ヒト抜去上顎小臼歯に規格化した2級窩洞を作って12%金銀パラジウム合金インレーを合着し、リン酸亜鉛セメントと3種のレジン系セメントの引っ張り接着強さ、および脱離後の再合着の効果を比較したin vitro実験研究(鈴木ら 1986・昭和歯学会雑誌)
インレーが外れた。中を掃除して、同じセメントで着け直す。日常的にやっている処置ですが、その2回目は1回目と同じだけ保つのでしょうか。1986年、昭和大学のグループがヒト抜去歯の規格窩洞(in vitro)でこれを測っています。答えは「統計的な差はつかなかった(ただしパナビアEXは平均で35%低下)」。ただし著者らは、その数字に安心してはいけない理由も同じ論文の中で丁寧に書いていました。
①「保持形態のために深く削る」を、やめられるか
リン酸亜鉛セメントには、歯質にも金属にもほとんど接着力がありません。だからインレーを保持するには、たとえ健全な歯質であっても象牙質まで窩洞を深く形成する必要がありました。唾液に対する溶解性もあり、長期の封鎖性・保持効果にも問題がある——1986年の時点で、著者らはそう整理しています。
そこに歯質と金属の両方に接着するレジン系セメントが登場しました。接着ブリッジへの応用が試みられ、材料学的研究や金属の表面処理法の研究が積み重なっていた時期です。
この論文の狙いは明快です。レジン系セメントで窩壁と鋳造物の接着を高められれば、健全歯質の削除量を減らした浅い窩洞にでき、金属の使用量も減らせるのではないか。そして、レジン系で着けたインレーが外れたとき、着け直してどうなるのか。
②規格窩洞形成機で、同じ形の2級窩洞を20個つくる
窩洞内で直接法でロウ形成し、辺縁隆線部に歯の長軸に対して45度の方向にスプルーを植立、辺縁隆線から8 mmの位置に引っ張り試験用フックを付けて、12%金銀パラジウム合金を遠心鋳造した。
セメントはリン酸亜鉛=エリートセメント100、レジン系=ケミエース/スーパーボンドC&B/パナビアEXの4種。レジン系ではインレー内面に平均粒径50 μmのアルミナでサンドブラストを施した。24時間水中浸漬後、クロスヘッドスピード5 mm/minで引っ張り試験(各n=5)。
脱離後、インレー内面と窩壁のセメントをスプーンエキスカベーターと探針で可及的に除去し、レジン系は内面を再度サンドブラストして同種セメントで再合着。24時間後に同じ試験を繰り返した。
③結果——リン酸亜鉛の1.9〜3.8倍
エリートセメント100が88.0±21.2 kgで最も低く、ケミエース164.8±56.1、スーパーボンドC&B 243.2±19.6、パナビアEX 330.0±102.0 kgと続きました。リン酸亜鉛を1とすると、それぞれ1.9倍・2.8倍・3.8倍です。
統計処理の結果、スーパーボンドC&BとパナビアEXの間を除くすべての材料間に5%水準の有意差が認められました。著者らは、窩洞をある程度浅くしても臨床上十分な保持力を保てる可能性が示唆されたと述べています(ただし「現在これを確認するための方法を検討中」とも書いており、この論文自体はそこまでは示していません)。
破断面の観察は、材料の性格の違いをよく映しています。ケミエースはセメント内部での凝集破壊——つまりセメント自身の強度が壊れる場所を決めていました。他の2つより材料学的性質が低いことに起因すると考察されています。スーパーボンドC&BとパナビアEXは、主にメタルとセメントの間の界面破壊でした(パナビアEXはセメント内の凝集破壊も混在)。ただしパナビアEXではインレー内面にも多少のセメントが残っており、メタルに対する接着力の強さを示しています。
ここで著者らは、自分の結果が先行研究と食い違うことをきちんと書いています。金銀パラジウム合金とレジン系セメントの接着強さについての従来報告では、パナビアEXよりスーパーボンドC&Bのほうがはるかに高い値だった。それらは平面どうしを接着して引っ張った試験であり、窩洞からインレーを引き離す本研究とは測定法が異なるため結果が違ったのではないか、と。一般にインレーを窩洞内に合着した場合は機械的性質の高いパナビアEXのほうが合着力が高くなるのは当然と思われるが、口腔内での耐久性はいまだ明らかでない、と締めています。先行研究と食い違ったとき、まず測定法の違いを疑う——40年前の論文の姿勢として印象に残ります。
