1問1答 論文 虫歯

平坦な象牙質では40MPa、I級窩洞の窩底では21MPa——「接着強さ」の数字が、なぜ臨床と噛み合わないのか

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|接着の耐久性・C-factor・咀嚼疲労

接着システムのカタログには、たいてい高い接着強さが載っています。ところがその数字は、平らに削った象牙質のブロックに接着して測ったもの。実際の窩洞ではどうなのか。東京医科歯科大学とミュンヘン大学が、同じ材料で「平坦面」と「I級窩洞の窩底」を作り分け、咀嚼シミュレーターで10万回まで噛ませて比べました。平坦面は熱サイクルにも咀嚼荷重にも数字が動かず約40MPaのまま、I級窩洞は最初から21MPa、そして荷重5万回のあとには16MPaまで落ちました。ただし著者ら自身、平坦面が動かなかったことについて「この試験法では耐久性を評価しきれないのかもしれない」と書いています。

論文
Evaluation of thermal cycling and mechanical loading on bond strength of a self-etching primer system to dentin
著者
T. Nikaido, K.-H. Kunzelmann, H. Chen, M. Ogata, N. Harada, S. Yamaguchi, C.F. Cox, R. Hickel, J. Tagami(東京医科歯科大学 う蝕制御学分野/ミュンヘン大学/アラバマ大学バーミンガム校)
掲載
Dental Materials 2002;18(3):269-275
種類
in vitro 研究(ヒト大臼歯24歯・咀嚼シミュレーター+微小引張試験)
PMID
11823020

カタログの「40MPa」は、どこで測った数字ですか

接着システムを選ぶとき、接着強さの数値は判断材料になります。ところがその数字は、多くの場合平らに削った象牙質のブロックに接着して測ったものです。私たちが実際に接着するのは、バーで形成した窩洞の底面。条件がまるで違います。

この研究は、その差を1つの実験の中で並べました。同じ材料・同じ術者・同じ試験法で、「平坦な象牙質面」と「I級窩洞の窩底」を作り分け、さらに咀嚼シミュレーターで最大10万回噛ませてから接着強さを測っています。

先に結論: 平坦面は約40MPaで、熱サイクルを2,000回・荷重を5万回加えても数字が動かなかった。一方I級窩洞の窩底は最初から21.1MPaで、荷重5万回+熱625回のあとには16.2MPaへ有意に低下した。同じ材料で、条件が違うだけである。

なぜ「窩洞にすると落ちる」のか

著者らは考察で3つの要因を挙げています。いずれも「かもしれない(may / probably)」という留保つきの推測として書かれている点は押さえておきたいところです。

  • C-factor(窩洞形態係数):接着している面積を、接着していない自由面の面積で割った比。I級窩洞ではこの比が最も大きくなり、重合収縮と接着の綱引きが最大になります。この研究のB群はバルク充填(一括充填)+40秒照射で、収縮応力が界面に集中しやすい条件でした
  • 象牙質の深さ:深い象牙質の髄床底では、安定して高い接着強さを得ることが難しい(原著の記述はここまでで、細管径や本数の議論はしていません)
  • スミヤー層の性状:#600の耐水研磨紙で作った面と、高速回転のダイヤモンドバーで削った面とでは、この材料(ライナーボンド2V)で得られる接着強さが違うという先行報告があります

逆に、平坦面の試料が揺るがなかったのにも仕掛けがあります。コンポジットレジンを3層に分けて築盛しており、収縮応力がレジンの流動で逃がせる。さらにステンレス板をレジン上面に接着して、荷重が中央に集中しないようにしてありました。

