1問1答 論文 エンド

「不可逆性歯髄炎=抜髄」を、歯髄生物学から問い直す——成熟永久歯のVPT総説

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AAEが「治癒しない」と定義する不可逆性歯髄炎の成熟永久歯に対し、歯髄温存療法(VPT)の臨床成績と組織学的根拠を集めたナラティブ総説(Lin 2020・Aust Endod J)

米国歯内療法学会(AAE)の定義では、不可逆性歯髄炎は「炎症を起こした生活歯髄が治癒不能である」状態です。だから成熟永久歯なら抜髄する。ところが、その定義のもとで抜髄されるはずの歯に断髄を行い、90%を超える成功率を報告する研究が積み上がっています。この総説は、その食い違いがどこから来るのかを、歯髄の組織像に遡って説明します。

論文
Vital pulp therapy of mature permanent teeth with irreversible pulpitis from the perspective of pulp biology
著者
Lin LM, Ricucci D, Saoud TM, Sigurdsson A, Kahler B
掲載
Australian Endodontic Journal 2020;46(1):154-166(doi:10.1111/aej.12392)
種類
ナラティブ総説(PubMed検索による臨床成績研究の整理+歯髄生物学の解説)
PMID
31865629

定義が「治らない」と言っている歯が、治っている

米国歯内療法学会(AAE)の診断用語では、不可逆性歯髄炎はこう定義されています。「主観的・客観的所見に基づく臨床診断で、炎症を起こした生活歯髄が治癒不能であることを示す状態」。

治癒不能。だから成熟永久歯なら抜髄する。AAEの臨床ガイドも、そう書いています。歯髄温存療法(VPT)の適応は、未完成永久歯の可逆性歯髄炎、あるいは機械的・外傷性の露髄であって、成熟永久歯の不可逆性歯髄炎は対象外です。

ところが——その定義のもとで抜髄されるはずの歯に断髄を行い、1年で90%を超える成功率を報告する研究が、いくつも積み上がっています。

定義が「治らない」と言っている歯が、治っている。この総説は、その食い違いがどこから来るのかを歯髄の組織像まで遡って説明したものです。

組織像で見た「不可逆性」の正体

臨床の診断名と、顕微鏡で見た歯髄の状態は、どれくらい一致しているのか。

組織学的な「不可逆性歯髄炎」とは: この総説が引く定義はこうである——冠部歯髄の一部または全部が壊死し、その壊死組織に細菌の集塊(バイオフィルム)が定着している。そして「歯髄腔の残りの歯髄は、感染も炎症も無い」。つまり不可逆性歯髄炎とは、歯髄全体が壊れた状態ではなく、壊れた部分と健康な部分が同居している状態である。

ここは丁寧に読む必要があります。総説の書き方はこうです——「多くの研究が、臨床症状・診断所見と実際の歯髄の組織学的状態とのあいだに良好な相関が無いことを示している」。そのうえで、「最近のある研究では、症状と不可逆性歯髄炎の組織所見の一致率が84.4%だった」と続きます。

つまり84.4%は多数派の結論ではなく、新しい定義を使った1本の研究の数字です。しかもその研究(Ricucci 2014)は、この総説の共著者自身のもの——著者らも「信頼できる歯髄診断のために、より精緻で改良された手段がなお必要だ」と付け加えています。

さらに、組織学的な不可逆性歯髄炎の基準そのものについて、研究間の合意はまだ無い。臨床的な基準にはAAEの合意がありますが、組織学的な基準にはそれが無い。だから一致率の数字も、比べる相手によって変わります。

そして系統的レビュー(Mejare 2012)の結論。「臨床徴候・症状・歯髄診断テストが、可逆性/不可逆性の歯髄炎を判別できる精度を評価するには、科学的エビデンスが不十分である」。

痛みについて、覚えておきたい2つの事実。痛みの強さと組織障害の重さが相関することを示した研究は無い。痛みは分子レベルで生じるもので、組織像には写らない。②歯髄炎の歯は、しばしば無痛である(Michaelson & Holland 2002)。痛みは「歯髄が傷んでいるかもしれない」ことは教えてくれるが、どこまで、どれだけ傷んでいるかは教えてくれない。

歯髄診断テストについても同じです。冷温診も電気歯髄診も、感覚神経が刺激に反応するかを見ているだけで、血流(生活性)も炎症も測っていません。傷害を検出できても、その範囲と重さは判定できない。

