エンド|根管内の特定の菌と「臨床で困る症状」を、日常の診療の中で照合した研究。インディアナ大学のGriffeeらが、失活歯33本の根管内容を各回サンプリングして嫌気培養し、8つの症状・所見と突き合わせた(Griffee・Patterson・Miller・Kafrawy・Newton 1980・Oral Surg Oral Med Oral Pathol)
根管を開けた瞬間に立ちのぼる、あの独特の悪臭。経験的に「これは厄介だ」と身体が覚えている合図ですが、それが何を意味しているのかを数字で確かめた研究があります。背景には1976年のSundqvistの仕事がありました。外傷で失活した無う蝕の前歯32本を培養し、Bacteroides melaninogenicus(現在のPrevotella/Porphyromonas群=黒色色素産生嫌気性菌)は、急性の根尖部症状があった7本からのみ検出され、無症状の25本からは1本も検出されなかったという報告です。特定の菌と、歯内療法で扱える症状との間に因果らしい関係を初めて示した研究でした。Griffeeらは、これを日常の臨床の条件で、簡便で信頼できる手技で再現できるかを試しました。10〜64歳の患者33名の失活歯33本(う蝕・破損・修復物のある歯も含む。ラバーダムで隔離できない歯は除外)から、Møllerの手順で歯面を消毒したうえで各回に根管内容を採取し、嫌気培養しています。結果、第1回目の来院で33本中12本にB. melaninogenicusが検出されました。この12本と、検出されなかった21本で症状の出方を比べると、はっきりした差が出たのは3つ——悪臭は83.3%対9.5%(p<0.001)、痛みは66.7%対23.8%(p<0.05)、サイナストラクトは50.0%対9.5%(p<0.05)。痛みとサイナストラクトをまとめると91.7%対33.3%(p<0.005)で、菌のいた12本のうち11本が痛みかサイナストラクトのどちらかを持っていました。傾向はあるが有意には届かなかったのが根尖部の圧痛(58.3%対19.0%・p<0.06)と局所の腫脹(33.3%対4.8%・p<0.1)。そして打診痛(50.0%対38.1%)・根尖部の透過像(83.3%対81.0%)・排出液(16.7%対9.5%)はいずれも関連なしでした。もうひとつ、菌がいた歯では培養そのものの様子も違いました。B. melaninogenicusが一度でも出た12名から採った34本の培養はすべて陽性(100%)だったのに対し、一度も出なかった歯からの63本では45本(71%)にとどまりました(p<0.005)。この菌は他の菌からビタミンKをもらう必要があるため、ほぼ必ず他の菌と一緒にいる——つまりこの菌の存在は「混合感染の目印」でもあるという読み方です。患者33名の短期の観察で、第2回目以降は該当者が6名・2名と減るため有意差が出にくくなっています。
①開けた瞬間のあの悪臭は、何を教えているのか
根管を開けた瞬間に立ちのぼる独特の悪臭。「これは厄介だ」と身体が先に反応する合図です。では、その臭いは何を教えているのか。
1980年、インディアナ大学のGriffeeらは、失活歯33本の根管内容を嫌気培養して8つの症状と突き合わせました。結論を先に言います。悪臭があった歯では83.3%に黒色色素産生嫌気性菌(当時のBacteroides melaninogenicus)がいて、悪臭のない歯では9.5%でした。一方で、打診痛と根尖部の透過像は、菌の有無をまったく反映していませんでした。鼻が拾っている情報のほうが、打診や写真より菌に近かったということです。
②きっかけは1976年の「100%」だった
背景に、Sundqvistの有名な仕事があります。1976年、外傷で失活した無う蝕・無破損の前歯32本を好気・嫌気の両方で培養し、88株(うち嫌気性83株)を同定した研究です。破損やう蝕のある歯を除いたのは、口腔からの汚染という経路をあらかじめ消すためでした。
ただしこの設計には、臨床と離れている点があります。無う蝕・無破損の前歯だけを選んだため、感染経路はおそらく血流を介した侵入(anachoresis)で少数の菌が入った状態です。日々の診療で扱うのは、う蝕や破損から大量・多種類の口腔細菌が入り込んだ歯のほうです。Griffeeらの問いは率直でした。この関係は、ふつうの診療室の条件でも成り立つのか。
