口腔顔面痛|歯の除神経(多くは根管治療)や抜歯のあとに残る原因不明の持続痛「ファントムトゥースペイン(PTP)」について、定義・提案された診断基準・疫学・鑑別・治療を、幻肢痛と脱求心性疼痛の枠組みから整理したナラティブ総説(Marbach & Raphael 2000・Pain Medicine・ニュージャージー医科歯科大学)
根管治療を終えた歯が鈍く痛み続ける。再治療しても変わらない。X線にも検査にも所見がない——。この総説は、そこでファントムトゥースペイン(PTP)を鑑別に入れてほしいと訴えます。歯髄を取り除いた歯や、抜いた歯があった場所に残る脱求心性(deafferentation)による神経障害性の持続痛です。著者らは、当時ばらばらに使われていた「非定型顔面痛」という呼び名を退け、7項目の診断基準を改訂して提案しました。特徴は、持続する鈍い深部痛、睡眠は妨げられない、起床直後に数秒〜数分だけ無痛の時間がある、治療部位の上の皮膚に痛覚過敏の点がある、そしてX線・検査で他の原因が示唆されないこと。疫学は弱く、根管治療を受けた436人の調査から外挿した発生率が3〜6%、PTPと確認された人は全員が治療前から歯が痛かった(集団全体では75%)という記述にとどまります。ただし治療については明快です。再根管治療も根尖切除も抜歯も痛みを取らず、むしろ痛みを強め、三叉神経内で広げうる。バイトプレートや咬合調整にPTPへの有効性を示す文献は、症例報告すら存在しません。これはランダム化比較試験ではなく、著者の臨床経験と他疾患からの推論を含む2000年のナラティブ総説です。
①神経を取ったのに、まだ痛い。X線は異常なし
根管治療を終えた歯が、数か月たっても鈍く痛み続ける。再根管治療をしても変わらない。X線を撮っても、根尖にも歯根にも説明のつく所見がない。患者さんは「この歯を抜いてください」と言う——。
こういう場面で、この総説はひとつの診断名を鑑別に入れてほしいと訴えます。ファントムトゥースペイン(phantom tooth pain=PTP)。歯髄を取り除いた歯、あるいは抜いた歯があった場所に残る、脱求心性(deafferentation)による神経障害性の持続痛です。
結論を先に言います。PTPであれば、再根管治療も根尖切除も抜歯も、その部位を痛みから解放しません。それどころか、処置や外科的介入は痛みの強さを増し、三叉神経内での痛みの広がりを大きくすることがあります(原著の記述)。著者らは、この病態を「存在する、ひとつの独立した疾患」として認識することが第一歩だと書いています。
・何の論文か:ランダム化比較試験ではなく、当時の知見をまとめたナラティブ総説。PTPの臨床像・鑑別・疫学・治療を整理し、改訂した診断基準を提案している
・したがってここに出てくる数字は、この論文が引用した個々の研究の値であって、この論文が新たに測ったものではない
②「非定型顔面痛」という名前が、困りごとだった
顔面痛の分類は、半世紀にわたって整理がつかないままでした。広く受け入れられた分類がないため、同じ病態にいくつもの名前が付けられてきた。そのうえ「非定型顔面痛(atypical facial pain=AFP)」のようなくずかご的(wastebasket)なカテゴリーがよく使われ、異質な顔面痛がそこにまとめて放り込まれてきた、と著者らは書きます。
・同じ期間、「atypical facial pain」の見出しでは175本(うち70本が1990年以降)
・国際疼痛学会(IASP)の Merskey は、分類から AFP を「意図的に退けた(deliberately rejected)」。そのうえで、顎関節症・非定型歯痛といったより具体的な診断名で定義し直すことを勧めた
・それでも AFP は臨床記録に残り続け、「医学的に説明できない慢性顔面痛」の婉曲表現として使われている
名前が曖昧だと何が困るか。著者らは、信頼できる診断ができない、治療の選択が一貫しない、病因研究が進まない、と整理します。実例として、ある著者が「非定型顔面痛の患者への治療は、本質的にうつ病への治療である」と書いていることを挙げ、その結論は現代の顔面痛の診断基準より前の文献に基づいていると指摘しています。
著者らの立場ははっきりしています。臨床像と病因の均質性が高い用語(=PTP)を使おう。そして AFP は、「歴史的関心事に格下げするのが最善かもしれない」。
