抜去歯591本を組織で数え、年齢とう蝕で切り分けた古典(Sayegh 1968)
その狭い髄腔は病気か——45歳を過ぎた歯の9割に石灰化があった
デンタルで髄腔が細い。根管が見えない。あの身構える感じは、どこまでが「異常」なのか。う蝕のない歯だけを年齢で割ると、44歳までは1割未満、45歳を越えると9割に石灰化がありました。ただし年齢を揃えて比べると、今度はう蝕の影響が顔を出します。
①髄腔が細い。それは「異常」なのか
デンタルを見て、髄腔がやけに細い。根管がどこにあるのか見えない。この歯、何かあったのだろうか——そう身構える瞬間が、日々の診療にある。
石灰化は、たしかに根管治療を難しくする。けれど「難しい」と「異常」は別の話だ。石灰化そのものが病気のしるしなのか、それとも年を重ねた歯なら当たり前に起きることなのか。ここが曖昧なまま、私たちは目の前の1本を判断している。
②見解は、真っ二つに割れていた
1968年の時点で、この問いには2つの答えが並び立っていた。ある教科書は「石灰化は正常な歯髄にもよく見られる」と書き、別の論者は「歯髄変性のサインだ」と書く。真逆である。
報告される頻度もばらばらだった。原著が引いている先行研究では、10〜20歳で66%・50〜70歳で90%(Hill)、矯正のために抜いた若年者の歯の56%(James)、無作為に選んだ164本の87%(Willman)。数字が56%から90%まで散らばっていては、目の前の1本が「多いほう」なのか「珍しいほう」なのか決めようがない。
③591本を、年齢とう蝕で切り分けた
Sayegh と Reed は、抜去されたヒトの歯 591本を連続切片にして、歯髄の石灰化を1本ずつ組織で確認した。6歳から63歳まで、男性325本・女性266本。標本は以前の別の研究で使われた歯を集め直したもので、この比較のために新たに集められたわけではない。
切り分け方が、この研究の要になっている。
- 第I群(212本)=う蝕があり、6〜20歳の若い歯
- 第II群(181本)=う蝕があり、若年と中高年が混ざった歯
- 第III群(198本)=う蝕がなく、矯正や補綴の都合で抜いた歯
う蝕のない第III群を年齢で割れば「刺激がないときに、年齢だけで石灰化はどれだけ起きるか」が見える。若い歯どうしでう蝕の有無を比べれば「年齢の影響を抑えたとき、う蝕は石灰化を増やすか」が見える。
④45歳を境に、1割未満が9割になった
全体では、591本のうち187本(32%)に何らかの石灰化があった。だがこの平均値には、ほとんど意味がない。う蝕のない198本を年齢で割ると、風景が一変する。
45歳以上
44歳までは1割に満たない。それが45歳を越えると9割になる。しかも、う蝕という刺激を受けていない歯での話だ。実際、う蝕のない歯で石灰化が見つかったもののうち、8割は年長者の歯だった。
⑤ただし、若い歯では話が変わる
では石灰化はすべて加齢のせいかというと、そうではない。原著は、年齢を考慮せずにう蝕群と非う蝕群を比べたときには有意な差は出なかったと述べている。年齢という強い要因が、う蝕の影響を覆い隠してしまうからだ。
そこで原著は、若い歯どうしという括りで比べ直している。すると差が現れる。
う蝕のある歯
原著はこの差を “five times” と表現している。Table V の実数(76/212 と 11/146)から計算するとリスク比 4.8にあたる。若い歯にとって、う蝕は石灰化を呼ぶ刺激になっているという読み方だ。
なお原著は最終ページの要約で、う蝕のない歯における年齢の差を「高齢者の石灰化は若年者の10倍」とまとめている。
⑥大きさは、歯髄の機能と関係しなかった
石灰化の姿もさまざまだった。砂のように広がるびまん型は主に根部に、塊としてできる限局型(デンティクル)は髄室に多い。デンティクルは直径50〜100マイクロメートルのものから、髄室全体をほぼ塞いでしまうものまであった。ただし原著は、髄室をほぼ埋めるものはごく稀にしか見られなかったと書いている(大きいものは主に年長者の歯)。
ここで原著は、あっさりと、しかし重要なことを書いている。石灰化の大きさと歯髄の機能との間に、関係は見いだせなかった——だから大きさの分類には限られた意味しかない、と。
ただしこの研究は固定・脱灰・染色による組織観察だけで、歯髄の機能そのものを測ってはいない。これは測定された「関係なし」ではなく、著者の記述にとどまる点は押さえておきたい。
⑦痛みとの関係は、どう書かれているか
石灰化と痛みについても、原著は考察で触れている。「痛みが歯髄結石を伴う必要はない」——そう述べたうえで、根拠をこう書く。第III群で石灰化を示した57歯は、どれも痛みの症状を示さなかった。もし石灰化のある患者が痛みを訴えたとしても、それは偶然の同時発生かもしれない、と。
ただし著者は逃げ道も残している。すでに歯髄炎が起きている歯に石灰化があれば、それは状況を悪化させうる。石灰化の位置は神経周囲・血管周囲が多かったからだ。
⑧明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、判断の順番だと思う。
- まず年齢という物差しを当てる。中高年の狭い髄腔は、それ自体では所見にならない。う蝕のない歯でも45歳を過ぎれば9割で起きていることを、異常とは呼べない。
- 若い患者で石灰化が目立つときだけ、履歴を疑う。う蝕や修復など、その歯が受けてきた刺激を読む手がかりになりうる。
- 大きさだけで歯髄の状態を決めない。判断は歯髄診査と症状で行う。
- 治療の難易度は別問題として見積もる。髄室を塞ぐほどのデンティクルは、稀ではあるが実在する。拡大視野や事前のCT、時間の確保が要る場面はある。
これは抜去歯を組織で数えた調査で、痛みの評価は限定的だ。原著は「第III群で石灰化を示した57歯はいずれも痛みの症状を示さなかった」と書いているが、この群はもともと矯正や補綴の都合で抜いた歯なので、症状のある歯がそもそも少ない集団である点は割り引きたい。う蝕群は外科・う蝕を理由に、非う蝕群は矯正・補綴を理由に抜かれた歯で、抜歯理由が違う点も割り引きたい。45歳以上の9割は52本中46本という規模の話でもある。もうひとつ、若い歯どうしの比較には表と表題のずれがある——Table V の表題は「10〜34歳」だが、Table I ではう蝕群212本すべてが6〜20歳、非う蝕群146本には22〜44歳の43本が含まれていて、表題どおりに年齢が揃っているわけではない(ずれは非う蝕群を年上にする向きなので、差の向き自体は保たれる)。読める範囲では検定の方法もp値も示されていない。それでも、591本を年齢とう蝕で切り分けて数えた土台は今も生きていて、年齢という交絡を先に外してから比べる、という発想そのものがこの論文の遺産だと思う。
今日のひとこと
髄腔が細いことは、その歯が長く生きてきたしるしでもある。う蝕のない歯なら45歳を過ぎれば9割で起きていることを「異常」とは呼べない。年齢という物差しを当ててから、この1本が例外なのかを考える。そして石灰化の大きさだけで、歯髄が元気かどうかは決められない。


