エンド|犬の切除根面でMTAの上にセメント質が乗った現象の「なぜ」を、石灰化しうる基質を作れる細胞で調べた研究。走査型電子顕微鏡による形態観察と、サイトカインのELISA定量を組み合わせた(Koh 1998・Journal of Endodontics)
逆根管充填材の生体適合性を調べた研究の多くは、材料が組織に「許容される」ことを到達可能な最良の状態と考えてきました。ところが1995年の報告で、犬の切除根面に置いたMTAの上に、10週を超えた根では、量にばらつきはあるもののすべてセメント質が沈着していた。硬組織、それもセメント質の形成を促した逆根管充填材はほとんど例がありません。そこで著者らは問いをひっくり返します——なぜMTAはセメント質形成を促すように見えるのか。使ったのはヒト骨肉腫由来の骨芽細胞様細胞株MG-63で、MTAとIRM(近年よく使われる逆根管充填材という理由で選ばれた比較対象)を同じシャーレに置き、1・3・7日目の形態を走査型電子顕微鏡で、1〜144時間のサイトカイン産生をELISAで測りました。結果、1日目と3日目のMTA上の細胞は平坦でセメントに接着して伸びていたのに対し、IRMの近くの細胞は球状になり数も疎ら。72時間かけて熟成させたIRMも新鮮なIRMと同程度に毒性が高く(著者らは硬化が進めば毒性が下がると期待していた)、毒性成分はユージノールとされています。そしてELISAでは、MTAと一緒に培養した細胞だけがIL-1α(72時間で80.1 pg/mL)・IL-1β(31.7)・IL-6(76.1)を全時点で産生し、細胞のみの群とIRM群では検出できませんでした。一方M-CSFは材料の有無にかかわらずどの群でも産生され、72時間の平均はIRM 7478・MTA 7055・細胞のみ7032 pg/mLとほぼ同じでした。
①「我慢される」が最良だと思われていた
逆根管充填材の生体適合性を調べた研究の多くは、材料が組織に”許容される”ことを到達可能な最良の状態と考えてきました。炎症を起こさず、隔離もされず、ただ静かにそこにある——それで十分だ、と。
ところが1995年の報告で、奇妙なことが起きていました。犬の切除根面に置いたMTAの上に、10週を超えた根では、量にばらつきはあるもののすべてセメント質が沈着していたのです。硬組織、それもセメント質の形成を促した逆根管充填材はほとんど例がありません。
そこでこの研究は問いをひっくり返します。なぜMTAはセメント質形成を促すように見えるのか——それを、石灰化しうる基質を作れる細胞を使って調べよう、と。
結論を先に言うと、MTAと接触した骨芽細胞様の細胞は、IL-1α(80.1 pg/mL)・IL-1β(31.7 pg/mL)・IL-6(76.1 pg/mL)を産生しましたが、細胞だけ・IRMと一緒の群では検出限界以下でした(いずれも72時間値)。
②細胞培養で材料を調べるということ
歯内療法材料の評価に細胞培養を持ち込んだのはRappaportらです。この分野には決まりごとがあります。
当時使えた生体適合性の評価法は、寒天オーバーレイ法・モデル窩洞法・ミリポアフィルター法・放射性クロム遊離法。著者らはそれぞれの長短を挙げています。
そして著者らは自分の新しさを明言します。走査型電子顕微鏡で細胞の形態を見ることと、サイトカインの産生を細胞毒性の指標にすることは、逆根管充填材では前例がないと。
③今回の一手:形を見て、細胞が何を出すかを測る
材料は2つ。MTAとIRM(近年よく使われる逆根管充填材だから、という理由で比較対象に選ばれています)。IRMは粉液比6:1、MTAは重量比で粉:水=3:1(滅菌蒸留水)。
IRMについては工夫があり、混和したIRM約20〜25mgをカバーガラスに置いて培地を加え、72時間かけて「熟成」させた群も用意しました。より完全に硬化した材料なら毒性が下がるのではないか、という期待です。
サイトカインの評価=各群・各時点6検体。対象はMTA・新鮮なIRM・細胞のみの3群(熟成させたIRMは形態観察のみで、サイトカイン測定の対象外)。1・6・12・24・48・72・144時間で培地を回収し、サンドイッチELISA(Quantikine)でIL-1α・IL-1β・IL-6・M-CSFを定量した。
④結果①:細胞は、MTAにくっついて平らに伸びていた
1日目と3日目、MTAと接した細胞は平坦で、セメントに接着して伸びていました。対照(材料なし)はコンフルエントまで増殖。対してIRMの近くの細胞は球状になり、数も疎らでした。
