カリオロジー|う蝕影響象牙質・接着・セルフエッチングプライマー
深いう蝕を除去したあと、窩底に残るのは健全象牙質だけではありません。う蝕影響象牙質が露出し、深い症例では感染象牙質も残ります。そこに接着するとき、製品の差はどのくらい効くのか。岡山大学が3種類のセルフエッチングプライマー系接着材で測ったところ、健全象牙質では41.2〜27.2MPaと製品差がありましたが、う蝕影響象牙質では21.5〜19.6MPaとほぼ横並びになり、統計学的な差が消えました。
①窩底が健全象牙質でないとき、製品の差は効きますか
深いう蝕を除去したあと、窩底に残るのは健全象牙質だけではありません。う蝕影響象牙質(caries-affected dentin)が露出し、露髄を避けるためにう蝕感染象牙質(caries-infected dentin)を残すこともあります。
ところが接着材の接着強さは、ほとんどが「う蝕の無い歯の健全象牙質」で測られています。臨床で接着する相手とは条件が違う。この研究は、その差を測りにいきました。
②どう測ったか
- 試料:歯冠部にう蝕のあるヒト抜去大臼歯15歯(接着材ごとに5歯)。SEM観察用に別途9歯
- 接着材:セルフエッチングプライマー系3種——クリアフィルSEボンド(クラレ)/マックボンドII(トクヤマ)/ユニフィルボンド(GC)
- 象牙質の分類:ダイヤモンドソーで削り出して600番の研磨紙で平坦にし、う蝕検知液を10秒塗布して水洗。染まらない=健全/薄いピンク=う蝕影響象牙質/鮮やかな赤=う蝕感染象牙質と判定。その後、象牙質はいっさい除去していない
- 接着:各製品の指示どおりにプライマー20秒→エアブロー→ボンド→10秒照射→コンポジットレジンを築盛して40秒照射
- 試験:37℃水中24時間 → 0.8mm厚に連続切断 → 接着界面が約1.0mm²になるよう砂時計型にトリミング → 1mm/分で微小引張試験。破断面はSEM観察
設計の要は「同じ1本の歯の中に、3種類の象牙質が並んでいる」ことです。切片ごとに染色の程度で3群に振り分けているので、個体差の影響を受けにくい構造になっています。
③結果①:製品差は、健全象牙質にしか現れない
- 健全象牙質:クリアフィルSEボンド 41.2±10.0/マックボンドII 35.0±8.9/ユニフィルボンド 27.2±3.9。クリアフィルSEボンドはユニフィルボンドより有意に高かった(P<0.05)。マックボンドIIはどちらとも有意差なし
- う蝕影響象牙質:21.5±5.3/20.2±5.8/19.6±6.0。3製品に有意差なし。なお健全象牙質と比べると、3製品とも有意に低い(P<0.05)
- う蝕感染象牙質:13.2±5.1/10.4±1.6/14.1±4.5。ここも有意差なし
- う蝕影響象牙質と感染象牙質のあいだでは、影響象牙質のほうが高い傾向はあったが有意ではなかった
相対値にすると、構図がはっきりします。健全象牙質で最も高かったクリアフィルSEボンドが、う蝕影響象牙質では52.2%まで落ちるのに対し、最も低かったユニフィルボンドは72.1%を保つ。落差の大きさが逆転しているわけです。ゴールが同じ高さなので、当然そうなります。
④結果②:SEMが示した「なぜ差が消えるのか」
- 健全象牙質:3製品とも均一なハイブリッド層と多数のレジンタグが観察された
- う蝕影響象牙質:ハイブリッド層が多孔性になり、レジンタグは短く不整になった
- う蝕感染象牙質:ハイブリッド層は影響象牙質よりさらに多孔性で、レジンタグの形態もより不整だった
- そして重要なのは、この形態変化に製品間の違いが無かったことです——「象牙質の状態によって構造は変わったが、接着材による構造・形態の違いは無かった」と著者らは記述しています
では、なぜ差が消えるのか。著者らの答えは「う蝕象牙質に多孔性のハイブリッド層が形成されるから」です——抄録の結論そのままの言い方をすれば、「う蝕影響象牙質・感染象牙質への接着強さがセルフエッチングプライマー系接着材の種類に左右されなかったのは、う蝕象牙質における多孔性のハイブリッド層の形成による」。レジンモノマーが均一に浸透できない以上、どの製品を使っても同じところで頭打ちになる、ということです。なお著者らが実験前に立てていた仮説は「う蝕影響象牙質と感染象牙質では、接着材のあいだに差が出ないだろう」というもので、データはそれを支持しました。
⑤考察でひとつ、注意して読みたいところ
著者らは考察で、別の文献を引きながら「クリアフィルSEボンドのセルフエッチングプライマーは酸性度(pH)が他の2製品より低い」「したがって、3製品のうち最も酸性度が低いクリアフィルSEボンドが健全象牙質で高い接着強さを示したと考えられる」と書いています。⚠️ ただしこの一文は原著のなかで用語の扱いが揺れています——pHが低いなら酸性度は高いはずで、直前に引用されている先行研究(より強い酸のほうが硬化象牙質への接着に有利)とも噛み合いません。本研究が酸性度を測定したわけでもありません(外部文献を引いた考察上の推測です)。ここは「そういう考察が置かれている」以上には読まないでおくのが安全です。
一方で確かなのは、著者らが先行研究(う蝕の無い歯の健全象牙質を使ったもの)ではこの3製品に有意差が無かったことに触れている点です。同じ3製品でも、う蝕のある歯の健全象牙質を使うと差が出た。「健全象牙質」という言葉が指す対象も、実は一様ではないということです。
⑥明日の臨床へ
- 窩底の条件は、製品では変えにくい。この試験条件では、う蝕影響象牙質での値は3製品とも20MPa前後にそろいました。少なくともこの3製品のあいだでは、「もっと良いボンディングに変える」という発想で伸ばせる余地は見えていません
- だからこそ、健全歯質での封鎖を確保する。窩底に頼りきらず、エナメル質と健全象牙質の辺縁で封鎖を稼ぐ設計が効いてきます
- 接着強さの数字は「どの象牙質で測ったか」を確認して読む。カタログの40MPaは、う蝕の無い歯の健全象牙質での数字であることがほとんどです
- う蝕影響象牙質を残す選択そのものは否定されていない。この研究は接着強さを測っただけで、残した場合の臨床成績を見たものではありません。近年の低侵襲な考え方と矛盾するわけではなく、「残すなら、接着の期待値も下げて設計する」という読み方が妥当です
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
3種類のセルフエッチングプライマー系接着材の微小引張接着強さ(MPa)は、健全象牙質でクリアフィルSEボンド41.2/マックボンドII 35.0/ユニフィルボンド27.2。う蝕影響象牙質では21.5/20.2/19.6、う蝕感染象牙質では13.2/10.4/14.1。健全象牙質ではクリアフィルSEボンドがユニフィルボンドより有意に高かったが、う蝕影響象牙質・感染象牙質では3製品に有意差が無くなった。SEMでは、う蝕象牙質のハイブリッド層が多孔性で、レジンタグも短く不整だった。著者らの結論は「う蝕象牙質での接着強さが接着材の種類に左右されなかったのは、う蝕象牙質に多孔性のハイブリッド層が形成されるためである」。事前の仮説(製品間で差は出ないだろう)どおりの結果だった。製品を変えても、窩底の条件は変えられない——健全なエナメル質・象牙質での封鎖を確保する設計が効いてくる。


