1問1答 論文 虫歯

口を酸性にし続けると、ミュータンス菌だけが増えた——pHを変えた洗口を5週間かけて追う

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|口腔内pH・ミュータンス菌の割合・停滞部位・酸性飲料

酸性の飲み物を毎日飲む人に虫歯が多い。逆流のある患者さんに虫歯が多い。この経験則には、酸が直接歯を溶かすという説明が用意されています。けれどもう一つ、別の経路があるかもしれません——酸性の環境そのものが、口の中の菌の構成を変えてしまう。イェーテボリ大学のSvanbergが、10名の口の中にわざと停滞部位を作り、pHの違う洗口液を4週間、そのあと1週間は洗口なしで追いかけた短報です。

論文
Streptococcus mutans in plaque after mouthrinsing with buffers of varying pH value
著者
Svanberg M
掲載
Scand J Dent Res. 1980;88(2):76-78
種類
ヒト介入実験(短報・10名・同一被験者内の連続する5期間)
PMID
6929089

酸性飲料と虫歯の関係は、酸が溶かすだけの話か

スポーツドリンクを毎日飲む人。逆流性食道炎の患者さん。この人たちに虫歯が多いという経験は、多くの臨床家が持っています。

説明としてまず思い浮かぶのは「酸が直接エナメル質を溶かすから」です。それは正しい。けれど、もう一つ別の経路があるかもしれません。

酸性の環境そのものが、口の中の菌の構成を作りかえてしまう——1980年、イェーテボリ大学のSvanbergがこれを人で確かめた短報です。

先に結論: 総菌数に有意な差が出ないまま、ミュータンス菌の割合だけが上がった。水で洗口した対照期の平均1.9%に対し、pH3.9の酸性リン酸緩衝液で洗口すると第1期7.0%(p<0.05)、続く第2期14.0%(p<0.01)。中性のpH7では2.7%で、対照と差がなかった。

口の中に、わざと停滞部位を作る

設計が独特です。

  • 被験者10名下顎大臼歯の咬合面にあるアマルガム修復物と歯質の境目に、ラウンドバー No.0で溝を作った——人工的な停滞部位です
  • この溝に5日間プラークを溜めさせ、7日目・14日目・21日目・28日目・33日目に採取
  • 5つの期間を順に実施:①水で洗口7日(対照)→ ②0.1Mリン酸緩衝液 pH7 で7日 → ③④0.1Mリン酸緩衝液 pH3.9 で計14日(7日ずつ2期に分けて評価)→ ⑤洗口なし7日
  • 洗口は毎日、昼食後と就寝前に10mLを1分間
  • 採取は滅菌した0.4mm注射針で溝からプラークを掻き出す。VMG輸送培地に入れ、5秒の超音波処理、段階希釈のうえMSB寒天(ミュータンス菌用)と血液寒天(総菌数用)へ。5%CO₂+95%N₂の嫌気条件で37℃48時間
  • ミュータンス菌は総CFUに占める割合(%)として表現。Wilcoxon符号順位検定で対照期と比較

同じ人の口の中で、期間を変えて比べる——被験者間のばらつきを排除する設計です。

総数に有意差が出ないまま、割合だけが上がった

0 5.3% 10.7% 16% プラーク中のミュータンス菌の割合(総CFUに占める%) 1.9% 0.9% 2.7% 2.5% 7% 3.9% 14% 9.1% 3.3% 2.6% 水(対照) pH7 緩衝液 pH3.9 第1期 pH3.9 第2期 洗口なし 濃い棒=平均/淡い棒=中央値。pH3.9の第1期は p<0.05、第2期は p<0.01(対照期との比較・Wilcoxon符号順位検定)。総CFU数は全期間で有意差なし
プラーク中のミュータンス菌が総CFUに占める割合。酸性期に入ると上がり、洗口をやめると下がっている

結果は次のとおりです。

  • 水(対照):平均1.9%・中央値0.9%・範囲0.5〜7.0%
  • pH7 緩衝液:平均2.7%・中央値2.5%・範囲0.3〜6.1%(対照と有意差なし
  • pH3.9 第1期:平均7.0%・中央値3.9%・範囲0.5〜14.7%(p<0.05
  • pH3.9 第2期:平均14.0%・中央値9.1%・範囲3.9〜45.5%p<0.01
  • 洗口なし:平均3.3%・中央値2.6%・範囲0.5〜6.3%(対照と有意差なし

