ペリオ|⑥Phase4 メインテナンス
「口腔ケアで誤嚥性肺炎を防ぐ」は、いまや歯科の共通言語です。ただ、その根拠がどこまで及ぶのかを正確に言える人は多くありません。2020年、呼吸器内科医の寺本信嗣先生が、この分野のエビデンスと落とし穴を整理しました。結論はこうです——効果が明確に観察されたのは「ケアを受けていない虚弱高齢者」であって、すでによくケアされている高齢者ではない。
①「口腔ケアで肺炎を防ぐ」の、どこまでが根拠か
訪問診療でも、病棟でも、施設でも。「口腔ケアが誤嚥性肺炎を防ぐ」は、いまや歯科の共通言語になりました。
ただ、その根拠がどこまで及ぶのかを正確に言える人は、そう多くありません。この総説を書いたのは歯科医師ではなく、呼吸器内科医の寺本信嗣先生です。肺炎を診る側から、口腔ケアのエビデンスと落とし穴を整理しています。
結論の一文が、そのまま但し書きになっています。「肺炎発症率を下げる口腔ケアの効果は、ケアを受けていない虚弱高齢者では明確に観察されたが、よくケアされている高齢者では観察されていない」。
②「口腔ケア」と「口腔管理」は、別のものである
この総説がまず整理するのは、用語です。「文献において、oral care と oral management はしばしば重なり合い、混同されている」。
- 口腔ケア(oral care):口腔の清掃のための歯みがきや洗口
- 口腔管理(oral management):口腔ケアを含むより包括的な概念。口腔衛生に加え、義歯などの補綴物を用いた口腔リハビリテーションと歯科治療を通じて、咀嚼・嚥下機能を維持・回復させることを指す
「したがって、口腔管理は通常、最適な経口摂取と発話機能を維持することを目的とする」。「効果的な口腔管理には、歯科医師・歯科衛生士・呼吸器内科医・リハビリテーション医・看護スタッフ・薬剤師・言語聴覚士・理学療法士・作業療法士・栄養士による多職種連携が必要である」。「そのなかで、嚥下障害のある高齢患者の口腔管理を良好に遂行するうえで、歯科医師と歯科衛生士は中心的な役割を担う」。
そして、それぞれ効き方が違います。「口腔ケアは口腔細菌を減らすことで誤嚥性肺炎の予防を助け、口腔管理は咀嚼機能を改善しリハビリテーションを行うことで助ける」。
③絶食も胃瘻も、誤嚥を止めない
この総説でいちばん重要な指摘は、ここかもしれません。
「ASPの主たる病態は、夜間における中咽頭内容物の微量誤嚥(microaspiration)である」。だとすると、食べさせないことは対策になりません。
「重要なことに、絶食は虚弱高齢者におけるASPの発症を防がない。中咽頭内容物の不顕性誤嚥は主に夜間に起こるため、絶食そのものによっては回避できない可能性がある」。
「そのため、ASPを予防する手段として経皮内視鏡的胃瘻造設(PEG)が行われることがある。しかし、それが肺炎を予防することを示すエビデンスはほとんどない」。
「誤嚥するから食べさせない」「胃瘻にすれば安心」という発想が、病態の理解から見て的を外している——呼吸器内科医からの、静かですが強い指摘です。
治療の順序も整理されています。「ASPに対する第一選択は適切な抗菌薬投与」で、「スルバクタム・アンピシリンを含む狭域スペクトラムの抗菌薬が第一選択となりうる」。「抗菌薬は嚥下の問題を改善できないため、嚥下療法はASP治療の基本的なアプローチである」。「ただし嚥下リハビリテーションは正常な嚥下機能を完全には回復できない。そのため、口腔の健康管理はASPの抗菌薬治療と並行して開始され、継続されるべきである」。
薬剤の話も出てきます。「ACE阻害薬とシロスタゾールは、脳梗塞の既往をもつ高齢者において肺炎予防の有効性が報告されている」。一方で「口渇を起こす抗コリン薬と、嚥下反射や食物を動かす能力を障害する抗精神病薬・神経遮断薬は、肺炎リスクの高い高齢者では使用すべきでない」。「肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンは、ASP予防のために推奨される」。
④数字がはっきり出るのは、手術の周術期
この総説のなかで、最も具体的な数字が出てくるのが周術期です。
「Shinらは食道切除術3,412例を解析した。うち812例が開胸手術、2,600例が胸腔鏡手術であった」。「術後誤嚥性肺炎は、開胸手術を受けた730例の4.5%、胸腔鏡手術を受けた1,271例の4.9%に生じた」。「歯科医師による術前口腔管理(POM)は、それぞれ手術のリスクを2.2%と3.2%へ低下させた」。
「同様の結果は他の研究者によっても得られている。これらの結果は、開胸あるいは胸腔鏡による食道切除術を受ける患者において、歯科医師によるPOMが術後誤嚥性肺炎の発生を予防したことを示唆する」。