成績——1年で90%台、5年で78%

0 33.3% 66.7% 100% 全部断髄の成功率(%) 100% 97.6% 92.7% 92.3% 91.6% 78.1% 65% 65% Biodentine 1年 CEM 1年 MTA 3年 CH 16〜72か月 CH 1〜4年 CEM 5年 CH 5年 CH 14〜88か月 総説の表1にある成熟永久歯の全部断髄のうち、材料が特定できる研究を並べたもの(ティール=バイオセラミック系、オレンジ=水酸化カルシウム)。順にTaha 2018(63歯・臨床100%/エックス線98.4%)、Asgary 2013(205歯)、Taha2017(44歯)、Caliskan(26歯)、Caliskan(21歯)、Asgary 2015(Asgary 2013と同じ試験の5年報告)、Santini(20歯)、Da Rosa(26歯)。⚠️ 水酸化カルシウムでも91.6%・92.3%という報告があり、しかもその2本は不可逆性歯髄炎を対象としている。別々の研究で対象も適応基準も追跡期間も揃っておらず、この並びから材料の優劣は決められない
成熟永久歯の全部断髄。材料と追跡期間で並べたもの

総説の表から、全部断髄の成績を拾うとこうなります。Biodentineで1年100%(臨床評価。エックス線評価では98.4%)、CEMで1年97.6%、MTAで3年92.7%。

ただし、同じ試験の205歯を5年まで追った報告では78.1%へ下がります。1年の数字だけを見て判断してはいけない、ということです。

では材料で決まるのか——ここは慎重に読む必要があります。水酸化カルシウムの4研究は、65%・65%・91.6%・92.3%とばらけています。しかも90%台の2本は、どちらも不可逆性歯髄炎を対象にした研究です(65%の2本はう蝕による露髄を対象としています)。「バイオセラミックだから高い、水酸化カルシウムだから低い」と、この表から言い切ることはできません。

0 33.3% 66.7% 100% 成功率(%) 85% 43% 34.5% MTA(2年) 水酸化Ca(2年) 水酸化Ca(1年・別研究) 成熟永久歯の<b>部分断髄</b>。左の2本はTahaら(50歯・ランダム化試験)の同一研究内でMTAと水酸化カルシウムを直接比較したもの(2年)。右はBjørndalら(29歯・1年)の水酸化カルシウム。⚠️ この差は<b>この1試験・部分断髄・2年</b>についてのもので、全部断髄では水酸化カルシウムでも90%台の報告がある(前の図)。「材料を変えれば必ずこれだけ動く」という話ではない
部分断髄における材料の差。左の2本は同一研究内での直接比較

材料の差がいちばんはっきり出たのは、Tahaらの研究(50歯・ランダム化試験)で、同じ試験の中でMTAと水酸化カルシウムを比べたものです。2年でMTA 85%に対し、水酸化カルシウムは43%。研究が違うから、患者が違うから、という言い訳が効かない比較です。

ただし——これは「部分断髄・2年・1試験」の話です。前の図で見たとおり、全部断髄では水酸化カルシウムでも90%台の報告があります。

直接覆髄も、単純ではありません。水酸化カルシウム主体の研究では5年37%・10年13%(Barthel・123歯)、13年31.9%(Bjørndal・29歯)と低い。MTAでは3.6年91.3%(Marques・46歯)と高い。ところが同じMTAでも12〜27か月で56.2%(Miles・51歯)という報告があり、水酸化カルシウムとMTAを併用したCaliskanの152歯では2年91.4%→4年84%→6年65%と、追跡が延びるにつれて落ちています。材料だけで説明しきれる差ではない、というのが表3全体の見え方です。

提案されている手順と、10分という数字

著者らは、正直にこう書きます。「不可逆性歯髄炎の歯のVPTにおいて、歯髄の感染を制御するための推奨ガイドラインは存在しない」。

そのうえで、暫定的な手順が示されています。

提案されている流れ: ①う蝕を除去して露髄したなら、症状や歯髄診断テストの結果にかかわらず、その歯髄は感染・炎症していると考える。②露髄面に新鮮な出血があるなら、冠部歯髄の障害範囲に応じて部分断髄または全部断髄を行う。ただし10分以内に止血できることが条件(健康な組織の正常な凝固時間は8〜15分)。③冠部歯髄をさらに除去しても止血できなければ、抜髄へ。④露髄面に出血が無いなら、冠部歯髄は感染・壊死しているので抜髄

この「10分」は、Matsuoらの研究に基づく推測値だと著者らは明記しています。「科学的根拠は無い(no scientific evidence)」とまで書いてある。

正確に言えば、著者らが「科学的根拠が無い」としているのは10分という数字そのものではなく、止血の速さから残存歯髄が無感染であると推定することです。止血の時間という物差しは使われているが、その目盛りの根拠はまだ無い——この領域の現在地が、よく表れています。

術後の管理についても記述があります。ただし「2週ごと」が指しているのは、露髄していない有症状の歯に間接覆髄を試みた場合です——症状が続くか根尖病変が出れば、そこで改めてVPTか根管治療かを判断する、という流れ。断髄後については、著者らは「長期の経過観察が重要」とだけ述べています(間隔の指定はありません)。

