口腔顔面痛|米国の患者団体に登録した顎関節症の患者さん1511人と、その友人57人がウェブのアンケートに答えた調査。併存する病気・痛み・受けた治療の効き目を自己申告で集めた(Hoffmann ほか 2011・Clin J Pain)
顎関節症は「顎の関節と咀嚼筋の病気」として、歯科で診ることの多い病気です。では、患者さん自身はほかにどんな病気を抱えているのか。米国の患者団体に登録した1511人と、年齢・性別をそろえた友人の対照を比べたこの調査では、緊張型頭痛・片頭痛・うつ・慢性疲労・めまい・線維筋痛症などが対照より多く、主な9つの病気・症状のうち持っている数は平均4.5対1.5でした。受けた治療では、温める・冷やす対処で「良くなった」が74%だった一方、ブリッジ・咬合調整・義歯・冠・抜歯・根管治療では27〜36%(歯科以外にも3割台の治療は多くあります)。著者らは、顎関節症は顎に限った病気ではなく、全身にかかわる要素をもつことが強く示唆されると述べています。
①「顎が痛い」患者さん、顎だけを見ていませんか
口が開きにくい、顎がカクカク鳴る、噛むと顎の周りが痛い。顎関節症は、歯科医院で出会うことの多い痛みの病気です。診察はどうしても、顎の関節と咀嚼筋、そして噛み合わせに目が向きます。
けれど、患者さんの話をよく聞くと「頭痛もひどくて」「ずっと疲れていて」「眠れない」と、顎の外の話が出てくることがあります。これはたまたまなのか、それとも顎関節症という病気の一部なのか。
この論文は、米国の患者団体に登録した顎関節症の患者さん1511人に、併存する病気・痛み・受けた治療をウェブで答えてもらい、友人の対照と比べた調査です(2011年)。
・顎関節症の患者さんは、緊張型頭痛・片頭痛・うつ・慢性疲労・めまい・線維筋痛症などの診断を受けた人が、年齢・性別・学歴をそろえた友人の対照より多かった
・主な9つの病気・症状のうち持っている数の平均は4.5対1.5。約3分の2が3つ以上を抱えていた
・受けた治療で「良くなった」と答えた人は、温める・冷やす対処が74%。ブリッジ・咬合調整・義歯・冠・抜歯・根管治療は27〜36%にとどまった
・顎の手術を受けた394人では、関節や骨に手を加える手術で「悪くなった」が46%だった
②顎関節症は「あいまいな病気」だった
論文によると、顎関節症を抱える米国の成人は1000万人から3600万人と推計に大きな幅があります。決まった分類と定義がなく、研究によって有病率がばらつくためです。1996年の米国国立衛生研究所(NIH)の会議は、顎関節症を「顎の関節と咀嚼筋、その周りの組織にかかわる、医科と歯科の病気の集まり」と定義しました。
症状は、軽い痛みで自然に治まるものから、治りにくい痛みと顎の機能障害が続いて生活に大きく差し支えるものまで幅広く、患者さんの多くは女性です。近年は、遺伝子・性別・年齢・環境・行動がかかわる性質の違う病気の集まりであり、顎の外の全身の病気と結びついている可能性も指摘されてきました。
ただ、それを患者さん側から大人数で数えたデータは乏しかった。著者らは、患者さん自身の経験から、顎関節症に伴う症状の広がりと治療の実際を描き出すことを目的に、この調査を行いました。
③今回の一手:患者団体の登録者に、ウェブで聞いた
調査の舞台は、米国の非営利の患者団体 The TMJ Association の登録簿です。登録者10,000人に電子メールで案内を送り、実際に届いたと推定される約3,500人のうち43%にあたる1511人が回答しました。回答者は女性が90%(1358人)、平均41歳です。
比べる相手は、回答者が誘った同性・年齢の近い(±5歳)友人で、顎関節症ではない57人です。友人を対照にしたのは、生活習慣や経済状況の似た人と比べるためです。比較では年齢・性別・学歴をそろえ、対照1人に患者4人を組み合わせました。対照が少ないので、対照の有病率を米国の国民健康栄養調査(NHANES 2003-2004)の同じ年齢・性別の値とも照らし合わせています。
・併存する病気は、132項目の一覧から「診断されたことがあるか」を聞き、顎関節症の症状が始まる前か後かも答えてもらった
・すべて自己申告。医療記録や診察では確かめていない
・顎関節症の診断は、回答者の申告で歯科医師73.6%・医師21.8%によるもの
