AAEが「治癒しない」と定義する不可逆性歯髄炎の成熟永久歯に対し、歯髄温存療法(VPT)の臨床成績と組織学的根拠を集めたナラティブ総説(Lin 2020・Aust Endod J)
米国歯内療法学会(AAE)の定義では、不可逆性歯髄炎は「炎症を起こした生活歯髄が治癒不能である」状態です。だから成熟永久歯なら抜髄する。ところが、その定義のもとで抜髄されるはずの歯に断髄を行い、90%を超える成功率を報告する研究が積み上がっています。この総説は、その食い違いがどこから来るのかを、歯髄の組織像に遡って説明します。
①定義が「治らない」と言っている歯が、治っている
米国歯内療法学会(AAE)の診断用語では、不可逆性歯髄炎はこう定義されています。「主観的・客観的所見に基づく臨床診断で、炎症を起こした生活歯髄が治癒不能であることを示す状態」。
治癒不能。だから成熟永久歯なら抜髄する。AAEの臨床ガイドも、そう書いています。歯髄温存療法(VPT)の適応は、未完成永久歯の可逆性歯髄炎、あるいは機械的・外傷性の露髄であって、成熟永久歯の不可逆性歯髄炎は対象外です。
ところが——その定義のもとで抜髄されるはずの歯に断髄を行い、1年で90%を超える成功率を報告する研究が、いくつも積み上がっています。
定義が「治らない」と言っている歯が、治っている。この総説は、その食い違いがどこから来るのかを歯髄の組織像まで遡って説明したものです。
②組織像で見た「不可逆性」の正体
臨床の診断名と、顕微鏡で見た歯髄の状態は、どれくらい一致しているのか。
ここは丁寧に読む必要があります。総説の書き方はこうです——「多くの研究が、臨床症状・診断所見と実際の歯髄の組織学的状態とのあいだに良好な相関が無いことを示している」。そのうえで、「最近のある研究では、症状と不可逆性歯髄炎の組織所見の一致率が84.4%だった」と続きます。
つまり84.4%は多数派の結論ではなく、新しい定義を使った1本の研究の数字です。しかもその研究(Ricucci 2014)は、この総説の共著者自身のもの——著者らも「信頼できる歯髄診断のために、より精緻で改良された手段がなお必要だ」と付け加えています。
さらに、組織学的な不可逆性歯髄炎の基準そのものについて、研究間の合意はまだ無い。臨床的な基準にはAAEの合意がありますが、組織学的な基準にはそれが無い。だから一致率の数字も、比べる相手によって変わります。
そして系統的レビュー(Mejare 2012)の結論。「臨床徴候・症状・歯髄診断テストが、可逆性/不可逆性の歯髄炎を判別できる精度を評価するには、科学的エビデンスが不十分である」。
歯髄診断テストについても同じです。冷温診も電気歯髄診も、感覚神経が刺激に反応するかを見ているだけで、血流(生活性)も炎症も測っていません。傷害を検出できても、その範囲と重さは判定できない。
③成績——1年で90%台、5年で78%
総説の表から、全部断髄の成績を拾うとこうなります。Biodentineで1年100%(臨床評価。エックス線評価では98.4%)、CEMで1年97.6%、MTAで3年92.7%。
ただし、同じ試験の205歯を5年まで追った報告では78.1%へ下がります。1年の数字だけを見て判断してはいけない、ということです。
では材料で決まるのか——ここは慎重に読む必要があります。水酸化カルシウムの4研究は、65%・65%・91.6%・92.3%とばらけています。しかも90%台の2本は、どちらも不可逆性歯髄炎を対象にした研究です(65%の2本はう蝕による露髄を対象としています)。「バイオセラミックだから高い、水酸化カルシウムだから低い」と、この表から言い切ることはできません。
材料の差がいちばんはっきり出たのは、Tahaらの研究(50歯・ランダム化試験)で、同じ試験の中でMTAと水酸化カルシウムを比べたものです。2年でMTA 85%に対し、水酸化カルシウムは43%。研究が違うから、患者が違うから、という言い訳が効かない比較です。
ただし——これは「部分断髄・2年・1試験」の話です。前の図で見たとおり、全部断髄では水酸化カルシウムでも90%台の報告があります。
