カリオロジー|う蝕の病因(食習慣と環境)
オーストラリアのボーラルに、ホープウッド・ハウスという施設がありました。ここでは精製炭水化物をほぼ完全に排し、食材の多くを加熱せずに食べる菜食中心の食事が、施設の方針として徹底されていました。組織的な口腔清掃プログラムはなく、多くの歯は着色し、大多数の子どもに歯肉炎がありました。それでもう蝕は、州の公立学校の子どもたちよりはるかに少なかった。ところが子どもたちが施設を離れはじめると、その差は5年で崩れていきます。
①組織的な口腔清掃がなくても、う蝕が少なかった子どもたち
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州のボーラルに、ホープウッド・ハウスという施設がありました。恵まれない家庭の子どもたちが、幼いころから生活していた場所です。
この施設が特別だったのは、食事の方針でした。
- 精製炭水化物をほぼ完全に排除。砂糖と白小麦粉、それらを使った製品が食事に入ることはめったになかった
- 動物性タンパクは最小限。食材の多くを加熱せずに食べる菜食中心
- ミルクとクリームは施設の酪農場から、卵・バター・全粒粉パンは町の店から
- 子どもたちは外部の学校に通っていたが、昼食はホープウッド・ハウスの厨房で作られ、他の生徒と混ざる前に教室で食べさせていた
そして、ここが重要です。組織的な口腔清掃プログラムはありませんでした。原著にはこう書かれています——「多くの歯は着色しており、大多数の子どもに何らかの程度の歯肉炎があった」。要約では「口腔清掃は存在しなかったと言ってよく、歯科的なケアも最小限だった」とも述べられています。
②15年の調査の、最後の5年
この論文は、1947年に始まった15年におよぶ調査の、最後の5年(1957〜61年)を報告したものです。
- 対象は82人(最終診査時には52人まで減少)。遺伝的に多様な集団で、幼いうちに施設へ入った
- 診査は年1回。自然光下で平面ミラーと探針を使い、1mmの標準探針が入るかどうかで判定。もう1名の共同診査者が記録
- エックス線も併用(前歯部は根尖部フィルム、臼歯部は咬翼法)。2名で読影し、最終診断を記録
- 唾液の乳酸桿菌数も、朝食前に採取して測定
栄養面の評価も行われています。肉がないにもかかわらずタンパク質の平均摂取量は推奨量を上回り、カルシウム・ビタミンA・チアミン・アスコルビン酸も推奨量を満たしていました。ただし総カロリー摂取量は推奨量より低かったとされています。
そしてもう一点、公正のために。診査チームは「観察者」としてのみ活動を許され、食事プログラムや口腔清掃について何の権限も持っていませんでした(ただし後年は一部の修復処置が許可されており、この5年間に116本の修復が入っています)。
③州の子どもたちとの差は、桁が違った
比較対象は、Barnardが同じ方法で調べた、同年代・ほぼ同じ社会経済状況にありながら、この食事方針の下にはいない州の公立学校児童です。
- 10歳:ホープウッド 0.85本 対 州の学校 5.28本
- 12歳:1.81本 対 9.32本
- 15歳:6.46本 対 13.91本
著者は「15歳の時点で、州の学校の子どもの半分未満のう蝕しかなかった」と書いています。
う蝕のない子どもの割合で見ると、差はさらに際立ちます。
- 10歳:71.4% 対 4.6%
- 12歳:46.4% 対 1.0%
- 15歳:6.1% 対 0.0%
州の公立学校では、12歳でう蝕のない子どもは1%しかいませんでした。
④そして、5年で崩れた
ここからが、この論文のほんとうの主題です。
過去の調査では、う蝕のない子どもは1951年に63人(77.8%)、1956年に32人(39%)でした。そして今回の5年間で——
- 1946〜49年生まれ:15人(65.2%)→ 2人(9.1%)
- 1944〜45年生まれ:10人(37.3%)→ 1人(5.8%)
- 1942〜43年生まれ:9人(28.1%)→ 0人
- 全体:30人(41.5%)→ 3人(5.8%)(原著本文の記載どおりですが、上の3群を足すと34人になります。また41.5%は82人が分母、5.8%は52人が分母である点は押さえておく必要があります)
何が起きたのか。著者は慎重な言い回しで書き出します——「初期のう蝕からの著しい自由をホープウッドでの生活のありように、そして齲蝕の発生を子どもたちの分散と食事の変化の受け入れに帰したくなる」。そのうえで、こう続けます。
子どもたちが中等学校へ進み、その後ホームの外で働き始めた。散り散りになった先では、慣れ親しんだ食べ物を手に入れることが難しくなりました。シドニー都市圏では、砂糖・白小麦粉とそれらの製品が食事の大部分を占めていた、と別の調査を引いています。
ただし著者は、すぐに留保も置いています。「にもかかわらず、う蝕有病率のこの変化は加齢とも関連していた。とくに年長の思春期の者に多く起きたからである」。原著は最後まで「関連(associated with)」であって、因果とは書いていません。
