断能力をより獲得したように見える」というところまでで、しかも比べているのは歯学部の1学年差にすぎません。

明日の臨床へ

  • エナメル象牙境と咬頭直下を、意識して最後に見る。取り残しがこの2か所に集中するのは、術者の癖ではなく構造上の問題です。窩底ばかり見て、側壁の境目が甘くなる
  • 検知液は「回数」で使う。1回塗って終わりではなく、染まりが消えるまで塗布→除去→塗布を繰り返す設計でした。4年生で3回必要だったという数字は、そのまま「1回では足りない」という意味です
  • 新人・研修医の指導では、先に自己申告させる。この研究の設計自体が優れた教育手法です。「取り切ったと思う」と言わせてから染めると、自分の見積もりのズレが本人に返る
  • ただし染まった部分を全部削るのではない。深い窩洞では検知液が象牙質影響層(affected dentin)まで表層的に染めるため、この研究でも鋭利なエキスカベーターで硬さを併せて確認しています。色だけで削り進めない

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線:2001年の論文で、比較の基準(ゴールドスタンダード)は「教師の判定+検知液」です。組織学的な検証や細菌学的な検証は行っていないため、「取り残し」=「感染象牙質の残存」と直結させるには一段の飛躍があります。著者ら自身、検知液が不要な歯質除去を招くという批判(Kiddら)を本文で紹介しており、そこは公平です。また教師は1名のみ、学生は1施設・1学年ずつで、のべ285窩洞という規模。う蝕の部位や進行度で層別していない点も限界です。それでも「自分がどこまで取れているかの自己評価は、思っているより当たらない」という一点は、四半世紀たった今でも十分に効きます。検知液の是非をめぐる議論とは別に、自分の手を測る物差しを持っておくという読み方が、いちばん実りが大きいと思います。

今日のひとこと

学生が「脱灰象牙質を全部取り切った」と申告した1回目の時点で、残存を指摘されたのは4年生96.6%・5年生100%。実数に直せば57名中56名が外していた計算になる(原著が示すのは割合のみ)。2回目の申告では、原著の言葉で「4年生とは違い、5年生は全員が除去できた」一方、4年生はまだ79.3%が残していた。全員が到達するのに必要だったチェックは4年生3回・5年生2回。取り残しが集中したのは、エナメル象牙境(EDJ)と咬頭直下。そして教師の判定と検知液が食い違ったのも、表全体でただ一か所——両学年をまとめた2回目だけ(12.28%・P=0.023)だった。検知液を「初学者の道具」ではなく「判定の物差し」として読む論文である。

Tassery H, Déjou J, Chafaie A, Camps J. In vivo diagnostic assessment of dentinal caries by junior and senior students using red acid dye. Eur J Dent Educ. 2001;5(1):38-42. PMID: 11168492. DOI: 10.1034/j.1600-0579.2001.005001038.x
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。