④再合着——統計的な差はつかなかった。しかし面は戻らない
再合着後の値はエリートセメント100が111.8±13.8、ケミエース171.0±20.1、スーパーボンドC&B 273.4±91.1、パナビアEX 215.6±26.9 kg。t検定の結果、4種すべてで1回目との有意差は認められませんでした。著者らは、窩壁に残ったセメントが新しく使ったセメントと結合して十分な接着力を回復したものと推測しています。
ところが、同じ論文が観察のほうでこう書いています。引っ張り試験後にインレー内面を再度サンドブラスト処理すると、1回目と同様の微細な凹凸構造が再現できた。しかしエナメル質窩壁は、再エッチングしてもエナメル質特有の小柱構造が観察されず、セメントが付着したままだった。
そして数字にも影のような部分が残っています。パナビアEXは平均値で330.0 kgから215.6 kgへ、100 kg以上低下しました(有意差はつかなかったものの、114.4 kg、平均で35%の低下です)。著者らはコンポジットレジンの補修充填の研究を引き、フィラーを75%含むパナビアEXでは、窩壁に残ったセメント中のフィラーと新しいマトリックスレジンの接着が弱いことが原因と推測しています。ケミエースもフィラーを含みますが有機質複合フィラーであること、材料学的性質が低いことが低下を招かなかった理由と考えられ、フィラーを含まないスーパーボンドC&Bはほとんど影響を受けなかったと考えられる、という整理です。
結論部の著者らの言葉は、数字よりずっと慎重です。
⑤明日の臨床へ
②どうしても再合着するなら、内面のセメント除去とサンドブラストを丁寧に。この研究でも内面だけは1回目と同じ面を再現できていた。サンドブラストを省いた場合は試されていないので、省いてよい根拠もない。
③窩壁のセメントは、再エッチングでは落ちない。「酸処理したから元通り」は成り立たなかった。
④著者らは、フィラーを多く含むセメントは再合着で不利になりうると推測している。この論文ではパナビアEXが平均で100 kg以上落ちた。有意差はつかなかったが、n=5・標準偏差102という条件での「有意差なし」であることは頭に置いておきたい。
⑤そして本筋は、外さないこと。この試験条件では、レジン系で着けるとリン酸亜鉛の1.9〜3.8倍の引っ張り接着強さだった。まず1回目の合着で外れないようにすることが先にある。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
ヒト抜去歯の規格窩洞での引っ張り試験(in vitro)で、リン酸亜鉛セメント(エリートセメント100)が88.0±21.2 kgだったのに対し、ケミエース164.8±56.1・スーパーボンドC&B 243.2±19.6・パナビアEX 330.0±102.0 kg。リン酸亜鉛を1とすると1.9倍・2.8倍・3.8倍で、スーパーボンドとパナビアEXの間を除くすべての材料間に5%水準の有意差がついた。再合着後は111.8/171.0/273.4/215.6 kgで、どのセメントも1回目との統計的な有意差なし——ただし各群5本での「差が検出されなかった」であり、同じ強さに戻ったとまでは言えない。そのうえで著者らは3つの但し書きを置いている。第一に、パナビアEXは平均で330.0→215.6 kgと114.4 kg(35%)落ちている(有意差はつかなかったが、フィラーを75%含むため、窩壁に残った旧セメント中のフィラーと新しいマトリックスレジンの接着が弱いと推測されている)。第二に、インレー内面はサンドブラストで初回同様の面を再現できたが、エナメル質窩壁は再エッチングしてもセメントが付着したままで小柱構造が戻らなかった。第三に、臨床では窩洞内面に残ったセメントでインレーが浮き上がり、辺縁に隙間を生じる可能性が高いと著者らは考察している(適合は本研究では未測定)——だから「再合着はできうるかぎり避けたほうがよいと思われ」というのが著者らの結論である。