④結果:痛みは若いうちに始まり、長く続いていた
痛み始めた年齢は平均25歳。女性の約3分の1、男性の約4分の1は、18歳より前に痛み始めていました。顎関節症と診断されたのは、痛み始めから平均4年後(中央値は1年)です。
痛みの強さは、最初の時点で8割が4以上(平均6.6)、最近4週間でも53%が4以上(平均4.3)。最近4週間の痛みが「中等度」か「重度」だった人は、女性で62.5%、男性で60.2%(表2の中等度と重度の合計)と約6割でした。23%は痛みが仕事に大きく差し支えたと答え、著者らは約20%が顎関節症の痛みのために仕事を辞めるか変えることになったとも書いています。男女の差は、どの項目にも統計的な差がありませんでした。
原因だと思うことを聞くと、多かったのは外傷(65%)・ストレス(49%)・食いしばり(47%)。関節炎(17%)、矯正治療(11%)、歯の問題(9%)、遺伝(9%)が続きました。
⑤結果:頭痛・うつ・疲労が、友人より多かった
ここがこの論文の中心です。友人の対照と比べた結果を示します。
緊張型頭痛は約68%対約24%、片頭痛は約49%対約14%、うつは約44%対約21%、慢性疲労は約41%対約7%。上のグラフに載せなかった項目でも、顎関節のクリック音、慢性の痛み、アレルギー、変形性関節症、自己免疫の病気、飲み込みにくさは患者さんで有意に多く、過敏性腸症候群と睡眠時無呼吸も患者さんで多めでした(この2つは、原著の図では有意差の印が付いていません)。
患者と対照の有病率の比にすると、片頭痛で約3.5、うつで約2です(図から読み取った割合で計算した概算。対照は57人と少ないため、小さい割合ほど幅が大きくなります)。
病気は1つでは終わりませんでした。主な9つの病気・症状(片頭痛、緊張型頭痛、うつ、変形性関節症、慢性疲労、めまい、耳鳴り、胃腸の症状、アレルギー)のうち持っている数の平均は、患者4.5対対照1.5。この差は年齢とともに少しずつ広がっていました(1歳ごとに0.05ずつ)。著者らは、約3分の2の患者さんが主な併存症を3つ以上抱えていたと述べています。
もう1つ、こちらは対照との比較ではなく、同じ患者さんの中で、顎関節症の症状が始まる前と後を比べたものです(上の有病率の比とは別の数字です)。患者さんの申告では、どの病気も発症後のほうが多く、発症後の有病率を発症前で割った比は、線維筋痛症8.8、三叉神経痛8.0、飲み込みにくさ6.3で高く、片頭痛3.7、緊張型頭痛2.6、アレルギー1.8で低めでした(本文の値。著者らの表現では「fold」。片頭痛は、原著Figure 1の棒から計算すると約2.8で、本文と合いません)。
対照の57人は偏っていないのか。著者らは対照の有病率を国民健康栄養調査と比べています(対照対全国)。慢性の痛み35%対27.2%、「重い頭痛・片頭痛」24%対22.3%(この項目はグラフの片頭痛とは別の聞き方の数字です)、変形性関節症14.0%対8.6%。一方、耳鳴りは対照10.5%・全国26.4%と大きく違いました。著者らは「似ていた」として、結論の妥当性を支えるものと位置づけています。
⑥結果:歯への処置で「良くなった」は27〜36%
次は、受けた治療の効き目です。患者さんが「症状が良くなった」と答えた割合を、受けた人の中で数えています。
いちばん多く使われ、いちばん「良くなった」が多かったのは、顎を温める・冷やす対処(受けた人65%、良くなった74%)。平面型のスプリント(52%・56%)、顎の運動療法(60%・49%)が続きます。46種類の治療が挙がり、ヨガや頭蓋仙骨療法なども含まれますが、受けた人は2割未満です。
歯科の目で見たいのは、オレンジの6本です。ブリッジ36%、咬合調整34%、義歯32%、冠をかぶせる31%、抜歯28%、根管治療27%。顎関節症の治療として受けた人のうち、良くなったと答えたのは27〜36%にとどまりました。ただし、心理療法35%・精神科の治療34%・磁気療法27%・アロマセラピー27%など、歯科以外にも3割台の治療は多く、歯への処置だけが特に低いわけではありません。温める・冷やす、スプリント、顎の運動が上位に並んだ、と読むのが素直です。
