カリオロジー|スクロース・フルクトース・キシリトール・食事置換試験
「キシリトールは虫歯にならない甘味料です」。ガムの箱に書いてあるあの一文には、原典があります。1970年代、フィンランドのトゥルク大学が、成人の食事の砂糖を2年間まるごと別の糖に置き換えるという、今なら倫理審査を通らないであろう試験をやりました。その最終報告です。
①「キシリトールは虫歯にならない」の原典
ガムの箱に書いてある一文です。私たちも患者さんに説明します。では、その根拠はどこにあるのか。
原典は、1970年代前半のフィンランド・トゥルク大学の一連の研究——Turku sugar studiesです。今回はその最終報告(第V報)。何をしたかというと、成人の食事に含まれる砂糖を、2年間まるごと別の糖に置き換えたのです。
当時わかっていたのは、Vipeholm研究(1954年)などから「スクロースはう蝕を起こす」ということでした。分かっていなかったのは、スクロース以外の糖ならどうなのか。フルクトース(果糖)なら軽いのか。そしてキシリトールという五炭糖アルコールは、本当にう蝕を作らないのか。
②2年間、食事の糖をまるごと入れ替える
- 対象:125名(平均27.5歳)。本人の希望も加味して3群に分けた。S群(スクロース)35名/F群(フルクトース)38名/X群(キシリトール)52名。X群を多めにしたのは脱落を見込んでのこと
- 介入:食事のスクロースを、フルクトースまたはキシリトールでほぼ完全に置き換える。量や回数は本人任せ(ad libitum)。この点はVipeholm研究(摂取量と頻度を規定した)と大きく違う
- 期間:2年。期間中8回の診査(頻繁なのは、糖による害が出たときに早期に見つけて中止できるようにするため)
- 診査:臨床所見にエックス線写真を加え、う蝕を「実質欠損なし(C1)/あり(C2)」まで分けて記録。2回法の重複測定で観察者誤差・方法誤差も算出して報告している
- 解析:全体比較にKruskal-Wallis検定、群間比較にMann-Whitney U検定
- 最終解析:脱落・除外10名を除く115名(S群33・F群35・X群47)
開始時のDMFSは42.1/48.0/50.7で、群間に差はありません。平均27歳、DMFS 40台後半——すでにかなりう蝕を経験している成人集団だということも押さえておきたい点です。
③結果——キシリトール群のΔDMFSは 0.0
- スクロース群 7.2/フルクトース群 3.8/キシリトール群 0.0
- キシリトール群 対 他の2群:p<0.005
- フルクトース群 対 スクロース群:1年目の時点では有意差なし。2年後には有意差が出た
- 病変の「大きさ」の変化(C1→C2 などのサイズ増大を含めた指標)でも、X群 対 S群、X群 対 F群がともに p<0.01
もうひとつ、この論文が丁寧なところがあります。DMFS指数だけでは、二次う蝕の新生も病変の拡大も見えない——著者らはそう指摘し、病変の「数」と「大きさ」の両方を拾う指標を別に作って併記しています。この修正指標で見ても、結論は変わりませんでした。
累積曲線の形も違いました。S群とX群はほぼ直線的に増えていく(X群は水平に近い直線)のに対し、F群は2年目に入って急に増加が鈍った。ただし著者らは、これをフルクトース群は摂取頻度がスクロース群より低め(試験の最後の8か月で1日約4.2回)で、2年目には摂取量も減っていたと、慎重に留保しています。
④脱落した10名が語ること
この試験を読むうえで、脱落者の内訳は見逃せません。
- 1名:キシリトール摂取による浸透圧性の下痢(糖アルコールの宿命です)
- 3名(S群2・F群1):う蝕が多発したため、試験から外された
- 残り:厳しい食事制限を続けられなかった、その他の個人的事情
「う蝕が多発したので途中で外した」——この一文が、この試験の性格を物語っています。2年間、成人に砂糖を摂り続けさせる群を置いた研究です。同じデザインの試験は、今なら実施が難しいでしょう(当時は倫理的に許容されると判断されたと、論文にも書かれています)。だからこそ、この論文は今も引用され続けています。
⑤なぜキシリトールでは起きなかったのか
著者らは、生化学・微生物学の姉妹論文と合わせて、こう説明しています。
- 細菌が代謝できない:キシリトールは口腔細菌の代謝基質として適さない。酸が作られない
- 酸産生菌叢そのものが減った:X群では酸産生性の菌叢が減少し、唾液インベルターゼも低下した
- 唾液側の変化:分泌の刺激、pHの上昇、一部の電解質濃度の上昇、ラクトペルオキシダーゼ系への影響
ただし著者ら自身が、正直にこう書いています——酸産生菌叢の減少や唾液インベルターゼの低下は、「スクロースが無くなったこと」だけでも起こりえた。つまり「キシリトールを足した効果」と「スクロースを抜いた効果」は、この研究でも完全には分けられていないのです。それでも、唾液の物理化学的変化やラクトペルオキシダーゼ効果はキシリトールの摂取そのものに帰すべきだ、というのが結論の骨格です。
⑥明日の臨床へ
- 「キシリトールは虫歯にならない」の根拠は、この規模と厳密さで一度だけ示された。エックス線を含む8回の診査、観察者誤差の報告まで含めて、当時としては相当に丁寧な研究です
- ただし条件は「食事の砂糖をすべて置き換えたら」。ガムを1日数粒噛む話とは別物です。ガムの効果を語るなら、別の研究(部分置換の1年試験など)を根拠にする必要があります
- フルクトースは「スクロースよりまし」だが、ゼロではない。「果糖だから安心」という患者さんの理解は、ここで訂正できます
- 口腔衛生に手を付けていない点も注目に値します。この試験では清掃習慣に介入していません(ただし著者らは、対象がもともと口腔清掃レベルが中〜高の集団だったと明記しています)。食事だけでこれだけ差が出た、という読み方ができます
- 糖アルコールの下痢は現実の問題です。1名が実際に脱落しています。大量摂取を勧める文脈では必ず触れる
今日のひとこと
2年間のDMFS増加は、スクロース群 7.2、フルクトース群 3.8、キシリトール群 0.0。キシリトール群と他の2群の差は p<0.005。キシリトールが「う蝕を作らない」ことは、この規模と厳密さで一度だけ示された。ただしそれは「食事の砂糖をすべて置き換えたら」という条件つきの話で、ガムを噛む話とは別物である。


