エンド|仮封材の「材料の種類」ではなく「厚み」に目を向け、抜去歯40本で色素の浸透距離をミリ単位で測り、走査電子顕微鏡で窩壁との適合も確かめた古典(Webber ほか 1978・Oral Surg Oral Med Oral Pathol)
根管治療の途中、次回まで唾液と細菌を入れないための仮封。キャビット(酸化亜鉛+硫酸カルシウム系)はよく使われる材料ですが、「どれくらいの厚みを盛れば漏れないのか」という問いに数字で答えた研究は、当時ほとんどありませんでした。米国陸軍歯科研究所(ウォルター・リード陸軍医療センター)のグループは、抜去した大臼歯40本に根管治療用の窩洞を形成し、綿球を置いた上にキャビットを詰めて、10%メチレンブルー液に37℃で48時間浸しました。半数の綿球にはカンフル・パラクロロフェノール(CMCP)を含ませ、残り半数は乾いた綿球です。窩洞は仮封のために5 mm以上の深さを確保し、綿の繊維が窩壁に引っかかって「芯(ウィック)」にならないよう注意が払われています。48時間後、歯を近遠心に割って色素がどこまで入ったかをノギスで測ったところ、浸透距離の平均は薬剤ありで2.65 mm、薬剤なしで2.51 mm。両者に統計的な差はありませんでした(t検定, t=1.64, df=38, p<0.20)。表の実測値でいちばん深く入ったものは3.2 mmです。この結果から著者らは、キャビットの仮封には少なくとも3.5 mmの厚みが必要だと結論しました。さらに5本の上顎中切歯を走査電子顕微鏡で観察すると、キャビットは窩壁におおむねよく適合していたものの、部分的に37〜63 µmの隙間が見つかっています(著者らは乾燥によるアーチファクトの可能性も断っています)。また構成成分が十分に練和されていない領域があり、これが透過性を高めた可能性があるとも述べています。ただし、抜去歯を静置した実験室の研究で、咬合力も温度変化も唾液の粘性も再現していません。
①その仮封、何ミリ残っていますか
根管治療の途中、次回まで唾液と細菌を根管に入れないための仮封。キャビットを詰めるとき、厚みを意識して残しているでしょうか。髄腔に綿球を置き、その上に材料を詰めると、思ったより薄い層しか残っていないことがあります。
この問いに数字で答えたのが、1978年の米国陸軍歯科研究所の研究です。結論を先に言うと、抜去した大臼歯にキャビットを詰めてメチレンブルー液に48時間浸したところ、色素は平均2.5〜2.7 mm、最も深いもので3.2 mm入り込み、著者らは「3.5 mmの厚みが必要」と結論しました。
著者らがこの研究を始めたきっかけは臨床の訴えでした。治療中の患者から「いやな味がする」「口の中がヒリヒリする」という声が時々あがる。見た目には仮封は壊れていないのに、です。
②キャビットは「よく膨らむが、もろい」材料
仮封材の役目は2つあります。唾液と細菌を根管に入れないこと、そして髄腔に入れた薬剤を口の中に漏らさないこと(薬剤の効果を保ち、粘膜の化学的な熱傷を防ぐ)。当時すでに、キャビット(原著の記載では酸化亜鉛とポリビニルの製剤)は、酸化亜鉛ユージノール(ZOE)と並んで漏洩が少ない材料として報告されていました。
著者らが引く先行研究によれば、キャビットの線膨張係数はZOEのほぼ2倍で、水分に触れると膨らんで窩壁を押さえる性質が、封鎖性の高さを説明します。一方で圧縮強さはZOEの約半分と見積もられており、辺縁の強度に欠けます。だからこそ、材料の「量=厚み」が重要な因子になる——これが著者らの出発点でした。
漏洩の原因は材料だけではない、とも書かれています。窩洞形成が雑でエナメル質が破折していると、最大10 µmの辺縁の隙間ができる。窩壁への適合不良、窩壁と仮封材の間に挟まった削片、材料の劣化も封鎖を壊します。
③今回の一手:厚みを確保したうえで、色素がどこまで入るかを測る
この研究は「キャビットとZOEのどちらが優れているか」を比べていません。キャビット1つに絞り、色素がどこまで入り込むかをミリ単位で測るという設計です。
綿球:半数(20本)は乾いた綿球、半数(20本)はCMCPを含ませて絞った綿球。ここで著者らは、綿の繊維が窩壁に付いて「芯(ウィック)」にならないよう注意したと明記し、仮封のために5 mm以上の深さを残しています。
浸漬:濡れた綿球で表面を押さえたのち、10%メチレンブルー液に37℃・48時間。
測定:取り出して洗浄し、ワックス被覆の健全性を確認(根面に色素が見えた歯は除外して差し替え)。近遠心に破断し、綿球の着色、材料内部の浸透、材料と歯質の界面の浸透を観察してノギスで測定。解析はStudentのt検定。
Part II(電子顕微鏡):上顎中切歯5本に同じ処置を行い、歯根を歯頸部で切断、歯冠をアルミ試料台に固定してカーボン蒸着し、走査電子顕微鏡で観察。
なお著者らは、唾液の粘性は再現していないと自ら断っています(粘り気のある唾液は、水溶液より漏れにくいと当時から指摘されていました)。
④結果:平均2.5〜2.7 mm、最も深いもので3.2 mm
