カリオロジー|う蝕減少の要因・専門家調査・フッ化物配合歯磨剤
1960〜70年代以降、先進国のう蝕は減り続けました。では、何が効いたのか。砂糖が減ったから? 歯磨きが上手になったから? 歯科医院が頑張ったから? 1996年、ルンド大学のBratthallらが、世界の第一線の専門家52人に同じ質問票を送り、答えを並べてみせました。結果は、想像よりずっとばらばらでした。
①虫歯は減った。では、何が効いたのか
1960〜70年代以降、いわゆる先進国のう蝕は減り続けました。若い世代でう蝕がない人は、もはや珍しくありません。
問題は「なぜ減ったのか」です。砂糖の消費が減ったから? 歯磨きが上手になったから? 水道水フッ化物添加? シーラント? 歯科医院の予防処置?——どれも効いていそうだが、どれがどれだけ効いたのかは分からない。著者らははっきり書いています。「すべての要因の相対的な寄与を扱った実験研究は存在しないし、そのような研究が実施できる見込みもない」と。
ならば、と彼らが取った方法が変わっています——その分野の第一線の専門家に、直接聞く。
②55人に送り、52人が答えた
- 質問:「あなたが選んだ国・地域で、20〜25歳の人が30年前と比べてう蝕が少ないのは、なぜだと思いますか」
- 選択肢:25項目を、食事/フッ化物/プラーク/唾液/歯科医と歯科材料/その他に分類
- 回答尺度:各項目について、その要因だけでう蝕減少の何%を説明できるかを5段階で。とても重要(40%超)/重要(21〜40%)/あまり重要でない(5〜20%)/わずか(5%未満)/効果なし(0%)
- 追加の問い:「単一で最も重要な要因」を1つ挙げる
- 回答者:55名に送付し、2名が未返信、1名は明らかな誤解のため除外して52名(回答率95%)。24名が水道水フッ化物添加のある国、28名がない国を想定して回答
質問票の送付先は論文にすべて実名で載っています(ただし誰が回答したかは公表されていません)。Fejerskov、Løe、Marthaler、Newbrun、Krasse、ten Cate、Axelsson、Sheiham——教科書の著者の名前が並びます。日本からも2名(日本大学松戸・東京歯科大学)に送られています。
設計上の工夫も書かれています。「健康教育の効果」「社会的要因」のような大きな括りをあえて外したこと——それを入れると「砂糖消費の変化」と二重に数えられてしまうため。歯面の上で直接働く要因に絞ったのです。また、「とても重要」は1票に2つまでしか入りえない(3つ選ぶと合計が120%を超えてしまう)ため、その2つのどちらが上かを別に聞いています。
③唯一、意見が揃った項目
フッ化物配合歯磨剤への評価は、こうでした。
- とても重要(40%超を説明):63%
- 重要(21〜40%):33%
- あまり重要でない(5〜20%):4%
- わずか・効果なし:0%——誰一人として「効いていない」とは答えなかった
対照的なのが砂糖の総摂取量の減少です。38%が「効果なし」、37%が「わずか」。「とても重要」と答えた人は一人もいませんでした。
ここは誤読しやすいところなので、著者らの但し書きを引いておきます——問われているのは「その要因が効くかどうか」ではなく「実際に起きたう蝕減少を、それがどれだけ説明するか」です。砂糖に力がないという意味ではなく、この30年で総摂取量がそれほど減らなかったから、う蝕減少の説明にはならない——設問の性質上、そう読むのが自然です(ただし「総摂取量が減らなかった」と専門家が述べた記述が論文にあるわけではありません)。実際、砂糖の「摂取頻度」の減少には評価が分かれており(効果なし17%・わずか35%・あまり重要でない35%・重要10%・とても重要4%)、総量より頻度のほうがまだ支持されています。
④「単一で最も重要な要因」は
- フッ化物:40名(一部は「口腔保健教育との組み合わせで」と付記)。うち24名は、とくにフッ化物配合歯磨剤を挙げた
- 多因子である:2名/口腔保健教育:2名/口腔細菌叢・口腔環境:1名/口腔衛生:1名
- 回答を控えた:6名
他の項目の分布も見ておきましょう。著者らが「回答が尺度の全域に散らばった」代表例として挙げているのが「ブラッシングによるプラーク量の減少(フッ化物の効果を除く)」で、わずか35%・あまり重要でない25%・重要29%・とても重要10%と、尺度の全域に散らばりました。
一方、低い評価で揃った項目もあります。唾液の性質の変化(効果なし65%)、専門的機械的清掃(効果なし38%・わずか40%)、クロルヘキシジン(効果なし40%・わずか54%)、シーラント(効果なし15%・わずか46%)、より良い修復材料(効果なし37%・わずか44%)。歯科医療者が診療室で直接行う処置は、集団のう蝕減少への寄与としては小さく見積もられている——これが専門家の見立てでした。
水道水フッ化物添加については、実施国を想定した24名のうち75%が「とても重要」、21%が「重要」と答えています。導入されている場所では、非常に高く評価されているということです。
⑤明日の臨床へ
- 「まずフッ化物配合歯磨剤を毎日使う」を、指導の中心に置いてよい。世界の専門家52人が「効いた」という向きで唯一そろって支持した項目です(フッ化物配合歯磨剤の効果そのものはRCTと系統的レビューで確立しており、この調査が示すのは「専門家が減少の主因と見ている」ということです)
- 「砂糖を減らしましょう」の言い方を変える。この調査で低く評価されたのは総量で、頻度のほうが高く評価されました。「量より回数」という伝え方は、この調査の分布とは整合します(ただし意見の分布であって効果の実証ではありません)
- 診療室でやることの位置づけを知っておく。専門的清掃もシーラントも「集団のう蝕減少をどれだけ説明したか」では小さく見積もられました。ただしこれは「効果がない」ではなく「広く行き渡らなかった」の意味だと著者らは注意しています(正しく広く導入されていれば相応の効果が出ていただろう、と)
- 意見が割れること自体を知っておく。同じ論文を読んでいる専門家同士でも、解釈はここまで違う。ある教科書の断定を鵜呑みにしない理由が、この論文にあります
今日のひとこと
25項目のうち、「効いた」という向きで専門家の意見が明確に一致したのは「フッ化物配合歯磨剤」ただ一つだった。63%が「とても重要(う蝕減少の40%超を説明する)」と答え、「効果なし」と答えた人は一人もいなかった。一方、砂糖の総摂取量の減少は38%が「効果なし」と答えている。これは事実の測定ではなく意見の分布だが、その分布そのものが読む価値を持つ。


