歯科医療がほとんど届かない中国農村で、1984年に20〜80歳だった587人のうち440人を1994年に再診査し、10年間の歯の喪失と、その予測因子をロジスティック回帰で調べた前向きコホート研究(Baelum ら 1997・Community Dent Oral Epidemiol)
「40歳を過ぎたら、歯を失う原因は歯周病」——そう聞いたことがある人は多いはずです。ただ、抜歯理由の調査の多くは、歯科医院に来た患者のデータです。受診しない人、医院の外で歯を失う人の実態は、そこには映りません。歯科医療がほとんど届かない中国の農村で、誰がどの歯を失ったのかを10年追った研究です。
①「中高年の歯を奪うのは歯周病」は、どこで測った話か
抜歯の理由を調べた研究はたくさんあります。う蝕が全年代で主な原因だとする報告もあれば、35歳、40歳、50歳、60歳を過ぎると歯周病が主な原因になるとする報告もあります。
ただ、その多くは歯科医院を受診した患者での調査です。歯科医療が限られた地域では、歯が自然に抜け落ちたり、歯科医師でない人が抜いたりします。医院の記録だけでは、地域全体で歯を失う理由を見誤るおそれがあります。地域住民を追った研究はほとんどが北米で、歯科医療が広く使える集団でした。
Baelumらは、歯科医療がほとんど届かない中国の農村で、成人を10年追い、誰がどの歯を失ったのかを調べました。
②農村の成人587人を、10年後にもう一度診査
1984年に20〜80歳の587人(20〜59歳は10歳ごとに100人、60歳以上187人)を診査し、1994年に440人を再診査した。脱落147人の内訳は、死亡104・連絡不能36・転居6・拒否1で、脱落者は60歳以上に多かった。
較正された2名の診査者が、全歯の歯冠・歯根のう蝕、動揺度、4点のアタッチメントレベルとポケット深さ、歯石・プラーク・BOPを記録した。
ベースラインの因子を集団の中央値で2つに分け、①10年で無歯顎になったか、②有歯顎のまま1本以上失ったかを目的変数にしたロジスティック回帰で予測因子を探した。
③結果その一——10年で4人に3人が歯を失った。ただし失った本数は人によって大きく偏った
はじめから無歯顎だった8人を除くと、10年で31人が無歯顎になりました(主に50歳以上)。有歯顎のまま残った401人では、1本以上の歯を失った人が298人(74%)。20〜29歳でも44%、60歳以上では96%です。平均喪失歯数は20〜29歳の1.0本から60歳以上の7.2本まで増えました。
ただし、失った本数の分布は大きく偏っていました。どの年代でも、一部の人が失った歯の大部分を占めています。たとえば、象牙質う蝕が4本以上あった人(ベースラインで有歯顎だった人の46.5%)が、失った歯2,114本の70.8%を占め、アタッチメントロス7 mm以上の歯をもつ人(35%)が63.6%、動揺歯をもつ人(41.6%)が69.7%を占めました。
④結果その二——失った大臼歯・上顎小臼歯の約6割には、ベースラインで象牙質う蝕があった
10年で失われた歯は2,114本。そのうち56%が大臼歯と上顎小臼歯で、犬歯は10%、切歯は23%でした。どの年代でも上下の大臼歯が最も失われやすく(60歳以上では上顎小臼歯も同程度)、下顎犬歯が最も失われにくい歯でした。
失った大臼歯と上顎小臼歯の約60〜65%には、ベースラインで象牙質う蝕がありました。アタッチメントロス4 mm以上があったのは約40%です。一方、失った下顎の犬歯と切歯では、アタッチメントロスのほうが象牙質う蝕より多く見られました。上顎犬歯と下顎小臼歯では、両者はほぼ同じ頻度(50〜55%前後)でした。
失われた歯の過半数が、う蝕の多い大臼歯・上顎小臼歯だったことから、著者らはこの集団で歯を失う主な原因はう蝕と結論しています。
⑤結果その三——誰が歯を失うのか:ベースラインの予測因子
有歯顎のまま残った人で、10年で1本以上失うことを予測したのは、アタッチメントロス7 mm以上の歯が1本以上(オッズ比5.99)、象牙質う蝕4本以上(4.08)、動揺歯1本以上(2.97)、う蝕(全種)5本以上(2.77)、そして年齢でした。モデルの感度は87%、特異度は62%です。
意外なのは、歯肉縁下歯石が43%以上の部位にある人はオッズ比0.41と、むしろ歯を失いにくいと出たことです。単独で見ると歯石は喪失歯数と正の相関があったのに、モデルでは逆向きになりました。著者らは、口腔清掃も歯科医療も乏しいこの集団では、大量の歯肉縁下歯石が「とうの昔に活動を終えた歯周病」の目印なのではないか、と慎重に解釈しています。
無歯顎になることの予測因子は、アタッチメントロス7 mm以上の歯が1本以上(オッズ比10.19)と、歯が27本以下であること(28本以上でオッズ比0.05)でした。ただし無歯顎になったのは31人だけで、このモデルは「無歯顎にならない人」を当てる力(特異度100%、陰性的中率93%)に偏っています。
こうした結果から著者らは、人の単位ではう蝕と歯周病は同じくらい重要な予測因子、歯の単位ではう蝕が主な原因とまとめています。
⑥明日の臨床へ
②見分ける手がかりは、深いアタッチメントロス・動揺歯・象牙質う蝕の多さ。ただし「1本以上」「4本以上」「43%以上」などの区切りは、この集団の中央値で決めたもので、臨床の基準として検証されたものではない。
③中高年でも、う蝕を歯を失う原因から外さない。この集団では、60歳以上でも失った大臼歯・上顎小臼歯の多くにベースラインで象牙質う蝕があった。
④数字をそのまま日本の患者に当てはめない。歯科医療がほとんど届かない集団の、いわば自然経過に近いデータである。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
有歯顎のまま残った401人のうち、10年で1本以上の歯を失ったのは74%(20〜29歳44%〜60歳以上96%)。失った本数は人によって大きく偏り、たとえば象牙質う蝕4本以上の人(ベースラインで有歯顎だった人の46.5%)が失った歯2,114本の70.8%を占めた。歯の喪失を予測したのは、アタッチメントロス7 mm以上の歯が1本以上(オッズ比5.99)、象牙質う蝕4本以上(4.08)、動揺歯1本以上(2.97)、う蝕5本以上(2.77)、年齢で、歯肉縁下歯石43%以上は逆向き(0.41)だった。失った大臼歯・上顎小臼歯の約60〜65%はベースラインで象牙質う蝕があった。著者らは、人の単位ではう蝕と歯周病は同じくらい重要な予測因子、歯の単位ではう蝕が主な原因とした。ただし10年で大半が歯を失う集団なので、オッズ比は「何倍失いやすいか」より大きく出る。