③今回の一手:診療の流れを崩さずに、毎回培養する
設計の勘所は汚染対策です。根管の中の菌を語るなら、外から持ち込んだ菌ではないと言い切れなければ意味がありません。
採取は還元しておいた培地を髄室に入れ、ファイルをX線的根尖から1 mm以内で上下に動かして内容を懸濁させ、ペーパーポイントで2本分取ります。1本は血液寒天へ塗って黒褐色〜黒色のコロニーを探し(グラム染色で確認)、もう1本はチオグリコレートに入れて濁りを見る。培地はすべて使用前に24時間以上窒素環境に置いています。
そして治療は普段どおり進めます。初回に除去、2回目に形成、3回目に痛み・排出液・悪臭・腫脹がなければ充填。来院間は乾いた滅菌綿球だけで、根管貼薬をしていません——これは後で数字の読み方に関わります。統計はYatesの補正を加えたカイ二乗検定で、小標本で有意と言うにはより厳しい検定を選んでいます。
④結果:差が出たのは「臭い・痛み・サイナストラクト」だけ
初回来院で、33本中12本にB. melaninogenicusが検出されました。この12本と、検出されなかった21本を並べます。
いちばん強かったのは悪臭で、83.3%対9.5%(p<0.001)。表1の人数から計算するとリスク比は約8.8です。なおこの表の作りは「菌の有無で分けて、それぞれの群に症状が何%あったか」を見るもので、冒頭に書いた「悪臭のあった歯の83.3%に菌がいた」は逆向きの数え方にあたります。悪臭のあった歯も菌のいた歯もどちらも12本だったため、悪臭についてだけは両方向の数字がたまたま一致します(他の項目では一致しません)。痛みは66.7%対23.8%(p<0.05・リスク比 約2.8)、サイナストラクトは50.0%対9.5%(p<0.05・同 約5.3)。著者らは痛みとサイナストラクトをまとめても比べています。理由は後述しますが、まとめると91.7%対33.3%(p<0.005)で、菌がいた12本のうち11本が、痛みかサイナストラクトのどちらかを持っていました(3本は両方)。菌がいなかった21本では7本だけで、しかも両方を持つ歯は1本もありませんでした。
傾向はあっても有意に届かなかったのが2つ。根尖部の圧痛(58.3%対19.0%・p<0.06)と局所の腫脹(33.3%対4.8%・p<0.1)です。数字の開きは大きいのですが、該当数が少なく(腫脹は全部で5本)、厳しい検定では届きませんでした。
そしてここが臨床的に重要です。打診痛(50.0%対38.1%)・根尖部の透過像(83.3%対81.0%)・排出液(16.7%対9.5%)は、いずれも有意な関連がありませんでした。歯の部位や失活の原因とも関係していません。つまりこの33本では、打診とX線写真からこの菌の有無を見分けることはできませんでした。
もうひとつ、培養そのものの様子にも差がありました。B. melaninogenicusが一度でも出た12名から採った34本の還元チオグリコレート培地は、すべて陽性(100%)——菌がもう検出されなくなった後の回も含めてです。一度も出なかった歯からの63本では45本(71%)でした(χ²=10.11・p<0.005)。なおこの採取手技での還元チオグリコレート培地の陽性率は、初回88%・2回目84%・充填時(3回目)72%でした。
回を追うと関係は薄れます。初回に12本で検出された菌は、2回目に6本、3回目に2本。初回にいなかった歯から、後の回で新たに検出されたことは一度もありませんでした。2回目で有意だったのは悪臭だけ、3回目は何もありません。該当数が減れば有意差は出にくく、また治療で菌数が減れば症状も引くので、著者らはその両方を理由に挙げています。
⑤なぜ「臭い」がいちばん当たるのか、なぜ痛みとサイナストラクトをまとめたのか
悪臭については、著者らも「主観的になりやすい」と認めています。それでも悪臭が記録された19回のうち15回で、1週間後の培養にこの菌が現れました。Finegoldらは、感染性の排出物からの悪臭・腐敗臭はほぼ必ず嫌気性菌の存在を示すと述べています。悪臭は嫌気性代謝の産物そのものなので、菌の種類に対する直接的な指標になるわけです。