③定義と、提案された7つの診断基準
PTP は、除神経された歯(多くは根管治療)に続く持続性の歯痛、または抜歯前に歯があった部位の痛みです。痛みはしばしば、脱求心性を受けた組織に隣接する顔面の構造にまで広がります。口腔顔面領域の幻の痛みでは最も多い形で、目・鼻・耳・舌の幻の痛みの報告もあります。
「歯が無くなったのに痛い」だけでなく「歯はそこにあるのに、神経だけが絶たれていて痛い」という形を取りうるのが、四肢の切断と大きく違う点です。歯は神経だけを完全に取り除いても、歯そのものは残せる数少ない構造だからです。
著者らは、1992年版の基準を改訂して次の7項目を示しました。改訂の狙いは、症候群を網羅的に記述することではなく鑑別診断を助けることにあります。
1. 痛みが顔面にある、または歯痛として訴えられる
2. 痛みは持続する鈍い深部痛と表現される(10%未満の患者が、その鈍痛に重なる突発的な鋭い痛みをときどき訴えるが、鋭い痛みは基準を満たすのに必須ではない)
3. 睡眠から目覚めたときに、短い(数秒〜数分)無痛の時間がある。それ以外に無痛期はない
4. 根管治療・抜歯、または顔面に関連する外傷・医療処置の後1か月以内に痛みが発生する(または続く)
5. 治療した部位の上(多くは顔面の皮膚、ときに口腔内)に痛みの閾値が著しく下がった部位(痛覚過敏)があり、その周りを、より軽い痛覚過敏の広い領域が取り囲むことが多い
6. 睡眠は痛みや他の幻の感覚で妨げられない
7. X線・臨床検査で、他の痛みの原因が示唆されない
注:有病率に性差はない。乳歯の喪失は PTP を起こさない
基準3と基準6は、現場で使いやすい問診の手がかりです。「夜、痛みで目が覚めますか」に「いいえ」、そして「朝起きたとき、少しの間だけ痛くない時間がありますか」に「はい」。ここからは筆者の補足ですが、この組み合わせは、炎症性の歯痛で思い浮かべる経過とは違う顔をしています。
④どれくらい起きるのか
疫学は不十分だ、と著者ら自身が断っています。診断基準がまだ改訂の途上にあり、均質な集団を定義しきれていないからです。口腔内の断端痛(intraoral stump pain)という概念が形になったのは1996年と、ごく最近のことでした。そこで、四肢の幻肢痛から分かっていることを補助線にします。
幻肢痛については、2年後に59%という報告、n=2694 の大規模調査で78%という報告もあり、切断からの時期によって大きくばらつきます。複数の研究者が、時間とともにゆるやかに減っていくことを報告しています。
では歯は——。根管治療を受けた436人を調べた単一の研究では、7%が治療後1か月を超えて痛みが続いたと答えました。そのうち直接診察できた11人中8人が PTP の基準を満たしました。この部分集団から外挿した根管治療後の PTP の発生率は 3〜6%で、男女差はありませんでした。
この図は、幻肢痛で知られている「切断前の痛みが、切断後の幻肢痛の主要なリスク因子」という所見と、歯でも一致します。ほとんどの根管治療は歯痛が先行して行われるのだから、根管治療後の幻の痛みのリスクは相対的に高いはずだ——著者らはそう推論しています。
・複数回の根管治療を受けた人ほど、より重く広範な PTP のリスクが上がる(原著はとくに、気づかれていない PTP を治そうとした的外れな追加治療の場合を挙げている)
・抜歯後の PTPについては、利用できる報告が無い
・報告が少ない理由として著者らが挙げるのは、①認識されていないための過少報告、②歯は四肢に比べて関わる神経組織の量が少ないこと、③ニューロマトリクス理論から予測される「健康な歯は感覚のフィードバックが少ないので、幻の痛みも少なくなる」こと
⑤なぜ起きるのか——脱求心性という考え方
神経が傷ついた直後、軸索は発芽(sprouting)します。この新しい芽は元の神経と本質的に違い、自発的に、あるいは機械的・化学的・温度・代謝(虚血)の刺激で活動電位を出しやすい状態にあります。芽が適切な受容器につながれば電気的性質が安定し、過興奮性は収まります。ところが根管治療を受けた歯では、受容器との接触は永久に絶たれています。脱求心性が永続的な状態になる——これが PTP の土台です。
