1問1答 論文 歯周病

血糖はそのままで、骨吸収だけが減った——糖尿病が歯を壊す道筋には、受け皿があった

リスク因子・全身疾患

AGEの受け皿RAGEを塞ぐ(糖尿病マウス)

「糖尿病の人は歯周病が重い」——これは何度も確かめられてきました。ですが「なぜ重くなるのか」の道筋は、長く仮説のままでした。2000年、その道筋の途中にある受け皿を、おとりで塞いでみた実験があります。血糖は下げていません。それでも、骨の失われ方が変わりました。

論文
Blockade of RAGE suppresses periodontitis-associated bone loss in diabetic mice
著者
Lalla E, Lamster IB, Feit M, Huang L, Spessot A, Qu W, Kislinger T, Lu Y, Stern DM, Schmidt AM
掲載
J Clin Invest. 2000;105(8):1117-1124
種類
動物実験(糖尿病マウス・P. gingivalis 感染・可溶性RAGEを2か月投与)
PMID
10772656

「糖尿病の人は歯周病が重い」——では、なぜ重いのか

糖尿病と歯周病が結びついていることは、もう疑いようがありません。有病率も重症度も進行の速さも、繰り返し確かめられてきました。

ですが患者さんに「なぜですか」と聞かれたとき、何と答えているでしょうか。「血糖が高いと免疫が落ちるので」——これは間違いではありませんが、道筋の説明にはなっていません。高い血糖が、どうやって歯槽骨まで届くのか。

それまで:関連は固いが、経路は仮説だった

候補の経路は挙がっていました。血糖が高い状態が続くと、血中のタンパク質に糖がくっつき、終末糖化産物(AGE)という余計なものができる。これが組織に溜まると、白血球が処理に出てきて炎症性サイトカインを出す——という筋書きです。

AGEには受け皿(RAGE=AGEの受容体)があり、そこに結合すると細胞の中でスイッチが入ります。理屈は通っていました。ですが「その経路が実際に骨吸収を動かしているか」は、別に確かめる必要があります。関連があることと、そこが効いていることは違うからです。

今回の一手:受け皿を、おとりで塞いだ

やり方が巧みです。RAGEの細胞外部分だけを取り出した可溶性RAGE(sRAGE)を投与します。これはAGEと結合しますが、細胞の外にいるのでスイッチは入りません。つまりおとりとして働き、本物の受け皿へAGEが届くのを邪魔します。

糖尿病にしたマウスに P. gingivalis を感染させ、その直後からsRAGEを2か月投与しました(糖尿病誘発から数えて全体で約3か月)。投与量は1日あたり3.5・12・25・35・50・100μgの6段階です。

結果:骨吸収は、量に応じて減った

受け皿を塞ぐほど、歯槽骨は守られました。1日25μg以上で有意に抑制され(P<0.0002)、35μgで18%、50μgと100μgでは22%の減少です。一方、3.5μgと12μgでは効きませんでした——量が足りなければ効かない、という素直な反応です。

0 2333.3 4666.7 7000 歯槽骨吸収(画素数・多いほど骨が失われた) 4234 6272 5437 5129 4912 4879 非糖尿病 糖尿病(対照) +sRAGE 25 +sRAGE 35 +sRAGE 50 +sRAGE 100 sRAGE の数値は 1日あたりの投与量(μg)。25μg以上で有意に抑制され(P<0.0002)、3.5μg・12μgでは効かなかった。すべて糖尿病マウスに P. gingivalis を感染させた条件(Lalla 2000)

炎症の中身も動いていました。歯肉組織のTNF-αは40%減少(糖尿病対照6.4→sRAGE 3.8 ng/μg組織、P=0.001)。これは非糖尿病マウス(4.7)より低い値です。組織を壊す酵素も揃って下がりました——MMP-9は47%、MMP-3は70%、MMP-2の活性は50%の減少。歯肉に溜まっていたAGEそのものも、非糖尿病マウスと差が無い水準まで抑えられていました。

いちばん効いたのは、変わらなかったものだった

この実験の切れ味は、減った数字ではなく減らなかった数字にあります。

HbA1cは、変わっていません。糖尿病対照9.28%、sRAGE投与群9.55%(P=0.5)。血糖のコントロールはまったく改善していないのに、骨吸収だけが減りました。

これが意味するのは一つです。糖尿病が歯周組織を壊すはたらきは、「血糖が高いこと」そのものではなく、その先にあるAGEと受け皿の経路を通っている。血糖を動かさずに経路だけを塞いで結果が変わったのだから、その経路は実在し、しかも効いている——因果の向きまで込みで示されたことになります。

明日の臨床へ

この実験から、明日使える処置が生まれるわけではありません。sRAGEは臨床で使える薬ではないからです。変わるのは説明の質です。

1)「血糖が高いから」の一段先を話せる。糖がタンパク質にくっついてできた余計なもの(AGE)が歯ぐきに溜まり、それを処理しようとする反応が骨を壊す方向に傾く——この筋道は、動物実験で経路を塞いだ結果まで確かめられています。

2)血糖だけを見ていると足りない。HbA1cが同じでも、その先の経路がどれだけ回っているかで組織の壊れ方は変わりうる。医科との連携で血糖の数字を共有することは大事ですが、数字が同じ患者さんが同じ経過をたどるとは限らない理由が、ここにあります。

ここだけ補助線

この実験について、何が言えて何が言えないかこの実験が示したこと受け皿を塞ぐと骨吸収が減ったTNF-αは40%減、MMPも下がった血糖を下げずに骨が守られたこの実験が示していないことマウスの実験でヒトではないIL-6は有意には下がっていないsRAGEは臨床で使える薬ではない示されたのは「経路が実在する」こと。「その経路を塞ぐ治療がある」ことではない(Lalla 2000)

マウスの実験です。ストレプトゾトシンで人為的に起こした糖尿病は、ヒトの2型糖尿病とは成り立ちが違います。感染も P. gingivalis を接種して起こしたもので、ヒトの慢性歯周炎の経過とは進み方が異なります。

すべてが同じ強さで動いたわけでもありません。TNF-αは明確に下がりましたが、IL-6は減少傾向にとどまり有意ではありませんでした(P=0.84)。経路は一本道ではない、ということでもあります。

そして最も大切な線引き——示されたのは「経路が実在する」ことであって、「その経路を塞ぐ治療がある」ことではありません。いま臨床でできるのは、血糖コントロールと、炎症そのものを減らす歯周治療です。

今日のひとこと

AGEの受け皿であるRAGEをおとりで塞ぐと、歯槽骨の吸収が用量依存的に減った(最大22%)。TNF-αは40%減り、MMPも下がった。ところがHbA1cは変わっていない。血糖を下げずに骨が守られた——糖尿病が歯周組織を壊す道筋は、AGEとその受け皿を通っていた。

出典(PubMed):Lalla E, Lamster IB, Feit M, Huang L, Spessot A, Qu W, Kislinger T, Lu Y, Stern DM, Schmidt AM. Blockade of RAGE suppresses periodontitis-associated bone loss in diabetic mice. J Clin Invest. 2000;105(8):1117-1124. PMID: 10772656
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。