口腔顔面痛|慢性の痛みに対する心理学的な治療を、自己調整・行動療法・認知行動療法(CBT)・受容とコミットメント・セラピー(ACT)の4つに分けて整理したナラティブ総説(Kerns ほか 2011・Annual Review of Clinical Psychology)
処置をしても消えない顎や歯の痛み。痛みを「取る」手が尽きたとき、次に何ができるのか。この総説は、慢性の痛みに対する心理学的な治療を自己調整・行動療法・認知行動療法・ACTの4つの枠組みに分けて整理しました。土台にあるのは、痛みを体の傷だけでなく、考え方・気持ち・行動・周囲の反応まで含めて捉える生物心理社会モデルです。4つに共通するのは、痛みの感覚そのものだけでなく、痛みへの反応(体・考え方・気持ち・行動)と生活に働きかけることです(筆者のまとめ)。総説が紹介した研究では、頭痛へのバイオフィードバックの効果量は平均して中〜大で、効果は治療後およそ15〜17か月続いていました。一方で、CBTはプログラムによって中身が大きく違い、何が効いているのかはまだはっきりしない、と著者らは課題も挙げています。
①処置で消えない痛みに、次の一手はある?
顎関節症の痛みが何か月も続く。根管治療も咬合調整もしたのに、歯の痛みが残る。こうした長引く口腔顔面痛を前にすると、歯科医師はつい「まだ取り切れていない原因」を探して、次の処置を考えがちです。
でも、痛みの研究は半世紀かけて別の見方を育ててきました。長引く痛みは、体の傷だけで決まるものではないという見方です。そして、その見方から生まれたのが心理学的な治療です。
今回の論文は、慢性の痛みに対する心理学的な治療を、心理学の専門誌(Annual Review of Clinical Psychology)で整理したナラティブ総説です(2011年・米国)。著者らは、米国退役軍人省(VA)のコネチカット医療システムとイェール大学精神医学講座に所属する研究者です。
・慢性の痛みに対する心理学的な治療は、自己調整・行動療法・認知行動療法(CBT)・受容とコミットメント・セラピー(ACT)の4つの枠組みに整理できる
・4つはどれも、痛みの感覚そのものだけでなく、痛みへの反応(体・考え方・気持ち・行動)と生活に働きかける(筆者のまとめ)
・どの枠組みにも裏づけとなる研究があるが、CBTはプログラムによって中身が大きく違い、何が効いているのかはまだはっきりしないと著者らは書いている
・歯科に関わる記述は多くない。総説が紹介した催眠療法のメタ解析の対象に顎関節の痛みが含まれ、CBTの効果の仕組みを調べた研究として Turner らの報告(慢性の顎関節症の痛みのRCT)が引かれている程度
②なぜ「心理」なのか:痛みの強さは、病気の重さと一致しない
急な痛みは、体の傷を知らせる警報です。傷が治れば、たいてい消えます。ところが、治るはずの時期を過ぎても続く痛みは、ほとんど役に立たないまま、生活と心を大きく傷つけます。著者らは、関節炎のような病気でさえ痛みの強さは病気の重さと確実には結びつかない、と書いています。
総説が紹介した報告では、慢性の痛みの世界の有病率は平均しておよそ20%。米国では2003年、頭痛・腰痛・関節炎などのありふれた痛みで失われた労働時間の損失が612億ドルと見積もられていました。
こうした痛みを説明する枠組みとして、この半世紀で主流になったのが生物心理社会モデルです。出発点は1965年の Melzack と Wall の「ゲートコントロール理論」。末梢から上がってくる痛みの信号は、脳からの気持ちや考えの影響で強くも弱くもなる、という考え方でした。
その後の研究で、痛みと生活の支障を長引かせる要因として、次のものが強く、繰り返し結びつくことが分かってきました。
・恐怖回避:痛みが怖くて、体を動かすこと自体を避ける
・自己効力感の低さ・コントロール感の無さ:自分では痛みをどうにもできない、と感じる
・受け身の対処:痛みを誰か・何かに取ってもらうのを待つ
・加えて、不安・抑うつ・怒りといった否定的な感情、周囲の反応(同情、役割の肩代わり、休業の補償、処方薬など)
心理学的な治療は、これらの要因に働きかけます。著者らによれば、1960年代の終わりから効果を示すデータが出はじめ、頭痛・腰痛・関節炎など多くの痛みで研究が積み重なってきました。
③今回の一手:4つの枠組みで整理する
