1問1答 論文 保存修復

ラミネートベニアを可能にしたのは、材料でも技術でもなく「橋渡し役」だった——1987年、シランカップリング剤が臨床に降りてきた年の記録

1問1答 論文 保存修復

無機質(セラミック)と有機質(レジン)をつなぐシランカップリング剤について、その化学的な仕組み・4つの臨床応用・当時の市販シランカップリング剤とポーセレンリペアシステム(表4に8製品)の使い方を整理し、自験のマイクロリーケージ試験と引抜き試験を添えた総説(高橋 1987・接着歯学)

ポーセレンラミネートベニアという術式が、なぜ1980年代後半に突然広まったのか。答えは「削らない形成が発明されたから」でも「陶材が良くなったから」でもありません。陶材とレジンをつなぐ方法が見つかったからです。日本歯科大学の高橋英登先生が1987年に書いたこの総説は、その転換点をリアルタイムで記録しています。約40年前の文章ですが、いま読んでも臨床の勘所がまったく古びていません。

論文
セラミックス用接着剤の臨床応用
著者
高橋英登(日本歯科大学歯科補綴学教室第2講座)
掲載
接着歯学 1987;5(3-4):135-144(J-Stage
種類
総説(臨床応用の解説)。シランカップリング剤の作用機序と4つの臨床応用(ポーセレンリペア/ポーセレンラミネートベニア/セラミックスクラウンの接着/セラミックスインプラント上部構造の接着)を整理し、当時の市販製品〔表4に8製品・うち1つは未発売〕の活性化機序と使用法を比較。あわせて自験のデータを2つ提示している:①抜去歯にアルミナスポーセレンジャケットクラウンを製作しパナビアEXで接着、冠内面のシラン処理あり/なしで、4℃2分・60℃2分のフクシン溶液浸漬を300回繰り返した後の色素侵入を断面観察 ②アルミナ単結晶インプラント(バイオセラム)へのシラン処理あり/なしの引抜き試験
出典
PMIDなし(PubMed未収載の国内誌)

なぜラミネートベニアは、突然できるようになったのか

ポーセレンラミネートベニアという術式が広まったのは1980年代後半です。なぜ、その時期だったのか。

削らない形成が発明されたからでも、陶材が急に良くなったからでもありません。陶材とレジンをつなぐ方法が見つかったからです。それまで、不活性な表面性状をもつセラミックに化学的結合を求めることは困難だとされていました(原著の表現は「従来より、不活性な表面性状を有するセラミックスに対し、化学的結合を求める事は困難とされていた」)。粗造化して機械的嵌合に頼る方法もありましたが、破壊靱性の低いセラミックを荒らすことは、かえってクラックの起点をつくりかねません

日本歯科大学の高橋英登先生が1987年に書いたこの総説は、その転換点をリアルタイムで記録したものです。約40年前の文章ですが、臨床の勘所がまったく古びていません

シランは「接着剤」ではない

シランカップリング剤は「接着剤」ではなく「橋渡し役」

無機質 セラミック ガラス・シリカ アルミナ

シランカップリング剤 γ-メタクリロキシプロピル トリメトキシシラン系 片側はケイ素 もう片側は メタクリロイル基

有機質 レジン コンポジット 接着材

シロキサン結合 Si-O-Si

共重合

・ケイ素を主成分とする材料(金属焼付用陶材・高アルミナ陶材・キャスタブルセラミックス)に特に有効 ・無機質表面の水酸基との反応性が違えば、効果も変わる=すべての無機材料に効くわけではない ・シロキサン結合の生成は100〜120℃の加熱で促進される。口腔内では加熱できないので、代わりに酸などの触媒を使う

シランカップリング剤の役割。片側が無機質と、もう片側が有機質と結びつく

著者の定義が、すべてを言い当てています。

「シランカップリング剤とは簡単に言えば、無機質(セラミックスなど)と、有機質(レジンなど)との結合の橋渡しをする『セラミックス表面処理剤』であり、これのみで接着が成立する素材ではない

ここを取り違えると、臨床で失敗します。シランだけでは接着が成立しません。橋を架けても、その先に道が要る——シランのあとには必ず接着材・レジンが要る、ということです。

