1問1答 論文 虫歯

歯磨剤にも使われている殺菌成分は、腸で何をしていたか——マウスで飼料10ppmでも大腸の炎症が増えた

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|トリクロサン・腸内細菌叢・TLR4シグナル(マウス)

トリクロサンは、歯磨剤を含む2,000種類以上の日用品に使われている殺菌成分です。プラークと歯肉炎を抑える成分として、歯磨剤に配合されてきました(原著の執筆時点で、FDAとEPAの承認は歯磨剤を含む多くの製品で続いています)。ではその成分を、口ではなく腸の側から見るとどうなるのか。Science Translational Medicineに載った、マウスの研究です。

論文
A common antimicrobial additive increases colonic inflammation and colitis-associated colon tumorigenesis in mice
著者
Yang H, Wang W, Romano KA, ほか(責任著者 Zhang G・Rey FE)
掲載
Sci Transl Med. 2018;10(443):eaan4116
種類
動物実験(マウス・経口曝露3〜12週/モデルにより異なる。大腸炎モデル・大腸がんモデル・無菌マウス・TLR4欠損マウス)
PMID
29848663

歯磨剤の殺菌成分を、腸の側から見る

トリクロサンは、2,000種類以上の日用品に使われている殺菌成分です。原著の冒頭には「歯磨剤、化粧品、台所用品、玩具」が並び、一部の歯磨剤では3,000ppmが有効成分として配合されていると書かれています。

歯科の側から見れば、これはプラークと歯肉炎を減らす成分として使われてきました(ただしその有効性は別の臨床試験群の話で、この論文はそこを検証していません)。

では、飲み込んだ分は体の中で何をしているのか。米国のNHANESでは、検査された尿サンプルの約75%からトリクロサンが検出されています。2016年9月にFDAは市販の手洗い製品からトリクロサンを外しましたが、歯磨剤を含む他の多くの製品では、FDAとEPAの承認が続いている——というのが、この論文が書かれた時点の状況です。

先に結論: マウスにトリクロサンを与えると、飼料10ppmという低用量でも大腸炎が悪化し、大腸がんモデルでは腫瘍の数・大きさ・総量が増えた(80ppm)。そして基礎的な炎症の増加は無菌マウスで起きず、DSS大腸炎の悪化はTLR4欠損マウスで起きなかった。ただしこれはマウスの経口投与であり、歯磨剤の使用を調べた研究ではない。

ヒトと同程度の血中濃度に合わせて与える

0 933.3 1866.7 2800 血漿中の総トリクロサン濃度(nM) 246 2422 飼料 10ppm 飼料 80ppm LC-MS/MSによる測定(平均±SEM は 246±30 と 2422±345)。著者らは「これらの濃度は、トリクロサンに曝露したヒトのボランティアで報告された濃度と同程度である」と述べている
飼料にトリクロサンを混ぜて3週間与えたあとの、血漿中の総トリクロサン濃度。これは結果ではなく、与えた量がヒトの曝露と釣り合うかの確認である(平均±SEM)

まず著者らが確かめたのは「マウスに与えた量が、ヒトの曝露と比べて現実的か」です。

飼料に10ppmまたは80ppmのトリクロサンを混ぜて3週間与えたところ、血漿中の総トリクロサン濃度は246±30 nM(10ppm)と 2422±345 nM(80ppm)でした。著者らは「これらの濃度は、トリクロサンに曝露したヒトのボランティアで報告された濃度と同程度である」と述べています。ここがこの論文の説得力の土台で、だからこそSci Transl Medに載ったのだと思います。

⚠️ 曝露期間はモデルごとに違います。基礎的な炎症・微生物叢・無菌マウスの実験は3週間ですが、大腸がん(AOM/DSS)モデルは実験期間を通じて与え続けて約11週、Il-10欠損マウスのモデルは12週です。「3週間与えたら腫瘍が増えた」ではありません。

使われたモデルは4つです。

  • 通常のマウス(基礎的な炎症を見る)
  • DSS誘発大腸炎モデル(炎症性腸疾患の標準モデル)
  • Il-10欠損マウス(別系統の大腸炎モデル)
  • AOM/DSS誘発大腸がんモデル(炎症関連の発がんモデル)

