1問1答 論文 エンド

打診で響く歯=原因歯とは限らない——いま痛い患者では、健康な隣の歯も7割で響く

1問1答 論文 エンド

エンド|打診・中枢性感作・原因歯の特定

原因歯の特定に打診は欠かせません。しかし348名の臨床研究が示したのは、疾患歯の隣、さらには反対側の健康な歯まで打診に過敏になっているという現実でした。「響いたからこの歯」の一歩手前で、知っておきたい話です。

論文
Mechanical Allodynia in Healthy Teeth Adjacent and Contralateral to Endodontically Diseased Teeth: A Clinical Study
著者
Kayaoglu G, Ekici M, Altunkaynak B
掲載
Journal of Endodontics 2020;46(5):611–618(ガジ大学・トルコ)
種類
臨床研究(348名・全臼歯への打診と関連解析)
PMID
32145907

「響いたから、この歯」——で本当にいいのか

疑わしい歯をコツコツ叩き、患者さんが顔をしかめたら原因歯を疑う。打診はエンドの診査で欠かせない一手です。このとき僕らは、隣の歯や反対側の歯を「比較のための対照歯」として叩きます。

この比較が成り立つ前提は、「病気の歯だけが響く」こと。でも、もしその対照歯までとっくに敏感になっていたら——比較の物差し自体が狂っていることになります。この素朴な疑問を、348名で正面から検証したのが今回の論文です。

348名の「すべての臼歯」を叩いた研究

舞台はトルコ・ガジ大学のエンド科。不可逆性歯髄炎または歯髄壊死の第一大臼歯か第二小臼歯を持つ患者348名(平均30.4歳・18〜72歳)が対象です。スクリーニングした1,736名から、矯正治療中・重度歯周炎・非歯原性歯痛・膿瘍やX線での根尖病変(歯根膜腔の2倍超の拡大を含む)・顎顔面の他の痛みなどを徹底的に除外した集団——つまり「疾患歯のほかは臨床的に健康な歯」がほぼ残る設計です(可逆性歯髄炎の歯を持つ人は348名中68名だけ許容され、解析で統制されています)。

この348名のすべての小臼歯・大臼歯に垂直方向の打診を行い、痛みを4段階(なし・軽度・中等度・重度)で申告してもらいました。順序は反対側から先に、次に患側へ。検者は2名で、1名は研究の目的を知らされないまま診査しています(検者間の差は結果に出ませんでした)。解析は「中等度以上の打診痛」を陽性として、アソシエーションルールマイニングとロジスティック回帰で行われました。

いま痛い患者では、隣の健康歯の70%が「響く」

いま痛みがある患者(131名)
いま痛みがない患者(217名)

0 33.3% 66.7% 100% 隣の健康歯に中等度以上の打診痛が出た患者の割合(%) 70.2% 41.9% いま痛みがある患者 いま痛みがない患者 348名の内訳:いま痛みあり131名中92名・痛みなし217名中91名(Table 2の割合から算出)。多変量解析のオッズ比3.37(95%CI 1.94–5.83・strictモデル)

疾患歯に隣接する「臨床的に健康な歯」に、中等度以上の打診痛が出た患者の割合

「いま歯の痛みがありますか?」にはいと答えた患者では70.2%(92/131名)で、疾患歯に隣接する健康な歯にも中等度以上の打診痛が出ました。痛みのない患者では41.9%(91/217名)——リスク比にして約1.7(本文の割合から計算)。多変量解析でも「いま痛みがあること」だけが最終モデルに残り、オッズ比 3.37(95%CI 1.94–5.83)でした。

驚くのはここからです。反対側のあごの健康な歯まで響いていました。下顎の疾患歯では、対側の対称歯のさらに遠心の歯に打診痛が出やすく、オッズ比 2.40(95%CI 1.21–4.76)。痛みの併発は「対側より同側」「近心より遠心」に多く、疾患歯の打診痛が強いほど周囲へ広がるという、きれいな用量反応のようなパターンを示しました。