今回の一手:咀嚼シミュレーターで噛ませる

  • 試料:非う蝕のヒト大臼歯24歯。A群=平坦な象牙質面、B群=I級窩洞(近遠心 約4mm×幅2mm×深さ2mm、エナメル辺縁にベベル)
  • 材料:クリアフィル ライナーボンド2V + クリアフィル AP-X(いずれもクラレ)
  • 荷重:咀嚼シミュレーターで50N・0.5秒保持を1秒に1サイクル。A群は0または5万回、B群は0/1万/5万/10万回
  • 熱サイクル:5〜55℃、各温度で30秒保持。A群は0または2,000回(荷重とは別に実施)、B群は荷重と同時に0/125/625/1,250回
  • 評価:1週間水中保存後、Sanoらの方法で微小引張接着強さ(μTBS、断面約1mm²、クロスヘッド速度1mm/分)。破断面はSEMで観察

結果:同じ材料なのに、こんなに違う

0 16.7 33.3 50 微小引張接着強さ μTBS (MPa) 37.4 21.1 16.2 平坦な象牙質面(負荷なし) I級窩洞(負荷なし) I級窩洞(負荷後) 左=#600耐水研磨紙で平坦にした象牙質、3層築盛、負荷なし(37.4±9.4)。中=ダイヤモンドバーで形成したI級窩洞をバルク充填、負荷なし(21.1±6.2)。右=同じ窩洞に5万回の咀嚼荷重と625回の熱サイクルを加えた後(16.2±7.5)。標準偏差が大きく分布は重なる。単位はMPa
同じ接着システムで測った3条件の接着強さ。左=平坦面、中=I級窩洞、右=I級窩洞に荷重5万回+熱625回を加えた後
0 16.7 33.3 50 微小引張接着強さ μTBS (MPa) 37.4 42.1 41.7 43.3 負荷なし 熱2000回 荷重5万回 熱2000回+荷重5万回 4群のあいだに統計学的な有意差はなかった(P>0.05)。破断はすべてボンディング材の凝集破壊。標準偏差は 9.4/7.7/8.2/9.1
A群(平坦な象牙質面)。熱サイクルも咀嚼荷重も、接着強さを動かさなかった
0 16.7 33.3 50 微小引張接着強さ μTBS (MPa) 21.1 24.1 16.2 16.6 負荷なし 荷重1万回 荷重5万回 荷重10万回 熱サイクルは荷重と同時に加えられた(それぞれ0/125/625/1250回)。負荷なしと1万回のあいだ、5万回と10万回のあいだには有意差なし。前2群と後2群のあいだには有意差あり(P<0.05)。標準偏差は 6.2/6.9/7.5/4.3
B群(I級窩洞の窩底)。荷重5万回を境に、有意に低下した
  • A群(平坦面):37.4/42.1/41.7/43.3 MPa。4群のあいだに有意差なし(P>0.05)。破断は全例がボンディング材の凝集破壊
  • B群(I級窩洞):21.1/24.1/16.2/16.6 MPa。負荷なしと荷重1万回のあいだ、荷重5万回と10万回のあいだには差がなく、前の2群と後の2群のあいだに有意差(P<0.05)
  • 破断様式が変わったのは、窩洞にしたからではなく、荷重が5万回を超えてからです。B1・B2(無負荷・1万回)の破断はA群と同じくボンディング材とレジンの凝集破壊で、B3・B4(5万回・10万回)で初めて接着界面の破壊、ハイブリッド層底部での破壊、そしてハイブリッド層直下の健全象牙質の凝集破壊が混じるようになりました
  • 群ごとの試験片数は11〜19本(原著の統計の項には「各群4試験片を測定」という記述もあり、表のnと食い違っています)
数字より、破断の場所が動いたことのほうが重い。しかもその移動は窩洞にしただけでは起きず、荷重が5万回を超えてから起きた。疲労荷重は接着そのものを剥がしたというより、ハイブリッド層の周辺——とくにその直下の象牙質——を劣化させた可能性がある、と著者らは書いている。彼らの言葉では「最も弱い環は、ハイブリッド層と直下の象牙質のあいだ」。

