エンド|大臼歯のアクセス窩洞で分岐部に穿孔する——取り返しのつかない偶発症を減らすために、髄室の位置と大きさを外から測れる指標で示した研究(Deutsch 2004・Journal of Endodontics)
大臼歯のアクセス窩洞で分岐部に穿孔する。これは歯内療法の不可逆的な偶発症のひとつで、修復できることもありますが、しばしば抜歯に至ります。アクセス窩洞は術者の触覚と歯の解剖の知識に頼る定性的な方法で作られますが、触覚だけに頼ると望ましくない結果を招きうる。とくに髄腔が石灰化すると触覚が鈍り、天井と床が近づいた状態でバーが薄い床を貫いてしまいます。ところが著者らが文献を調べたところ、髄室の形態、とくに分岐部と髄床底の関係を実測した研究はほとんどありませんでした。そこでヒト上顎大臼歯100本・下顎大臼歯100本(計200本)をミリ方眼のX線グリッドに固定し、近遠心方向のデンタルX線を実体顕微鏡10倍で0.5mm単位に読み取りました。結果、頬側咬頭頂から髄室天井まで約6mm、髄床底から分岐部まで約3mm、髄室の高さは平均1.5〜2.0mm。そして髄室天井がセメント-エナメル境のレベルにあったのは上顎98%・下顎97%でした。
①その穴は、あと何mm深く掘れるのか
大臼歯のアクセス窩洞で分岐部に穿孔する。修復できることもありますが、しばしば抜歯に至ります。しかも一度起きれば取り返しがつきません。
アクセス窩洞は術者の触覚と歯の解剖の知識に頼る定性的な方法で作られます。けれども触覚だけに頼ると望ましくない結果を招きうる。とくに髄腔が石灰化していると触覚が鈍り、天井と床が互いに近づいた状態で、バーが相対的に薄くなった床を貫いてしまいます。
結論を先に言います。大臼歯200本を実測すると、頬側咬頭頂から髄室天井まで約6mm、髄床底から分岐部まで約3mm、髄室の高さは平均1.5〜2.0mm。そして髄室天井がセメント-エナメル境のレベルにあったのは上顎98%・下顎97%でした。
②なぜこの数字が知られていなかったのか
著者らが文献を調べたところ、髄室の形態についての情報はきわめて少ないことが分かりました。とくに分岐部と髄床底の関係を記述した研究は比較的少ない。
・髄床底から分岐部の根面上の5点までの距離を測った研究では、上下顎大臼歯とも2.7〜3.0mm。
・上顎大臼歯では、髄床底から歯根分岐部の最も歯冠側までの距離が、遠心側で測ると、測定した歯の86%で3mm以下。
しかし著者らが問題にしたのは別の角度です。髄室の天井と床の位置を予測する「外から見える指標」を評価した研究は、ほとんど無かった。
背景にあるのは、おそらく次の思い込みです。大臼歯は全体の大きさも形も歯列内の位置も大きく違う。だから髄室の寸法もばらつきが大きすぎて、計測しても臨床的に役に立たないだろう——著者らはこの前提そのものを、ばらつきの大きさを数字で示すことで検証しました。
③今回の一手:方眼の上にX線写真を撮る
各歯を歯周用のミリ方眼X線グリッドにワックスで固定し、近遠心方向にグリッドと垂直に配置しました——生体でデンタルを撮るのと同じ方向です。撮影後、実体顕微鏡10倍で読影し、0.5mm単位に記録。計測は評価者1名がすべて行いました。
直接測ったのは3項目。A=髄床底から分岐部の最近点まで。B=髄室天井から分岐部の最近点まで。C=頬側咬頭頂から分岐部の最近点まで。ここから引き算でD(C−A)=頬側咬頭頂→髄床底、E(C−B)=頬側咬頭頂→髄室天井、F(B−A)=髄室の高さを出しています。あわせて髄室天井がセメント-エナメル境のレベルにあるかも記録しました。
④結果①:上顎も下顎も、ほとんど同じだった
・頬側咬頭頂→髄床底:上顎8.08mm/下顎7.95mm
・頬側咬頭頂→髄室天井:上顎6.24mm/下顎6.36mm
・髄室天井→分岐部:上顎4.91mm/下顎4.57mm
・髄床底→分岐部:上顎3.05mm/下顎2.96mm
・髄室の高さ:上顎1.88mm/下顎1.57mm
著者らが強調するのは「すべての計測の平均が非常によく似ている」こと。上下顎で別の数字を覚える必要がない、ということです。
