エンド|16か国の一般歯科医・保存修復/歯内療法の専門医と専攻中の歯科医師2,850人に、ウェブの質問票で架空の露髄の症例を示し、直接覆髄を選ぶかを尋ねて国ごとの結果をメタアナリシスの手法でまとめた調査研究(Hatipoğlu 2023・Journal of Endodontics)
露髄したとき、直接覆髄にするか、断髄や抜髄へ進むか。その判断は人によって分かれます。Hatipoğlu らは16か国の歯科医師2,850人に、直接覆髄に向いた「基準の症例」と、条件を1つだけ変えた5つの架空の症例を示して、どの治療を選ぶかを尋ねました。基準の症例では回答者の93%が直接覆髄を選びましたが、露髄の原因をう蝕に変えると33%まで下がり、条件の中で最も大きく直接覆髄が避けられました。露髄を2か所にした時の下がり方が最も小さく(68%)、別の質問で深いう蝕への対応を尋ねると、う蝕の除去は完全除去を選んだ人が82%、覆髄材はケイ酸カルシウム系を選んだ人が63%でした(割合は表2・図の人数から筆者が計算)。治療の成績を測った研究ではなく、架空の症例と質問への回答から歯科医師の判断の傾向を調べた研究です。
①露髄したら直接覆髄にするか、何で決めている?
う蝕を除去していて露髄した。あるいは窩洞形成中にバーが歯髄に触れた。そこで直接覆髄にするか、断髄や抜髄へ進むか——この判断は、同じ歯を見ても人によって分かれます。
では、歯科医師は実際にどんな条件で判断を変えているのでしょうか。トルコの Hatipoğlu らは16か国の研究者と組み、2,850人の歯科医師に架空の症例を示して、どの治療を選ぶかを尋ねました。
・ウェブの質問票による16か国・2,850人の調査。直接覆髄に向いた「基準の症例」と、条件を1つだけ変えた5つの架空の症例で、直接覆髄を選ぶかを尋ねた
・基準の症例では93%が直接覆髄を選んだ。露髄の原因をう蝕に変えると33%に下がり、5つの条件の中で最も大きく直接覆髄が避けられた(リスク比 2.86)
・露髄を2か所にした時の下がり方が最も小さかった(68%・リスク比 1.38)
・別の質問で深いう蝕への対応を尋ねると、う蝕の除去は完全除去を選んだ人が82%、覆髄材はケイ酸カルシウム系を選んだ人が63%
・注意:治療の成績ではなく、架空の症例と質問への回答。割合は表2・図の人数から筆者が計算した、全回答者の単純な割合
②なぜ判断が分かれるのか
直接覆髄は、露髄部の歯髄を除去せずに、その上へ生体活性のある材料(論文の語では bioactive material)を置く処置です。著者らは、直接覆髄を含む歯髄を残す治療は、根管治療より保存的で費用も少ないことが多いと整理しています。一方で、深いう蝕があり歯髄炎の徴候のある成熟した永久歯をどう扱うかは、まだ議論が分かれるとしています。
判断に影響しうる要素として、著者らは患者の年齢、露髄の性質と大きさ、残っている歯質、歯髄の診断、覆髄材、歯冠修復の質を挙げています。う蝕の除去も、硬い象牙質まで取り切る完全除去と、歯髄の近くに軟化象牙質を残す部分除去(選択的除去・段階的除去)があり、国際的な合意(ICCC)やヨーロッパ歯内療法学会(ESE)は部分除去を勧める一方、アメリカ歯内療法学会(AAE)とESEの声明には食い違いがある、というのが著者らの問題意識です。
こうした判断の傾向を調べた研究の多くは1つの国の中で行われていました。そこで同じ質問票を多くの国で使い、結果をまとめて比べた、というのがこの研究です。
③今回の調査:条件を1つずつ変えた架空の症例
32か国の研究者に参加を呼びかけ、応じた16か国(ヨーロッパ・アジア・アフリカ・南米の4大陸)で、2022年1〜9月にウェブの質問票(13問)を配りました。
