カリオロジー|拡張カリエス生態仮説・バイオフィルム・酸誘導適応
「ミュータンス菌が虫歯の原因菌」。私たちはそう習い、そう説明してきました。ところが初期病変のバイオフィルムでは、ミュータンス連鎖球菌の割合が必ずしも高くない——そんな報告が積み重なっています。2011年、東北大学の高橋信博先生とオーフス大学のNyvad先生は、この矛盾を拡張カリエス生態仮説で説明しました。う蝕は特定の菌がうつる感染症ではなく、糖の頻度が環境を酸性にし、その酸がバイオフィルムの住人を入れ替えていく過程だ、という見方です。しかもこの3つの段階は行き来する(可逆である)。
①「ミュータンス菌が原因菌」で、説明しきれないこと
ミュータンス連鎖球菌がう蝕の主要な病原菌である——この考えには十分な根拠がありました。う窩から高頻度に分離される。ショ糖を与えた動物にう蝕をつくる。酸産生能も耐酸性も高い。不溶性グルカンをつくって歯面に付着する。系統的レビューも、エナメル質と根面のう蝕の発生における中心的役割を認めています。
ところが、よくデザインされた研究がいくつも別のことを示しました。う蝕に関連したバイオフィルム、とくに「まだ窩洞になっていない」段階の細菌叢では、ミュータンス連鎖球菌の量が必ずしも高くない。白斑病変を覆うプラークからは、乳酸桿菌やBifidobacteriumなど、ミュータンス菌以外の耐酸性菌が見つかっています。
ただし公平のために、原著が同じ段落で挙げている逆向きの事実も書いておきます。白斑病変を覆うプラークのミュータンス連鎖球菌の割合は、健全部位より高いことが多い。そして窩洞化した象牙質病変では、ミュータンス連鎖球菌が全菌叢の約30%を占める。この総説は「ミュータンス菌は無関係だ」と言っているのではありません。
②3つの段階:健全 → 酸産生 → 耐酸
①動的安定期(dynamic stability stage)。臨床的に健全なエナメル質表面の細菌叢は、非ミュータンス連鎖球菌とActinomycesが主体です。酸性化は弱く、頻度も低い。脱灰と再石灰化が釣り合っているか、むしろミネラルが戻る側に傾いています。
②酸産生期(acidogenic stage)。糖が頻繁に供給されると、酸性化が中等度・頻回になります。ここが仮説の要です。
③耐酸期(aciduric stage)。酸性が強く長く続くと、ミュータンス連鎖球菌・乳酸桿菌・酵母、そして耐酸性のActinomycesやBifidobacteriumが優勢になります。
③ここが面白い:同じ菌が、酸に「慣れる」
細菌叢が変わるとき、起きているのは入れ替わりだけではありません。もともといた菌が、酸にさらされることで性質を変える。著者らはこれを酸誘導適応(acid-induced adaptation)と呼んでいます。
- 酸産生能(非ミュータンス連鎖球菌での実験):pH 7.0で育てた菌にグルコースを与えたときの最終pHは4.04〜4.33。ところがpH 5.5で1時間おいてからだと、3.93〜4.12まで下がる——より強く酸をつくるようになる
- 耐酸性(同じく非ミュータンス連鎖球菌):pH 7.0で育てた菌をpH 4.0に1時間さらすと、生存率は0.0009〜71%(株によって大きく違う)。しかしpH 5.5で1時間の「予行演習」をさせてからだと、生存率は0.4〜81%へ上がる
その仕組みとして挙げられているのは、細胞膜のプロトン透過性の低下、H⁺-ATPaseの誘導(プロトンを汲み出す)、アルギニンデイミナーゼ系の誘導(アルカリをつくる)、ストレス蛋白の誘導の4つです。
そのうえで、耐酸性がとくに高い「低pH型」の非ミュータンス菌が選択的に増える。適応が表現型の変化、選択が遺伝型の変化——この2段構えで、細菌叢の酸産生能が押し上げられていきます。
④pHが深くなるほど、住人が入れ替わる
