カリオロジー|細菌漏洩・歯髄炎症・材料の封鎖性
歯髄への影響を考えるとき、私たちはつい「深さ」を気にします。ところがサルの279窩洞を組織学的に調べたこの研究では、残存象牙質の厚さは歯髄炎症と相関しませんでした(P=0.2366)。強く相関したのは、細菌漏洩と、材料の選択です(いずれもP≦0.0001)。そして材料ごとの封鎖成績は、RMGIの100%からリン酸亜鉛セメントの0%まで、まったく揃っていませんでした。
①歯髄を守るとき、私たちは何を気にしているか
深い窩洞を触るとき、頭にあるのはたいてい「あと何ミリ残っているか」です。残存象牙質が薄いほど歯髄が危ない——直感的で、しかも臨床で使いやすい指標です。
ところがこの研究は、その直感に横槍を入れます。アカゲザル10頭の279窩洞を組織学的に調べ、歯髄炎症と何が相関するかを一つずつ検定したところ、残存象牙質の厚さは相関しませんでした(P=0.2366)。相関したのは、細菌漏洩と材料の選択です。
先に大事な前提を書いておきます。これはサルの実験です。ヒトの臨床試験ではありません。この一点を頭に置いたうえで読むと、非常に面白いデータです。
②何を、どう測ったか
- 対象:4〜5歳のアカゲザル10頭、完全歯列。頬側象牙質に規格化したV級窩洞を279窩洞(露髄なし)
- 形成:#330カーバイドバー、超高速、注水下。4窩洞ごとに新品のバーへ交換。露髄を避けるため、根管長測定器を改造した機器で残存象牙質厚さを確認
- 残存象牙質厚さ(RDT):0.011〜1.862mm、平均0.579mm(SD 0.360)。材料ごとの平均RDTに統計学的な差は出なかった(材料別の平均は0.459〜0.917mm)。ただしこれは深さを揃える設計をしたのではなく、結果として平均に有意差が出なかったというだけで、群によっては平均が約2倍開いています
- 材料:9カテゴリー・20の術式。CR 146/コンポマー33/接着アマルガム24/ZnOE 21/Ca(OH)2 19(Dycal裏層+アマルガム充填)/ガッタパーチャ11/シリケート11/RMGI 7/リン酸亜鉛7
- 評価:ISO 7405・ADA・FDIのガイドラインに沿って、装着から3〜172日後に灌流固定して7μm連続切片。細菌はMcKay染色、歯髄炎症は「なし/軽度/中等度/重度」の4段階
⚠️ そしてこの研究の最大の弱点も、ここに埋まっています。原著の表を見ると、材料ごとに観察された時期が揃っていません——RMGIは57〜172日の区間にしか7本が無く、リン酸亜鉛は22〜56日の区間にしか7本が無い。後で見るとおり経過時間そのものが炎症と有意に相関しているので、材料の順位は観察時期と切り離せません。この点は⑥で改めて扱います。
③結果①:封鎖成績は、材料でここまで違う
- RMGI 100%(7/7)/接着アマルガム 88%(21/24)/ZnOE 86%(18/21)/CR 80%(117/146)
- ガッタパーチャ 64%(7/11)/Ca(OH)2 58%(11/19)/コンポマー 42%(14/33)/シリケート 36%(4/11)/リン酸亜鉛 0%(0/7)
- 全体では28.67%に細菌が検出された(原著は方法で279窩洞、結果で277窩洞と書いており、記述が揺れています。28.67%は80/279と一致します)
RMGIとZnOEが強いのは、封鎖性に加えてフッ化物とユージノールの抗菌作用があるためだろう、と著者らは考察しています。接着アマルガムとCRは抗菌性は無いが、窩壁への封鎖と接着で稼いでいる。逆にガッタパーチャ・Ca(OH)2・コンポマー・シリケート・リン酸亜鉛は、完全な封鎖ができず、抗菌性も無く、溶解性があり、歯質への接着も弱いという整理です。
④結果②:炎症の順位を決めていたのは、深さではなかった
