カリオロジー|唾液中S. mutans・Lactobacillus・CRTバクテリア・DMFT
CRTバクテリアのような唾液の細菌検査は、2枚の寒天培地でミュータンス菌とラクトバチラスを同時に測ります。2種類あるのだから、どちらも虫歯のリスクを映すはず——そう思って両方を患者さんに説明していないでしょうか。ルーマニアの6〜11歳60名で、この2つを別々にDMFTと突き合わせた研究があります。片方は関連し、もう片方はしませんでした。
①2枚の培地、どちらの数字を患者さんに見せていますか
CRTバクテリアを使ったことがあれば、あの2枚の寒天がすぐ浮かぶと思います。青い培地にミュータンス菌、透明な培地にラクトバチラス。48時間培養して、コロニーの密度をチャートと見比べる。2種類あるのだから、どちらも虫歯のリスクを映しているはずだ——そう説明していないでしょうか。
この研究は、その2つを別々にDMFTと突き合わせました。しかもDMFTを D(未処置う蝕)・M(喪失)・F(修復)にばらして。結果は、こちらの想像より狭いところに絞られました。
②ルーマニアの小学校2校、144名から60名を選んだ
- スクリーニング:6〜11歳の児童144名(都市部の学校88名・農村部の学校56名)を、校医室で自然光下・使い捨て手袋で診査
- う蝕活動性の分類:WHO基準のDMFTで、低(DMFT 0〜3)/中(4〜6)/高(原著の表記は DMFT>7)の3段階に分けた
- 抽出:ここから60名を選んだ。都市30名(女児15・男児15)/農村30名で、それぞれ3つの活動性に10名ずつ
- 選び方が肝心:「う蝕指数の値がもっとも際立つ者」=低活動性群では最も低い者、高活動性群では最も高い者を選んでいる
- 細菌検査:CRT® Bacteria(Ivoclar-Vivadent)。パラフィンを1〜2分噛んで刺激唾液を採取し、37℃で48時間培養。10⁵ CFU/mL 未満を低リスク、10⁵ CFU/mL 以上を高リスクとし、統計処理のため低リスクを1・2、高リスクを3・4のコードに置き換えた
- 条件:採取前1時間は絶食、12〜24時間は抗菌性洗口剤を使わない、直前2週間の抗菌薬服用者は除外
- 解析:ノンパラメトリック(Mann-Whitney U検定・χ²検定)、有意水準 p<0.05
あわせて唾液pH(試験紙)・口腔清掃習慣(磨く回数を0〜3でコード化)・間食や炭酸飲料の摂り方も聞き取っています。
③反応したのは「いま口の中にある穴」だけだった
- S. mutans × DMFT合計:p=0.008(有意)
- S. mutans × D(未処置う蝕):p=0.002——3成分の中で最も強く効いていたのはDだった
- S. mutans × M(喪失):p=0.769/× F(修復):p=0.592。どちらも関連なし
- Lactobacillus × DMFT合計:p=0.131(有意でない)/× D:p=0.516
そのうえで、ひとつの読み方としてはこう整理できます。唾液のミュータンス菌数と最も強く結びついていたのは、DMFTの合計ではなくD——いま口の中にある未処置のう蝕だった。DMFTは合計してしまうと、治療済みの歯も抜けた歯も同じ1本として数えるので、菌数との対応がぼやける。ばらして初めて、Dとの対応がはっきりしたわけです。著者らも「DMFTは各要素の寄与を教えてくれないので、菌数との相関がはっきりしないことがある」と、Loescheを引いて述べています。
ただし「治療後の菌検査は治療前と同じには読めない」と、この研究から言い切ることはできません。治療前後で測り直した研究ではありませんし、上に書いたとおりM・Fの非有意はフロア効果で説明されうるからです。仮説としては魅力的だが、この1本では確かめられていない——そこまでが正確な言い方になります。
④ラクトバチラスは「原因」ではなく「結果」の側にいる
Lactobacillus がDMFTと関連しなかったのは、この研究に限った偶然ではありません。著者らは背景として、次のように整理しています。
- ラクトバチラスが産生する酸は0.025%にすぎず(原著は分母を示していない)、う蝕の開始における役割は二次的。むしろその出現は唾液pHの低下と結びついている
- ラクトバチラスは自力では歯面に付着できない。小窩裂溝・う窩・不適合修復物の辺縁・矯正装置のブラケットといった停滞する場所(リテンションニッチ)が要る
- う蝕のある児ではラクトバチラスの78%が舌から、22%が歯肉から検出されたという報告があり、粘膜が貯蔵庫になっている
- 一方のS. mutans は、菌体外多糖で自ら歯面に付着し、菌体内多糖でエネルギーを蓄える。だから糖の外部供給が途切れても酸を出し続けられる。さらに好酸性で、pHが下がるほど他の菌が育たなくなる中を、優勢になっていく
著者らは、高ラクトバチラス=糖摂取量が多いことの指標というCrossnerの仮説を引き、都市部でラクトバチラスが高く唾液pHが低かったことを、その傍証として挙げています。ただし、この研究では唾液pHと2菌種の菌数のあいだに有意な関連は認められませんでした(S. mutans p=0.588/Lactobacillus p=0.057)。著者ら自身が「唾液pHと、検討した微生物の菌数のあいだに統計学的に有意な関連は見出せなかった」と明記しています。「ラクトバチラスは食習慣の指標」というのは、この1本で確かめられた事実ではなく、先行研究から引いた仮説である——そこは区別しておく必要があります。