ただし著者は、ここでも冷静さを崩しません。「しかしながら、術後誤嚥性肺炎のリスク差は、POM群と対照群のあいだで-2.49%から-2.02%にとどまった」。「食道癌患者におけるPOMの予防効果のエビデンスは非常に確固たるものだが、臨床的インパクトは非常に限定的かもしれない」。
周術期については、ほかにも一貫した報告があります。「全身麻酔下で手術を受ける患者において、術前の口腔ケアが術後肺炎を効果的に予防することは繰り返し報告されてきた」。「術後肺炎の減少に加え、周術期の口腔管理は発熱エピソードの発生を減らす。おそらく不顕性誤嚥に起因するものである」。「こうしたエビデンスに基づき、ほとんどの総合病院が、歯科専門職と連携した術前・術後の周術期口腔ケアプログラムの臨床経路を整備している」。
施設入所者についても記述があります。「慢性疾患で入院した寝たきり高齢患者を対象とした研究では、これらの患者が積極的な口腔ケア(歯みがき)を受けたとき、入院1か月後の発熱と入院中の肺炎が減少した」。「NHCAP(医療・介護関連肺炎)のリスクをもつ患者にとって、口腔ケアと口腔管理は肺炎発症の予防に有益な効果をもつ」。
⑤それでも残る、3つの但し書き
この総説の価値は、効果を語ったあとに但し書きを置いた点にあります。
第一に、効果が見えるのは「ケアされていない人」である。「口腔ケアが肺炎発症を減らす有効性は、ケアの行き届いていない虚弱高齢者では明確に観察されてきたが、よくケアされている高齢者では観察されていない」。「Yoneyamaらは1999年に、施設入所高齢者において口腔ケアが肺炎リスクを下げたと初めて報告した。当時、施設入所高齢者に標準化された口腔ケアは行われていなかった。口腔ケアの有効性は、口腔衛生が手つかずだった高齢者において強く観察された」。「近年では、標準化された口腔ケアと口腔管理が施設や病院で一般的に行われている。そのため、ASPに対する口腔ケアの予防効果は、施設や病院ではほとんど確認されなくなった」。
第二に、コクランの評価は厳しい。「介護施設関連肺炎(NHAP)に対する口腔ケアに関するコクラン系統的レビューは、どの口腔ケア手段がNHAP軽減に最も有効かを判定できる質の高いエビデンスはないと結論した」。「質の低いエビデンスは、専門的口腔ケアが介護施設入所者の肺炎による死亡を通常ケアと比べて減らしうることを示唆するが、この所見は慎重に扱われなければならない。他のアウトカムに関するエビデンスは決定的でない」。
第三に、口腔は主因ではない。「高齢者のASP予防において口腔ケアが意義をもつことは確立している。しかしながら、口腔の問題は高齢者におけるASPの主因ではない」。「嚥下障害の治療には、嚥下リハビリテーションと口腔ケアの両方のアプローチが、介護施設でASPリスクの高い高齢患者にとって必要である」。
この総説は、口腔ケアの基本手技も表にまとめています。順序は「①口腔の保湿 → ②乾燥した付着物の軟化 → ③歯面の清掃 → ④軟化した付着物の除去 → ⑤スワブと再保湿」。「口腔ケアは口腔細菌数の一時的な増加をもたらす。付着物は適切に回収されなければならない」——含嗽できる患者には含嗽を依頼し、できない患者や誤嚥リスクの高い患者には無理をさせず、口腔清拭用ワイプで歯面と口腔粘膜から細菌を回収する、と具体的です。
今日のひとこと
著者は「口腔ケア(oral care)」を歯みがきや洗口による口腔の清掃、「口腔管理(oral management)」をそれを含むより包括的な概念——義歯などの補綴物を用いた口腔リハビリテーションと歯科治療による咀嚼・嚥下機能の維持と回復——と定義して区別している。誤嚥性肺炎(ASP)の主たる病態は、夜間に起こる中咽頭内容物の不顕性誤嚥(microaspiration)であり、絶食はこれを防がない。経皮内視鏡的胃瘻造設(PEG)がASPの予防手段として行われることがあるが、肺炎を防ぐという根拠はほとんどない。口腔ケアは口腔細菌を減らすことでASPの予防を助け、口腔管理は咀嚼・嚥下機能を改善することで助ける。肺炎発症率を下げる効果は、ケアを受けていない虚弱高齢者では明確に観察されたが、すでによく口腔ケアを受けている高齢者では示されていない。食道癌手術3,412例の解析では、術後誤嚥性肺炎は開胸手術で730例中4.5%、胸腔鏡手術で1,271例中4.9%であったのに対し、歯科医師による術前口腔管理を受けた群ではそれぞれ2.2%・3.2%へ低下した(リスク差は-2.49%〜-2.02%)。介護施設関連肺炎に関するコクランレビューは「どの口腔ケアが最も有効かを判定できる質の高いエビデンスはない」と結論しており、質の低いエビデンスが専門的口腔ケアによる肺炎死亡の減少を示唆するが慎重な解釈を要する。著者の結論は「高齢者のASP予防において口腔ケアが意義をもつことは確立している。しかし、口腔の問題は高齢者のASPの主因ではない」。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


