エンド|試験管で有望だったMTAを、実験動物での「使用試験」に進めた報告。わざと根尖病変を作った犬の下顎小臼歯で、同じ歯の2根に片方ずつアマルガムとMTAを置き、2〜5週と10〜18週の組織反応を比べた(Torabinejad 1995・Journal of Endodontics)
歯科材料の評価には手順があります。①一次試験で全般的な毒性の輪郭をつかみ、②二次試験で局所の毒性を見て、③実験動物での使用試験に進む。MTAはすでに②まで通過していました——色素・細菌の漏洩試験でアマルガムやsuper EBAより封鎖がよく、血液による汚染でも悪化しない。辺縁適合はアマルガム・IRM・super EBAより良好。ただし著者らは埋植試験の限界をはっきり書いています。埋植のために作った骨窩洞は人工的なソケットであり、歯根膜の中に吊られた歯とは似ても似つかない、と。そこで犬です。2歳のビーグル犬6頭の下顎第三・第四小臼歯(計46根)の根管を2週間口腔内へ開放してから4週間Cavitで閉鎖し、根尖病変を作成。12歯ずつ2群に分け、第1群は「理想の条件」(ガッタパーチャ+シーラーで充填し、アクセス窩洞をMTAで封鎖)、第2群は「最悪の条件」(シーラーなし・アクセス窩洞は口腔内へ開放したまま)としたうえで根尖を切除し、各小臼歯の2つの逆根管窩洞のうち一方を無作為にアマルガム、他方をMTAとしました。結果、アマルガムを置いた根は25本すべてで中等度から重度の炎症が続き(10〜18週でも12根中9根が重度)、MTAは中等度を示したのが21根中3分の1だけ(p=0.002/p<0.002)。さらに線維性被膜はアマルガム0/25本に対しMTA 19/21本(p=0.001)、材料表面のセメント質はアマルガム0本に対し、MTAは10〜18週で10本すべて(p<0.001)でした。
①試験管の勝利は、生体での勝利ではない
歯科材料の評価には手順があります。①一次試験で全般的な毒性の輪郭をつかみ、②二次試験で局所の毒性を見て、③実験動物での使用試験に進む。この順番を踏むことで、不適な材料をふるい落とし、動物実験を減らし、ヒトに合わない物質を使う確率を下げられます。
MTAはすでに②まで通過していました。色素・細菌の漏洩試験でアマルガムやsuper EBAより封鎖がよく、血液による汚染でも悪化しない。辺縁適合はアマルガム・IRM・super EBAより良好。モルモットの下顎骨への埋植では、super EBAとの間に観察できる差はなかった。
ただし著者らは、その埋植試験の限界をはっきり書いています。埋植のために作った骨窩洞は人工的な「ソケット」であり、歯根膜の中に吊られた歯とは似ても似つかない。だから試験管と埋植の結果はあくまで指標として使うべきだ、と。
そこで犬です。結論を先に言うと、アマルガムを置いた根は25本すべてで中等度以上の炎症が続き、MTAでは21本中19本に線維性被膜ができ、10〜18週では10本すべての材料表面にセメント質が乗りました。
②今回の一手:わざと病変を作り、最良と最悪の条件を並べる
この実験の設計で最も工夫されているのは、2つの極端な条件を同時に走らせたことです。
病変ができたあと、12歯ずつ2群に無作為に分けました。
第2群(最悪の条件)=清掃・形成のあとシーラーなしでガッタパーチャだけを詰め、アクセス窩洞は口腔内へ開放したまま。
充填の1〜2週後、外科処置を行います。頬側に全層弁を挙上し、#6ラウンドバーで皮質骨を除去。根尖側3分の1と中央3分の1の境目で、歯軸に対しおよそ45度の斜面をつけて根を切除し、#35インバーテッドコーンバーで深さ2mmの逆根管窩洞を形成しました。
そして肝心なのがここ。各小臼歯の2つの逆根管窩洞のうち、一方を無作為に亜鉛フリーのアマルガム、他方をMTAとした——つまり同じ歯の中で2つの材料を比べているわけです。術後はペニシリンGとメペリジンを投与し、1週間毎日観察。全頭で治癒は順調でした。
③結果:炎症の「質」まで違った
3頭を2〜5週で、残る3頭を10〜18週で屠殺し、脱灰してH&E・マッソントリクローム・Brown & Brenn染色で観察しました。
アマルガムを置いた根は、全期間を通じて中等度から重度の炎症でした。10〜18週でも12根のうち9根が重度。一方MTAは、2〜5週で中等度4・わずか3・炎症なし4、10〜18週で中等度3・軽度6・治癒1。中等度の炎症を示したのは21根のうち3分の1だけで、差は両期間とも有意でした(p=0.002/p<0.002)。
炎症細胞の種類も違いました(p<0.05)。アマルガムでは2〜5週の主体が好中球だったのに対し、同じ時期のMTAではリンパ球が主体。10〜18週になると両者ともリンパ球が主体になります。好中球からリンパ球への移行は、急性の反応が収まって慢性相へ移ることを意味するので、MTAのほうが早い段階で急性期を抜けていたと読めます(ただしこれは筆者の読みで、原著はそこまで述べていません。原著は「1標本を除くすべてのMTA標本にも、マクロファージ・好中球・リンパ球・肉芽組織が存在した」とも書いています)。