仕組みは素直です。γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン系が基剤で、片側は無機質表面の水酸基と反応してシロキサン結合(Si-O-Si)をつくり、もう片側のメタクリロイル基がレジンと結びつく(原著が記しているのは基剤名とシロキサン結合までで、レジン側と結合する機序は一般的な化学の補足です)。だから著者はケイ素を主構成要素とする材料——金属焼付用陶材、高アルミナ陶材、β-スポジュメン構造をもつマイカ結晶系キャスタブルセラミックス、アルミナ単結晶インプラント——に有効「であろうと思われる」と書いています(断定ではなく推量です)。

逆に言えば、すべての無機材料に効くわけではありません。著者は「無機質表面の水酸基に対する反応性の違いから吸着、配向、結合の形成程度が異なり、それに伴い効果にも差異が生じるものと思われる」と書いています。「セラミックだからシラン」ではなく、「その材料に水酸基があるか」が判断軸です。

余談ですが、私たちは毎日シランを使っています。コンポジットレジンの無機フィラーは、必ずシランカップリング剤で表面処理されています。一般工業界でも、グラスファイバーやエンジニアリングプラスチックの充填材処理に年間数千トン規模で使われている——歯科だけの特殊な材料ではありません。

いちばん実務に効く警告——壊れた面を見てから決める

壊れた面を見てから、処理を決める(メタルボンドのリペア)

型I ポーセレン層内で割れた(臨床でいちばん多い) 露出しているのは陶材だけ → シランカップリング剤で処理し、光重合レジンを築盛する シランが効く場面

型II メタル・ポーセレン界面から剥離した 露出しているのは金属 → シランを塗っても効かない。4-METAやリン酸エステルなど接着性モノマーが要る シランでは届かない場面

型III IとIIの混合型 陶材面はシラン、金属面は接着性モノマー → 面ごとに処理を使い分ける まず界面をよく観察し、接着阻害因子を除去してから

「被着対象を誤らない」——1987年の指摘は、いまも同じ

メタルボンドの破壊形態と、それぞれに必要な処理。露出しているものが違えば、塗るものも違う

この総説でいちばん今日的なのが、ここです。「ポーセレンの破壊がポーセレン層内のみで発生する訳ではない」。

メタルボンドの破壊は3型に分かれます。①ポーセレン層内破壊(臨床でいちばん多い) ②メタル・ポーセレン界面からの剥離 ③その混合型。

そして②と③では、露出しているのは金属です。著者ははっきり書いています——「破壊により生じたメタル面にシランカップリング剤による表面処理を施しても効果は得られず、やはりメタル面には4-METAやリン酸エステルのような接着性モノマーの作用が必須である」。

チェアサイドでポーセレンが欠けたとき、「ポーセレンリペアキット」を出してきて全面にシランを塗る——これでは②の症例に効きません。手順は、①破壊界面をよく観察する ②接着阻害因子を除去する ③陶材の破面はシランで処理する ④露出した金属面は多官能性モノマーを含む接着性レジンで被覆する、です。

それ以前のポーセレンリペアは、破面を粗造化してレジンで盛るメカニカルボンディングに頼っており、著者は「経時的耐久性に難点が認められ暫間修復の域を出ない」と評しています。シランはここを変えました。

ラミネートベニアが変えたのは、削る量だけではなかった

著者はラミネートベニアの利点を2つ挙げています。1つは削除量の減少。そしてもう1つが、いま読んでも重要です。

「大きな利点としてアンテリア・ガイダンスを破壊しない方法で修復する事ができる点が上げられる。すなわち、その人固有の前歯舌面の前方誘導機能を活かしたままで患部の回復が可能となり、前歯修復の術式としては画期的といえる手法であろう」

フルカバレージでは、舌面ごと作り直すことになります。唇側だけを覆うということは、その人の前方誘導をそのまま残せるということ——1987年の時点でここに気づいているのは、補綴学教室の視点だと思います。

あわせて著者は、当時の切実な事情も書き残しています。「修復物のオーバーカントゥアーによる歯周組織への悪影響を避けるため便宜的に抜髄処置をとることもあり、心の痛む思いを経験する術者も多いことと思う」——フルカバレージのために健全な歯髄を失わせていた時代の記録です。