- 有意だったのは4つだけ:細菌漏洩(P≦0.0001)/修復材料(P≦0.0001)/経過時間(P=0.0117)/窩底の面積(P=0.0409)
- 有意でなかったもの:窩底の幅(0.0733)/残存象牙質厚さ(0.2366)/窩洞の体積(0.2980)/窩洞の表面積(0.3463)/第三象牙質の量(0.5034)/窩壁の深さ(0.7831)/窩壁の面積(0.9000)
- 歯髄炎症の順位(軽い順):RMGI < ZnOE < コンポマー < CR < リン酸亜鉛 < 接着アマルガム < Ca(OH)2 < ガッタパーチャ < シリケート
- 歯髄壊死は、細菌漏洩があった窩洞にしか観察されなかった
細菌がどこまで進んだかで、炎症の程度も変わっていました。窩洞表面の隙間まで=中等度/切削象牙細管まで=より重度/歯髄腔まで到達=最も重度、という段階です。窩底の面積が効いたのも同じ理屈で、面積が広い=切断された象牙細管が多い=細菌の通り道が多いと著者らは説明しています。ただしここは条件つきで、窩底面積が炎症を重くしたのは感染した窩洞に限られ、感染していない窩洞では影響が小さかった(ANOVA P=0.2040)と原著は明記しています。
もう一つ興味深いのは時間の効果で、組織学的な炎症は経過とともに軽くなりました。細菌漏洩が無い窩洞では81日を過ぎると炎症が検出されなくなり、漏洩がある窩洞でも57日を過ぎると重症度が大きく下がっていました。ただし漏洩がある窩洞では、炎症そのものは観察の最後(172日)まで残っています。
そして例外が1つ。シリケートだけは、細菌がいなくても中等度の炎症を起こしていました。材料そのものの為害性が疑われる唯一の材料です。
⑤明日の臨床へ
- 「深さ」より先に「封鎖」を考える理由がここにある。この実験では深さの条件を揃えたうえで、材料の差が歯髄炎症を動かしました。深さが無関係という意味ではなく、深さを揃えてもなお材料で差がつくということです
- 窩底の面積を無駄に広げない。切断される象牙細管の数が増えるほど、細菌の通り道が増えます。ただしこの効果が出たのは細菌漏洩があった窩洞に限られ、漏洩していない窩洞では窩底面積の影響は小さかった(P=0.2040)——つまり「封鎖できていれば面積はさほど問題にならない」という読み方になります
- 裏層材そのものが封鎖しているとは限らない。この研究のCa(OH)2群はDycalを敷いてアマルガムを詰めたもので、封鎖成績は58%。リン酸亜鉛は0%でした。「歯髄を守るために敷く」材料が、封鎖という点では下位に来ています
- 組織学的な炎症は、時間とともに軽くなる。細菌のいない窩洞では81日で検出されなくなりました。ただしこれはサルの組織像の話で、ヒトの術後症状の経過を測ったものではありません。漏洩がある窩洞では、炎症は観察の最後まで残っています
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
細菌漏洩を防げた修復物の割合は、RMGI 100%・接着アマルガム88%・ZnOE 86%・CR 80%・ガッタパーチャ64%・Ca(OH)2 58%・コンポマー42%・シリケート36%・リン酸亜鉛0%。歯髄炎症と有意に相関した変数は、細菌漏洩(P≦0.0001)・修復材料(P≦0.0001)・経過時間(P=0.0117)・窩底の面積(P=0.0409)の4つだけで、残存象牙質厚さ(P=0.2366)・窩洞の体積・第三象牙質の量は相関しなかった。歯髄壊死は細菌漏洩があった窩洞にしか現れていない。著者らは「リン酸亜鉛とCa(OH)2を日常的に使い続けることを再検討する研究が必要」と結んでいる。ただしこれはアカゲザル10頭の実験であり、ヒトの臨床成績ではない。