直接覆髄も、単純ではありません。水酸化カルシウム主体の研究では5年37%・10年13%(Barthel・123歯)、13年31.9%(Bjørndal・29歯)と低い。MTAでは3.6年91.3%(Marques・46歯)と高い。ところが同じMTAでも12〜27か月で56.2%(Miles・51歯)という報告があり、水酸化カルシウムとMTAを併用したCaliskanの152歯では2年91.4%→4年84%→6年65%と、追跡が延びるにつれて落ちています。材料だけで説明しきれる差ではない、というのが表3全体の見え方です。
④提案されている手順と、10分という数字
著者らは、正直にこう書きます。「不可逆性歯髄炎の歯のVPTにおいて、歯髄の感染を制御するための推奨ガイドラインは存在しない」。
そのうえで、暫定的な手順が示されています。
この「10分」は、Matsuoらの研究に基づく推測値だと著者らは明記しています。「科学的根拠は無い(no scientific evidence)」とまで書いてある。
正確に言えば、著者らが「科学的根拠が無い」としているのは10分という数字そのものではなく、止血の速さから残存歯髄が無感染であると推定することです。止血の時間という物差しは使われているが、その目盛りの根拠はまだ無い——この領域の現在地が、よく表れています。
術後の管理についても記述があります。ただし「2週ごと」が指しているのは、露髄していない有症状の歯に間接覆髄を試みた場合です——症状が続くか根尖病変が出れば、そこで改めてVPTか根管治療かを判断する、という流れ。断髄後については、著者らは「長期の経過観察が重要」とだけ述べています(間隔の指定はありません)。
⑤明日の臨床へ
①「不可逆性歯髄炎」という診断名を、歯髄全体の判決として使わない。組織学的には、壊れているのは冠部の一部であることが多い。診断名は術式の指定ではなく、出発点だと考える。
②痛みの強さで、歯髄の壊れ具合を推し量らない。相関を示した研究は無く、無痛の歯髄炎も珍しくありません。逆に、強い痛みがあるからといって全部が駄目とも限らない。
③材料の選択は、期待しすぎず・軽んじすぎず。同一研究内でMTA 85%対水酸化カルシウム43%(2年・部分断髄)という差がついたのは事実です。ただし全部断髄では水酸化カルシウムでも90%台の報告があり、MTAでも56.2%という報告がある。材料を変えれば成績が保証される、という読み方はできません。
④1年の成功率で判断しない。同じ205歯が1年97.6%から5年78.1%へ下がっています。患者への説明も、長期の見通しを含めて行う必要があります。
⑤VPTを選ぶなら、経過観察を約束事にする。露髄していない有症状の歯に間接覆髄を試みたなら2週ごとの確認、断髄をしたなら長期のフォロー。著者らは「VPTも根管治療と同様に100%成功する治療は無い」と患者に伝えるべきだと明記しています。
⑥ポストコアが必要な歯は、この話の外。著者らの結論には条件が付いています——「歯冠修復にポスト・コアを必要としない歯」であること。歯質が大きく失われているなら、最初から抜髄のほうが理にかなっています。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
組織学的には、臨床で「不可逆性歯髄炎」と診断された歯でも歯髄全体が壊れているわけではなく、冠部歯髄の一部または全部が壊死し細菌が定着している一方、それ以外の歯髄は感染も炎症も無い。多くの研究は症状と組織所見の相関が良くないと報告しており、84.4%の一致率を示した研究は本総説の共著者自身のものである。痛みの強さは組織障害の重さと相関せず、歯髄炎の歯はしばしば無痛である。成熟永久歯の全部断髄では1年で90%台の報告が並ぶ一方、同じ205歯を5年追うと78.1%まで下がる。材料の差は一枚岩ではない——同一研究内の部分断髄ではMTA 85%に対し水酸化カルシウムは43%(2年)だったが、全部断髄では水酸化カルシウムでも91.6%・92.3%という報告がある。著者らは「正しく診断し適切に処置すればVPTには予測性がある」と抄録に書く一方、結論では「RCTの費用を負担できず、ポスト・コアを必要としない歯における代替になりうる」と条件を付けている。