そして「以前から、既製のレジン歯を貼り付ける方法や、コンポジットレジンを築盛する方法により前歯ラミネートベニア修復は行われていた」が、天然歯エナメル質の光沢や透明感・質感を回復させるのは困難だった。陶材のシェルを使いたくても、陶材とレジンの接着系が不確実だったから使えなかった。「ポーセレンラミネートベニア修復はシランカップリング剤の存在により、初めて臨床に応用できた術式と言えよう」——この一文が、この総説の核心です。

自験データ——見えないところで、唾液は入っていた

著者は自分で確かめた実験を2つ載せています。

実験①(マイクロリーケージ): 抜去後1か月以内のヒト歯にジャケットクラウンの形成を行い、アルミナスポーセレンジャケットクラウンを製作。パナビアEXで接着した。冠内面をシランカップリング剤(クリアフィル・ポーセレンボンド)で処理した試料未処理の試料を用意し、4℃2分/60℃2分の0.1molフクシン溶液への浸漬を交互に300回繰り返してから頬舌方向に切断して観察した。
結果:どちらの試料も歯質と接着材のあいだには色素の侵入が認められなかった。ところが未処理の試料では、陶材と接着材のあいだに著明な侵入が見られた。示されているのは各1試料の断面写真である。

ここから著者が引き出す推論が鋭いところです。「従来型の接着技法では冠の脱離を来さないまでも冠内部への唾液等の侵入はかなりの確率で生じているものと思われ、せっかく審美的回復を目的として施術したこれらのセラミックスクラウンによる補綴処置も、経時的な変化による変色などの問題を包含する事となろう」。

「外れていない=問題がない」ではない。脱離しないまま、内部で漏洩と変色が進む——これは今日のセラミック修復でもそのまま通じる視点です。

実験②(引抜き試験): アルミナ単結晶インプラント(バイオセラム・京セラ)の表面をシランカップリング剤で処理し、レジン系接着材で接着して引き抜いた。本文は「シランカップリング剤による表面処理により、平均値で約2倍の接着強さの向上が見られた」とし、対照の従来型の合着用セメントは 10〜20 kgf/cm²程度で「到底口腔内で許容できるものではない」と評している。実数は図8に載っている。
0 50 100 150 引抜き接着強さ(kgf/cm²) 16 12 21 56 127 リン酸セメント グラスアイオノマー カルボキシレート パナビアEX(未処理) パナビアEX+シラン処理 アルミナ単結晶インプラント(バイオセラム)の引抜き試験。原著 図8 の平均値(接着後24時間大気中放置)。⚠️図の脚注に「表面処理後 100℃の温風にて20秒ブロアー加熱」と明記されており、この加熱は口腔内では行えない。試料数と統計処理は示されていない
原著 図8 の実測値。「約2倍」はパナビアEXの未処理56に対する処理127(約2.3倍)を指す

図を開くと、比較の中身がはっきりします。リン酸セメント16/グラスアイオノマー12/カルボキシレート21/パナビアEX(未処理)56/パナビアEX+シラン処理127 kgf/cm²。本文が言う「約2倍」は、同じパナビアEXの未処理と処理を比べた値(127/56=約2.3倍)です。

ここは見落とせません。図8の脚注には「接着後24時間大気中放置(平均値)」「〈表面処理後 100℃の温風にて20秒ブロアー加熱〉」と書かれています。つまりこの127という値は、シランを塗ったあと100℃の温風で20秒あたためた試料のものです。著者自身が本文で「シロキサン結合の生成は100〜120℃の加熱で促進されるが、口腔内において被着部をその温度まで上昇させる事は不可能」と書いているとおり、チェアサイドでは再現できない条件です。試料数と統計処理も示されていません。

アルミナ単結晶インプラントは表面が滑沢で嵌合力に期待できず、ノンテーパーのため接着材層が厚くなりやすく、形成するとクラックの起点になるので粗面化もできない——つまり化学的な結合しか手がない被着体でした。だからこそシランの効果がはっきり出ています。