興味深いのは熟成させたIRMも新鮮なIRMと同程度に毒性が高かったことです。著者らは硬化が進めば毒性が下がると期待していましたが、そうなりませんでした。IRMの毒性成分はユージノールだと述べられています。
⑤結果②:MTAの上の細胞だけがサイトカインを出した
ELISAの結果は明瞭でした。MTAと一緒に培養した細胞は、すべての時点でIL-1α・IL-1β・IL-6を産生(72時間でそれぞれ80.1・31.7・76.1 pg/mL)。ただし著者ら自身は考察で「少量のIL-1α・IL-1β・IL-6が産生された」という言い方をしています。一方細胞だけの群とIRM群では、これら3種は検出できませんでした。
ここで対照になるのがM-CSF(マクロファージコロニー刺激因子)です。こちらは材料の有無にかかわらずどの群でも産生され、24時間以降に高値となり、72時間の平均はIRM 7478・MTA 7055・細胞のみ7032 pg/mLとほぼ同じでした。つまり「細胞が生きていれば出るもの」と「MTAがあるときだけ出るもの」が分かれた、ということです。
⑥なぜサイトカインなのか——骨形成の2つの相
サイトカインは低分子の糖タンパクで、細胞が刺激を受けたときに分泌され、他の細胞の受容体に結合してRNAとタンパクの合成を変え、細胞の振る舞いを変えます。そして骨代謝の調整に関わっている。
そして骨形成に関わるサイトカインも2群に分かれる。第1群は骨系細胞の増殖を促すが、成熟した骨芽細胞は抑制する(IL-1やM-CSFがここに入る)。第2群は前駆細胞の増殖と成熟骨芽細胞の活動の両方を促す。前駆細胞を刺激することは、次の相に向けた準備として行われる、というのが著者らの読みです。
この枠組みに乗せると、MTAがIL-1を出させていることは「骨形成の第1相のスイッチが入っている」と解釈できます。犬でMTAの上にセメント質が乗ったこととつながる筋道です。ただし著者らの2群分類に挙げられているのはIL-1とM-CSFだけで、IL-6は分類されていません。しかもその第1群のもう一方であるM-CSFは、この実験では全群で同じように産生されていました。
著者らは自分の測定の限界も書いています。この研究が測ったのはインターロイキン産生の累積量であって、時間ごとの産生量の推定ではありません。3日目にIL-1αとIL-6が目立って減っているのは、細胞数が増えたことによる産生への抑制的なフィードバックかもしれず、そのあと増えたのはおそらく細胞数の増加による——という説明にとどめています。
⑦明日の臨床へ
・MTAの生体適合性は「害が少ない」だけでなく、細胞が接着して平らに伸びる足場になるという積極的な性質として観察された。
・犬で見えた「MTAの上にセメント質が乗る」現象には、骨系細胞のサイトカイン産生という分子の裏づけが与えられた。ただしこれは仮説を支持する所見であって、証明ではない。
・材料の評価を読むときは、どの試験法かを必ず見る。直接接触しない方法では、水溶性成分しか効かず、しかも薄まる。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:MTAは骨系細胞にとって生物学的に活性な足場となり、インターロイキンの産生を促すと考えられる。1日目と3日目、MTAと接した細胞は平坦でセメントに接着して伸びていたのに対し、IRMの近くの細胞は球状で疎ら。しかも72時間熟成させたIRMも新鮮なものと同程度に毒性が高く、硬化の進行では解決しませんでした(毒性成分はユージノール)。ELISAではMTA群だけがIL-1α・IL-1β・IL-6を全時点で産生し、細胞のみとIRM群では検出限界以下。対照的にM-CSFはどの群でも同じように産生された(72時間でIRM 7478・MTA 7055・細胞のみ7032 pg/mL)ので、「細胞が生きていれば出るもの」と「MTAがあるときだけ出るもの」が分かれたことになります。著者らはこれを骨形成の枠組みに置きます——骨形成は第1相(骨芽細胞前駆細胞の動員と分化)と第2相(成熟骨芽細胞による基質の産生と石灰化)に分かれ、IL-1やM-CSFは骨系細胞の増殖を促すが成熟骨芽細胞は抑制する群に属する。前駆細胞への刺激は次の相に向けた準備である、と。筆者の読みでは、この論文の値打ちは数値より「材料は我慢されるのが最良」という前提を疑い、材料が細胞に何をさせているかを測りにいった着眼にあります。ただし不死化細胞株を使った試験管内の実験であり、著者ら自身が「in vitroの手法の多くは極めて鋭敏で、生体内で起こりうる反応を過大に述べてしまうことが多い」と序論で明記しています。7日目にはMTA群も対照群も形態が崩れており、観察されたのは1〜3日目の差です。


