口腔顔面痛|痛みのある顎関節症がない米国の成人2,737人を追跡し、登録時の問診・診察の41項目のうち、どれが初めての顎関節症の発症を予測したかを調べた前向きコホート研究(Ohrbach ほか 2013・The Journal of Pain)
「顎が疲れる」「こわばる」と言う患者さん。まだ痛みはないけれど、この先顎関節症になるのでしょうか。米国のOPPERA研究は、痛みのある顎関節症がない18〜44歳の2,737人を中央値2.8年追跡し、260人が初めて顎関節症を発症しました(年あたり3.5%)。登録時の問診・診察41項目を調べると、単変量の解析では、痛み以外の顎の症状が3つ以上でハザード比 2.43(95%信頼区間 1.57〜3.74)、口腔習癖の頻度が上位3分の1でハザード比 1.75(1.27〜2.40)。一方、検査者が見つけた関節音・咬耗・開口量と、本人が答えた外傷歴・矯正歴は、発症を予測しませんでした。すべてを同時に入れた多変量モデルで統計的な差が残ったのは、痛み以外の顎の症状と開口・顎運動時の痛みで、口腔習癖はぎりぎり届きませんでした(P=0.052。別の手法のランダムフォレストでは、口腔習癖がいちばん重要な項目)。著者らは「診察所見の影響は少数で、しかも控えめだった」とまとめています。
①まだ痛くない。でも「顎が疲れる」と言う
定期健診で「最近、顎がだるい」「朝こわばる」と言う患者さん。痛みはない。開口量も正常。関節音も触れない。この人は、この先、顎関節症になるのでしょうか。
顎関節症の「なりやすさ」を語るとき、歯科ではよく、関節音、咬耗、開口量、外傷歴、矯正歴といった項目が挙がります。けれど原著によると、症例対照研究で分かってきたのは主にすでに慢性の顎関節症になった人の特徴で、発症を予測する臨床所見はほとんど分かっていませんでした。すでになった人と比べるだけでは、その特徴が発症の前にあったのか、後から出てきたのかは分かりません。
この論文は、米国の大規模研究 OPPERA(Orofacial Pain: Prospective Evaluation and Risk Assessment)の一部です。顎関節症のない人を先に集めて、登録時の問診と診察の結果が、その後の発症と関係するかを追いかけました(2013年・The Journal of Pain)。
・痛みのある顎関節症がない2,737人を中央値2.8年追跡し、260人が初めて発症(年あたり3.5%)
・単変量の解析で発症と関連したのは、痛み以外の顎の症状(こわばり・疲れ・圧迫感など)、口腔習癖の多さ、最近大きく口を開けられなかった経験、開口時の痛み、咀嚼筋の圧痛、本人が自覚する関節音など
・検査者が見つけた関節音・咬耗・開口量と、本人が答えた外傷歴・矯正歴は、発症を予測しなかった
・多変量モデルで統計的な差が残ったのは、痛み以外の顎の症状と診察での開口・顎運動時の痛み。口腔習癖はP=0.052で境界。ランダムフォレストでは口腔習癖がいちばん重要だった
・著者らのまとめは「診察所見で発症に影響したものは少なく、影響も控えめ。本人が訴える症状のほうが影響が大きかった」
②なぜ「なる前」から追う研究が要るのか
顎関節症の成り立ちには、大きく2つの見方がある、と著者らは整理しています。
・局所の組織の損傷:くいしばりなどの習癖や外傷が咀嚼筋・関節を傷め、その結果として痛みと機能の制限が出る
・咀嚼器官の外の調節の乱れ:中枢神経など、痛みを調節する仕組みの乱れがもとにあり、顎の痛みはその表れ。開口制限や関節の症状はその結果
著者らは、両者は対立するものではなく、行き来したり、発症と慢性化で役割が違ったりする可能性があるとしています。どちらがより当てはまるかを調べるには、発症する前に測った特徴と、その後の発症を結びつける必要があります。著者らは、この「時間の前後」が因果を考えるうえでの基本条件の1つだと書いています。
③今回の一手:顎関節症のない2,737人を追いかける
・対象:2006〜2008年に米国4施設で登録した、18〜44歳の地域のボランティア。登録時の診察(RDC/TMDを一部改変した基準)で、痛みのある顎関節症がない人
・登録時に測ったもの:顎の症状と生活への影響(質問票)、口腔習癖(Oral Behaviors Checklist・21項目)、外傷歴、矯正歴、開口量、開口・顎運動時の痛み、咀嚼筋・関節・首・全身の圧痛、触診での関節音、咬耗など、主な41項目
・追跡:2011年5月まで、3か月ごとに質問票。症状を答えた人を再診察し、登録時と同じ基準で判定。最長5.2年、中央値2.8年、計7,404人年
・発症の定義:過去30日のうち5日以上の顔の痛み+診察で筋痛または関節痛