低用量でも炎症が増え、80ppmでは腫瘍が増えた

結果を順に並べます。

  • 基礎的な炎症(3週間の投与のみ):80ppmで脾臓重量が増加(P<0.01)血漿IL-6が上昇(P<0.05)大腸のIl-6遺伝子発現が上昇(P<0.05)陰窩の障害が悪化(P<0.05)
  • DSS大腸炎:80ppmで大腸が短縮(P<0.05)陰窩の障害が増加(P<0.01)、白血球・マクロファージ・好中球の浸潤が増加
  • 低用量でも:低用量域(飼料5〜10ppm)を調べた実験のうち、10ppm群でDSS大腸炎が悪化した(白血球 P<0.001、マクロファージ P<0.05、陰窩の障害 P<0.01)。5ppmで悪化したとは原著には書かれていません
  • Il-10欠損マウス(80ppmを12週)でも同じ向きの結果が出て、大腸炎を促進する作用が別モデルでも確認された
  • 大腸がんモデル:80ppmで腫瘍数・平均腫瘍サイズ・総腫瘍量がいずれも増加(P<0.05)c-myc・axin2・β-cateninというWnt経路の遺伝子発現も上昇。生存率は悪化したが統計的に有意ではなかった

ここで正直に書いておくべきことがあります。大腸がんモデルにおける低用量(10ppm)では、腫瘍数・サイズ・総量のいずれも統計的に有意な増加を示しませんでした。有意だったのは血漿TNF-α(P<0.05)と大腸のTnf-α発現(P<0.01)、β-cateninとPCNAの発現(P<0.05)という炎症・増殖のマーカーです。「低用量でがんが増えた」とは、この論文は言っていません

なぜ効くのか——二つの「消える」実験

著者らが示した経路

トリクロサン を3週間 経口で

腸内細菌叢が変わる 多様性が低下し ビフィズス菌が約75%減

腸のバリアが緩む オクルディンが低下し 透過性が上がる

LPSが血中へ TLR4が活性化し 大腸の炎症が増える

この経路を、二つの「消える」実験で確かめている

無菌マウスでは 基礎的な炎症の増加が 起きなかった

TLR4欠損マウスでは 大腸炎を促進できなかった (野生型では促進した)

腸内細菌とTLR4の両方が、トリクロサンの作用に必要だったということ Yang et al. Sci Transl Med. 2018 の記述をもとに作図

著者らが提唱したモデルと、それを確かめた二つの実験(バリアからTLR4までの所見は、いずれもDSS大腸炎モデル・80ppmでのもの)

この論文がただの毒性報告に終わらないのは、機序を「消して」確かめているからです。

まず、トリクロサンは腸内細菌叢を変えました。

  • α多様性が低下(PD whole tree、P<0.01)、β多様性も変化(主座標分析、P=0.002)
  • とくにビフィズス菌(Bifidobacterium)が約75%減少(P<0.05)。この属は抗炎症作用が示されているとされ、下で出てくる B. infantis 272 は抗大腸炎作用が知られる菌です
  • 試験管内でも、100 nMのトリクロサンが B. infantis 272 の増殖を約30%阻害した(P<0.001)

そして一つ目の「消える」実験。通常マウスと無菌マウスに同じ処置をすると、通常マウスでは炎症が増えたのに、無菌マウスでは基礎的な炎症に何の影響もありませんでした(マウスの種類と処置の交互作用が有意)。腸内細菌がいなければ、トリクロサンは炎症を起こせない。

次に、腸のバリアです。以下はいずれもDSS大腸炎モデル・80ppmでの所見です。

  • 経口投与したFITC-デキストランの血中への漏れが増加(P<0.05)=腸管透過性の上昇
  • タイトジャンクション蛋白のオクルディンの発現が低下(P<0.05)。ただし低下したのはオクルディンだけで、ZO-1・MUC3・TFF3は変化しませんでした
  • 血漿中のLPS(TLR4のリガンド)が上昇(P<0.05)、肝臓の細菌16S rRNA遺伝子も増加(P<0.05)
  • TCS処置マウスの血漿は、TLR4レポーター細胞をより強く活性化した(P<0.001)