⑤都市と農村——合計では差がなく、Dだけで差がついた
- DMFT合計:都市 4.93±3.88/農村 5.96±3.78 で有意差なし(p=0.288)
- D(未処置う蝕):都市 3.96±3.47/農村 5.86±3.80 で有意差あり(p=0.041)
- 唾液pH:都市 6.78±0.46/農村 7.16±0.27 で有意差あり(p=0.0004)。児の平均は7.5前後(成人は6.7前後)とされる
- 口腔清掃スコア:都市 1.81±0.71/農村 1.16±0.94 で都市のほうが磨いている(p=0.009)
- Lactobacillus:都市 2.36±1.12/農村 1.81±0.88 で都市のほうが高い(表1のMann-Whitney U検定で p=0.048。本文では p=0.047 と書かれており、原著の中で数字が食い違っています)
- S. mutans:都市 2.76±1.19/農村 3.06±0.86 で有意差なし(p=0.433)
都市の子はよく磨いているのに、ラクトバチラスが高く、唾液pHが低い。著者らはこれを都市部の糖摂取量の多さで説明しています。ブラッシング回数と菌数のあいだには関連が無く(S. mutans p=0.449/Lactobacillus p=0.678)、これも先行研究と一致します。この研究ではブラッシングと菌数のあいだに差が出なかった。ただし、菌が硬組織へ及ぼす悪影響は相殺できる——という整理です。
もうひとつ。表2(χ²検定)では、年齢(p=0.627/0.211)・性別(p=0.441/0.189)・居住環境(p=0.122/0.081)のいずれも、どちらの菌数と有意な関連を示しませんでした。居住環境について表1と表2で結論が違って見えるのは、検定が別だからです(表1はMann-Whitney U、表2はχ²)。年齢差が出なかったのは6〜11歳という狭い範囲に絞ったためだろう、と著者らは述べています。
⑥明日の臨床へ——菌検査の説明を1行変える
- ラクトバチラスが高い患者には、菌の話より食事の話をする。著者らの位置づけは「糖摂取量の指標」であり、この研究ではDMFTともD成分とも関連しなかった。間食・炭酸飲料の頻度へ話を寄せるほうが筋が通る
- ラクトバチラスは停滞場所を必要とする。高値なら、不適合修復物の辺縁・深い小窩裂溝・矯正装置という「住処」を探す動機になる。シーラント・再修復の判断材料として読める
- 治療前に測る。全部充填した後の値は、治療前とは別の意味になる
- 陰性のほうが情報量が多い:著者らが引くPettiの報告では、「S. mutans が検出されない人は虫歯にならない」という陰性側の予測のほうが、「高い人は虫歯になる」という陽性側の予測より当たりやすい。実際、Mateeらはう蝕の無い児にも高い菌数を認めている。シーラント・フッ化物・洗口といった防御因子がそれを打ち消しうる、というのはこの論文の著者らによる解釈である
菌検査は「リスクの宣告」ではなく「バランスシートの片側」です。リスク因子の側に数字が付いただけで、防御因子の側はまだ空欄——そう説明すると、患者さんの受け取り方が変わります。
まず設計です。この研究は144名を診た上で、う蝕活動性の「両極」から60名を選んでいます(低活動性群では最も低い者、高活動性群では最も高い者)。中間を薄くして両端を厚くした集団なので、関連は実際の集団より強く出る方向に働きます。地域の子どもたち全体にこのp値をそのまま当てはめることはできません。
菌数も、実測のCFU値ではなく低リスクを1・2、高リスクを3・4に置き換えたコードで、その平均(2.76など)を比べています。順序尺度の平均なので、「2.76」という数字自体に生物学的な意味はありません。
表の数字にも気になる点があります。農村群だけ、DMFT合計 5.96 に対して D 5.86・M 3.33・F 6.66 と、内訳の合計が全体を大きく超えています(都市群は 3.96+0.23+0.73=4.92 で、DMFT 4.93 とほぼ整合します)。農村のM・Fの標準偏差(0.18・0.36)も不自然に小さい。表1の農村のM・F行は誤植の可能性が高いので、この2つの数字は使わないほうが安全です。加えて抄録には「年齢・性別・居住環境による特有の変動」と書かれていますが、表2ではいずれも有意ではありません(p=0.627/0.441/0.122)。抄録より表を読むのが正解です。
横断研究なので、菌が多いから虫歯になったのか、虫歯があるから菌が多いのかは、この設計では区別できません。それでも「DMFTをばらすと、Dだけが反応した」という所見は、日々の菌検査の読み方をひとつ変えるだけの値打ちがあります。
今日のひとこと
唾液中のS. mutans はDMFTと有意に関連した(p=0.008)が、Lactobacillus は関連しなかった(p=0.131)。DMFTを分解すると、S. mutans が関連したのは D(未処置う蝕)だけで(p=0.002)、M(p=0.769)・F(p=0.592)とは関連しなかった。ただし著者ら自身は、M・Fで差が出なかった理由を「両群ともM・Fの値が低かったため」と説明しており、生物学的な意味づけはしていない。「菌数が映すのはいま進行中のう蝕だ」というのは、この結果と相性のよい仮説であって、この1本で確かめられた事実ではない。なお本研究は144名の両極から60名を選んだ抽出で、関連は実際より強く出る設計になっている。


