カリオロジー|削るタイミング・隣接面う蝕・咬合面う蝕・診断のばらつき
20歳、う蝕活動性は低く、口腔衛生も良好。バイトウィングに、エナメル象牙境をわずかに越えた透過像が写っている。削りますか、経過を追いますか。1996年、スウェーデンの歯科医923名に同じ図を送り、651名から回答が返ってきました。返ってきたのは「正解」ではなく、地域と勤務先と年齢によって答えが違うという事実でした。
①「この透過像、削りますか」に、正解はあるのか
20歳、う蝕活動性は低く、口腔衛生も良好。バイトウィングに、エナメル象牙境をわずかに越えた透過像が写っている。削るか、経過を追うか。
この判断は、教科書どおりというより「教わった先生がどう言っていたか」「その医院がどうしているか」で決まっている面がある——そう感じたことはないでしょうか。1996年、スウェーデンの歯科医923名に同じ図を送って聞いた調査があります。651名(70.5%)が答えました。
②923名に送り、651名から返ってきた
- 時期:1996年10月。スウェーデン国立保健福祉庁の歯科医師登録から無作為に923名を抽出(65歳以上は除外)
- 方法:選択肢をあらかじめ用意した匿名の質問紙。督促は送っていない
- 回答:651名(70.5%)。うち61名はすでに診療をやめていたため除外し、590名を解析。52%が公的歯科サービス(Public Dental Health Service)、42%が開業医、6%は当時診療していなかった
- 年齢分布:27〜34歳 49名(8.4%)/35〜44歳 197名(33.7%)/45〜54歳 198名(33.8%)/55〜64歳 141名(24.1%)
- 設問の設定:20歳・う蝕活動性が低く・口腔衛生も良好な患者。「この患者であっても、どんな事情があっても修復を先延ばしにしない病変はどれか」という聞き方をしている
- 設問:①隣接面う蝕のX線的進行度(6段階の図)②咬合面う蝕の臨床像(グレードの図)③④判断に迷う咬合面う蝕2本(歯Aと歯B)の臨床写真+X線像
- 同じ質問紙が、1995年にノルウェーの歯科医にも送られている
設問文の作り方が丁寧です。「どんな事情があっても先延ばしにしない」という限定を置くことで、「削ってもいい」と「削らずにはいられない」を切り分けている。閾値を測る設計になっています。
③9割超が、象牙質の外側1/3〜1/2まで待つと答えた
- エナメル質にとどまる病変を削ると答えたのは1%程度(エナメル質1/2で0.2%、2/3で1.0%)
- エナメル象牙境:4.6%
- 象牙質の外側1/3:40.8%
- 象牙質1/2:52.0%
- 象牙質2/3:1.4%
合計すると9割超が「象牙質の外側1/3〜1/2まで明らかな進行が無ければ、自動的には削らない」という立場でした。1996年のスウェーデンで、すでにここまで来ていたわけです。
ただし著者らは、これを手放しでは評価していません。1988年にスウェーデン国立保健福祉庁が出したガイドラインは「象牙質に明らかな進行を示す病変は、一般に修復すべき」としていました。「今回の結果から判断すると、このガイドラインは、かなりの数のスウェーデンの歯科医にはもはや従われていないようだ」——著者らはそう書いています。ガイドラインより保存的な方向へ、現場が先に動いていた。
比較対象も示されています。ノルウェーでは、エナメル質にとどまる隣接面病変を「修復が必要」とした歯科医が約18%、「象牙質外側1/3に達したものだけ」が62%。スウェーデンの歯科医は、ノルウェーより遅い段階で削ると答えたことになります。
著者らが引く根拠のひとつが、この一文です。「エナメル象牙境をちょうど越えたばかりの病変の50%は、3年後もX線的に見える進行を示さなかった」。エナメル質内の進行が遅いことは以前から知られていましたが、象牙質内の進行についての情報は少なかった。歯科医たちは自らの経験から、象牙質内の進行もそれなりに遅いと判断していたのだろう——というのが著者らの読みです。
④誰が答えたかで、閾値が変わった
- 開業医(244名):エナメル象牙境 8.2%/象牙質外側1/3 45.1%/象牙質1/2 43.4%
- 公的歯科サービス(299名):エナメル象牙境 1.0%/象牙質外側1/3 36.5%/象牙質1/2 60.2%
- 差は統計学的に有意(p<0.001)。開業医のほうが早い段階で削る
著者らの解釈が面白いところです。スウェーデンでは、開業医は主に成人を診ており、公的歯科サービスの歯科医は小児・思春期の口腔健康も担当している。つまり日々目にしている口が違う。「未修復の歯を主に見ている歯科医のほうが、修復された歯を多く見ている歯科医より、削ることに慎重になるのかもしれない」。Bader と Shugars の「治療判断は診療の特性に影響される」という指摘を引いています。
地域差もありました。
- 南部・中部・北部のあいだには有意差なし
- ただし3つの都市圏のあいだには差があった(p=0.015)。マルメ地域の歯科医は、ストックホルム・ヨーテボリより早い段階で削る(象牙質外側1/3で削ると答えたのが、マルメ60.3%・ヨーテボリ40.3%・ストックホルム31.1%)
- 著者らは「都市圏の違いは推測の域を出ない。卒後研修を担当する人の考え方や、卒前教育プログラムの影響が要因かもしれない」としています