明日の臨床へ

①「不可逆性歯髄炎」という診断名を、歯髄全体の判決として使わない。組織学的には、壊れているのは冠部の一部であることが多い。診断名は術式の指定ではなく、出発点だと考える。

②痛みの強さで、歯髄の壊れ具合を推し量らない。相関を示した研究は無く、無痛の歯髄炎も珍しくありません。逆に、強い痛みがあるからといって全部が駄目とも限らない。

③材料の選択は、期待しすぎず・軽んじすぎず。同一研究内でMTA 85%対水酸化カルシウム43%(2年・部分断髄)という差がついたのは事実です。ただし全部断髄では水酸化カルシウムでも90%台の報告があり、MTAでも56.2%という報告がある。材料を変えれば成績が保証される、という読み方はできません。

④1年の成功率で判断しない。同じ205歯が1年97.6%から5年78.1%へ下がっています。患者への説明も、長期の見通しを含めて行う必要があります。

⑤VPTを選ぶなら、経過観察を約束事にする。露髄していない有症状の歯に間接覆髄を試みたなら2週ごとの確認、断髄をしたなら長期のフォロー。著者らは「VPTも根管治療と同様に100%成功する治療は無い」と患者に伝えるべきだと明記しています。

⑥ポストコアが必要な歯は、この話の外。著者らの結論には条件が付いています——「歯冠修復にポスト・コアを必要としない歯」であること。歯質が大きく失われているなら、最初から抜髄のほうが理にかなっています。

ここだけ、冷静に補助線

ここだけ、冷静に補助線。 これはナラティブ総説です。系統的レビューではなく、メタ解析でもありません。採用研究の質を評価してもいなければ、統合もしていない——表に並んだ成功率は、対象年齢も適応基準も追跡期間もバラバラの研究の数字を、そのまま横に並べたものです(9歳から79歳まで混在しています)。表の中には可逆性歯髄炎の症例を含む研究もあり(たとえば「可逆性71%・不可逆性29%」といった内訳)、「不可逆性歯髄炎だけの成績」として読むことはできません。組み入れ基準の側にも強い選別があります——歯髄診断テストに反応しない歯、根尖病変のある歯、全部断髄後に止血できない歯、ポストが必要な歯、重度歯周病の歯、全身的にリスクのある患者は除外。つまりこの成績は選ばれた歯のものです。著者らの筆致は場所によって強さが違います。抄録では「正しく診断し適切に処置すれば、成熟永久歯の不可逆性歯髄炎に対するVPTには予測性がある」と踏み込む一方、序盤には「エビデンスに基づく研究では、不可逆性歯髄炎の成熟永久歯は、VPTよりも通常の根管治療のほうが高く予測性のある成功率を示している」と書いています。そして結論は条件付きです——「RCTの高い費用を負担できない患者で、かつ歯冠修復にポスト・コアを必要としない歯であれば、根管治療や抜歯の代替になりうる(alternate option)」。置き換えるとは書いていません。それでも——「治癒不能」という定義が、組織像の裏づけを持っていなかったという指摘は重い。定義を疑う根拠が、顕微鏡の側から出てきている。この領域が動いている場所を教えてくれる、価値のある一本だと思います。

今日のひとこと

組織学的には、臨床で「不可逆性歯髄炎」と診断された歯でも歯髄全体が壊れているわけではなく、冠部歯髄の一部または全部が壊死し細菌が定着している一方、それ以外の歯髄は感染も炎症も無い。多くの研究は症状と組織所見の相関が良くないと報告しており、84.4%の一致率を示した研究は本総説の共著者自身のものである。痛みの強さは組織障害の重さと相関せず、歯髄炎の歯はしばしば無痛である。成熟永久歯の全部断髄では1年で90%台の報告が並ぶ一方、同じ205歯を5年追うと78.1%まで下がる。材料の差は一枚岩ではない——同一研究内の部分断髄ではMTA 85%に対し水酸化カルシウムは43%(2年)だったが、全部断髄では水酸化カルシウムでも91.6%・92.3%という報告がある。著者らは「正しく診断し適切に処置すればVPTには予測性がある」と抄録に書く一方、結論では「RCTの費用を負担できず、ポスト・コアを必要としない歯における代替になりうる」と条件を付けている。

Lin LM, Ricucci D, Saoud TM, Sigurdsson A, Kahler B. Vital pulp therapy of mature permanent teeth with irreversible pulpitis from the perspective of pulp biology. Aust Endod J. 2020;46(1):154-166. doi:10.1111/aej.12392 PMID: 31865629
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。