矯正装置装着患者への視覚的動機づけ(4群ランダム化比較試験・6か月)
ブラケットが付くとプラークは必ず増える。だから毎回、歯みがき指導をする。染め出し錠も渡す。——でも、本当に効いているのはどちらでしょうか。11〜25歳148人を4群に分けた6か月のRCTが、少し気まずい答えを出しています。
①染め出し錠、渡して終わりになっていませんか
矯正装置が付いた瞬間から、口の中は一段難しくなります。ブラケットとワイヤーがブラシの毛先を遮り、停滞域ができる。固定式装置の患者さんの50〜70%にエナメル質の脱灰や歯肉の炎症が起きる、と報告されています。
だから毎回、口腔衛生指導をします。染め出し錠も渡します。「ここが磨けていませんよ」と場所を見せる——これが定番のやり方です。ところが、その定番に真正面から比較を挑んだ研究があります。
②これまでの前提:見えないから磨けない、だった
染め出しは「プラークは無色で見えない。だから見えるようにすれば磨けるようになる」という発想です。理にかなっているし、欧米では広く使われてきました。
ただ、口腔衛生指導のコンプライアンスは50%程度と低いことも知られています。位相差顕微鏡を併用する方法、ビデオ教材、書面——さまざま試されてきましたが、手間がかかるか、効果が長続きしないかのどちらかでした。「場所を教える」だけで、人は行動を変えるのか。そこが検証されていなかったのです。
③今回の一手:見せるものを「場所」から「結末」に変えた
成都の大学病院で、固定式矯正装置を装着する11〜25歳の148人を、コンピュータ生成の乱数で4群にランダム割り付けしました(測定者は割付を知らない単盲検)。全群に通常の口腔衛生指導(改良バス法の口頭指導・プラークの基礎知識・食事指導)を行った上で、上乗せする介入を変えています。
- A群(35人):プラークが溜まった結果として起きる脱灰と歯肉炎の画像を見せる
- B群(32人):染め出し錠を配布し、プラークの位置を見せる
- C群(34人):AとBの両方
- D群(29人):対照(通常指導のみ)
歯ブラシ・歯磨剤は全員に2か月ごとに支給し、結紮は全員ステンレスワイヤーに統一。条件を揃えた上で、PI(プラークインデックス)とGI(ジンジバルインデックス)を毎月の来院ごとに6か月測りました。
④結果:染め出し単独は、対照と差がなかった
対照群と比べたときの差(パラメータ推定値)は、A群 −1.20(95%CI −1.76〜−0.63、P<0.001)、C群 −1.12(−1.69〜−0.56、P<0.001)。はっきりと低い。ところがB群は −0.06(−0.63〜0.52、P=0.852)——統計的に、対照群と区別がつきませんでした。
さらに読みどころは時間経過です。装置装着後、B群と対照群ではPI・GIが最初の3か月で有意に上昇し、その後はプラトーになりました。装置が入ればプラークは増える、という当たり前の現象です。ところがA群とC群では、6か月を通じてベースラインからの有意な上昇が見られませんでした。つまり画像を見た群は、装置による悪化そのものを抑え込んだことになります。
そしてもう一つ。A群とC群の間に有意差はありませんでした(P>0.05)。染め出しを足しても、上乗せ効果は検出されなかったのです。
⑤なぜ「結末の画像」が効いたのか
染め出しが伝えるのは「どこが汚れているか」という位置情報です。一方、脱灰と歯肉炎の画像が伝えるのは「放っておくと自分がどうなるか」という結末の情報。行動を変えるのに必要だったのは、後者だった——著者らはそう読んでいます。
実際、多くの患者さんはプラーク蓄積の帰結を正確には知りません。「歯が白く濁る」「歯ぐきが腫れて出血する」という具体的な絵を見て初めて、それを自分に起こりうる不利益として認識する。医科の他領域でも、合併症の重大性を伝えることがアドヒアランス向上につながる、と報告されています。
副次的な所見も現場感があります。成人は10代よりPI・GIとも良好(PI 0.48[0.13〜0.84]、P<0.001)。女性は男性よりGIが高い(−0.06[−0.11〜−0.01]、P=0.040)——これは性ホルモンの影響と整合します。
⑥明日の臨床へ:染め出しを捨てるのではなく、足す
この結果を「染め出しは無意味」と読むのは早計です。著者自身が但し書きをしています。この研究では、患者さんに歯みがき時や定期チェック時の使用を義務づけていませんでした。渡しただけ、つまり一回きりの教育手段として使われた染め出しが効かなかった、という話です。
実装は驚くほど安価です。脱灰(ホワイトスポット)と矯正中の歯肉炎の口腔内写真を数枚、タブレットかチェアサイドのモニターに用意しておく。装置装着前の説明で見せ、来院ごとに一言添える。コストはほぼゼロ、時間は1分。それで6か月間PIとGIが上がらなかった、というのがこの研究の言い分です。
そして、染め出しは「場所を教える道具」として併用する。この論文で示されたのは順序と役割分担です。まずなぜ磨くのか(結末)を腹に落とし、その上でどこを磨くか(場所)を教える。逆順ではモチベーションが乗らない、ということでしょう。
今日のひとこと
「磨けていない場所を見せる(染め出し)」だけでは、対照群と差が出なかった。差を作ったのは「磨けないとこうなる(脱灰・歯肉炎)という結末の画像を見せる」ことだった。画像を見せた群はPI・GIとも有意に低く、6か月の間ずっと上がらなかった。染め出しを捨てる話ではなく、場所の情報に結末の情報を足す——これが明日からできる一手。