動物のデータでは、歯髄の切断は根尖の病変を作るだけでなく、他の神経損傷と同じように中枢神経系を変化させ、持続する痛みを生むことが示唆されています。この中枢の「発生源(generator)」こそ、末梢に効くはずの鎮痛手段が効かない理由を説明しうる、と著者らは述べます。ただし原著は同時に、中枢の発生源から生じた痛みを保ち続けるために、末梢の病変が必要である可能性は否定されないとも書き添えています。
・いらだった侵害受容器:解剖学的には無傷だが生理学的に異常な一次求心性侵害受容器が、痛み伝達ニューロンの中枢性感作を介して機械的アロディニアを生む
・C線維の広範な変性とアロディニアが併存するタイプ
・持続痛と感覚脱失があり、アロディニアは無いタイプ=anesthesia dolorosa。脱求心性による中枢の痛み伝達ニューロンの活動状態の変化が関わる
ヒトでは複数の機序が同一個人に同居し、シナプスの再編成によって時間とともに移り変わる可能性がある
もうひとつの枠組みが Melzack のニューロマトリクス理論です。私たちが感じる身体の感覚は外部の刺激が「引き金を引く」だけで、作り出しているのは脳である。だから入力が絶たれても感覚は生まれうる、という考え方です。脱求心性によって中枢への入力が失われると局所的な異常神経活動が生じ、損傷部位の近くの組織や、交感神経連鎖の内臓感覚神経、より高次の心理・神経的な過程が、長い発火を引き起こす——そう説明されます。
⑥見分ける——三叉神経痛・筋筋膜痛と何が違うか
PTP は、顎関節症(TMJ)・三叉神経痛・副鼻腔炎・合わない義歯と取り違えられやすい、と著者らは挙げます。確定診断のための検査もX線も無く、しかも歯科医師は「客観的な所見」を頼りにする訓練を受けているため、誤った方向の介入と、正しい診断までの長い遅れが生まれやすい。
・筋筋膜性顔面痛(いわゆる TMD の筋痛):PTP と同じく持続する鈍い痛みだが、痛みが顔面の筋に限局していれば PTP は除外される。ただし PTP に併存したり、PTP に続発したりすることはある
・年齢と性別も手がかり:60歳男性に最近生じた顔面痛なら、顎関節症は考えにくい(顎関節症は若い女性に多い)。三叉神経痛・側頭動脈炎・PTP が候補に残り、根管治療の直後に始まったのであれば PTP の可能性が高まる
⑦治療——効くと言われているもの、効かないもの
ここが、この総説のいちばん正直なところです。PTP を直接の対象とした対照臨床試験は、当時ほとんどありませんでした。そのため著者らは、三叉神経痛・帯状疱疹後神経痛など、より研究の進んだ神経障害性疼痛からの推論として治療を語ります。「PTPで試された証拠」と「他の神経障害性疼痛での証拠」は別物——この区別を持って読む必要があります。
・ガバペンチン:PTP でのランダム化比較試験は無いが、幻肢痛では対照試験で成功している。原著ではPTP の第一選択薬と考えられていると書かれる。膜安定化作用で軸索伝導とシナプス伝達に影響する
・カルバマゼピン:三叉神経痛では70%超に有効とされるが、理由は不明ながら PTP には鎮痛をもたらさない(逆に効くなら三叉神経痛への診断変更を考えるべき)。フェニトインはまれにしか有効でない
・バクロフェン(GABA-B作動薬):PTP に補助薬として有用
・鎮静薬・抗不安薬:一般に PTP での鎮痛作用は乏しい。例外はクロナゼパムで、1〜3 mg/日でしばしば PTP を軽減する
・三環系抗うつ薬(TCA):メタ解析では、さまざまな神経障害性疼痛の患者のうち30%が50%以上の痛みの軽減を達成。フェノチアジンが TCA の鎮痛効果を増強し、著者(JJM)は重症例に TCA とフェノチアジンの併用を処方して良好な結果を得ている。ただし遅発性ジスキネジアの監視が必要
・神経ブロック:局所麻酔薬の注射を日常的に用いる。ステロイドとの併用も有効で、デキサメタゾンと局所麻酔薬の組み合わせが臨床的に有効——ここは著者の臨床経験に基づく記述で、対照試験の裏づけがある話ではない。副作用を避けるため適切な注射部位と低用量が要る(ラットでは、神経圧迫部位への局所ステロイド注射が神経伝導の回復を促した)
・局所・経皮の薬:カプサイシンやクロニジン貼付が、選ばれた神経障害性疼痛(PTP に限らない)で試されている。局所ケタミンが効くという PTP 患者もいる。ただし多くの研究で一貫した結果が得られていない。カプサイシンを使い続けた PTP 患者はほとんどいない