著者らは、以前に自分たちが行った慢性腰痛の心理的介入のメタ解析の分け方を使い、心理学的な治療を4つに整理しました。
ここから1つずつ見ていきます。数値が出てくるときは、総説が紹介した個別の研究の結果です。この総説自体が新しくデータを集めたわけではありません。
④自己調整:体と気持ちを「自分で整えられる」感覚を育てる
心と体はつながっていて、長く続く心の乱れが体の痛みを強め、体の痛みが心を乱す。自己調整は、この輪のどちらかに手を入れて、「自分では変えられない」と思い込んでいる体と気持ちの状態を自分で動かせる感覚を育てる方法です。総説は4つを挙げています。
・リラクセーション:腹式呼吸・漸進的筋弛緩法・イメージ法で緊張を下げる。片頭痛・筋骨格系の痛み・腰痛で効果を示した研究がある
・催眠療法:誘導された暗示で注意の向け方を変え、痛みの体験そのものを変える。総説が紹介した、がんの痛み・腰痛・関節炎・顎関節の痛み・線維筋痛症などを含む13の対照試験のメタ解析で、全体として良好な裏づけがあった。ただし、対照試験の数自体がまだ少ないことも指摘されている
・マインドフルネス瞑想:痛みの感覚と、それに続く「過去や未来へ飛ぶ考え」を切り離し、今の感覚をそのまま観察する。Kabat-Zinn の初期の研究では痛みの強さ・気分・不安・活動量が改善し、のちのメタ解析でも慢性の痛みを含む健康問題への効果が示された
⑤行動療法:痛みが「行動」として学習され、固定されるのを断つ
行動療法の土台は、ほめられた行動は増え、報われない行動は減るというオペラント条件づけです。長引く痛みでは、うめく・ため息をつく・痛みの話ばかりする・かばって動くといった「痛み行動」が、周囲の同情や役割の肩代わりで知らず知らず強められていきます。
その先にあるのが「使わない症候群」。痛み行動が体を動かす機会を減らし、体力が落ち、痛みが悪化し、肥満などほかの病気のリスクまで高まります。痛みが怖くて動けない恐怖回避も、同じ輪を回します。
・恐怖回避への曝露療法:怖くて避けている動きに、計画的に少しずつ取り組む。総説が紹介した試験(Woods と Asmundson 2008。対象は慢性の背部痛=参考文献の題名から)では、段階的な活動や順番待ちの対照と比べ、動くことへの恐怖・破局的思考・不安・抑うつの尺度が、そのどちらか、または両方より有意に大きく改善した
⑥認知行動療法(CBT):考え方と行動の両方を変え、対処の技を身につける
CBTは、うつ病や不安症のために生まれ、不眠や慢性疲労症候群などにも応用されてきた治療で、慢性の痛みにも広く使われています。最初は行動療法(オペラント)が中心で、のちに「否定的な自動思考に気づき、より役立つ考えに置き換える」認知の要素が加わりました。
総説は、CBTが順番待ちの対照や別の積極的な治療と比べて、さまざまな慢性の痛みで有効だったと、複数の系統的レビューを引いてまとめています。
一方で著者らは、率直に課題も書いています。プログラムによって中身が大きく違い、どの仕組みが改善を生むのかははっきりしない。そこで、効果の「橋渡し(媒介)」を調べる研究が行われました。総説が「Turner らの2つのRCT」として紹介した研究では、痛みを自分で制御できる感覚・自己効力感・破局的な考えの改善が、生活の支障などの結果の改善を媒介していました。また、治療の効果は開始時の患者さんの特徴であまり変わらず、著者らは「どの患者さんも助けられる可能性がある」と読んでいます(総説の表現は「2つのRCT」ですが、2本はいずれも慢性の顎関節症の痛みを対象にした同じRCTの報告で、2006年が効果、2007年が媒介の解析です。対象は参考文献の題名とPubMedの抄録で確認しました。効果を報告した2006年の論文は別記事で解説しています)。
もう1つの課題は、受けられる場所が限られること。総説では、農村部に住む人が都市部の専門施設に通えない問題を挙げ、電話・インターネット・テレビ会議でCBTを届ける試みを紹介しています。予備的な結果は良好ですが、対面の治療と比べる試験はこれから、という段階でした。
⑦ACT:痛みと格闘するのをやめ、大切なことを続ける
4つ目の受容とコミットメント・セラピー(ACT)は、CBTと向きが違います。CBTが考えや感覚を「うまくコントロールする」ことを教えるのに対し、ACTは考えや気持ちを変えようとせず、そのまま眺め、自分の価値に沿って行動することを重視します。
