不可逆性歯髄炎に対する下顎孔伝達麻酔で、5種類の局所麻酔薬の成功率を比較したシステマティックレビュー+ネットワークメタ解析(Nagendrababu 2019・Int Endod J)
伝達麻酔が効かないとき、私たちはたいてい手技を足します。浸潤麻酔を追加し、歯根膜内へ、骨内へ。めったに変えないのが麻酔薬そのものです。11試験750例をネットワークメタ解析でつないだこの研究は、5種類の麻酔薬に順位をつけました。ただし、その順位をどこまで信じてよいかも、同じ論文がはっきり書いています。
①効かないとき、私たちは何を変えているか
不可逆性歯髄炎の下顎歯。伝達麻酔が効かない。そのとき、あなたは何を変えますか。
多くの場合、答えは「追加の麻酔」です。頬側浸潤麻酔を足す、歯根膜内麻酔をする、骨内麻酔に進む。手技を積み上げていく。
もう一つ、めったに変えないものがあります。麻酔薬そのものです。日本の診療室ではリドカイン(キシロカイン)が事実上の標準で、それを変えるという発想自体が出てきにくい。
では、薬剤を変えたらどうなるのか。マレーシア国際医科大学とペンシルベニア大学のグループが、5種類の局所麻酔薬をネットワークメタ解析で一気に比べました。
②ネットワークメタ解析という手法
血管収縮薬はリドカイン・アルチカイン・ブピバカイン・メピバカインがエピネフリン、プリロカインのみフェリプレシンです。
③結果——1位はメピバカイン、最下位はリドカイン
メピバカイン(SUCRA = 0.81)が1位。以下、プリロカイン 0.62、アルチカイン 0.54、ブピバカイン 0.41、そしてリドカインが 0.13 で最下位でした。
数字で見ると、ネットワークメタ解析では、エピネフリン添加メピバカインがエピネフリン添加リドカインより有意に成功率を高めました(リスク比 1.42、95%CI 1.04–1.95、p = 0.03)。
ペアワイズ解析(直接比較のみ)でも同じ方向でした。アルチカイン(リスク比 1.16、1.02–1.32)とメピバカイン(1.46、1.04–2.07)が、リドカインより有意に高い成功率。ブピバカインとプリロカインはリドカインと有意差なし。
一方、メピバカインと他剤(アルチカイン・ブピバカイン)の間には有意差がありませんでした。「メピバカインが他をはっきり上回った」のではなく、「リドカインに対してだけ有意差がついた」というのが正確な読み方です。
臼歯だけに絞ったサブグループ解析でも、同様の結果でした。
④なぜメピバカインなのか、そしてなぜリドカインが残るのか
機序として著者らが引くのは、血管拡張作用の違いです。
メピバカインはリドカインにくらべて血管拡張作用が弱い。同じ量の血管収縮薬を含んでいるなら、もともと血管を広げにくい薬のほうが、局所に留まりやすい——これがリドカインを上回る理由ではないか、と。
ただしこの論文は、他の薬剤を手放しで勧めてはいません。安全性の話が丁寧に添えられています。
アルチカインとプリロカインは、知覚異常(paraesthesia)の発生率が有意に高く、メトヘモグロビン血症のリスク増加も指摘されていると著者らは書いています。ブピバカインは心毒性と中枢神経毒性のリスクと関連づけられてきました。
そして、リドカインが消えない理由。リドカインとプリロカインは、現時点で唯一の「妊娠カテゴリーB」の麻酔薬であり、他はすべてカテゴリーCです。著者らははっきりこう書きます。「それでもリドカインが時代遅れになることはない」。
ちなみにメピバカインは中国では既に広く使われている一方、欧米では最も使用頻度の低い歯科用局所麻酔薬の一つだそうです。
⑤明日の臨床へ
①「効かないなら手技を足す」の前に、「薬剤を変える」という選択肢を思い出す。著者らはこう書いています——骨内麻酔や歯根膜内麻酔に不安のある患者では、補助的な手技を避けたい。そういう場面で、より効果的な麻酔薬を選ぶことで成功確率を上げられるかもしれない。
②ただし、この結果を過大に読まない。質の高い試験だけに絞ると有意差は消えました。エビデンスの質は「非常に低い〜中等度」。著者ら自身が「結論を確認するには、さらに質の高い臨床試験が必要」と結んでいます。
③選択は安全性と一緒に考える。知覚異常、メトヘモグロビン血症、心毒性、妊娠カテゴリー——効果の順位だけで薬剤は決まりません。「局所麻酔薬の使用は、適切な症例選択・手技・用量によって導かれるべきであり、合併症のリスクを最小化しなければならない」というのが著者らの立場です。
④関連記事とあわせて読む。同じ著者らは前年、NSAIDsの経口事前投与がIANBの成功率に与える影響を同じくメタ解析で検証しています(当ブログでも別記事として解説しました)。麻酔が効かない場面で動かせる変数は、手技だけでも薬剤だけでもない、ということです。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
ネットワークメタ解析では、エピネフリン添加メピバカインがエピネフリン添加リドカインより有意に伝達麻酔の成功率を高めた(リスク比 1.42、95%CI 1.04-1.95)。SUCRAランキングはメピバカイン0.81、プリロカイン0.62、アルチカイン0.54、ブピバカイン0.41、リドカイン0.13。機序としてはメピバカインの血管拡張作用がリドカインより弱いことが挙げられている。ただし高バイアスリスクの3試験を除いた感度解析では、どの薬剤間にも有意差は残らなかった。GRADEは「非常に低い〜中等度」。順位表は仮説であって処方ではない。