そして二つ目の「消える」実験。Tlr4欠損マウスでは、トリクロサンはDSS大腸炎を促進できませんでした(野生型では促進した)。

つまり腸内細菌が変わる → 腸のバリアが緩む → 細菌の産物が血中へ → TLR4が反応して炎症、という筋道です。二つのノックアウト実験が、その両端を押さえています。ただし著者ら自身は「生体内での大腸炎促進作用は、TLR4に部分的に依存する」という書き方をしており、全てがTLR4経由だとは言っていません。また腫瘍のアウトカムは、どちらのノックアウトでも検証されていません。

明日の臨床へ

  • この研究は「歯磨剤を使うと大腸炎になる」とは言っていない。投与経路は飼料(または飲水)で、歯磨剤の使用そのものを調べたものではありません。ここを混同した説明はしないこと
  • それでも「口の中の殺菌成分が、口の中だけで完結しない」という視点は持っておく価値がある。米国で検査された尿の約75%から検出される成分について、著者らは「ヒトの健康への影響を再評価し、規制方針を更新する必要性を示している」と結んでいます。なお著者らは考察で、「最近のヒトの研究で、トリクロサン配合歯磨剤の日常使用がヒトの腸内細菌叢を変化させたことが示された」という報告も引いています
  • 患者さんから「トリクロサン入りの歯磨き粉は危ないのか」と聞かれたら:「マウスの実験で、腸の炎症を強める作用が報告されています。ヒトでは、歯磨剤の日常使用が腸内細菌叢を変えたという報告が引かれていますが、腸の病気そのものと結びつけた研究には、この論文は触れていません」——この温度が、この論文に合っています
  • プラーク・歯肉炎への効果を否定する話ではない。この論文はその点を検証していません。持ち込まれたのは「便益とは別の軸」です
  • ビフィズス菌が約75%減った、という一点は覚えておきたい。抗菌成分を口に入れるということが何を意味するのか、考える材料になります
  • 炎症性腸疾患や大腸がんのある方・なりやすい方では、より影響を受けやすい可能性がある——著者らが考察で挙げている、いちばん実務的な一文です
ここだけ、冷静に補助線いちばん大きい限界は明白です——これはマウスの研究であり、ヒトでの因果は何も示していません。投与経路も飼料・飲水で、歯磨剤のように「口に入れて大半を吐き出す」使い方とは違います——ただし著者ら自身は、「ヒトはトリクロサンを日常的に摂取するわけではないが、トリクロサン配合歯磨剤の使用時には経口的に吸収されうる」と、この反論に先回りしています。ただし著者らは血中濃度がヒトの曝露と釣り合うよう用量を設計しています——結果の節では「ヒトのボランティアで報告された濃度と同程度」、考察では「同程度、あるいは数倍以内」と書き、さらに「ヒトにおける曝露と吸収の正確な評価はほとんど分かっておらず、個人差も大きい可能性がある」と自ら留保しています。大腸がんについては、有意な増加が出たのは80ppm群だけで、低用量(10ppm)では腫瘍のアウトカムに有意差はありませんでした。生存率の悪化も有意ではありません。また大腸炎モデルはDSSやAOMという化学物質で人工的に炎症・発がんを起こしたもので、ヒトの潰瘍性大腸炎や大腸がんとそのまま同じではない。各群 n=4〜16と小規模で、使われたのはすべて雄のC57BL/6です。著者らは「比較的短期間の処置であり、より低い濃度での長期曝露も有害な影響を及ぼす可能性がある」とも書いています。逆に評価できる点として、無菌マウスとTlr4欠損マウスという二つのノックアウトで機序を挟み込んだ設計は、単なる関連の報告よりはるかに強い証拠の作り方です。歯科の発信としては、「怖い」で終わらせず、どこまでが分かっていてどこからが分かっていないかを一緒に渡すのが誠実だと思います。

今日のひとこと

マウスにトリクロサンを与えると、飼料10ppmでも大腸炎が悪化した。その作用は無菌マウスで消え、TLR4欠損マウスでも大腸炎を促進できなかった。ただしこれはマウスであり、歯磨剤の使用そのものを調べた研究ではない。

Yang H, Wang W, Romano KA, et al. A common antimicrobial additive increases colonic inflammation and colitis-associated colon tumorigenesis in mice. Sci Transl Med. 2018;10(443):eaan4116. PMID: 29848663
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。