ACTの考え方を一言でいえば、「痛みは痛い。でも苦しみを生むのは、痛みとの格闘のほうだ」。原因も分からず、取り除く努力も実らない慢性の痛みでは、痛みを抑えようとし続けることがかえって仕事や家族との時間を奪い、苦しみを増やしてしまう、という見方です。
・受け入れは、痛みの強さとは別に、生活機能の予測因子だった
・受け入れの2本柱は、痛みを感じてもかまわないと思えることと、痛みがあっても大切な活動を続けること(受け入れの質問票 CPAQ の研究)。この研究では、受け入れと痛みの強さに相関は無く、「痛みが軽い人ほど受け入れやすい」わけではなかった
・実験では、受け入れの技法のほうが、注意をそらす方法や考えを置き換える方法より、急な痛みへの耐性を高めた
ただし著者らは、ACTの結果を「有望」と表現し、誰に・どんな状況で受け入れが役立つのかは、さらに研究が要るとしています。
⑧特別な話題:痛みは「誰の痛みか」で評価も治療も変わる
総説の後半は、痛みの評価と治療の格差です。痛みは本人の申告に頼るため、評価する側の思い込みが入りやすい、と著者らは指摘しています。
・子ども:総説が紹介した系統的レビュー(18研究。メタ解析は主に頭痛の試験)では、頭痛にはリラクセーションとCBTが痛みの強さと頻度を大きく減らした。一方で、気分・機能・生活の支障への効果を判断するには証拠が足りなかった
・高齢者:地域では半数を超えることも多く、施設では最大80%が長引く痛みを抱える。軽い痛みには鈍くなる一方、強い痛みへの耐性は下がる。認知症で痛みを言葉にできない人には、表情や声などの行動で評価する道具が作られている
⑨明日の臨床へ:歯科が持ち帰れること
この総説は心理学者向けに書かれたもので、歯科の話はほとんど出てきません。そこで、総説に書かれている範囲と、そこからの筆者の読みを分けて書きます。
総説に書かれている範囲
・心理学的な評価(痛みの強さ・生活の支障・気持ちへの影響)は、包括的な痛みの評価の一部として広く推奨されている
・口腔顔面領域の記述は、催眠療法のメタ解析の対象に顎関節の痛みが含まれていたことと、CBTの効果の仕組みを調べた研究として Turner らの報告が引用されていること(総説の表現は「2つのRCT」だが、いずれも慢性の顎関節症の痛みを対象にした同じRCTの報告。対象は参考文献の題名とPubMedの抄録で確認)に限られる
・著者らは結論で、心理学的な介入の情報を最前線で痛みに向き合う医療者へ広げることが大切だと書いている
ここからは筆者の読み(総説が歯科について述べたことではありません)
・「取ってあげる」一辺倒の説明を見直す。受け身の対処を強める声かけより、セルフケアや生活の工夫など患者さん自身ができることに目を向ける説明のほうが、総説の方向性と噛み合う
・処置を重ねる前に、つなぐ先を考える。心理学的な治療そのものは、訓練を受けた専門家が行うもの。長引く口腔顔面痛では、口腔顔面痛の専門外来や、心理職を含む多職種のチームへの紹介を選択肢に入れておきたい
⑩ここだけ、冷静に補助線
数値はすべて総説が紹介した個別の研究やメタ解析の結果で、対象の多くは頭痛・腰痛・がんの痛みなど、口腔顔面痛以外です。歯科の患者さんにそのまま当てはまるかは、この総説からは言えません。
また2011年の総説なので、その後に増えたACTや遠隔でのCBTの試験は含まれていません。著者らの所属は米国退役軍人省で、紹介例にも退役軍人の医療の話がいくつか出てきます(ここは筆者の補足です)。
それでも、「長引く痛みは体の傷だけでは決まらない」という見方と、それに基づく治療の地図を1枚にまとめた総説です。処置で消えない痛みを前にしたとき、次の一手が「もう1つの処置」だけではないことを思い出させてくれる1本です。
今日のひとこと
この総説が整理したのは、慢性の痛みに対する心理学的な治療は1つではなく、自己調整・行動療法・認知行動療法・ACTという狙いの違う4つの枠組みがあるということです。どれも痛みの感覚そのものだけでなく、痛みへの反応と生活に働きかけます(筆者のまとめ)。歯科が持ち帰れるのは、長引く口腔顔面痛では、痛みの強さだけでなく、考え方・行動・生活への支障にも目を向けるという視点。治療そのものは訓練を受けた専門家の仕事なので、歯科の役目は気づくことと、つなぐことです。