④いちばん驚くのは、材料の上にセメント質が乗ったこと
アマルガムの上には線維性被膜が1本もできませんでした(0/25)。対してMTAでは21本中19本(p=0.001)。
さらに劇的なのがセメント質です。アマルガムの上には一度も形成されず、MTAでは2〜5週で11本中1本、そして10〜18週では10本すべてに形成されました(p<0.001)。しかもこれは条件を選びません——口腔内へ開放していた「最悪の条件」の11本中5本、シーラー入りで封鎖した「理想の条件」の10本中6本(これは観察時期の内訳ではなく、根管の条件別の内訳です)で、MTAの上にセメント質が乗っていました。
もうひとつ、著者らはMTAがセメント芽細胞を刺激して、セメント質の基質を作らせている可能性に踏み込んでいます。単に「邪魔をしない」のではなく「促している」かもしれない、という読みです。
⑤材料に左右されなかったこと
一方、材料の種類で変わらなかった項目もあります。ここを混同しないことが大事です。
・骨膜と新生骨の形成も、材料の種類にかかわらず起きた。
・Brown & Brenn染色では、封鎖した群・開放した群のどちらも、およそ半数の標本で細菌が陽性だった。
ここで面白い比較があります。Craig & Harrisonは、切除した根面を脱灰するとセメント質形成が早まり、脱灰しないと遅れると報告していました。ところが本研究では切除した根面を脱灰する処置をしていないのに、10〜18週で80%超にセメント質が見られた。著者らはこの食い違いを、動物種(犬 対 サル)と観察期間(10〜18週 対 6〜7週)の違いで説明しています(もっとも、同じ原著の別の箇所ではCraig & Harrisonを犬の研究として紹介しており、原著の中で記述が一致していません)。
⑥明日の臨床へ
・この実験で見えたMTAの特徴は「炎症を起こしにくい」だけでなく「組織が乗ってくる」こと。線維性被膜とセメント質の形成は、材料が異物として隔離されるのではなく、治癒の側に取り込まれていることを示している。
・時間が味方する。差は2〜5週より10〜18週で大きくなった。短期の観察だけでこの材料を評価すると、長所を取りこぼす。
・逆に、根管内の細菌は半数の標本に残っていた。逆根管充填は「根管内の残存刺激を封じ込める」処置であって、無菌化する処置ではない、という当たり前の事実がここにも表れている。
・読むときの前提として、比較の相手は1995年当時の標準だったアマルガムの逆根管充填であり、今日の選択肢そのものではない。当時の文脈では、MTAは練和と填入が容易で乾燥した術野を必要とせず余剰の除去も容易という操作性の利点と、硬化時間が長いという欠点を合わせて評価されていた。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:MTAはアマルガムより根尖周囲の炎症が少なく、線維性被膜が多く形成され、材料表面へのセメント質の形成が高頻度に見られた。MTAは逆根管充填材として使用できる。数字で押さえるなら、アマルガムは25本すべてが中等度から重度の炎症(10〜18週でも12本中9本が重度)、MTAで中等度を示したのは21本中3分の1(p=0.002/p<0.002)。線維性被膜はアマルガム0/25本、MTA 19/21本(p=0.001)。材料表面のセメント質はアマルガム0本、MTAは10〜18週で10本すべて(p<0.001)で、しかもアクセス窩洞を口腔内へ開放したままの「最悪の条件」でも11本中5本に形成されていました。炎症細胞の主体も違い、炎症細胞の種類にも有意差があり(p<0.05)、2〜5週の主体はアマルガムが好中球、MTAがリンパ球でした(好中球からリンパ球への移行は急性期から慢性相への移行を意味するので、MTAのほうが早く急性期を抜けていた、と読むことはできます——ただしこれは筆者の読みで、原著はそこまで述べていません。原著はむしろ「1標本を除くすべてのMTA標本にもマクロファージ・好中球・リンパ球・肉芽組織が存在した」と書いています)。著者らは、アマルガムの上にセメント質が無いことを「界面からの細菌の漏れ」か「生体適合性の低さ」のどちらかと解釈し、MTAについてはセメント芽細胞を刺激して基質を作らせている可能性にまで踏み込んでいます。筆者の読みでは、この論文の値打ちは順位づけではなく「材料が異物として隔離されるのか、治癒の側に取り込まれるのか」という評価軸を組織像で示した点にあります。ただし犬6頭・最長18週の動物実験であり、ヒトの臨床成績ではありません。盲検が途中で維持できなくなったことも著者ら自身が明記しています。