痛みとサイナストラクトをまとめた理由も筋が通っています。サイナストラクトができている歯では、痛みがないことが多い。逆に言えば、この2つは「膿性の排出液が作られている」という同じ現象の、出口が違うだけの表れかもしれない。だから別々に数えると、片方の症状に散らばって関係が薄まります。実際、著者らはSundqvistの「痛みとの100%の相関」が本研究で再現しなかった理由の1つに、このサイナストラクトへの分散を挙げています(もう1つの理由は、Sundqvistの歯が無う蝕の前歯で菌の侵入経路が違うこと、そして本研究の培養法がすべての株を拾えたとは限らないことです)。なお著者らは、100%ではなかったにせよ、この菌と痛みとの間に有意な関連があるという点では両研究が一致しているとも明記しています。
培養がすべて陽性になった理由も明快です。B. melaninogenicusはビタミンKを他の菌から供給してもらう必要があるため、ほぼ必ず他の菌と一緒にいます。ということは、この菌がいる根管では陰性にするために排除しなければならない菌種の数がそもそも多い。そして与えられた培地でよく育つ菌が含まれる確率も上がります。この菌の検出は「難しい混合感染がある」という代理指標でもある——ここがこの論文のもう1つの読みどころです。
透過像との関係についても、著者らは丁寧に説明しています。Sundqvistは透過像のある歯からしか菌を培養できなかったと報告しましたが、本研究では関係がありませんでした。無う蝕の前歯は血流経由で感染するので、細菌の活動と炎症は根尖側から始まり、菌が歯冠側の歯髄に届く前でも透過像が出る。一方う蝕や破損で露髄した歯は歯冠側から根尖側へ進むので、根管内に菌がいることと根尖部の破壊は独立しうる——という説明です。
⑥明日の臨床へ:鼻で取った情報を、記録に残す
⑦ここだけ、冷静に補助線
患者33名・失活歯33本の短期の関連の検討です。菌を減らせば症状が減ることを示した介入研究ではありません。悪臭と菌が同時に存在しやすいことは示せても、悪臭そのものがこの菌だけに由来すると証明したわけでもありません(他の嫌気性菌との併存が一般的です)。
数の少なさは随所に影響しています。局所の腫脹は全部で5本、排出液は4本で、この規模では有意差の判定が安定しません。2回目以降は該当者が6名・2名まで減るため、有意な関連が消えたことを「関係がなくなった」と読むことはできません。また著者らは、培養法がすべての株を拾えたとは限らないと明記しています。
そして菌名そのものが変わっています。当時のBacteroides melaninogenicusは、その後の分類でPrevotella属・Porphyromonas属などに再編されました。だからこの論文を今読む価値は、菌名ではなく「臨床所見のどれが根管内の状態を映し、どれが映さないか」を仕分けた点にあります。悪臭・痛み・サイナストラクトは映す。打診痛・透過像・排出液は映さない。40年以上前の33本の観察ですが、診療室で使える仕分けとして今も読む値打ちがあります。
今日のひとこと
著者らの結論:B. melaninogenicus(黒色色素産生嫌気性菌)は、悪臭・痛み・サイナストラクトと有意に関連していた。なかでも関連が最も強かったのは悪臭で83.3%対9.5%(p<0.001/表1の人数から計算したリスク比 約8.8)。悪臭が記録された19回のうち15回でこの菌が検出されています。痛みは66.7%対23.8%(リスク比 約2.8)、サイナストラクトは50.0%対9.5%(同 約5.3)、痛みかサイナストラクトのどちらかで見ると91.7%対33.3%。一方で打診痛・根尖部の透過像・排出液は関連なしでした。さらにこの菌が一度でも出た歯からの培養は34本すべて陽性(100%)で、出なかった歯の71%より高く、この菌の存在は「多種類の菌が住んでいる」ことの目印でもあります。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「鼻で得ている情報が、培養結果の代理になりうる」と示した点にあります。ただし患者33名の短期の関連の検討で、菌を減らせば症状が減るという介入の証明ではありません。