・解析:Cox 比例ハザードモデル。単変量(施設、または施設と性・年齢・人種・米国での居住歴で調整)と多変量。受診しなかった症状ありの243人などは多重代入で補った。加えてランダムフォレスト
結果はハザード比で示されます。発症の起こりやすさを2つの群で比べた比で、1.0なら差なし、1.0より大きければ発症が多い方向です。この記事では、原著が重視した欠測を補ったあとの値を載せます。
登録時の口腔習癖は、21項目の頻度の合計点(0〜84点)で測り、人数で3等分して比べています。上位3分の1は25点以上。著者らによると、21項目のうち17項目を「たまに」、残り4項目を「ときどき」行う人、または7項目を「いつも」行う人がこの線に届きます。
④結果:発症と関連したのは、痛み以外の症状と習癖、そして診察での痛み
代表的な項目の単変量のハザード比を図にしました。
・痛み以外の顎の症状が3つ以上(0個と比べて):2.43(1.57〜3.74)。1〜2個でも 1.96(1.44〜2.65)
・過去1か月に、理由を問わず大きく口を開けられなかった:2.46(1.42〜4.24)
・口腔習癖の頻度が上位3分の1(下位3分の1と比べて):1.75(1.27〜2.40)。中位3分の1は 1.14(0.80〜1.59)で差なし
・咬筋の触診で痛み:右 1.63(1.25〜2.10)、左 1.53(1.17〜1.99)。側頭筋も同じくらい
・過去1か月に関節音を自覚:1.61(1.21〜2.13)
・自力での最大開口時の痛み:1.56(1.19〜2.04)
・過去6か月に顔の痛みがあった人は少数(272人)。軽い痛み(GCPS グレード1)でも 1.68(1.18〜2.37)
「痛み以外の顎の症状」は、過去1か月のこわばり、つる感じ、疲れ、圧迫感、筋肉痛のような感じ、うずき(原語は stiffness, cramping, fatigue, pressure, soreness, ache)の6つを数えたものです。著者らは「主に痛みではない症状」として、発症の判定に使う「痛み」とは分けて尋ねています。登録時に1つ以上あった人は、約6人に1人でした。
⑤結果:症状が多いほど、年あたりの発症率も高い
痛み以外の顎の症状がない人の発症率は年 2.66%、1〜2個で 5.39%、3つ以上で 7.90%。口腔習癖は、下位と中位ではほとんど変わらず(2.61%と2.89%)、上位3分の1で 4.46% に上がっていました。
ランダムフォレストで描いた図でも、痛み以外の顎の症状の数と発症率は、数が増えるほど右肩上がりの関係でした。口腔習癖は、合計点がおよそ20点を超えたあたりから上がっていく形です。
⑥結果:よく挙がる「リスク」の多くは、予測しなかった
ここが、この論文でいちばん臨床の常識を揺さぶる部分です。
・検査者が触診で見つけた関節音:右 1.28(0.96〜1.68)、左 1.01(0.75〜1.33)
・咬耗(切歯〜小臼歯の2mm以上のファセット):1.11(0.75〜1.62)
・開口量:無痛開口・最大開口・強制開口のどれも差なし(標準偏差1つ分あたり 0.96〜1.10)
・顎の外傷歴:1.08(0.68〜1.70)。あくびでの受傷も 1.07(0.47〜2.42)
・長時間の開口での受傷:施設と人口学的因子で調整すると 1.94(1.02〜3.67)だったが、欠測を補うと 1.63(0.81〜3.24)で差なし(59人)
・矯正歴:0.94(0.70〜1.24)
・顎の機能の制限(JFLS:咀嚼・開口・表情や会話):どれも差なし
本人が自覚する関節音は発症と関連したのに、検査者が触診で見つけた関節音は関連しませんでした。外傷歴については、同じOPPERAの症例対照研究では、すでに顎関節症の人は外傷歴を答える割合が高かった(オッズ比 4.2〜8.3)のに、発症前から追うとほとんど関連が見えませんでした。著者らは、その理由の候補として、症状のある人ほど過去の出来事を原因として思い出しやすい偏り(帰属の偏り)を挙げています。一方で、外傷は受傷の直後にだけ関わる、あるいは感作などを通じて遅れて慢性化に関わる可能性もあるとし、登録後に起きた外傷はこの論文では解析していないと書いています。
⑦多変量では、何が残ったか
著者らはまず、たくさんある問診と診察の項目を因子分析で3つの得点にまとめました。顎運動時の痛み(開口・側方・前方運動で痛む筋の数)、触診の痛み(咀嚼筋・関節・首・全身)、関節の症状の既往(関節音・ロック・開けにくさ)です。これに、痛み以外の顎の症状、外傷歴、矯正歴、口腔習癖を順に加えていきました(4つのモデル。どれも施設と性・年齢・人種・米国での居住歴で調整)。
・痛み以外の顎の症状 3つ以上:1.77(1.08〜2.92)。1〜2個:1.55(1.11〜2.17)