薬は、回答した1066人のうち、消炎鎮痛薬73.3%、市販の鎮痛薬56.0%、抗うつ薬50.5%、オピオイド48.3%、抗不安薬40.8%、筋弛緩薬40.3%が処方・使用されていました。
顎の手術を受けた人は394人。うち15.5%は10回以上の手術を受けていました。関節洗浄や関節鏡のような負担の小さい手術では、54%が良くなった、17%が変わらない、26%が悪くなったと答えています。関節や骨に手を加える手術(下顎頭切除、関節円板の処置、顎骨の骨切りなど)では、何らかの改善が32%(大きな改善は6%)、変わらないが28%、悪くなったが46%でした。
⑦なぜ、顎の外にまで広がるのか
この調査は原因を調べたものではありません。そのうえで著者らは、次のような見方を示しています。
1つ目は、全身の痛みの感じやすさです。先行研究では、顎関節症は線維筋痛症・過敏性腸症候群・慢性骨盤痛などと同じく、全身の痛みの感受性が高まった状態の一部かもしれないと考えられてきました。痛みの感じ方にかかわる遺伝子(COMT遺伝子など)の多型が、いくつもの痛みと関連するという報告もあります。顎関節症から慢性の痛みに移った人が、線維筋痛症に伴う広い範囲の痛みも発症するという前向きコホート研究も引かれています。
2つ目は、一部の患者さんでの免疫のかかわりです。顎関節症の診断より前からアレルギーを持つ人が多かったことから、著者らは、一部の患者さんでは自己免疫が原因にかかわっている可能性を挙げています。
こうした観察から著者らは、顎関節症は顎に限った病気ではなく、全身にかかわる要素をもつことが強く示唆されるとし(これは著者らの見立てで、この調査が証明したものではありません)、医科と歯科の枠を越えた研究と、見方の大きな転換が必要だと結んでいます。
⑧明日の臨床へ
この調査は治療の効果を比べた臨床試験ではなく、患者さんの自己申告を大人数で集めた記述の研究です。そのうえで、筆者の読みとして持ち帰れそうなことを挙げます。
・歯を削る・抜く前に、保存的な対処から。この調査で「良くなった」が多かったのは温める・冷やす、スプリント、顎の運動。ブリッジ・咬合調整・義歯・冠・抜歯・根管治療は27〜36%だった
・「顎関節症のための歯の処置」は慎重に。歯に原因がはっきりある場合は別として、顎の痛みを歯の処置で解決しようとしていないか、一度立ち止まる
・重なりが多い人は、医科と一緒に診る。頭痛・うつ・線維筋痛症などは、歯科だけで抱えずに紹介先を持っておきたい
⑨ここだけ、冷静に補助線
すべて自己申告で、顎関節症や併存症の診断、治療の効き目を診察や記録で確かめていません。治療の「良くなった」は比べる群のない感想で、自然に良くなった分や、重い人ほど多くの治療を受けた影響も区別できません。
対照は友人57人だけで、比較に使える患者数も限られます。原著の図には数値が書かれておらず、本記事の⑤の割合は図から読み取った概数です。本文で解析に使ったと書かれている条件付きロジスティック回帰のオッズ比は、数値が示されていません。
また、原著の中で数値が合わない箇所があります。要旨では温める・冷やす対処で良くなった人を「91%」としていますが、表と本文では74%です。本記事は表の値を載せています。ほかに、変形性関節症の対照の有病率は本文14.0%に対して図からは約10%、片頭痛の発症前後の比は本文3.7に対して図からは約2.8と、本文と図が合いません。共著者の1人は調査を行った患者団体の所属です(ここは筆者の補足です)。
それでも、顎関節症の患者さんが顎の外に何を抱え、どんな治療を受けてきたかを、1500人規模の声で初めて数えた調査です。「顎の痛み」を前にしたとき、顎の外まで問診を広げる。その一手の根拠になる1本です。
今日のひとこと
この調査が示したのは、顎関節症の患者さんの多くが、顎の外にも頭痛・うつ・疲労などの病気を重ねて抱えているということです。主な9つの病気・症状のうち持っている数は平均4.5で、友人の対照の1.5を大きく上回りました。そして、ブリッジ・咬合調整・義歯・冠・抜歯・根管治療で「良くなった」と答えた人は27〜36%。歯科が持ち帰れるのは、顎の痛みの問診に頭痛・睡眠・気分を加え、歯を削る・抜く前に保存的な対処から考えることです。自己申告の調査なので、数字は「重い患者さんの声」として読みます。


