ペリオ|Phase4 メインテナンス
「歯を残すと認知症になりにくい」という話は、患者にも届きやすい一方で、根拠を問われると答えに詰まります。日本で最も精緻な追跡研究のひとつ、久山町研究が、60歳以上1,566名を5年追って出した数字を見ていきます。
①「歯を残すと認知症になりにくい」は、どこまで言えるのか
メインテナンスの動機づけとして、全身との関連を持ち出す場面は増えました。なかでも認知症は、患者本人にも家族にも響くテーマです。
ただ、この分野の研究結果は割れてきました。ある系統的レビューは歯の喪失が認知機能低下や認知症のリスク上昇と関連すると示唆した一方、別のレビューは一貫した関連は見られないと報告しています。著者らは、この不一致の背景に方法論上の弱点——集団の代表性の欠如、認知機能の確定診断の甘さ、専門家による臨床的な口腔診査の不在——があると指摘しました。
そこで用いられたのが久山町研究です。1961年に福岡市近郊の久山町で始まった住民悉皆型のコホートで、町の年齢構成・職業構成・栄養摂取は過去50年にわたり日本全体とほぼ同じ——つまり「日本の平均的な町」を50年追い続けている研究基盤です。
②1,566名を、歯科医師が診てから5年追う
2007〜2008年、60歳以上の住民1,996名(この年齢層の86.3%)が健診に参加。ベースラインで認知症のあった167名、口腔診査を受けていない202名、共変量の欠測61名を除き、1,566名(男性691名・女性875名)が対象となりました。
この研究の強さは、追跡と診断の作り込みにあります。
- 2007年6月から2012年11月まで前向きに追跡し、脱落者はゼロ。町の保健福祉課職員と地域医師による日常的なモニタリング体制で、新たな脳卒中・認知機能低下・認知症を把握した
- 認知症が疑われた場合、脳卒中専門医と精神科医からなるチームが身体・神経学的診察、神経心理検査、家族と主治医への聞き取り、診療録の確認を行って判定
- 追跡中に死亡した108名のうち63名は剖検を受けており、認知症を有した347名中53名が剖検された。臨床診断と病理診断の一致率はADで0.80、VaDで0.68
- 残存歯数は、訓練を受けた歯科医師が第3回国民健康・栄養調査の方法に従って臨床的に診査。未萌出歯・残根・抜歯適応の動揺歯は残存歯に含めない
残存歯数で4群に分けます(20本以上893名、10〜19本348名、1〜9本204名、0本121名)。ベースラインでは、残存歯が少ない群ほど75歳以上・喫煙者・非飲酒者が多く、高血圧・低学歴・不定期受診・1日2回未満の歯磨き・義歯使用の割合が高いという、いかにも交絡しそうな分布でした。だからこそ調整が要になります。
③粗発生率は3.7倍、調整すると1.6〜1.8
中央値5.3年の追跡で、180名(男性64名・女性116名)が認知症を発症しました(AD 127名、VaD 42名)。全認知症の粗発生率(1,000人年あたり)は、20本以上で14.5、10〜19本で29.8、1〜9本で36.8、0本で53.2。傾向性のP<0.001です。
ただし、この粗い数字をそのまま受け取ることはできません。歯が少ない人は高齢で、喫煙者が多く、高血圧も多いからです。
性・年齢・職業・教育・高血圧・糖尿病・脳卒中歴・飲酒・歯磨き回数・定期歯科受診・義歯使用で調整すると、ハザード比は10〜19本で1.62(95%CI 1.06-2.46)、1〜9本で1.81(1.11-2.94)、0本で1.63(0.95-2.80)。傾向性のP=0.04で、調整後も逆相関は有意に残りました。
サブタイプでは様子が変わります。
- アルツハイマー型:粗発生率は残存歯が少ないほど高かった(傾向性 P<0.001)が、多変量調整後は傾向性 P=0.08で統計的有意には達しなかった。調整ハザード比は10〜19本1.39(0.83-2.32)、1〜9本1.73(0.97-3.07)、0本1.62(0.87-3.04)
- 血管性認知症:10〜19本で調整ハザード比3.19(1.38-7.36)と高かったが、残存歯数との傾向性は認められなかった(P=0.20)。著者らはVaDのイベント数が限られていたことを理由に挙げ、さらなる大規模研究が必要としています
男女間で関連の強さに違いは見られませんでした(すべての異質性のP>0.10)。
④なぜ歯の数が認知症とつながるのか
著者らは4つの経路を挙げています。いずれも仮説であり、この研究で証明されたものではありません。
第一に、咀嚼刺激です。正常な咬合による咀嚼刺激は脳血流・皮質領域の活性化・血中酸素濃度を増加させることが示唆されており、歯の喪失による咀嚼機能の低下が脳機能に負の影響を与える可能性。第二に、食事の変化。咀嚼機能の低下が栄養状態の悪化を招き、それが認知症リスクに影響するという経路。第三に、慢性炎症。とくにADにおいて慢性炎症の関与が想定されており、成人の歯の喪失の主因である歯周病に伴う全身性炎症が、ADの病態形成に関与しうる。第四に、口腔の健康状態が全体的な健康状態のマーカーである可能性。よくある口腔の状態は、生涯にわたる疾患歴・健康行動・健康状態を反映している。
どれももっともらしく、そしてどれも決め手を欠く。この慎重さは、むしろ論文の信頼を高めています。
⑤明日の臨床へ
第一に、患者に伝えるときは「関連が見られた」までにとどめる。観察研究であり、因果は示していません。とくにADについては、調整後に有意差まで届いていない(P=0.08)——ここを飛ばして「歯を残すと認知症を防げる」と言い切るのは、この論文の外に出ています。
第二に、それでも予防の文脈での意味は小さくない。著者らは結論で「人生の早い時期からの歯の保存を含め、歯科医療とその機会を促進・支援することの臨床的重要性を強調する」と書いています。60歳時点の残存歯数は、それまでの数十年の結果です。20〜40代のメインテナンスが、この数字の分かれ目を作っています。
第三に、この研究が「日本人・地域住民」であることの価値。久山町は町の年齢・職業構成・栄養摂取が日本全体とほぼ同じで、86.3%という高い参加率と脱落ゼロの追跡、そして剖検による診断の裏づけを備えています。海外の研究を引くより、この1本を挙げるほうが患者にも同僚にも通りが良いはずです。
今日のひとこと
追跡期間中に180名(11.5%)が認知症を発症し、うちアルツハイマー型(AD)が127名(8.1%)、血管性認知症(VaD)が42名(2.7%)だった。全認知症の粗発生率(1,000人年あたり)は、残存歯20本以上14.5/10〜19本29.8/1〜9本36.8/0本53.2。性・年齢・職業・教育・高血圧・糖尿病・脳卒中歴・飲酒・歯磨き回数・定期歯科受診・義歯使用で調整した多変量ハザード比は、20本以上を基準として10〜19本1.62(95%CI 1.06-2.46)、1〜9本1.81(1.11-2.94)、0本1.63(0.95-2.80)、傾向性のP=0.04。ADは傾向性のP=0.08で、調整後は統計的有意に達しなかった。VaDは10〜19本で3.19(1.38-7.36)と高かったが、傾向性のP=0.20で残存歯数との関連は認められなかった。ハザード比は「比」であり、リスクが何倍になるかを直接示す数字ではない。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