明日の臨床へ

  • カタログの接着強さは、上限に近い数字として読む。平坦面で測った40MPaは、同じ材料でも窩洞では半分近くになりました。「この材料は40MPa出るから安心」という読み方は成り立ちません
  • I級窩洞のバルク充填は、条件が最も厳しい。C-factorが最大になる形態で一括充填すると、収縮応力が界面に集中します。ただしこの研究は同じ窩洞形態でバルクと積層を比べたわけではありません——積層は平坦面(A群)と、バルクはI級窩洞(B群)と一体になっており、切り分けられません
  • 「時間が経ってから」落ちる可能性を織り込む。1万回では落ちず、5万回で落ちました。これは抜去歯を使ったin vitro の疲労試験の話で、臨床の予後を測ったものではありませんが、「短期の試験で高い数字が出ること」と「使い続けて保つこと」は別だ、という読み方はできます
  • 窩底の象牙質は、いちばん条件が悪い。深い、細管が太い、C-factorが効く、バーの切削面である——不利が重なる場所です。ここに頼りきらない設計(エナメル質での封鎖を確保する)が効いてきます

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線in vitro(試験管内)の研究で、ヒトの口の中で起きることをそのまま示したものではありません。試料は24歯、群あたり11〜19本の試験片で、標準偏差も大きめです(B4で ±4.3、A4で ±9.1)。使ったのは2000年前後のクリアフィル ライナーボンド2Vという単一の材料で、現在のユニバーサルアドヒーシブに同じ挙動を当てはめることはできません。荷重は50Nの垂直荷重で、実際の咀嚼のような側方成分は再現していない。また著者ら自身が「熱応力が30秒の保持時間で窩底の接着界面まで到達するとは考えにくい」と書いており、B群での低下は熱より疲労荷重の寄与が大きいと読むのが妥当です。🔴 そして最も大事な留保がもう一つ。著者ら自身、A群(平坦面)が動かなかったことについて「2,000回の熱サイクルでは界面の変形を加速しないのかもしれない。したがってA群の試験法では象牙質接着の耐久性を評価することが難しい可能性がある」と書いています——つまり「平坦面は頑健だった」ではなく「平坦面の試験法では劣化を検出できなかった」という読み方も成り立ちます。そもそもA群とB群は、被着面・充填法(3層築盛かバルクか)・熱サイクルの当て方と回数(別工程で2,000回か、荷重と同時に最大1,250回か)・レジン上面のステンレス板の有無が同時に違っており、両群の差をC-factorだけに帰することはできません。それでも「同じ材料で条件だけ変えると、数字も破断の場所も変わる」という対比は、材料が新しくなっても効き続ける読み方だと思います。

今日のひとこと

同じ接着システム(クリアフィル ライナーボンド2V)でも、平坦な象牙質面では約40MPa、I級窩洞の窩底では21.1MPaしか出ない。しかも平坦面は熱サイクル2,000回+荷重5万回を加えても数字が動かない(37.4→43.3、有意差なし)のに対し、I級窩洞は荷重5万回+熱625回で21.1→16.2MPaへ有意に低下した。破断の様子も、疲労荷重が5万回を超えたところで変わる——無負荷と1万回まではボンディング材とレジンの凝集破壊だったのが、5万回・10万回では接着界面とハイブリッド層の底、さらにその直下の象牙質へ移った。著者らの言葉では「最も弱い環はハイブリッド層と直下の象牙質のあいだ」。ただし著者ら自身、平坦面が動かなかったことについて「A群の試験法では接着の耐久性を評価しきれないのかもしれない」と書いている点は忘れずに読みたい。

Nikaido T, Kunzelmann KH, Chen H, Ogata M, Harada N, Yamaguchi S, Cox CF, Hickel R, Tagami J. Evaluation of thermal cycling and mechanical loading on bond strength of a self-etching primer system to dentin. Dent Mater. 2002;18(3):269-275. PMID: 11823020. DOI: 10.1016/s0109-5641(01)00048-3
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。