1問1答 論文 外科

くさび状欠損は、歯ブラシのせいではないかもしれない——引張応力という仮説の原典

1問1答 論文 外科

咬合|非う蝕性の歯頸部くさび状欠損(NCCL)・アブフラクション・引張応力

歯頸部にくさび状の欠損がある。しかし隣の歯はきれいなまま。歯ブラシのせいなら、なぜ1本だけなのか。酸のせいなら、なぜ隣接する歯には及ばないのか。1984年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のLeeとEakleが、この「説明のつかなさ」に対して咬合という補助線を引きました。アブフラクションという言葉の、ひとつ前にある論文です。

論文
Possible role of tensile stress in the etiology of cervical erosive lesions of teeth
著者
Lee WC, Eakle WS
掲載
J Prosthet Dent. 1984;52(3):374-380
種類
仮説の提示+症例報告3例(100例超の観察から選出)
PMID
6592336

なぜ、1本だけなのか

歯頸部にくさび状の欠損がある。鋭いライン角をもっている。ところが隣の歯はほとんど傷んでいない——この光景を、私たちは何度も見ています。

ここに説明の難しさがあります。

  • 歯ブラシによる摩耗だとしたら——なぜ隣の歯には及ばないのか。ブラシは隣の歯も同時に擦っているはずです
  • 酸による溶解だとしたら——なぜ1本だけを溶かせるのか。著者らはこう書いています。「口腔内の液体に含まれるクエン酸が、どうして1本の歯だけに作用して隣の歯には作用しないのか、これらの研究は説明していない」
  • 酸蝕による欠損は、広い範囲にわたって鋭いライン角をもたないのに対し、特発性の歯頸部欠損は歯頸部に限局し、くさび形をしている
先に結論: 著者らの仮説は「歯頸部欠損を始めるのは、咀嚼と不正咬合による引張応力であり、局所の環境(酸・ブラシ)は二次的な役割を果たして病変を完成させる」というもの。ただしこれは仮説の提示であり、証明ではありません

歯はたわむ。そして引張側が壊れる

咬合が理想的なとき、咀嚼の力は主に歯軸に沿って向かい、力は分散されてハイドロキシアパタイト結晶のゆがみは最小で済みます。

理想的でないとき、側方力が生じ、歯がたわみます。すると2種類の応力が生まれる——

  • 圧縮応力:歯が曲がっていく側に生じる
  • 引張応力:曲がる方向と反対側に生じる
側方力が歯をたわませ、引張側の歯頸部が壊れる

理想的な咬合 歯肉縁 力が歯軸に沿う =たわみが小さい

側方力がかかる咬合 歯肉縁

側方力

引張側 (曲がる向きと 反対側) くさび状の欠損

圧縮側 (歯が曲がって いく側・壊れにくい)

支点(●)の近くに病変ができる。 力の作用点が支点から遠いほど引張力は大きくなる

〔図〕側方力による歯のたわみと、引張側(曲がる向きと反対側)に生じる歯頸部欠損(原著の記述にもとづく模式図)

ここで効いてくるのが材料としての性質です。

  • 象牙質は引張に対してエナメル質よりかなり強い。高い弾性で、破折せずに大きな変形に耐える
  • エナメル質は硬いが脆く、破折するまでにわずかな変形しか許容しないエナメル質は剛体として動き、その下で象牙質が弾性変形する
  • そしてエナメル小柱を互いに引き離す方向の力(引張)に対しては、かなり弱い。Powersらは、引張によるクラックがエナメル小柱の周囲と小柱間物質を通って生じることを観察している

圧縮に対しては象牙質もエナメル質も強いので、ほとんど壊れません。耐えられないのは引張のほうです。

壊れたあと、水が入り込んで戻れなくする

仮説の核心はここです。

Arendsらは、エナメル質の不連続な結晶のあいだに、水やタンパク様の有機物で満たされた小さな空隙が存在することを示していました。液体や小さなイオンは、この空隙を通り抜けられます。

著者らの筋書きはこうです。

  1. 引張応力で、結晶間の化学結合が壊れる
  2. 壊れた分だけ新しい空隙ができ、そこへ水などの小分子が入り込む
  3. 入り込んだ小分子が結合の再形成を妨げる
  4. その後の引張応力が、いったん生じたクラックを進展させる
  5. 構造の乱れた部分は、化学的な溶解にも、ブラッシングの摩擦・圧縮・剪断にも弱くなる

