カリオロジー|ハイドロキシアパタイト配合歯磨剤・学校歯科保健・3年コホート
学校の給食後に、みんなで歯を磨く。あの3分間に、どれだけの意味があるのか——歯科保健の現場で誰もが一度は思うことです。1983年、岐阜県の小学校で、4年生を6年生になるまで3年間追いかけた研究があります。変えたのは「歯磨剤の中身」だけ。磨き方の指導も、間食の指導も、一切していません。
①給食後の歯みがき、あの3分間に意味はあるのか
学校歯科保健に関わったことがあれば、必ず一度は突き当たる疑問だと思います。担任の先生に見守られて、全員でいっせいに磨く3分間。指導する人手はない、磨き方も自己流、時間も短い。それでも、やる意味はあるのか。
この論文は、その問いに正面から答えようとしています。しかも答え方が面白い。磨き方は一切教えず、変えたのは歯磨剤の中身だけ。それで3年追いかけたら、どうなったか。
②1983年、岐阜県の小学校3校で
- 参加者:岐阜県の小学校3校、およそ800名が給食後のブラッシングに参加。そのうち解析対象は1983年度の4年生181名(男子92名・女子89名、9歳)
- 追跡:この学年をそのまま1986年3月に6年生で卒業するまで3年間追いかけた
- 介入:A校=合成ハイドロキシアパタイト5%配合歯磨剤(アパタイト群)/B校・C校=アパタイトだけを抜いた同処方の歯磨剤(対照群)。歯磨剤も歯ブラシも学校へ支給した
- ここが肝心:児童には「自分のやり方で毎日給食後に磨く」以外、何も求めていない。ブラッシング指導も、間食の指導も、一切行っていない。担任が磨く時間を見守っただけ
- 診査:毎年4〜5月と卒業時(3月)に、ミラーと探針で日本口腔衛生学会の基準に沿って診査
- 除外:期間中の転出入、診査日の欠席者は解析から外した
- 解析:χ²検定
比較の相手が「何も磨かない群」ではなく「アパタイトだけを抜いた、同じ処方の歯磨剤」である点は押さえておきたいところです。磨く行為そのものの効果は両群で相殺される設計になっています。
③新しく生えた歯で、差がはっきり出た
- 男子:アパタイト群 1.56%/対照群 9.16%(p<0.001)
- 女子:アパタイト群 5.00%/対照群 15.60%(p<0.001)
- 初年度は、男女ともアパタイト群で新う蝕の発生がゼロだった
- 新しく生えた歯の本数そのものには、両群で差がなかった(分母が違うせいではない、ということ)
割合で見ると、アパタイト群の発生率は対照群の男子で約6分の1、女子で約3分の1(本文の割合から計算。リスク比 0.17/0.32)でした。実数は男子 6/385 対 37/404、女子 17/340 対 61/391です。一般に萌出直後のエナメル質は最もう蝕になりやすい時期とされており、そこで差が出たことには意味があります(ただし歯種別の解析は原著にはありません)。
④DMFTで見ると、いちばん素直に読めるのは女子のデータ
う蝕抑制率は男子35.86%・女子55.93%。ただしこの数字は「増えた量の差」であって、最終値の差ではありません。中身を分けて見ると、男女で事情がかなり違います。
- 男子:開始時DMFTはアパタイト群 2.31・対照群 1.57——アパタイト群のほうが、はじめから虫歯が多かった。3年後は3.58 対 3.55でほぼ並ぶ。増加量で見れば1.27 対 1.98だが、「不利な状態から出発して追いついた」という読み方になる
- 女子:開始時DMFTは2.68 対 2.49とほぼ揃っており、3年後は4.13 対 5.78。増加量は1.45 対 3.29。交絡が少ないぶん、こちらのほうが素直に読める
- 年間増加(男子):1年目 0.45対0.54、2年目 0.53対0.48と差がなく、3年目に 0.29 対 0.96 と開いた
ここでもう一つ、正直に書いておくべき結果があります。試験開始時に健全だった歯からの新う蝕(原著Table 3)は、女子でのみ差が出ました——1年後 1.31% 対 5.00%、3年後 7.03% 対 14.31%(p<0.001)。一方男子では差がつきませんでした(1年後 3.85% 対 4.10%、3年後 10.06% 対 10.04%)。「もともと生えていた歯」では、男子に効果が見えなかったということです。
加えて、6年生時点の萌出歯数は対照群のほうが多く(男子 22.51 対 23.82、女子 24.38 対 25.31)、群の背景が完全に揃っていたわけではありません。この論文の一番強い所見は、あくまで「新しく生えた歯からの新う蝕」のほうだと押さえておくのが安全です。
⑤なぜアパタイトで差が出るのか
著者らは4つの機序を挙げています。いずれも当時の基礎研究に基づくものです。
- 再石灰化:脱灰した初期病変の微小欠損を、同じ無機成分であるハイドロキシアパタイトが埋める。著者ら自身が人工う蝕での再石灰化促進を先行報告している
- 菌の多糖の吸着:ミュータンスレンサ球菌が作るグルカンをハイドロキシアパタイトが吸着する(Pearce 1976、志村・大西 1978)
- 唾液タンパクの吸着:ハイドロキシアパタイトが唾液タンパクを吸着する(久保木ら)
- 歯面の研磨作用:著者らはこれも機序の一つとして挙げている(なお使用した歯磨剤の研磨性は市販品と同程度で、歯面を削りすぎる心配はないとしている)
要するに「エナメル質と同じ材料を、磨くたびに歯面へ供給している」という発想です。フッ化物とは効き方の筋道が違います。
⑥明日の臨床へ
- 「指導ができない場」でも打てる手がある——これがこの論文の一番の含意だと思います。学校、施設、要介護の現場。ブラッシング指導に人手を割けない場所ほど、置くものを変える意味は大きい
- 差が出たのは「追跡期間中に生えてきた歯」でした。4年生から6年生の間に萌出する歯——小臼歯・犬歯・第二大臼歯にあたります。ただし原著は歯種別の解析をしておらず、どの歯で効いたのかまでは分かりません
- ただし、これはフッ化物の代わりになる話ではありません。この研究はアパタイトの有無だけを比べたもので、フッ化物配合歯磨剤との比較は行っていません。う蝕予防の第一選択がフッ化物であることは動きません
- 患者説明で使うなら、「アパタイト配合にも、集団応用で意味のある差が出た報告がある」という位置づけまで。「フッ素より良い」とは言えません
今日のひとこと
3年間で新しく生えてきた歯からの新う蝕発生率は、男子 1.56%(対照 9.16%)、女子 5.00%(対照 15.60%)。う蝕抑制率は男子35.86%・女子55.93%——ただしこれは「増えた量」の差で、男子は開始時DMFTがアパタイト群のほうが高い状態からの追いつきである。磨き方は教えていない。変えたのは歯磨剤だけだ。学校単位の割り付けで、フッ化物との比較でもない。それでも「指導ができない場でも、置くものを変えれば効く余地がある」——そこが今も読む値打ちのある一本だ。