- 回答者:一般歯科医、保存修復か歯内療法の専門医、その専攻中の歯科医師。ほかの専門医は除外。歯科医師会やSNS、メールで案内し、合計2,850人が回答した(女性60%、経験10年超42%、専門医28%・専攻中12%)
- 基準の症例:30歳以下の患者、機械的な露髄(う蝕ではない)、大きさ1mm以下、露髄は1か所、場所は髄角、痛みも打診痛も無く、X線で歯根膜腔は正常
- 5つの症例:他の条件は基準と同じまま、1つだけ変えた。症例1=露髄が2か所、症例2=露髄が軸側壁、症例3=1mmを超える露髄、症例4=う蝕による露髄、症例5=30歳を超える患者
- 尋ねたこと:各症例で、直接覆髄か、それより侵襲的な治療(部分断髄・断髄・根管治療・抜歯など)か。あわせて、う蝕の除去法(完全除去か部分除去か)、修復の方法(その日に最終修復か、仮封をはさむ2回法か)、覆髄材(水酸化カルシウム系かケイ酸カルシウム系か)
- まとめ方:国ごとに割合の比(リスク比)を出し、RevMan のランダム効果モデルで大陸ごと・全体にまとめた
このリスク比は、「基準の症例で直接覆髄を選んだ割合 ÷ 条件を変えた症例で直接覆髄を選んだ割合」です。1より大きいほど、その条件で直接覆髄が避けられたことを示します。治療後に何が起きたかを比べた値ではありません。
④結果:う蝕による露髄で、直接覆髄を選ぶ人が最も減った
まず、各症例で直接覆髄を選んだ人の割合です。
基準の症例では2,660人(93.3%)が直接覆髄を選びました。条件を1つ変えると、どの症例でも直接覆髄を選ぶ人は減りました。最も減ったのはう蝕による露髄(症例4)で945人(33.2%)、次いで1mmを超える露髄(症例3)の1,124人(39.4%)。最も減り方が小さかったのは露髄が2か所(症例1)の1,937人(68.0%)でした。
基準と5つの症例の比較では、国ごとの値のばらつきは大きく(I²=88〜96%・表2)、大陸の間の違いが統計的に有意だったのは症例2と症例3だけでした。
回答者の属性との関係も調べられています。症例1〜4では、専門資格の3群(保存修復・歯内療法の専門医/専門なし/専攻中)の間に有意差があり、直接覆髄を選ぶ割合は専門医が最も高く、う蝕による露髄では専門医 40.1%・専門なし 29.8%・専攻中 33.3%でした(表3。検定は3群全体の比較)。症例5(30歳超)では有意差を検出しませんでした。
架空の症例とは別に、深いう蝕への対応として好む方法・材料を尋ねた質問では、次のような回答でした(各方法・材料を選んだ回答者の割合。いずれも2,850人中・図2〜4の人数から筆者が計算)。
- う蝕の除去:完全除去 2,340人(82.1%)、部分除去 510人(17.9%)。論文はこれをリスク比 4.59(95%CI 3.70–5.69)と表している
- 修復の方法:その日に最終修復 1,526人(53.5%)、仮封をはさむ2回法 1,324人(46.5%)。全体では有意差を検出しなかった(リスク比 1.14・95%CI 0.84–1.54、P=.41)。ヨーロッパではその日の最終修復が多かった
- 覆髄材:ケイ酸カルシウム系 1,796人(63.0%)、水酸化カルシウム系 1,054人(37.0%)。リスク比 0.58(95%CI 0.44–0.76。水酸化カルシウム系 ÷ ケイ酸カルシウム系)。ケイ酸カルシウム系を選んだ割合は 専門医 75.5%・専門なし 55.5%・専攻中 70.9% で、3群の間に有意差があった(表4)