・顎運動時の痛み(得点が標準偏差1つ分高いごと):1.20(1.03〜1.40)
・口腔習癖(同):1.14(1.00〜1.31)、P=0.052で境界
・触診の痛み(同):1.14(0.98〜1.34)、P=0.096。症状の項目を加えると差がなくなった
・関節の症状の既往、顔の痛みの強さ、顎の機能の制限、外傷歴、矯正歴:どれも差なし
2つ目の手法、ランダムフォレストでは、項目ごとの「重要度」を出しています。いちばん重要だったのは口腔習癖(重要度100)。次が過去1か月に大きく開けられなかった(34.5)、痛み以外の顎の症状の数(26.5)。4番目の右咬筋の圧痛(9.2)からは大きく下がり、著者らは、はっきりした独立の関係を持っていたのは上位3つだけだとしています。
⑧なぜ、診察より症状なのか:著者らの読み
ここからは著者らの解釈で、この研究で確かめたことではありません。
著者らは、発症を予測したものと、しなかったものの並びが、咀嚼器官の外の調節の乱れという見方に、より合うと考えています。関節音(検査)や咬耗のような局所の変化を示す所見は予測せず、広い範囲の習癖や、痛みとは違う言葉で語られる違和感が予測したからです。
・リスクが上がったのは、習癖の種類がとても多いか、少数の習癖の頻度がとても高い人。それだけの密度の習癖は、運動の抑えが効きにくい、固有感覚の乱れ、心身の反応の続きやすさといった中枢側の乱れを示しているのかもしれない
・痛み以外の顎の症状は、痛みで調整したあとも関連が残った。痛みとは違う神経の仕組みを映している可能性がある
・発症した人は、登録時に開口時の痛みを答えていたが、開口量は発症しなかった人と変わらず、顎の機能の制限もなかった
⑨明日の臨床へ
・この集団では、発症に影響した診察所見は一部で、影響の大きさは小さかった。長く信じられてきた臨床所見の中には、発症をまったく予測しなかったものもある
・より影響が大きかったのは、本人が話す症状。とくに、咀嚼器官の外の乱れを映していそうな症状(広い範囲の口腔習癖、痛み以外の顎の症状)
・過去の外傷、あくびでの受傷、開口時のロックは、発症に寄与しなかった。これは患者さんの病歴でよく出てくる疑問でもある
・問診で「痛み以外」を聞く。「痛いですか」だけでなく、「こわばる・疲れる・押される感じはありますか」。痛みがない段階の違和感が、目印の1つになる
・習癖は「あるか」より「どれだけか」。リスクが上がったのは頻度の上位3分の1。日中のくいしばり、ガムをかむ、物を歯でくわえるといった習癖を、種類と頻度で聞く
・関節音・咬耗・矯正歴だけで「なりやすい」と説明しない。この研究では、これらは初めての発症を予測しなかった
・目印があっても、多くの人は発症しない。症状3つ以上の群でも発症率は年 7.90%(推定値)。不安をあおらず、セルフケアと経過観察の声かけにとどめる
対象は米国の18〜44歳の地域のボランティアで、追跡は中央値2.8年。日本の患者さんや、もっと高い年齢、歯科医院に来る人にそのまま当てはまるとは限りません。予測に使ったのは登録時の1回の測定だけで、その後の変化は解析していないと著者らは書いています。画像検査(MRIなど)は行っておらず、関節円板の状態は評価していません。
症状があっても受診しなかった243人は、多重代入で補っています。41項目もの関連を調べているので、偶然に差が出た項目が混ざる可能性もあります(この点は筆者の補足)。⑤の図の年あたり発症率は、4施設のうち基準施設(バッファロー大学)に合わせた推定値で、研究全体の発症率(年3.5%)とは別の数字です。
著者のうち4人は、疼痛の研究サービス会社の顧問・共同創業者で、株式を保有していると記載されています。
それでも、「なる前」の人を2,700人以上追いかけて、歯科が信じてきた目印の多くを確かめ直した研究です。診察台での所見より、患者さんの言葉に耳を澄ます。その大切さを数字で裏づけてくれる1本です。
今日のひとこと
この研究が示したのは、顎関節症になる前の人では、診察で拾える所見より、本人が話す症状と習癖のほうが発症と強く関連していたということです。痛み以外の顎の症状(こわばり・疲れ・圧迫感など)と、日中の口腔習癖の多さが目印になりました(口腔習癖は多変量ではハザード比 1.14・P=0.052で境界)。検査者が見つけた関節音・咬耗・開口量と、本人が答えた外傷歴・矯正歴は、発症を予測しませんでした。ただし、関連の強さは多変量モデルで痛み以外の顎の症状3つ以上がハザード比 1.77 などで、これだけで発症する人を言い当てられるわけではなく、因果を示したものでもありません。問診で「痛み以外の違和感」と「くいしばりなどの習癖」を丁寧に聞く、その理由をくれる1本です。