そして髄室天井がセメント-エナメル境のレベルにあったのは、上顎大臼歯で98%、下顎大臼歯で97%。原著はこの所見を記録するにとどめ、歯頸線を術中の指標に使えとまでは述べていませんが、ほぼすべての大臼歯で天井の高さが歯頸線と一致していたという事実は、術前のX線写真を読むときの手がかりになります。
⑤結果②:ばらつきが小さいのは「咬頭頂からの距離」
この研究のいちばん面白いところがここです。著者らはばらつきを平均に対する割合(変動係数)で表しました。
・最も小さいのは頬側咬頭頂→分岐部(約11%)と頬側咬頭頂→髄室天井(約14%)。
・最も大きいのは髄室の高さで、上顎36.5%・下顎43%。
なぜ髄室の高さだけばらつくのか。著者らの説明は二次象牙質の添加です。
・古代人と現代人の集団を比べた研究では、加齢に伴う髄室天井の象牙質の厚さに有意な変化は見られなかった一方、髄床底の象牙質は加齢とともに明らかに厚くなった。
・別の研究では、下顎第一大臼歯の髄室の高さが15%も有意に減少し、その主因は髄床底の肥厚だった。
Tidmarshの言葉が引かれています。「髄床底に、見たところ理由もなく象牙質が育つことは、根管への入口を得なければならない歯内療法医にとって重要な意味を持つ」。
⑥だから「咬頭頂を起点にする」
ここまでの数字を、臨床の手順に落とすとこうなります。
つまり天井と床それぞれの「深さ」は咬頭頂から測れば比較的安定しているのに、その間隔(髄室の高さ)は歯ごとに大きく違う。だから外から測れる咬頭頂を起点にして深さを見積もるほうが、はぐれにくいわけです。
著者らの一般的な目安:咬頭頂から髄室天井まで約6.0mm、髄床底から分岐部まで約3.0mm、髄室の高さは1.5〜2.0mm。
X線写真上の計測であることは、著者らも気にしています。ただし解剖学的計測とX線計測の残差は4.46%という先行研究があり、この研究のデータに外挿すると平均0.12mmの差。これは測定されたすべての標準偏差より小さいので、結果を揺るがすほどではないと述べています。
先行研究との一致も確認されています。Sterrettらは下顎第一大臼歯で2.83mm、第二大臼歯で2.88mm(髄室から分岐部の根面まで)。Stambaughらは咬頭頂から髄室天井まで上顎第一大臼歯5.77mm・第二大臼歯5.66mm・下顎第一大臼歯6.42mm・第二大臼歯6.24mm。この研究の値は、どちらともよく一致しています。
⑦明日の臨床へ
・髄室天井は歯頸線(セメント-エナメル境)のレベルにあった(上顎98%・下顎97%)。
・石灰化した髄腔ほど髄室の高さが小さくなっている可能性がある(二次象牙質が主に髄床底に添加されるという、原著が引用した別研究の知見)。触覚だけに頼らず、咬頭頂からの距離で「ここより深くは掘らない」線を決めておく。
・ただし著者らは、この知識を術前X線写真の読影(タウロドントなど他の要因の評価を含む)と、術中の触覚と組み合わせるべきだと明記しています。数字だけで掘るための研究ではありません。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの一般的な目安:頬側咬頭頂から髄室天井までは約6.0mm、髄床底から分岐部までは約3.0mm、髄室の高さは平均1.5〜2.0mm。そして髄室天井がセメント-エナメル境のレベルにあったのは、上顎大臼歯の98%・下顎大臼歯の97%。実測値は上顎:髄床底→分岐部3.05mm、咬頭頂→髄室天井6.24mm、髄室の高さ1.88mm/下顎:2.96mm、6.36mm、1.57mmと、上下顎でよく似ていました。大事なのはばらつきの差です。変動係数が最も小さいのは頬側咬頭頂を起点とした計測(約10〜14%)で、最も大きいのは髄室の高さ(上顎36.5%・下顎43%)。著者らは、これは二次象牙質が主に髄床底に添加されるためだと考察しています(この点は原著が引用した別研究の知見です)。「外から測れる咬頭頂を起点にすれば、歯ごとのばらつきが小さい」——この論文の持ち帰りはそこです。ただしX線写真上の計測(0.5mm単位・評価者1名)であり、著者らはこの知識を術前X線の読影と術中の触覚と組み合わせるべきだと述べています。