年齢では、若い歯科医のほうがより進行するまで待つ傾向がありました(ANOVA、p<0.005)。50歳を境に見ると、50歳以下は象牙質1/2で削ると答えたのが56.1%、50歳超では44.8%。逆にエナメル象牙境で削ると答えたのは、50歳以下2.4%に対し50歳超8.5%でした。
⑤咬合面では、4人に1人が「グレード4まで待つ」と答えた
咬合面についても同じ形式で聞いています(回答572名)。
- グレード3(中等度の実質欠損、および/またはX線で象牙質外側1/3のう蝕)で削る:67.0%
- グレード4(相当量の実質欠損、および/またはX線で象牙質中央1/3のう蝕)まで待つ:26.7%
- グレード2(エナメル質表面の破綻または着色した裂溝、X線的所見なし)で削る:5.9%
ここで著者らは、はっきり驚きを表明しています。「小さな咬合面の修復は、隣接面の修復ほど手間もかからず、歯にとって危険でもない。それにもかかわらず、設問が20歳の患者であったのに、27%もの歯科医がグレード4まで修復を先延ばしにすると答えたのは驚きである」。
咬合面でも都市圏の差がありました(p=0.002。マルメがもっとも早く削る)。ただし年齢による差も、開業医と公的歯科サービスの差も見られませんでした——隣接面とは違う結果です。
そして、隣接面を「遅く」削ると答えた人は、咬合面も「遅く」削ると答える傾向がありました(r=0.339、p<0.01)。部位ごとの基準というより、その人の中に一貫した「削る閾値」があるということになります。
⑥判断を分けていたのは、おそらくX線像だった
設問3・4では、判断に迷う咬合面う蝕2本について、臨床写真とX線像をセットで見せています。
- 歯A:小さな咬合面の窩洞+象牙質に小さな透過像 → 象牙質う蝕あり 82.4%/なし 6.3%/判断できない 11.3%
- 歯B:深い裂溝はあるが明らかな窩洞なし+象牙質に明らかな透過像なし → 象牙質う蝕あり 9.4%/なし 65.2%/判断できない 25.3%
臨床像は似ていました。それでも判断は82.4%対9.4%と真逆に割れた。著者らは「歯AとBが違う判断をされたのは、X線像の違いによるものである可能性が高い。これは論理的なことだ」と述べています。
ここから引かれる示唆が実務的です。「咬合面う蝕の診断精度は、X線像と視診を組み合わせたときに最も高くなることが示されている。このことは、バイトウィングを読むときに咬合面も含めること、そして良質のX線写真を撮ることの重要性を示している」。
ただし歯Bで4人に1人が「判断できない」と答えている点も見逃せません。臨床像とX線像を揃えても、判断がつかない歯は残る。この25.3%は、経過観察という選択肢がなぜ必要かを、そのまま説明しています。
⑦明日の臨床へ
- 自分の閾値を、一度言葉にしてみる。「象牙質の外側1/3を越えたら削る」なのか「1/2まで待つ」なのか。この調査の分布に自分を置いてみると、多数派なのか少数派なのかが分かります
- 院内で基準がずれていないか確かめる。この調査で開業医と公的歯科サービスに有意差が出た理由が「日々見ている口の違い」だとすれば、同じ医院の中でも、担当している患者層が違えば閾値はずれます。同じ画像を見せ合ってみる価値があります
- バイトウィングで咬合面も見る。歯Aと歯Bの結果は、視診だけでは判断が固まらないことを示しています。ただし4人に1人は、両方揃えても判断できないと答えた——そこが経過観察の出番です
- 「削ってもいい」と「削らずにはいられない」を分ける。この調査の設問文の作り方そのものが、日々の判断に使えます
最大の限界を、著者らが最後に自分で書いています。「質問紙への回答は、その歯科医が実際の診療で行うこととは必ずしも一致しない。回答が回答者の意思決定をどの程度反映しているかは、本質的な問いである。それを知るには、代表的な患者記録を解析する必要があるだろう」。これは「言ったこと」の調査であって、「やったこと」の調査ではありません。
督促を送っていないため29.5%が無回答で、その人たちが違う意見を持っていたかどうかは分かりません。ただし著者らは、回答者の年齢分布は登録簿と差が無く、公的/開業の比率も全国比とほぼ同じだったことを示しており、少なくとも大きな偏りは無さそうです。
そして1996年のスウェーデンという文脈です。小児・若年成人のう蝕有病率が大きく下がっていた時期であり、その低う蝕集団を前提とした閾値です。う蝕活動性の高い患者では、同じ歯科医が違う答えを出すはず——設問自体が「活動性が低く口腔衛生も良好な20歳」と限定しているのは、そのためでもあります。
それでも、「答えが割れる」という結果をそのまま出したことにこの論文の値打ちがあります。専門家集団の中に、これだけの分散がある。その分散を知らないまま「自分の基準が標準だ」と思い込むほうが、危ういのだと思います。
今日のひとこと
隣接面う蝕を「すぐ削る」と答えた段階は、象牙質外側1/3で40.8%、象牙質1/2で52.0%。9割超が「象牙質の外側1/3〜1/2まで明らかな進行が無ければ、自動的には削らない」と答えた。ただし答えは一様ではない。開業医は公的歯科サービスの歯科医より早い段階で削り(エナメル象牙境で削ると答えたのが8.2%対1.0%、p<0.001)、都市圏でも差があった(p=0.015)。咬合面では67.0%がグレード3で削ると答えた一方、26.7%はグレード4まで待つと答えている——20歳の患者の設定で、である。同じ臨床像の歯AとBの判断が82.4%対9.4%と割れたのは、X線像の違いだった。


