エンド|生後8か月の雑種犬2頭の犬歯と小臼歯(方法の記載で24本・各群12本)で歯冠部の歯髄を取り除き、白いProRoot MTA単独、またはMTA 1.0gに塩化カルシウム0.1gを加えたもので覆って、90日後の歯髄を組織標本で比べた研究(Bortoluzzi ほか・2008・Journal of Endodontics)
硬化を早めるために塩化カルシウムを加えたMTAを、露出した歯髄に置いても大丈夫なのか。Bortoluzzi らは、犬2頭の歯で断髄を行い、MTA単独と塩化カルシウム10%入りで歯髄を覆って、90日後の組織を比べました。両群とも全標本で、厚くはっきりした硬組織の橋ができ、歯髄は保たれ、炎症は軽度の慢性炎症でした。著者らは2群の組織反応は非常によく似ていたとし、塩化カルシウムを加えても硬組織の橋をつくる性質は変わらなかったと結論しています。所見は文章と顕微鏡写真で示され、群ごとの本数・点数・統計の検定は無く、硬化時間や封鎖性はこの研究では測っていません。
①MTAに塩化カルシウムを足すと、歯髄の反応は変わる?
MTAは歯髄に優しい一方で、硬化に時間がかかり、練りにくい。そこで「硬化を早める薬剤を混ぜたらどうか」という発想が出てきます。けれど、混ぜ物をした材料を露出した歯髄に直接置いて、本当に大丈夫なのか。断髄や覆髄にMTAを使う人なら、一度は気になるところです。
この問いを、犬の歯の断髄で確かめたのが、Bortoluzzi らの2008年の研究です。白いProRoot MTAをそのまま使った歯と、塩化カルシウム(CaCl2)を10%加えたMTAを使った歯で、90日後の歯髄を顕微鏡で比べました。
・犬2頭の歯の断髄実験(方法の記載では24本・各群12本)。歯冠部の歯髄を取り除き、白いProRoot MTA単独、またはMTAに塩化カルシウム10%を加えたもので覆って、90日後に組織標本で観察
・硬組織の橋:両群とも全標本で、厚くはっきりした硬組織の橋(デンティンブリッジ)ができていた。一部に軟組織を含む欠損も見られた
・歯髄:全標本で歯髄は保たれ、炎症は軽度の慢性炎症だった
・著者らの結論:2群の組織反応は非常によく似ており、塩化カルシウム10%を加えても、断髄後に硬組織の橋をつくるMTAの性質は変わらなかった
・注意:犬の歯に実験として行った断髄の動物実験です。所見は文章と顕微鏡写真で示され、群ごとの本数・点数・統計の検定はありません。硬化時間や封鎖性は、この研究では測っていません
②なぜこの研究が必要だったか
著者らの整理では、MTAは歯髄の保護で水酸化カルシウムと同じような良い成績が報告され、断髄にも勧められてきた材料です。一方で、硬化に時間がかかること(その間に溶けたり崩れたり外れたりしやすい)、粒が粗くて窩洞に入れにくいこと、値段が高いことが弱点として挙げられていました。
MTAの75〜80%はポルトランドセメントだという報告があり、土木で使う添加剤で弱点を補う研究が進んでいました。塩化カルシウムはそのひとつの硬化促進剤で、著者らが引用した研究では、封鎖性を高める、カルシウムイオンの放出を増やし高いpHを保つ、ポルトランドセメントの硬化時間を50%を超えて縮める、と報告されています。ただ、塩化カルシウムを加えたMTAが歯髄に触れた時に、生物学的な性質が変わるかどうかは分かっていませんでした。これを犬の歯で確かめるのが、この研究の目的です。
③何をどう比べたか
・研究の種類:犬の歯を使った生体内の組織学研究(Journal of Endodontics 2008)
・対象:生後8か月の雑種犬2頭の歯。方法の節には「24本の歯」「材料ごとに12本」と書かれ、どちらの材料も犬歯と小臼歯に無作為に割り付けたとあります(割り付けの手順の説明はありません)
・処置:全身麻酔とラバーダムのもとで髄室を開け、歯冠部の歯髄をバーと外科用の鋭匙で取り除いた(断髄)。滅菌生理食塩水で洗い、綿球で軽く押さえて止血
・2つの材料:MTA単独=白いProRoot MTAを滅菌蒸留水0.4mLで練ったもの。MTA+塩化カルシウム=白いProRoot MTA 1.0gに塩化カルシウム0.1gを加え、滅菌蒸留水0.3mLで練ったもの。どちらも歯髄の断面に置き、湿らせた綿球で軽く押さえた
・修復:MTAの上に仮封材(IRM)を置き、アマルガムで修復
・評価:90日後に組織標本(HE染色)をつくり、硬組織の橋の有無と性状(連続性・形・厚さ)、炎症(慢性か急性か・細胞の数・広がり)、巨細胞、材料の粒子、象牙質を観察
結果は、所見の文章と顕微鏡写真で示されています。点数づけや群ごとの本数の集計、統計の検定はありません。また、抄録には「2頭の犬歯4本と小臼歯8本」と書かれていて、方法の「24本」と記載がそろいません(1頭あたり12本と読めば合いますが、原典はそこを説明していません)。