明日の臨床へ

①シランは接着剤ではない。 塗って終わりにしない。その先にレジン系の接着材が要る。
②壊れた面を見てから、塗るものを決める。陶材面はシラン、露出した金属面は4-METAやリン酸エステルのような接着性モノマーを含む接着性レジン。混合破壊なら両方を使い分ける。
③シランの活性化には触媒が要る。シロキサン結合の生成は100〜120℃の加熱で促進されるが口腔内では不可能なので、製品ごとに酸(リン酸エステルモノマー)や4-METを触媒として使う設計になっている(金属面への接着性モノマーとして本文に出てくる4-METAとは別の物質で、原著も両者を書き分けている)。製品の使用法が「混ぜてから何秒」「何分待つ」と細かく決まっているのは、この活性化反応のためである。
④「外れていない」は「漏れていない」ではない。内面処理を省くと、脱離しないまま辺縁から漏洩が進みうる。

③については、当時の製品の違いがそのまま参考になります。2液を混合して約20分待つ従来型(フュージョン・シラニット、混合液の寿命は数週間)もあれば、あらかじめ加水分解を済ませた1液性(Scotchprime)もあり、3液を混ぜて約10秒で使える型(クリアフィル・ポーセレンボンド)もありました。「シランは製品ごとに待ち時間がまったく違う」——添付文書を読む理由が、ここにあります。

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線:これは1987年の総説(臨床応用の解説)で、ランダム化比較試験でも系統的レビューでもありません。載っている自験データ2つは、試料数(各条件で何本作ったか)と統計処理が示されていません(マイクロリーケージで示されているのは各1試料の断面写真です)。そして引抜き試験の127という値は、シラン処理のあと100℃の温風で20秒加熱した試料のもの——著者自身が「口腔内では不可能」と書いている条件で得られた数字です。この数値をそのままチェアサイドの期待値にはできません。したがって「約2倍」は数字として引用できる強さを持ちません——方向を示す所見として読むのが適切です。また、原著の表4に並ぶ8製品(本文では7項目に分けて解説され、うち Super Bond Porcelain Liner は当時「予定」=未発売)すべて1987年時点のもので、現在は入手できないもの、あるいは組成が変わったものがほとんどです(Super Bond Porcelain Liner M は当時「未発売」と書かれています)。第三者機関の検証を経ていないメーカー公表値も含まれています。それでも、「シランは橋渡し役であって接着剤ではない」「破壊界面を見てから処理を決める」「外れていなくても漏れている」という3つの視点は、材料が変わっても古びていません本記事は歴史的な資料としての価値を軸に紹介したもので、製品選択の根拠としては最新の情報をご確認ください。

今日のひとこと

シランカップリング剤は「接着剤」ではない。著者の定義がすべてを言い当てている——無機質(セラミックスなど)と、有機質(レジンなど)との結合の橋渡しをする「セラミックス表面処理剤」であり、これのみで接着が成立する素材ではない。この橋渡し役が臨床に降りてきたことで、それまで、不活性な表面性状をもつセラミックに化学的結合を求めることは困難とされていた——その壁が越えられ、セラミックとレジンがつながるようになった。そして著者は、この1剤がポーセレンラミネートベニアという術式を初めて可能にしたと明言している——唇側エナメル質の一部だけを削り、アンテリアガイダンスを壊さずに前歯を修復できるようになったのは、陶材のシェルを接着できるようになったからだ、と。自験データも添えられている。冠内面をシラン処理した試料では300回の温度サイクル後も陶材と接着材のあいだに色素が侵入しなかったのに、未処理の試料では明らかな侵入が見られた(歯質と接着材のあいだは、どちらの試料も侵入なし)。アルミナ単結晶インプラントの引抜き試験では、パナビアEXの未処理56に対しシラン処理127 kgf/cm²(図8)——本文の言う「平均値で約2倍」はこの比較である。ただしこの127は、シラン処理のあと100℃の温風で20秒加熱した試料の値で、著者自身が「口腔内では不可能」と書いている条件のもの。試料数と統計処理も示されていない。そして今日の臨床にそのまま効く警告がひとつ——破折した補綴装置を直すとき、露出した金属面にシランを塗っても効かない。金属面には4-METAやリン酸エステルのような接着性モノマーが要る。

高橋英登. セラミックス用接着剤の臨床応用. 接着歯学 1987;5(3-4):135-144. https://www.jstage.jst.go.jp/article/adhesdent1983/5/3-4/5_3-4_135/_article/-char/ja/
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。