対照期と比べて上がったのは、第1期で10人中8人、第2期では10人中10人全員でした。

そして最も重要な観察がこれです。総CFU数については、対照期と各実験期のあいだに有意差がありませんでした(ただし各採取時点の実測値には大きな幅があります)。

総菌数に有意な差が出ないまま、ミュータンス菌の取り分だけが増えた——原著の言い方は慎重で、「ミュータンス菌の定着が有利になったか、あるいは競合する菌が抑えられたかのいずれかを示す」としています。

なぜ、酸性だとミュータンス菌が有利になるのか

著者は複数の可能性を挙げ、どれか一つに決めつけていません。

  • 耐酸性の差:ミュータンス菌は比較的高い酸耐性を持ち、低pHでは他のストレプトコッカス属より良く増える。著者が「可能性のある要因の一つ」として最初に挙げている点
  • 停滞部位という条件:上の耐酸性がこの研究でとくに効いた理由として、著者は採取部位が溝という停滞部位で、酸性洗口の効果が長く続いた可能性を挙げている
  • 歯質の酸エッチング:酸で歯の表面が粗くなり、他の菌よりミュータンス菌が付着しやすい面になった可能性
  • 菌側の表面性状の変化:pHの変動はミュータンス菌自身の表面性状にも影響し、競合菌に対する初期付着を有利にした可能性
  • リン酸イオンの関与:リン酸イオンは歯面の被膜の化学組成に影響する。低pHではその働きが中性時と異なるため、リン酸イオンそのものが変化に寄与した可能性も否定できない

著者の結論は控えめです——「説明が何であれ、停滞部位へのミュータンス菌の定着が低pHで促進されるという今回の所見は、臨床的に興味深い」

明日の臨床へ

  • 酸性飲料の問診を「エナメル質が溶ける」だけで終わらせない。この研究が示すのは、酸性の環境が続くと菌叢そのものがう蝕側に傾くという別の経路です。著者自身、「酸性飲料を常用する人や消化器疾患の患者で、う蝕活動性が高いことの説明になりうる」と書いています
  • 停滞部位を減らすことの意味:この実験でわざわざ溝を作ったのは、そこが酸の影響が長く残る場所だからです。不適合な修復物の縁、段差、裂溝——酸性の環境と組み合わさると、二重に不利になります
  • 洗口をやめたら戻った:2週間の酸性期のあと、洗口をやめた1週間で平均3.3%まで下がっています。環境を戻せば菌叢も戻る方向にある、という希望のある観察です
ここだけ、冷静に補助線 — これは短報(Short Communication)で、被験者10名の小さな研究です。最大の弱点は期間を順番どおりに並べただけの設計であること——水 → pH7 → pH3.9 → pH3.9 → 洗口なし、という一方向の順序で、順序をランダム化していません。したがって「pH3.9の第2期がいちばん高かった」ことが、酸への曝露が長かったせいなのか、実験開始からの時間が経ったせいなのかを、この設計では切り分けられません。範囲も0.5〜45.5%と非常に広く、個人差が大きい。また、測っているのは菌叢の割合であって、う蝕そのものではありません。人工的に作った溝という特殊な部位での話でもあります。それでも、「総菌数に有意差が出ないまま構成比だけが動いた」という観察は、生態学的プラーク仮説の骨格をそのまま示している(ただし総菌数の実測値のばらつきは大きく、10名では「総数が変わらなかった」ことまでは示せません)という点で、いま読んでも古びていません。

今日のひとこと

総菌数に有意な差が出ないまま、プラーク中のミュータンス菌の割合だけが上がった。水で洗口した対照期の平均1.9%に対し、pH3.9の酸性リン酸緩衝液で洗口すると第1期7.0%(p<0.05)、第2期14.0%(p<0.01)。中性のpH7では2.7%で対照と差がなかった。

Svanberg M. Streptococcus mutans in plaque after mouthrinsing with buffers of varying pH value. Scand J Dent Res. 1980;88(2):76-78. PMID: 6929089
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。