カリオロジー|生体模倣ハイドロキシアパタイト歯磨剤・乳歯・表面粗さ
6歳未満のフッ素症を避けたい。その動機から、ハイドロキシアパタイト(HAP)配合のフッ素なし歯磨剤が選ばれる場面が出てきました。ローマ・サピエンツァ大学のグループが、乳歯のエナメル質を酸で荒らしたうえで、4種類の歯磨剤で15日間磨き、電子顕微鏡で表面を見比べています。ただし——測っているものが何なのかは、丁寧に見ておく必要があります。
①「フッ素なし」を選ぶ理由と、その先の疑問
6歳未満の子どもは、まだ吐き出しが上手にできません。歯磨剤を飲み込んでしまう分が積み重なると、フッ素症のリスクになる——だから低濃度が推奨されています。
その悩みへの答えとして、フッ素を含まないハイドロキシアパタイト(HAP)配合歯磨剤が売り場に並ぶようになりました。エナメル質と同じ成分なのだから、削られた表面を埋めてくれるのではないか、と。
ではその「埋める」は、どこまで確かめられているのか。ローマ・サピエンツァ大学のグループが、乳歯のエナメル質を酸で荒らしてから、4種類の歯磨剤で15日間磨き、電子顕微鏡で見比べた研究です。
②乳歯を4つに割り、37%リン酸で荒らしてから磨く
比べたのは4種類です。
- 普通の歯磨剤(有効成分なしのニュートロ・パスタ)
- フッ素 500ppmの市販歯磨剤
- フッ素 1400ppmの市販歯磨剤
- 生体模倣HAP(Biorepair/亜鉛置換カーボネート・ハイドロキシアパタイト、microRepair)
試料の作り方はこうです。
- 対照群(原著の呼称。実体は抜去歯を試験管内で磨いた群):矯正治療や生理的交換で抜けた乳歯(第一乳臼歯)30本を、7〜10歳の患者から収集。歯冠を近遠心・頬舌の2方向に割って4分割し、辺縁をコンポジットレジンで覆う
- 露出させた面を37%オルトリン酸で1分間エッチングし、「口の中で起きる脱灰を再現」した
- 同じ歯から取った4つの断片を、それぞれ別の歯磨剤で1日3回・2分・15日間、手で磨く(=同じ歯の中で4製品を比べられる設計)
- 患者群:食生活と口腔清掃習慣が似た7〜10歳の患者に、4製品を1日3回・15日間使ってもらい、その後に第一乳臼歯を抜去して観察。⚠️ ここだけ原著の記載が揺れていて、患者群の4製品は「通常のフッ化物歯磨剤・Biorepair・フッ素500ppm・フッ素1400ppm」と書かれています(試験管内の対照は「有効成分なしのシリカ基剤」と明記)。患者群の人数も原著には書かれていません
- 評価はVP-SEM(可変圧走査型電子顕微鏡)。500倍の画像を各処置につき10枚撮り、ImageJの粗さ解析プラグインでRq(二乗平均平方根粗さ)を算出。⚠️ これはSEM画像の輝度から出した無次元の値であり、触針式や干渉計による実測の表面粗さではありません(原著もRqに単位を与えていません)
VP-SEMを使ったのは、乾燥やコーティングをせずに歯を観察できるからです。通常の高真空SEMでは前処理が必要で、表面の性状そのものが変わってしまう。ここは丁寧な設計です。
③もっとも滑らかになったのはHAPだった
Rqの平均値は、普通の歯磨剤 175.2 > フッ素500ppm 163.9 > フッ素1400ppm 144.4 > 生体模倣HAP 123.4。
t検定の結果はこうです。
- 普通の歯磨剤 対 フッ素500ppm:p=0.0630(有意差なし)——この2群だけ、区別がつかなかった
- 普通の歯磨剤 対 フッ素1400ppm:p=0.0001
- 普通の歯磨剤 対 HAP:p=0.0001
- フッ素500ppm 対 フッ素1400ppm:p=0.0157
- フッ素500ppm 対 HAP:p=0.0001
- フッ素1400ppm 対 HAP:p=0.0224——HAPのほうが有意に滑らか
SEM画像の記述としては、HAP処置面は「均一で非常に滑らかな微細な層に覆われ、エナメル質の微小な窩洞が埋まっている」と報告されています。一方1400ppmフッ化物の面は、層は乗るものの、なお粗さが残り、材料の分布が不均一だったとのこと。
追加観察も一つ報告されています。日常的にフッ化物歯磨剤を使ってきた患者から抜いた乳歯には、なお溝や擦過痕が残っていたのに対し、HAPで15日磨いた歯では、それらがほぼ埋まっていたと。ただし原著の記述は「15日のBiorepair手磨きのあとに抜去・解析した」とも「抜去してから15日磨いた」とも読める書き方で、口の中での話かどうかは断定できません。1症例ずつの比較でもあります。
④抗菌・バイオフィルムでは、そこまでの差はない
もう一つの柱が、ミュータンス菌(S. mutans ATCC 25175)に対する試験です。ここは、著者らの主張がややゆるやかになります。
- 5%溶液での生存率:240分では両者とも菌がほぼ消えました。30分・60分の時点は、図の統計記号で見ると1400ppmフッ化物のほうが強く抑えているのですが、原著の本文は「両者の抗菌力は同程度」と書いています——ここは図と文章がやや食い違います
- 1%溶液で4時間:HAPは有意に生存率を下げた(p<0.01)。ただし同じ図で、有効成分なしの「普通の歯磨剤」も同程度に下げています——ここは「HAP特有の抗菌作用」と読むには弱い
- 乳歯上に作らせたバイオフィルムの量:クリスタルバイオレット法で、Neutro対照と比べて3製品いずれも有意差なし(ns)でした(総当たりの検定ではありません)。著者ら自身も「Biorepairの作用は他の歯磨剤とほぼ同一」と書いています
つまり「HAPは表面を滑らかにする点で優れているが、菌を減らす点では他と横並び」——これがこの研究から読める範囲です。
⑤明日の臨床へ
- 「フッ素なしでも表面は修復される」という主張には、SEMレベルの裏づけがある。少なくとも乳歯の酸で荒れた面を滑らかにする点では、1400ppmフッ化物を上回った
- ただし「う蝕を減らす」とは、この研究からは言えない。測ったのは表面粗さと菌の生存率で、う蝕の発生も進行も見ていません。著者らも結論の直前に「長期の研究が必要である」と書いています
- 500ppmが「有効成分なし」と区別できなかった点は、覚えておく価値がある。低年齢向けに低濃度を選ぶとき、その濃度で何がどれだけ期待できるのかを一度考え直す材料になります(ただしこれは表面粗さの話で、う蝕予防効果の否定ではありません)
- 菌に対する上乗せは期待しない。バイオフィルム量に差はありませんでした
- 選択肢として並べるところまで。「フッ素をどうしても避けたい」というご家庭に、根拠のある代替として示せる——その位置づけが、いまの証拠に合っています。なおこの試験で使われたBiorepairはイタリアの製品で、国内で同等品を手に入れられるかは製品ごとに確認が要ります。価格帯もフッ化物歯磨剤より高めになりがちです
今日のひとこと
15日間で表面がもっとも滑らかになったのは生体模倣HAPで、1400ppmフッ化物にも有意に勝った(p=0.0224)。ただし測ったのは表面粗さであって、ミネラル量でもう蝕でもない。


