カリオロジー|実験的う蝕・スクロース洗口・可逆性・フッ化物
「初期の虫歯は元に戻ります」。私たちはそう説明します。その言葉の裏づけとして、いま読み返す価値のある実験があります。オーフス王立歯科大学のvon der Fehr・Löe・Theiladeが、歯学部生12名に3週間ブラッシングをやめさせ、半数には1日9回の砂糖水うがいを課しました。そして、できた病変を戻すところまでやっています。歯周病学の実験的歯肉炎モデルを、そのままう蝕へ持ち込んだ一本です。
①「初期う蝕は戻ります」の、その根拠は
白斑を見つけたとき、私たちはこう言います——「削らずに様子を見ましょう。ここは元に戻せます」。
この説明を支える実験が、1970年に出ています。しかも作り方が徹底しています。ヒトの口の中で、意図的にう蝕を作り、そのうえで戻すところまでやったのです。
設計の下敷きになっているのは、同じ著者陣(Löe・Theilade)が5年前に確立した実験的歯肉炎モデル——清掃をやめれば数日でプラークが積もり、歯肉炎が起きる、という有名なやつです。その同じ枠組みを、う蝕に持ち込んだらどうなるか。
②ゼロから始めるために、12週間かけた
この実験のいちばん贅沢な部分は、準備期間です。
- 被験者:歯学部生12名(男性)。徹底したプロフェッショナルクリーニングを受け、歯ブラシと歯間ブラシで丁寧な清掃を指導される
- 12週間かけて、プラーク指数と歯肉炎指数がほぼゼロになるまで整えた。ここが実験のスタートライン
- 評価:頬側歯頸部のエナメル質を、実体顕微鏡16倍で観察。圧搾空気で10〜20秒乾燥させてから、von der Fehrのう蝕指数(0=健全/1=わずかな灰色調/2=周波条が明瞭で灰白色の斑が融合/3=明瞭な白色脱灰)で採点。中間値(0.5・1.5・2.5)も使う
- 大臼歯と下顎前歯は除外(細菌の塗抹採取には上顎第一大臼歯が使われた。実験面のプラーク形成を乱さないためである)
そして23日間、全員が口腔清掃を完全にやめます。
- スクロース群(6名):さらに1日9回、50%スクロース水溶液10mLで洗口。食間に、朝8・9・10・11時、午後2・3・5・8・10時。4回は歯学部で監督下、残りは小瓶を渡して自宅で
- 対照群(6名):洗口はしない。なお普段の食事を変える措置は、両群とも取られていません
- 群分けは検査者に伏せられていた(盲検)
23日後に清掃と研磨をして再検査。その後1か月の「清掃+0.2%NaF洗口」期間、さらにもう1か月を置いて、計4回の記録を取っています。
③3週間で、確かに初期病変はできた
結果ははっきりしていました。ただし先に断っておくと、できたのは白斑(初期エナメル質病変)であって齲窩ではありません——原著も「表層の崩壊は示さなかった」と書いています。
- 新たな病変:対照群6か所、スクロース群24か所。う蝕発生率(開始時に健全だった面のうち新たに病変が生じた割合)は15% 対 47%で、約3倍の差でした
- 健全面の数:対照群は41面→43面とほぼ変わらず、スクロース群は51面→31面へ減少
- う蝕指数の平均:対照群0.69→0.73(ほぼ横ばい)、スクロース群0.63→0.96。スクロース群は6名全員で指数が上がりました
- プラーク指数(23日目):対照群1.73、スクロース群2.14——スクロース群のほうが一貫して厚い
ここで面白いのは、差がつかなかったものです。
- 歯肉炎:両群とも23日で全員が歯肉炎になり、発症の速さも重症度も差がありませんでした(対照1.14/スクロース1.11)。著者らは「スクロースの追加は、歯肉に対するプラークの病原性を変えないことを示唆する」と書いています
- 細菌のグラム染色像:グラム陽性球菌・桿菌 → グラム陰性球菌 → 紡錘菌様・糸状菌(1〜5日)→ スピリラ・スピロヘータ(5〜10日)という移り変わりのパターンは両群で同じで、割合の分布に差はありませんでした
- プラーク中のフッ素:4〜201ppm(乾燥重量)と幅があり、平均は対照55ppm・スクロース46ppm。有意差なし
砂糖が変えたのはプラークの「量」と「う蝕を起こす力」であって、菌の顔ぶれでも歯肉への攻撃力でもなかった——ここは今読んでも示唆的です。
④そして、戻った
この論文が古典であり続けている理由は、後半にあります。
清掃を再開し、0.2%NaFの毎日の洗口を1か月続けた時点では、スクロース群の指数は0.96→0.85と少し下がっただけでした。対照群にいたっては0.73→0.82と、むしろ上がっています。
ところがもう1か月続けたところで、対照群0.62・スクロース群0.69——対照群はこれまでのどの記録よりも低い値になり、スクロース群も開始時(0.63)とほぼ同じ水準まで戻りました。
著者らの記述は控えめです。「できた白斑病変は表層の崩壊を示さなかった」「良好な口腔清掃の再開と定期的なフッ化物の応用によって、期待どおり再石灰化した」。
そして一言添えています——「実験をもっと長く続けていれば、齲窩の形成が起きていたことは疑いない」。これは観察ではなく著者らの推測ですが、止められる時期があるということの裏返しでもあります。
⑤明日の臨床へ
- 「戻せる」は本当——ただし時間がかかる。この実験でも、1か月では戻りきらず、2か月かけて元の水準でした。次のリコールで白斑が消えていないことを、失敗と読まなくてよい
- 戻すのに使ったのは「清掃の再開」と「毎日のフッ化物」の2つだけです。特別なことは何もしていません
- 3週間で作れる——これは患者さんへの説明にそのまま使えます。装置が入った、腕を骨折して磨けない、そういう3週間で何が起こりうるか
- 効いたのは「1日9回・50%溶液」という頻度と量の両方です。この設計では頻度と総量が完全に交絡しているので、この実験から「回数だけが効いた」と分けて言うことはできません
今日のひとこと
口腔清掃を23日間やめ、1日9回の50%スクロース洗口を加えると、新たな病変は対照群6か所に対しスクロース群24か所、う蝕発生率は15%対47%になった(できたのは白斑で齲窩ではない)。その後、清掃の再開と0.2%NaF洗口を2か月続けると、対照群は過去最低値まで下がり、スクロース群も開始時の水準へ戻った。ただし著者らは、この低下がスコアリング水準のシフトによる可能性も自ら挙げている。