日本の回答者167人では、基準の症例で156人(93.4%)、う蝕による露髄で33人(19.8%)が直接覆髄を選びました。修復の方法は、その日に最終修復が20人、仮封をはさむ2回法が147人で、仮封の2回法を選ぶ傾向が16か国の中で最も強い国でした(表2・図3の人数から筆者が計算)。
⑤結果の読み方
この調査が示したのは、「比べた5つの条件の中では、露髄の原因がう蝕かどうかで直接覆髄を選ぶ割合が最も大きく下がり、露髄の数で下がり方が最も小さかった」という回答の傾向です。露髄が2か所でも、選ぶ割合は93.3%から68.0%へ下がっています。どちらの判断が治療成績のうえで正しいかを、この研究が確かめたわけではありません。
著者らは考察で、う蝕による露髄でも、症例を選び適切な手順で行えば直接覆髄は予測可能な選択肢だとする報告がある(著者が引用した研究)と述べ、1mmを超える露髄でも良好な成績の報告があるのに、露髄が大きいほど予後が悪いという思い込みが過剰な治療につながっている可能性に触れています。う蝕の完全除去が多かったことについても、ICCCやESEが過剰な治療としている点を挙げ、最新のガイドラインと臨床の実際にずれがあるとまとめています。
一方、覆髄材ではケイ酸カルシウム系が多く選ばれており、著者らは、ケイ酸カルシウム系が水酸化カルシウム系に取って代わりつつあるようだと結論しています。
⑥明日の臨床へ
この研究は治療法の優劣を決めるものではありません。使い道は、自分の判断を見直す物差しです。露髄に出会ったとき、自分は「う蝕か」「大きさ」「場所」「年齢」のどれで治療を変えているか。その条件で判断を変える根拠を、自分は説明できるか(ここから筆者の読み)。
たとえば、う蝕による露髄では直接覆髄を避ける回答が多数でしたが、著者らが引用したように、う蝕による露髄の直接覆髄でも良好な成績を示す報告があります。逆に、それを根拠に直接覆髄を広げてよいかは、この調査からは言えません。判断の傾向と、治療の成績の根拠は、別々に確かめる必要があります。
覆髄材については、回答者の多数がケイ酸カルシウム系を選んでいました。院内で使う材料を見直すとき、「周りがどう選んでいるか」の参考にはなります。ただし、材料の成績そのものは、この調査ではなく臨床試験で確かめるものです(ここまで筆者の読み)。
⑦ここだけ補助線
・答えは架空の症例と質問への回答:実際の診療で何を選んだか、その後どうなったかは調べていない
・回答者の集め方:SNSや歯科医師会などで案内した任意の回答で、回収率は計算できていない(著者らも限界として記載)。国ごとの人数も123〜254人で、その国の歯科医師全体を代表するとは限らない
・ばらつき:基準と5つの症例の比較(表2)では国ごとの値の差が大きく(I²=88〜96%)、う蝕除去・修復・覆髄材の質問でも I²=86〜96%(図2〜4)。まとめた値は「平均的な傾向」として読む
・まとめ方:同じ回答者の、基準の症例と条件を変えた症例への答えを、別々の群のように比べている(筆者の読み)
・条件の幅:消毒・止血・拡大視野・来院回数など、ほかの要素は質問票が長くなりすぎるため評価していない(著者らの記載)
自分の判断の「癖」を世界の歯科医師と比べられる、手元に置きたい1本です。治療の成績を確かめる研究と合わせて読むと、さらに生きてきます。
今日のひとこと
16か国2,850人の回答では、直接覆髄を選ぶかどうかを最も大きく左右したのは「う蝕による露髄かどうか」で、比べた5つの条件の中では露髄の数による下がり方が最も小さいものでした。深いう蝕への対応では、う蝕は完全除去、覆髄材はケイ酸カルシウム系を選ぶ人が多数でした。治療の成績ではなく、架空の症例と質問への回答から見た「歯科医師の判断の傾向」です。自分の判断がどの条件で動いているかを見直す材料になります。


