3秒なら、どの接着材も対照より落ちなかった(Takamizawa 2016・European Journal of Oral Sciences)
セルフエッチ系にリン酸を足すかどうかは「する/しない」で語られがちです。でも実際に効いているのは、足すかどうかではなく「何秒か」かもしれません。0秒・3秒・10秒・15秒の4条件で、接着強さと5万回の疲労強さを測った研究があります。
①「する/しない」ではなく「何秒か」で見る
リン酸エッチングは、エナメル質の接着では標準の手順です。だからセルフエッチ系でも、エナメル質にだけリン酸を置くセレクティブエッチが広く行われています。ところが臨床では、リン酸が象牙質側へ流れることは珍しくありません。
ここで思い出したいのが、エッチアンドリンス系ですら「長すぎるリン酸は不利」だという先行研究です。象牙質のエッチング時間を15秒から120秒・180秒へ延ばすと接着強さが下がる。乳歯では推奨時間の半分(7秒)のほうが15秒より有意に高い接着強さを示した報告もあります(Sardella・Osorio)。さらにSanabeらは、24時間後は7秒と15秒で差がなかったのに、6か月・12か月の水中保管で接着強さが落ち、その低下は15秒群でとくに大きかったと報告しています。
ならば、セルフエッチ系に足すリン酸も「時間」の問題として見直せるのではないか。それがこの研究の出発点です。
②0秒・3秒・10秒・15秒を、4種類の接着材で
③3秒なら誰も損をしない。15秒で落ちるのは従来型
整理すると、こうなります。
疲労強さを接着強さで割った比(SFS/SBS)も、同じ向きを示します。ELを除く3製品では、15秒群の比だけが対照より低い(GB 0.51→0.47、SU 0.48→0.45、OX 0.50→0.49)。10秒までは対照とほぼ同値なので、落ちるのは15秒に至ってからという形です(この比には統計処理がされていないので、傾向として読む値です)。
④SEMが見せた、3秒と15秒の違い
象牙質表面の像が、この差をきれいに説明します。
ここが要点です。混成層は厚ければ良いものではありません。原著はHashimotoらを引き、エッチング時間が長いほど脱灰層が深くなり、その底部にレジンが染み込まないまま脱灰された象牙質が残る——そこが界面のなかの弱い帯になると説明しています。
もうひとつの説明が、化学結合の材料を削ってしまうことです。セルフエッチ系はもともと象牙質にリン酸を使う前提で設計されておらず、機能性モノマーがハイドロキシアパタイトと強く相互作用することを頼りにしています。リン酸で前処理すると、そのアパタイトが大きく失われる。加えてコラーゲン網が虚脱すれば、脱灰層の深部までモノマーが届かなくなります。
原著はここで、GBについてのHanabusaらの報告も引いています。微小引張接着強さでは総エッチと自己エッチで差が出なかったが、総エッチのあとの混成層は多孔性でレジンの浸透が乏しかった——つまり数字に出ない劣化の伏線がある、という指摘です。
⑤明日の臨床へ
第一に、象牙質にリン酸が乗ってしまう場面では、時間を短く済ませる。この実験の3秒群は、どの接着材でも対照を下回りませんでした。原著の結論も「リン酸の前処理時間を短くすることで、従来型セルフエッチ接着材の象牙質接着耐久性への悪影響を最小化できる」というものです。
第二に、ユニバーサルでは短時間のリン酸がプラスに働きうる。ELは3秒・10秒で対照より有意に高い接着強さを示しました。原著は「短時間のリン酸前処理は、ユニバーサルアドヒーシブの象牙質接着性能を高める」と結んでいます。
第三に、エナメル質のために15秒を確保する必要があるのか、を確かめる。原著はTsujimotoらの報告を引き、リン酸の前処理時間が3秒を超えてもエナメル質の接着強さも表面自由エネルギーもそれ以上は増えなかったことを紹介したうえで、両研究を合わせると「リン酸の前処理時間を3秒に短縮することは、エナメル質と象牙質の双方にとって臨床的に妥当でありうる」と述べています。つまりこの論文の含意は「象牙質だけ短くする」ではなく、そもそも3秒で足りるのではないかという方向です。
第四に、2ステップセルフエッチ(OX)は、そもそも時間の影響を受けにくかった。全条件で最も高い値を保っています。使っている製品のカテゴリーによって、この話の重みは変わります。
これは平坦に研磨した象牙質に円柱を立てた剪断試験で、窩洞の形態でもCファクター下でもありません。そして24時間後の測定——原著が引用しているSanabeらの報告こそ「6か月・12か月の水中保管で差が開いた」ものですから、この研究自体は、その長期の劣化を追ってはいないという点は押さえておく必要があります。製品も各カテゴリー1〜2種で、ここに載っていない製品へ広げることはできません。ひとつ注記しておくと、この論文の抄録・結果本文・結論のいずれにも「3秒の前処理でSUとELは対照より高い接着強さを示した」とありますが、いずれも「有意に」とは書いていません。表2の統計記号では SU の3秒(A)と対照(AB)は同じ文字を共有しており、有意差があったのはELのみ——考察でも「ELは3秒と10秒で対照より有意に高い接着強さを示した」とEL単独で書かれています。本記事は表と考察の記述を採りました。それでも、SEMで見た「3秒=管周象牙質が部分的に溶解/15秒=細管がじょうご状に開大」という形態の差が、そのまま数字の差に対応しているのは説得力があります。
今日のひとこと
象牙質へのリン酸は「かけるかどうか」より「何秒か」で結果が変わる。この実験では、3秒ならどの接着材も対照より落ちず、ユニバーサル1製品はむしろ上がった。一方15秒では、従来型の1ステップセルフエッチが接着強さも疲労強さも明確に下がった。セレクティブエッチで象牙質にリン酸が乗ってしまう場面を考えると、時間の管理には意味がある。


