エンド|急性歯痛・鎮痛薬・診療ガイドライン
抜歯後の痛み、そして今日は根管治療まで手が回らない歯の痛み——何をどう処方するか。2024年、米国歯科医師会(ADA)の科学研究所らが、FDAの資金でこの問いに正面から答える診療ガイドラインを出しました。結論はシンプルです。NSAIDs単独またはアセトアミノフェン併用が第一選択。オピオイドは、効果でも安全性でも敗れて「例外」の位置に退きました。
①歯科が、オピオイドの入り口になっていた
このガイドラインの背景には、米国のオピオイド危機があります。歯の症状で救急外来を受診した人の約37%がオピオイドを処方されていた。2019年には、歯科医が書いたオピオイド処方の39.5%が「高リスク処方」(3日超・高用量・ベンゾジアゼピン併用など)に分類された。2015年には、11〜18歳の歯科患者への処方1,000件のうち166件にオピオイドが含まれていました。
そして重い事実がひとつ。青少年・若年成人は、たった1回のオピオイド処方でも、その後の持続使用や物質使用障害のリスクが上がる——智歯抜歯でオピオイドを受け取った13〜30歳では、受け取らなかった群に比べ持続使用が0.8%、物質使用障害の診断が1.6%多かったという報告が引かれています。親知らずの処方箋が、依存の入り口になりうるのです。
②FDAの資金で作られた「答え」
2020年、米国アカデミーズの報告と議会の指示を受け、FDAの資金でこのガイドラインの開発が始まりました。ADA科学研究所・ピッツバーグ大学・ペンシルベニア大学・McMaster大学のチームが、4本の系統的レビュー(鎮痛薬・コルチコステロイド・局所麻酔薬・表面麻酔薬)を実施。抜歯後疼痛だけで82本のRCTを束ね、GRADE方式で推奨を組み立てています。対象は12歳以上の、抜歯後の痛みと、確定的治療がすぐにできない歯痛の一時管理です。
③第一選択は、非オピオイド——設計図はこうなった
中心の推奨はひとつの文に要約できます。急性歯痛の第一選択は、NSAID単独(例:イブプロフェン400mg)またはNSAID+アセトアミノフェン(例:500mg)の併用。鎮痛効果については高〜中等度の確実性のエビデンスで、この非オピオイド戦略はオピオイドより鎮痛効果が高い。有害事象側の確実性は低いものの、副作用プロファイルも非オピオイドが良好——効果でも安全性でも上、という判定です。
オピオイドの出番は、第一選択で足りない「まれな場合」と、NSAIDs禁忌の場合に限られます。それでも最少量・最少錠数・最短期間(3日を超えることはまれ)。そして「念のため」の予備処方(just-in-case prescribing)はルーチンにしない。効かない痛みには新しい処方箋の前に再診を挟み、ドライソケットなど別の原因を除外せよ、とも書かれています。
脇を固める推奨も実用的です。抜歯後のコルチコステロイド追加は推奨しない(効果は僅少)。帰宅前に長時間作用性の局所麻酔(0.5%ブピバカイン)を効かせておくと、術後8〜48時間のレスキュー鎮痛が減る可能性がある。歯痛の一時管理では、まず短時間作用性の局麻で即時に痛みを断ち、そのうえで非オピオイドを処方する——という組み立てです。
④「薬は橋渡し」——ガイドラインが繰り返す一文
⑤日本の臨床が持ち帰れるもの
日本ではもともと歯科でのオピオイド処方はまれで、「オピオイドをやめよう」という主メッセージはそのままでは刺さらないかもしれません。それでも持ち帰れるものが3つあります。
第一に、NSAID+アセトアミノフェン併用が、82本のRCTに裏打ちされた「格上げ」を受けたこと。単剤か併用かを選べる第一選択の選択肢として、ガイドラインレベルの根拠がつきました。第二に、「薬で引っ張らず、確定的治療で痛みを断つ」という設計思想。応急処置で数日つなぐときも、処方はあくまで橋渡しであり、早期の治療枠を確保する努力とセットです。第三に、最大日用量の目安(イブプロフェン2,400mg・アセトアミノフェン4,000mg※米国基準)と「最小有効量の原則」。なお具体的な薬剤・用量は米国仕様ですから、国内の添付文書と患者背景(肝腎機能・消化管・喘息など)への読み替えが前提です。
今日のひとこと
急性歯痛の第一選択は、NSAID単独か、アセトアミノフェンとの併用——82本のRCTがオピオイドに勝たせた答え。そして歯痛の一時管理の薬は、すべて「確定的治療までの橋渡し」。処方箋を書く手を少しだけ止めて、この2つの原則に照らす習慣を持ちたい。
本記事はガイドラインの要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンス、国内の添付文書をご確認ください。