どこを通って入ったか:著者らは、キャビットの塊の中を進んだ距離と、キャビットと歯質の界面を進んだ距離が同じだったと報告しています。つまり「界面だけが弱点」ではなく、材料そのものにも同じだけ色素が入っていました。
いちばん深い値:原著の表を実測値で読むと、40本の範囲は2.1〜3.2 mmです。
電子顕微鏡(Part II):キャビットは窩壁の大部分によく適合していましたが、部分的に37〜63 µmの隙間が見られました。ただし著者らは、この隙間は標本作製時の乾燥によるアーチファクトの可能性があると自ら断っています。表面は粒状で、カルシウムに富む粉末状の部分と、亜鉛に富む棒状の構造が観察されました。さらに著者らは、キャビットの構成成分が十分に練和されていない領域を認め、これが透過性を高めた可能性があると述べています(要旨にも挙げられている所見で、練和の丁寧さも変数になる、ということです)。
ここから著者らは、通院間の封鎖を改善するには少なくとも3.5 mmの厚みのキャビットを使うべきだと結論しました。原著は導出の過程そのものは書いておらず、根拠として挙げているのは先行のFogelの研究と整合するという点です(表の最大値3.2 mmを上回る数字である、というのは筆者の読みです)。
ひとつ断り書きをしておきます。原著の本文には「両群を合わせた浸透の範囲は2.5〜3.2 mm」と書かれていますが、同じ論文のTable Iには2.1・2.2 mmの値が並んでいます(筆者が40個の実測値を足し直したところ、平均は本文どおり2.65と2.51になりました)。下限の書き方だけが本文と表で食い違っているということです。結論に関わるのは上限の3.2 mmなので、3.5 mmという数字自体は揺らぎません。
⑤なぜ「厚み」なのか
キャビットは水分に触れて膨らみ、窩壁を押さえることで封鎖します。しかし圧縮強さが低く、辺縁は欠けやすい。薄く盛れば、膨張で稼いだ封鎖性を、辺縁の崩れが先に食いつぶすことになります。
そして今回の結果が示したのは、色素は界面だけでなく材料の中も同じ速さで進むということでした。界面の適合をどれだけ丁寧にしても、材料の層が薄ければ漏れは止まらない。だから「よく圧接する」より前に、まず物理的な厚みを確保するという順序になります。
もうひとつ、この論文がさりげなく書いている一文が効いています。「綿の繊維が窩壁に付いて芯にならないよう注意した」。裏を返せば、繊維が窩壁に噛み込んだ状態は漏れの原因になり得る、と1978年の時点で意識されていたわけです。この点を正面から調べたのが、23年後のNewcombらの研究です(Newcomb BE ほか. J Endod 2001;27(12):789-790)。内径6.5 mmのガラス管にキャビットを3.5 mmの厚さで詰めたモデルで、繊維が仮封を貫通した標本はすべて12分以内に漏れ、繊維のない対照は21日間漏れませんでした。
⑥明日の臨床へ
臨床に持ち帰れること:
・髄腔に綿球を置くと、その分だけ仮封の層は薄くなります。綿球を入れるなら、仮封に3.5 mm以上を残せる深さがあるかを先に見るという順序になります。綿球を薄く圧接する、あるいは置かない選択も、この数字から考えられます。
・浅い窩洞、咬耗した歯、髄腔の浅い歯では、そもそも3.5 mmを確保できないことがあります。ここで注意したいのは、原著が二重仮封を明確に否定していることです。ガッタパーチャによる2層目は咬合力に対する支持にはなるが封鎖性そのものは改善しないとし、予備実験でも単一仮封と差がなかった、浸透はキャビットの厚みだけで決まるようだと述べています。厚みを稼げないときの代替として二重仮封に期待はできない、というのが原著の立場です。
・綿の繊維を窩壁に残さない。原著が実験の条件として注意していた点は、そのまま臨床の注意点です。
読み替えの注意:3.5 mmは色素が入らなかった厚みであって、細菌が入らない厚みを直接調べたものではありません。しかも3.5 mmで詰めて漏れを見た実験は行われていません——全標本で仮封のために5 mm以上のスペースが確保されており、その中を色素が2.1〜3.2 mm進んだという事実からの外挿です。また、この値はキャビット(酸化亜鉛+硫酸カルシウム系)についてのもので、他の仮封材にそのまま当てはまるとは限りません。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:キャビットで根管治療の窩洞を仮封するなら、少なくとも3.5 mmの厚みが必要である。色素は材料の中とキャビット・歯質の界面を同じ深さまで進んでおり、綿球に薬剤を含ませたかどうかでは統計的に有意な差は出なかった。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「仮封は材料選びより先に、まず厚みを確保する話だ」という物差しを与えた点にあります。ただし抜去歯を48時間静かに浸した実験室の研究で、咬合力・温度変化・唾液の粘性は再現しておらず、色素が入った=細菌が入ったことの証明でもありません。