つまり: 打診の「響き」は原因歯の中に収まっていない。いま痛みを訴えている患者ほど、隣の歯まで響くようになっている(反対側への波及は下顎で目立つ)——比較のための対照歯が、すでに「基準」でなくなっていることがある。

なぜ健康な歯まで響くのか——中枢性感作

種明かしは中枢性感作(central sensitization)です。打診への過敏は「機械的アロディニア」——本来なら痛みを起こさない機械刺激で痛みが出る状態で、ニューロンの興奮閾値が下がったサインとされます。

疾患歯から侵害入力が延々と送られ続けると、中枢側(三叉神経系の後角にあたる部位)のニューロンはシナプス効率が上がり、受容野が拡大し、抑制が外れていきます。すると、普段は「触った・叩いた」としてしか処理されない低閾値の機械受容器からの入力(Aβ線維)までが、痛みとして読み上げられてしまう。著者らは、同側の広がりはこの図式で、対側への波及については、正確な生理は不明としつつ、脊髄の交連介在ニューロンやグリア細胞の関与(いわゆるミラーイメージ痛の機構)などを候補に挙げています。

関連痛や収束説で知られる「痛みの場所=原因の場所とは限らない」という原則が、打診という日常の診査にもそのまま及んでいる——それをルーチンの打診だけで、348名規模で見せたのがこの研究の価値です。

明日の臨床へ——打診は「1本の陽性」でなく「パターン」で読む

この結果は、打診が無意味だという話ではありません。使い方の解像度を上げる話です。

まず、打診は反対側の歯から始めて、複数の歯を叩く。この研究の手順そのものです。1本だけ叩いて「響きました、この歯ですね」は、いま痛みを訴えている患者では7割の確率で隣の健康歯まで響く以上、危うい省略です。

次に、響きの相対差とパターンを読む。集団としては、疾患歯の響きが最も強く、隣接歯・対側はそれより弱い傾向がありました。「どこが一番強いか」「遠心側に広がっていないか」を意識して叩くと、1本の陽性に振り回されにくくなります——ただし個々の患者でこの序列が必ず保たれる保証はなく、響きの強さだけで原因歯を断定しないのが前提です。

そして打診単独で原因歯を確定しない。温度診・電気診・X線と重ね、訴えの定位や病歴と突き合わせる。とくに「いま強く痛い」と訴える患者では、打診の情報は感作でにじんでいる前提で、他の診査の比重を上げる——この論文はその根拠になります。

つまり: 対側から複数歯を叩いて勾配を読む。響きが最も強い歯を軸に、温度診・電気診・X線の一致で確定する。いま痛い患者ほど、打診の単独判定は避ける。
ここだけ、冷静に補助線
打診は4段階の口頭スケールによる定性評価で、バイトフォークのような定量測定ではありません。単一施設で平均年齢30歳と若い集団です。ただ著者らは、定量のバイトセンサーがう蝕の大きい歯に使えないのに対し、ルーチンの打診はどの歯にも使える実用性を利点に挙げています。特別な機材なしで中枢性感作の広がりを可視化し、検者2名(1名は目的を知らない)で差が出なかった点も堅実です。「対照歯も響くことがある」を織り込んで診査する価値は十分にあります

今日のひとこと

打診の陽性は「原因歯の証明」ではなく、「痛覚系が過敏になっている範囲」ごと示している。いま痛みを訴える患者では、健康な隣在歯の7割が響く。対側から複数歯を叩いて勾配を読み、温度診・電気診・X線の一致で原因歯を確定する。

出典:Kayaoglu G, Ekici M, Altunkaynak B. Mechanical allodynia in healthy teeth adjacent and contralateral to endodontically diseased teeth: a clinical study. J Endod. 2020;46(5):611–618. PMID: 32145907
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
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