つまり力が下地を作り、酸とブラシが仕上げる——この順番が、著者らの主張です。

この仮説から、病変には4つの特徴が予測されます。

  • 支点(fulcrum)の位置か、その近くにできる
  • くさび形で、鋭いライン角をもつ(引張応力が集中する体積の形)
  • 力の向きが位置を決める。同じ歯に2方向の側方力があれば、2つのくさび形が重なった形になる
  • 大きさは力の大きさと頻度に比例する力の作用点が支点から遠いほど、支点近くに生じる引張力は大きくなる(てこの原理)

3人の患者が、その予測に合っていた

著者らは100例を超える観察から、代表的な3例を挙げています。

  • 症例1(32歳・男性・III級不正咬合):下顎左側第一小臼歯に大きな歯頸部病変。隣接する歯はほとんど侵されていない(隣の第二小臼歯には小さな病変がありました)。ブラッシングやクエン酸なら1本だけを大きく侵すのは考えにくい。病変の咬合側ライン角が歯の長軸に対して斜めになっており、その角度が上顎側切歯との接触面の角度と一致していた
  • 症例2(30歳・男性・II級不正咬合):上顎左側第二小臼歯と下顎左側第一小臼歯。病変の咬合側縁に2つの異なるライン角があり、頬側咬頭の先端付近の咬耗面にも2方向の力の痕跡が見えた
  • 症例3(45歳・女性・ブラキシズム):多数の咬耗面と7つの大きな歯頸部病変。上下の右側第一大臼歯にそれぞれ2つの独立したくさび状病変があり、上顎では2つの頬側根がそれぞれ支点となるたわみで説明できる(2根の間には支点が無いため、その中間の部分は保たれていた)。さらに下顎大臼歯の病変は歯肉縁のかなり下まで及んでおり、歯ブラシの毛先が容易には届かない位置だった

この最後の一点——ブラシが届かない場所に病変があった——は、摩耗説だけでは苦しい観察です。

明日の臨床へ

  • くさび状欠損を見たら、咬合を見る。咬耗面の向き、病変のライン角の向き、対合歯との接触面の角度。これらが揃うかどうかを確かめる癖をつけると、見え方が変わります
  • 「強く磨きすぎです」だけで終えない。ブラッシング指導は必要ですが、それだけでは進行が止まらない症例があります。実際、著者らが引用しているXhongaの研究では、33.33%フッ化ナトリウムの5か月間の塗布は進行速度に影響を与えず(ただし著者ら自身が結論的ではないとし、より長期の検討を求めています)、フッ化物とシーラントを1年併用してもわずかな保護にとどまりました
  • 犬歯誘導という補助線:側方運動で犬歯が臼歯を離開させれば、臼歯にかかる側方力は大きく減ります。ブラキシズムで犬歯誘導が失われると、その保護が消える。著者らも「ブラキシズムの患者に歯頸部病変が高頻度だという報告がある」としつつ、「犬歯誘導と歯頸部病変の有病率との関係は、これから検討されるべき課題である」と書いています
  • 修復して終わりにしない。力の原因が残っていれば、同じことが起きます
ここだけ、冷静に補助線 — この論文は仮説の提示です。著者ら自身が最後の一文で、はっきりこう書いています——「本論文で述べた仮説的な結論は、実験によって検証される予定である」。示されているのは100例超のうちから選ばれた3症例で、対照群も測定値もありません。「仮説に合う症例を選んで並べた」構造である以上、これ自体は証拠ではなく説明の候補です。実際、本論文より後の40年間で有限要素解析や in vitro 研究が積み重ねられましたが、アブフラクションが独立した病因として成立するかは、いまも議論が続いています。著者ら自身も、摩耗・酸・フッ化物・隣在歯の有無・歯の排列と形態など、複数の因子が関わることを認め、「歯ブラシによる摩耗が同様の病変を作れないという意味ではない」と留保しています。読むべきは結論ではなく、「なぜ1本だけなのか」という問いの立て方のほうです。

今日のひとこと

咬合が理想的でないとき、側方力が歯をたわませ、たわみの外側(引張側)の歯頸部でハイドロキシアパタイト結晶間の化学結合が壊れる。そこへ水などの小分子が入り込んで結合の再形成を妨げ、構造の乱れた部分が摩耗や溶解に弱くなる——これが著者らの仮説。ただし本論文はあくまで仮説であり、著者ら自身が「実験による検証が必要」と結んでいる。

Lee WC, Eakle WS. Possible role of tensile stress in the etiology of cervical erosive lesions of teeth. J Prosthet Dent. 1984;52(3):374-380. PMID: 6592336
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。