・麻薬性鎮痛薬:決定的な意見を出せるだけの対照試験は無い。かつては PTP に比較的効かないと考えられていたが、著者らは今では慢性 PTP に役割があると考えている
・経鼻コカイン:対照二重盲検試験でPTP を一時的に消失させることが示されている(社会的な管理の難しさは著者らも認めている)
・外科:局所麻酔のブロックで一時的に痛みが取れることは、同じ部位を外科的に切断すれば持続的に治るという意味にはならない。臨床経験はむしろ逆であることを十分に示している。PTP に試されてきた神経外科的・歯科的なアプローチは、その多く(mostly)が極めて不良な結果に終わり、神経外科的な治療を受けた後の患者は最も難治な集団を占める
⑧明日の臨床へ
この論文が最も力を入れて書いているのは、薬の選び方ではありません。「循環に入らないこと」です。
著者らは、PTP の患者に最もよく行われている治療はさらなる根管治療、続いて根尖切除、そして抜歯だと述べ、典型的な2つのパターンを挙げています。ひとつは、すでに脱求心性の痛みを抱えた患者(けが・病気・手術の結果)を診て、痛みの分布のなかに「怪しい」歯を見つけて治療してしまう場合。もうひとつは、通常の根管治療を適切に行ったのに痛みが残るか、むしろ術前より悪化した場合で、「追加の治療が必要」「治療した歯が違った」という前提から、根尖切除と抜歯へ進んでしまう場合です。
原著の Figure 1 は、4年間 PTP に苦しんだ22歳女性のパノラマX線写真です。すべての歯が根管治療と根尖切除を受けており、それでも撮影時に激しい痛みが続いていました。
・顔の皮膚を触ってみる:治療部位の上に痛覚過敏の点があり、その周りに広い軽度の過敏域がある——基準5は、椅子の横でも確かめられる所見
・「所見が無いこと」を診断の材料にする:X線にも検査にも出ないのは、除外ではなく基準7そのもの
・次の一手を止める:PTP を疑ったら、再根管治療・根尖切除・抜歯を重ねない。著者らによれば、これらは痛みを取らないだけでなく、痛みを強め広げうる
・紹介先を持っておく:PTP なら扱いは神経障害性疼痛。薬物療法は口腔顔面痛の専門医・ペインクリニックと連携する前提で考える
そして、著者らが希望を託しているのは次の一点です。異常な歯痛の訴えの鑑別診断に PTP を入れる臨床家が増えれば、この2つのシナリオに巻き込まれる患者は減る。診断名を知っているかどうかが、そのまま次の一手を止められるかどうかに効いてくるということです。
⑨ここだけ、冷静に補助線
疫学の数字も弱い足場の上にあります。根管治療後 3〜6% は436人の調査のうち、直接診察できた11人という部分集団からの外挿ですし、65万件は「米国人口の5%が根管治療を受け、その5%が PTP になる」という仮定を重ねた推計です。実測された有病率ではありません。
提案された7項目の診断基準も、この時点では検証(妥当性・再現性の確認)を経ていない提案です。著者ら自身、「基準が実際に使われるなかで、さらに改訂と精緻化が続くだろう」と書いています。ここからは筆者の補足ですが、発表から四半世紀が経ち、その後に国際的な分類が整備されているので、現在の診断名と基準は最新の分類で確認するのが筋です。
それでも、この総説が今も読む価値を持つのは、「工業化社会において、歯はおそらく最も多く切断されている構造である」という視点の転換と、「痛みが取れないときに、次の治療を足すのをやめる」という臨床判断の置き場所を、はっきり言語化したことにあります。数字ではなく、疑い方を受け取る論文です。
今日のひとこと
神経を取った歯や、抜いた歯があった場所に残る持続する鈍い深部痛で、睡眠は妨げられず、起床直後に数秒〜数分だけ無痛の時間があり、X線・検査に所見がない——その組み合わせを見たら、ファントムトゥースペインを鑑別に入れる。著者らが最も強く書いているのは薬の選び方ではなく、「痛みが取れないときに、次の治療を足すのをやめる」ことです。再根管治療・根尖切除・抜歯は痛みを取らないどころか、痛みを強め、三叉神経内で広げうる。原著のFigure 1は、全歯が根管治療と根尖切除を受けてなお4年間痛み続けた22歳女性のX線写真でした。2000年のナラティブ総説で、診断基準も疫学も当時は検証途上の提案です。それでも持ち帰るのは、異常な歯痛の鑑別診断にこの病名を入れる臨床家が増えれば、再治療を重ねるシナリオに巻き込まれる患者は減るという原著の見立てです。