④結果:両群とも、全標本で硬組織の橋と生きた歯髄
原典が書いた90日後の所見を、表にまとめます。
・硬組織の橋:90日後には、厚くはっきりした硬組織の橋ができていた。考察では「両群のすべての標本で、厚く均一な橋ができた」と書かれている。橋は根管の壁に沿って連続し、濃く染まる線(外傷性のカルシウム線)で区切られて、根部の歯髄の空間を狭めていた
・橋の欠損:橋の一部に、軟組織を含む(または空の)欠損があった。写真はMTA単独の標本(図1B)で、欠損がいくつあったか、群ごとにどうだったかは書かれていない
・歯髄:全標本で歯髄は保たれていた。根管の壁に沿って象牙芽細胞の層がはっきり見られ、炎症は軽度の慢性炎症だった
・血管:血管の増生と、拡張・うっ血した血管が見られた。著者らは、灌流や固定、標本づくりの過程による影響だろうと書いている
・2群の比較:著者らは、MTA単独と塩化カルシウム入りの結果は「非常によく似ていた」と書いている。点数や検定で比べたものではない
著者らは過去の自分たちの研究を引いて、塩化カルシウムを加えるとカルシウムイオンの放出が増えると述べたうえで、「その放出の多さは、硬組織の橋の厚さにも歯髄の反応にも影響しなかった」と考察しています。ただし、この研究では橋の厚さを数値で測った結果は示されていません。
⑤結果の読み方:何が分かって、何は分からないか
この研究が示したのは、「犬の歯に実験として行った断髄で、塩化カルシウム10%を加えたMTAでも、90日後の組織像は、MTA単独と著者らが『非常によく似ていた』と書くものだった」という観察です。塩化カルシウムを足した材料でも、硬組織の橋ができ、歯髄は保たれていました。
一方で、塩化カルシウムを足す理由である「硬化が早くなる」「封鎖性が良くなる」は、この研究では測っていません。著者らが考察で挙げた硬化時間の短縮や封鎖性の改善は、過去の別の研究(ポルトランドセメントでの報告や、著者らの染料の漏洩の実験)からの引用です。著者らは、塩化カルシウム入りは練った時の硬さがちょうどよく、扱いやすく、つやがあり、少ない水で練れたとも書いていますが、これも測定ではなく、使ってみた所感として書かれています(練るのに使った水は0.4mLと0.3mLで、これは方法の記載どおりです)。
著者らはさらに、硬化が早まれば歯冠側からの漏洩と歯髄の汚染を防げるので断髄に向いており、同じ日のうちに最終修復までできる、と考察しています。これは著者らの考えで、この研究で確かめた結果ではありません。
⑥明日の臨床へ
この研究から言えるのは、「塩化カルシウムを10%加えたMTAを、犬の歯の実験的な断髄に使っても、90日後に硬組織の橋ができ、歯髄が保たれていた」というところまでです。硬化促進剤を足すことで歯髄への優しさが損なわれるのでは、という心配に対する、動物での1つの手がかりになります。
ただし、人の歯での成績は調べていません。実験として髄室を開けて行った断髄で、う蝕で露髄した歯ではなく、処置前の歯髄の炎症の状態も記載されていません。観察は90日の1時点だけです。硬化の速さ・封鎖性・操作性も、この研究では測っていません。院内でMTAに塩化カルシウムを混ぜて使う場合の配合や安全性、長期の経過は、この研究からは分かりません(ここは筆者の読みです)。
⑦ここだけ補助線
・規模と対象:犬2頭・各群12本(方法の記載)の動物実験です。抄録の「犬歯4本と小臼歯8本」と方法の「24本」が合わず、群ごとに何本を観察したかの集計もありません。対象は実験として髄室を開けて行った断髄で、人の歯や、う蝕で露髄した歯とは条件が違います
・測り方:結果は組織の所見の文章と顕微鏡写真で、点数づけや統計の検定はありません。盲検で観察したかの記載もありません。「非常によく似ていた」は著者らの記述で、2群が同じだと確かめたものではありません
・測っていないもの:硬化時間・封鎖性・操作性・痛みなどの症状は測っていません。観察は90日の1時点で、材料はProRoot MTA(白)と塩化カルシウム10%の1つの組み合わせです
硬化促進剤を足しても、少なくとも犬の歯の断髄では歯髄の治り方が大きく崩れなかった、という基礎のデータとして押さえておきたい1本です。
今日のひとこと
犬2頭の歯の断髄実験では、白いProRoot MTAに塩化カルシウム10%を加えても、90日後には全標本で硬組織の橋ができ、歯髄が保たれていて、著者らは2群の組織反応は非常によく似ていたと報告しています。所見は文章と写真で示され、点数や検定は無く、硬化時間や封鎖性もこの研究では測っていません。「硬化促進剤を足しても、少なくとも犬の歯の断髄では歯髄の治り方が大きく崩れなかった」という基礎のデータとして読むのが、この論文に合った読み方です。