そのうえで、原著のいちばん人間くさい一文——「年長の子どもたちが小遣いを、就労している者が給料を手にしたこと、そして成長期の人格に通常ともなう変化とあいまって、菓子や白小麦粉の製品にふける機会を、ホープウッド・ハウスの大多数の者は逃さなかったことが知られていた」。
⑤細菌の側にも、同じ変化が起きていた
唾液の乳酸桿菌数も、この15年で大きく動いています。
- 1000個/mL以上の子どもの割合:1951年 9.1% → 1956年 45.1% → 1960年 74.1%
- まったく検出されない子どもの割合:45.5% → 28.0% → 14.8%
1960年時点の54人で見ると、乳酸桿菌が検出された45人のうち42人(93.3%)にう蝕があり、検出されなかった9人では4人(44.4%)でした(χ²=10.594、0.010>p>0.001)。関連はありますが、乳酸桿菌がいなくても半数近くにう蝕があったことも同時に読み取る必要があります。
ただし著者は慎重です。この増加が「食習慣のルーチンの変化」によるのか、「精製炭水化物の摂取量そのものが増えたこと」によるのかは分けられない——子どもたちが実際に何を食べたかを正確に評価する手段がなかったからです。加えてう蝕病巣が大きくなったこと自体が乳酸桿菌数を押し上げた可能性にも触れています。そして「1回の乳酸桿菌数の測定値をう蝕活動性の指標として受け取ることのリスクは認識していた」とも書いています。
⑥明日の臨床へ
- 食習慣は「本人の意志」より「環境」で決まっている面が大きい。この施設の子どもたちは、施設を出た途端に食生活が変わった
- だから指導は、環境を一緒に設計する話になる。「気をつけてください」では、環境の変化に勝てない
- 進学・就職・引っ越し・転職は、食習慣が変わる節目。定期管理の間隔や声かけを、そこに合わせて濃くする理由になる
- 清掃だけがう蝕を決めているのではない。この子どもたちは組織的な口腔清掃を受けておらず、歯肉炎もあった。それでもう蝕は少なかった
- 逆に言えば、歯肉の健康と、う蝕の少なさは別々に動きうる
⑦ここだけ、冷静に補助線
そして、食事そのものへの評価も一枚岩ではありません。Clementsの報告として、この子どもたちの成長・健康の記録は「州の子ども集団の記録と大きく異ならないものの、身長・体重の下位センタイルに入る子どもが予想より多く、吃音・地方病性甲状腺腫・心雑音の頻度が州全体や地域の調査より高かった」と記されています。「う蝕が少ない食事」が「良い食事」と同義ではないことは、この論文を紹介するときに落とせません。
加えて、5年のあいだにホームを離れたのは食習慣の変化だけではありません。生活場所・仕事・年齢——同時に多くのことが変わっています。女児のほうが一貫してDMFが高かった点についても、著者は永久歯の萌出が女児で早く、環境にさらされる期間が長いためと説明しており、単純な食習慣の差ではないとしています。
それでも、15年という時間の長さと、「環境が外れたときに何が起きるか」を見た設計は、他に代えがたい。奇しくもこの論文は、同じ現象がトリスタン・ダ・クーニャ島でも起きたことに触れています。閉じた食環境に精製炭水化物が入ると、口の中が変わる——設定の違う2つの集団が、同じ絵を描いています(ホープウッドの子どもたちは外部の学校に通っており、孤島の集団とは孤立の度合いがまったく違う点は、断っておく必要があります)。
今日のひとこと
施設の方針として精製糖・白小麦粉をほとんど含まない菜食中心の食事で育った子どもたちの、15年調査の最後の5年(1957〜61年)の報告。組織的な口腔清掃はなく、多くの子どもに歯肉炎があったにもかかわらず、う蝕は明らかに少なかった。州の公立学校児童との比較では、10歳でDMF 0.85対5.28、15歳で6.46対13.91——著者らは「15歳で州の子どもの半分未満」と表現している。う蝕のない子どもの割合も、10歳で71.4%対4.6%と桁が違った。ところがこの5年間で、う蝕のない口は30人(41.5%)から3人(5.8%)へ減っている。生年別に見ると、1946〜49年生まれで65.2%→9.1%、1944〜45年生まれで37.3%→5.8%、1942〜43年生まれで28.1%→0%。この時期、子どもたちは中等学校へ進み、その後ホームの外で働き始め、慣れ親しんだ食べ物を手に入れにくくなった。著者は「小遣いや給料を手にした多くの者が、菓子や白小麦粉の製品を口にする機会を逃さなかったことは知られていた」と書いている。唾液の乳酸桿菌数も並行して増え、1000個/mL以上の子どもは1951年の9.1%から1960年には74.1%へ。ただし著者自身が「これは特異な集団のデータであり、一般の小児集団に軽々に当てはめるべきではない」と釘を刺している。身長・体重が下位に偏り、吃音・地方病性甲状腺腫・心雑音の頻度が州の調査より高かったという報告があることも、あわせて知っておく必要がある。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