- pH 4.0への急な曝露(成熟プラークで糖を摂ったあとによく起こる)では、非ミュータンス連鎖球菌とActinomycesは生存率を部分的に失うのに対し、ミュータンス連鎖球菌と乳酸桿菌は生き残った
- さらに、酸にさらされた非ミュータンス連鎖球菌とActinomycesをpH 7.0に戻すと再び増殖を始めるものの、生き残った菌数から予想されるより増殖がずっと遅い。遅れは0.5時間の酸性化で0〜1.51時間、1時間の酸性化で1.54〜2.44時間に及ぶ(一時的増殖障害)
- pH 4.6以下では、乳酸桿菌がミュータンス連鎖球菌より速く増殖する。ケモスタットでもpH 4.5以下で乳酸桿菌の割合がミュータンス菌を上回った
- 口腔内でpH 5以下が長く続く場所といえば、酸のクリアランスが妨げられたう窩の中です。ミュータンス菌と乳酸桿菌が確立したう窩から高頻度に分離される理由は、ここにあると著者らは考えています
- 報告によれば、pH 5未満のう蝕病変はすべて「活動性」と判定され、含まれる酸は乳酸のみでした
⑤う蝕は「内因性の病気」である
著者らの結論は明快です。う蝕は内因性疾患であり、微生物生態系が「相利共生」から「寄生的共生」へ変わることで起こる。動的安定期から、酸誘導の適応と選択を経て、耐酸期へ移行する微生物のシフトである、と。
そしてミュータンス連鎖球菌だけでなく、酸産生性・耐酸性の菌のコンソーシアム全体がう蝕過程に寄与すると述べています。
⑥明日の臨床へ
- 説明の言葉が変わります。「悪い菌がうつった」ではなく、「糖の回数が、口の中の菌の顔ぶれを変えてしまう」。患者さんにとっては後者のほうが、自分で手を出せる話に聞こえます
- 3段階は可逆です。だからこそ、白斑の段階で介入する意味がある。菌を「殺す」より環境を戻すほうが理にかなっています
- 「回数」が効く理由が説明できます。同じ量の糖でも、頻度が高いほど酸性の時間が長い。適応と選択が進むのは、その時間の長さに対してです
- 原著が結論で挙げている実践は3つです。機械的なプラークコントロール、糖質摂取の削減か代替、そして唾液分泌の刺激のようなpHを中和する手立て
- (原著は触れていませんが)ミュータンス菌の菌数検査は、すでに酸性化が進んだことの指標として読むほうが実態に近いように思います。ゼロにすることが目的ではありません
⑦ここだけ、冷静に補助線
とはいえ、「なぜ糖の「回数」が効くのか」「なぜ菌を減らしても再発するのか」を、ひとつの筋道で説明してくれる総説です。日々の予防指導の背骨として、読む価値のある一本だと思います。
今日のひとこと
う蝕は「外から来た悪玉菌の感染症」ではなく、もともと住んでいる菌の生態系が変わる内因性の病気である。この総説は、う蝕過程を可逆な3段階で説明する。①動的安定期=健全なエナメル質表面。非ミュータンス連鎖球菌とActinomycesが主体で、酸性化は弱くまれ。脱灰と再石灰化が釣り合っている。②酸産生期=糖が頻回に供給されると酸性化が中等度・頻回になる。ここで起きるのは菌の入れ替わりだけではない。同じ菌が酸に適応して、酸産生能と耐酸性を上げる(非ミュータンス連鎖球菌をpH 5.5に1時間さらすと、pH 4.0での生存率が0.0009〜71%から0.4〜81%へ上昇した)。さらに耐酸性の高い「低pH型」非ミュータンス菌が選択的に増える。③耐酸期=pH 5前後の酸性が続くとミュータンス連鎖球菌と乳酸桿菌が現れ、pH 4前後まで下がると非ミュータンス連鎖球菌とActinomycesは排除される。環境の酸性化こそが、菌の性質(表現型)と顔ぶれ(遺伝型)の両方を決める主因だというのが著者らの結論である。ただしこれは総説であり、示された数値の多くはin vitroの実験に由来する。著者ら自身が、仮説の検証には病変の活動性を定義した前向きの分子生物学的研究が必要だと述べている。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


